第七話 現実と非情
「はぁ…はぁっ…ッ!」
ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…!
——どうしてこんな事になったんだろう。
「はぁっ…はぁっ…!」
「お腹の子の為に頑張るんだよ!」
「っう…はいっ!」
小走りで草原を駆けるのは、お腹を膨らませた毛先がくるりとカールを巻いている茶髪の女性…ジュワンヌであった。
隣で手を取る老婆…ジュワンヌの妊娠中や出産に立ち会う為に、コトトが長期契約した産婆であった。
「ったく!何で大事な時期に怪物が攻めてくるのかね…っ」
ザッ…ザッ…… ズクンっ…
「うぅっ…!」
「っ大丈夫かい!」
ドッドッドッドッドッ!
「バウッ!!」
そのヨタヨタとした走りは、酷い陣痛で遂に止まり、腕を引いていた産婆はジュワンヌ背を摩りながら、どうにかしようと懸命に頭を回した…しかし…
「追いつかれてしもうた…!」
「バォォオウッ!バウッ!」
狼型のモンスターがジュワンヌと産婆の下へ猛進する、村を襲った『モンスター』に怯えて森から出て来たモンスターだ。
「くっ…!こやつを食いたければ、まずはこのババを喰らってみんさいッ!」
「最下級空魔弾!!」
パシュッ!!
「がうっ!?…ガルルルル!!!」
ブシュッ…!
くらっ…ググッ!
産婆は覚えていた最下級風魔法の詠唱を『省略』して狼へ放った、その魔弾は顔面に命中しその目からは血を流し、くらりとその体が傾いた…
しかし狼は体勢を直し、ギロリと残った瞳を産婆に向けてその歩を進めた。
ドドッド…!ダダ…!
「くっ…!(詠唱を省略魔法ではやはり駄目かっ!))」
「グロロロロ!!!」
バッ!!
くっ…せめてこの娘っ子だけでも!
魔法を発動するより狼に近づかれる方が早いと判断した産婆は無詠唱で発動したため、威力が格段に落ち『下青銅等級』の群狼を倒すには至らなかったのである。
何とかジュワンヌだけでも助けようとする産婆は、一か八かを狙って魔法を唱えようと手をかざした。
「最下級魔法ダ「うぉおおおおおおお!!!」
ドコッ!
「ガッ!」
「喰らえーッ!!」
ザシュッ!!
「ギャアン!!?」
そんな2人のピンチに複数人の男が手に長物を持って現れた。
1人は角材で吹き飛ばしまた1人は持っていた草刈り用の鎌で切り裂いた、狼は甲高い悲鳴を上げようやく絶命した。
「っ村の皆さん!」
「ジュワンヌさんらが避難所に居なかったので探しに来たんですよ!」
「元からいた産婆のババより若い女子か!」
「「「「すいません!すいません!」」」」
「このガキャども…まぁいいさね、早くこの娘を安全な場所まで移動させる!手伝いなさあ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○古ぼけた家
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ジュワンヌは男手を借り、迅速に避難所である一つの木製の小屋に入った。
しかし、既にジュワンヌの体調は崩れに崩れて酷く苦しそうに喘ぎを漏らし、ぐったりとしていた。
「下すぞ!」
そっ…ドサリ…
「っはぁ…ッはぁっ…」
「くっ!(やはり小走りとはいえ妊娠中に、ああも無理すれば体に障るの…!)」
やはりと云うべきか、未だ衛生観念が未熟なこの世界…その上にこんな清掃・整備不十分の小屋で妊婦を置いておいておくなどと、体の抵抗力が弱い妊娠中には母子の事を考えるとあまり長居したくない場所だ。
「村の産婆さま!わ、私たち水を汲んできますね!」
パタパタ…っ
「ちょいとお待ち!」
がしっ
そんな中、1人の若い女性が何か役立てないかと、水汲みをしに行くと名乗り出た、しかし…それに否を示す人がいた。
割烹着に身を包んだ、壮年の少し老けた女性が若い女性の肩を掴み、静かにその手に持っていた桶を取り上げた。
「アンタは残ってな!ここはアタシが行くよ」
「えっ」
ばしっ
「あうっ」
「外は危険さね、これはオバさん達の仕事だよ」
否を唱えた人物は、近くにいたツルッパゲの男の首を腕で捕まえ、"にかり"と笑って見せた。
ぐいっ!
「それにコイツも連れてく!なぁに、普段は頼らないが私の夫さ!必ず帰ってくるさ!」
ぎゅぅぅぅ…
「おっとっと!締まってる、締まってるねぇ!?はいはいはい!行けばいいんだろぉぅ…」
そっ…ギュ…
夫は絞められた首を解放されると小さくため息を吐きながらも、妻の肩を寄せ抱きながら隣を歩いた。
そんな夫を見て、妻は強く握った拳の…震える腕の緊張が解けるのを感じた。
「…ッ…ったく、普段もそれくらい頼もしくあって欲しいもんだよ…っ」
「ははは…手厳しい…さて、婆さん、その子の面倒頑張ってくれ」
「あの!私はどうすれば…!」
ヨシッ…
「ジュワンヌちゃんを支えてやってあげな、ここはお前に任せたよ」
そう言い残し夫婦は危険な外を2人で歩んだ…夫は先ほどのとはまた別の角材を抱えて…妻は水汲み用の桶と、なにもないよりはマシか…と先の尖ったペンを"ぎゅう"と握っていた。
「…お前は昔から気丈な女だったなぁ…」
「ふんっ…アンタは昔から気弱なお人だったわ」
「ははは…本当にお強い女性だ…」
サーーー…ラララ…ジョロロロロ…
「あった、湧水!アンタ、ここで水を汲むから見張り頼むよ!」
気丈な妻は湧水を桶を地面に置き、水を受け止める桶の音を聴きながら屈んで周囲を警戒した。
あのモンスターはここまで来ていないとはいえ、先程の狼のモンスターといい…スライムの脅威から逃れる為に、普段森に潜っているモンスターたちがここまできている可能性があるのだ。
ジョロ…ろろろ…
「…っ(全くアタシは駄目だね…体が少し震えてちまってる…)」
きょろ…きょろ…
「…」
「(あの人はちゃんと見張りをしてるわね…)」
トポポポポポポ…ポ…ジャバッ!
「…!(溜まった!)」
くるっ…
背から聴こえてくる桶底に当たる水の音が徐々に消え、水面に水が流れる音…そして桶から溢れる音が聞こえてきて溜まったと気付き、振り返って重い桶持ち上げた。
かなりの重さだが、井戸が一つしかない小さな村で暮らしている彼女は「よいしょ」の一声で持ち上げた。
「早く持ち帰ってあげないと…」
ダポンっ!
「アンター!」
「水持つの」
くるり
「ちょっと手つ だっ て…」
———振り返ると夫は矢を額に生やして死んでいた。
「—————ッ〜〜〜〜!?」
ばしゃっ!
振り返ればいつもの夫がいると思っていたのに、振り返る現実によるあまりのギャップに膝を崩してしまい水が溢れた。
ぱからっぱからぱから…ッ
声にならない声すら出ない状況で、遠くから馬の足音が聞こえてくるのを感じた。
「っ助…ッ(けて!)」バッ!
パカっパカパカっ…ブルルルッ
「生き残りが居やがったか…はぁ勘付いて逃げ出しやがって…」
「おいおい…村人殺したのか?『あの化け物』が領地までいっちまったらコッチが危険に晒されるんだぞ?」
「へいへいすみません先輩」…そういい馬に騎乗した2人は『野盗』らしきチグハグの装備に身を包んだ者達で、危うくその者たちに助けを求める所だった。
助けに来たものではないと分かったのは服装もあるが、最もたる理由は…
「ったく…そろそろ作戦開始だってのに問題起こすなよ!」
…ギッ…スチャっ…
「ッー!!」
あの弓で私の夫を!
それは馬上にいながら弓を手に持っていたからだ…
「行くぞ!」
バシッ…パカラッパカラッ…!
「はーい」
バシンッ!パカラッ…
ドドドドッ!ドッ…!ドッ…!ドッ!
「〜〜〜っはッ!はっ!はっ!」
しかし、そんな証拠がなくともあの場にいた事や、あの発言から誰が犯人なのかは明白であった。
また馬を走らせ遠のく音や気配…ようやく索敵範囲から逃れた頃には気丈な妻は…もう気弱な事すら喋らなくなった夫を抱きながら、ただ静かに啜り泣くのであった__。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○避難所
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「遅いなおばさん…」
「ええ…旦那さんが着いているので大丈夫だと思うんだが…」
ヒソヒソ…ヒソヒソ…
小屋…"といってもかなり大きいのだが"…に集まった訳30名の村の村民とジュワンヌ、気丈で頼れる人物であるあの婦人の不在は小屋内で加速していった。
何かあったのでは、モンスターにやられたのでは…そんな不安の波が大きくなるなか、ジュワンヌはこの陣痛に耐えていた。
「あ…あの方は大丈夫なんでしょうか…?」
ズキッ…ズキッ…
「…ああ大丈夫さね、あの女はワシにとっては妹の様なもんさ」
「へ〜…ヅゥッ…」
「昔から今の旦那さん泣かしては花を送る…そんな不器用な子だけどあの子は夫と二人三脚で生活してたんさ」
「ふふふ…私もそんな夫婦になりたいです…!」
にこっ…!
ジュワンヌは痛むお腹を摩りながら産婆の話に耳を傾けた、
それは決して気を紛らわせるだけではない…本当にそんな夫婦生活を送りたいと…こんな絶望的な状況でも諦めないと、力強い生きる意志を自身に掛けるためだ…
「!」
「…そう…だな、そうだよな!諦めちゃいけないよな!」
「ああ…ワシもまだ孫の結婚式を見るまで死ねん…ッ!」
「わ、私も!生きてまたあのオバさんとクッキー作りしたいです!」
「俺は村を出て若い女性とお付き合いするんだ!」
「お前は酒癖が悪いからなぁ!無理だろうよ!」
なんだと!?
「「「「「ははははは!」」」」」
暗かった雰囲気がジュワンヌの一言から再び吹き返す、それは言葉が紡いだ奇跡…人はそれを希望と呼ぶ。
産婆や女性陣は"やれやれ"と男の宣誓に呆れながらもこの空気が和らいで、口の端は僅かに歪んでニコッと笑みが溢れていた。
ズ…ッズ…ッ…ズ…ズリッ…
「?」
「ハハハッ!…ん?どうした…」
「いや何か引き摺る音?が聞こえ…」
…だがそれを、とある者たちはこう言う…
「引き摺る…ッまさか!!!」
「!?婆さんどうしたんだよ?」
「馬鹿者!早く避難__」
ドパンッ!!!!!!
フラグと言う。
滲み出る様にドアから現れ、そのまま壁を破壊した深緑色のモンスターを見て…ジュワンヌは声を絞り出した。
「みんな逃げて!!!!!!」
『ゴポッン!!ボパッパパパッ…ッ!』
ドロッ…ビチャビチャッ!
シュゥーーーーーーー…ッ
魔王乃唾液躍動体
難易度 上金等級、間違いなく歴史上一番危険なスライムである。
——意思なき絶望は菌を望む、抵抗するな…さぁ差し出せ尽くを私に差し出すのだ。
こんばんは!
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現在 2025/06/09