ばいばい、私の家
わたし、佐原ちほ。小学6年生。
ちょっと地味で、話すのが得意じゃなくて、あんまり目立たないタイプだと思う。
物心ついたときからずっと施設で暮らしてる。
家族の記憶はないし、これまで何度か転校もしたけど、
「友だち」ってちゃんと呼べるような子とは、たぶん一度も出会ったことがない。
べつにひとりが好きってわけじゃない。
でも、誰かと仲良くなるのって、すごく難しい。
特に、わたしみたいな子にとっては。
そんな日々が、ずっと続いてきた。
*
「ちほちゃん、ちょっといい?」
お昼すぎ、学校から帰ってきてランドセルを下ろしたところで、職員さんに呼び止められた。
声はやさしかったけど、内容はそんなにやさしくなかった。
「ちほちゃんね、来月から別の施設に行くことになったの」
「え?…そうなんですか」
すでに話は決まっていて、転校の手続きもこっちで済ませてくれるらしい。
“相談”というよりは“通知”。そういうのには慣れてる。
「最近こっちはちょっと手が回らなくてね。ほら、子どもも増えてきたし、職員も交代したりでバタバタしてるから…」
うん、そうだよね。
わたしは静かにうなずいた。
ごめんね、仕方ないのよ、みたいな態度。
──たぶん、それは半分ほんとで、半分うそ。
もう半分はきっと、「面倒ごとが減ってよかった」っていうやつ。
自分でもわかってる。そういう目で見られてたこと。
でも、別に怒ったりしない。悲しくもならない。
最初から、期待なんてしてなかったから。
「ちほちゃんが新しい環境に慣れられるように、ちゃんと準備しておくからね」
職員さんはそう言って、貼り付けたような笑顔をくれた。
その笑顔の意味を、わたしは深く考えないことにした。
そのあと、事務室の奥から小さな声が聞こえた。
「……よかったー、あの子の“アレ”、ほんと大変だったから」
わたしは聞こえてないふりをした。
心臓がきゅっと縮んで、ちょっとだけ背中が跳ねたけど、大丈夫、平気平気。
どうってことない。そういうの、もう慣れてるし。