第二十二話 全然門前
タタタタタタッ
ざわめく草木は青臭く…、小鳥は空と共に自由に羽ばたく…、地面には忙しなく走る4つの影が…そんな中ヴァラックは…
「アツイ…シヌゥ…ゥ…」
「ヴァラックさん!もうすぐ!もうすぐですよ!」
「姉さん!早く!」
「う、うぉおおおおお!!!!」
暑さでダウンしていた、デルタを慰め近くの人のいる場所への道中、ヴァラックはフラフラと地面に倒れ伏した。
デルタが急いで駆け寄った所、ヴァラックはデルタの背に背負われて、今は駆けている。
「うぐぅぅ…す、すまんん…」
「何言ってんすか!」
「ヴァラックさん背負えて、姉さんも嬉しそうですよ!」
「ちょっオマッ…言うな!」
「姉御可愛い!」
すっかり目も覚めた蜘蛛亜人の娘は、蜘蛛の足を忙しなく動かして、デルタの速度に着いていった。
茶化されるデルタの顔は少し赤く、心なしか声も小さくなっているのだが、本人は気付いておらず取り巻きの3人組がコソコソいじるのであった。
「ど…どうでもいいから早く…」
…ヴァラックの呟きに返事をする人物は、今ここに存在し得ないのであった…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜外壁〜
ここはとある国の外壁…、1m×45cmの長方形の灰色の石レンガ積み重ねられた円状外壁は、大きさに反して重々しい雰囲気を感じさせない造りになっていた。
そんな壁上で、1人の門衛がなにかを発見したのだった。
「んお?」
「…なにか…近付いて…?」
それは砂塵である…、草の刈られた道では砂埃が撒き上がり、街道を沿うようにこちらに近付いてくるのであった。
「な!?も、モンスターか!?」
「?先輩どうし…た…んです!?」
1番最初に発見した門衛の後ろの備えられた階段から上がってきた男…その男の後輩は「先輩」と声をかける、しかしその言葉を途中で止めてしまうのだ…
そこには…猛進する水牛獣人を先頭に、全身鎧の只人に四腕八足の蜘蛛亜人に蜥蜴亜人…、そして水牛獣人に背負われる黒い物体に、目が奪われたからだ。
「「て、」」
「「敵襲ぅううう!!?」」
「せ、背中に背負っているのは…大砲かッ!?」
「た、大砲!?」
…ヴァラックは全身黒ずくめの為、大砲の砲身と勘違いされたようだ…、もっとも、ただ暑さでノックダウンしているだけなのだが…。
しかしそうは思いもしない2人の門衛は、納刀された剣を抜剣して壁の上から剣を向け、静止を問い掛ける。
「止まれ!!」
「と、止まれぇッ!」
だが止まらない、人の往来がある前門に向かって直進してくる。
「…ん?」
「お、おい!なんか来るぞ!?」
ざわざわざわ…!
…当然、門を通る人々はその砂埃に気付き、なんだなんだと不安が周囲を煽り、人々は門内に殺到するのだ。
門へ殺到する人々を門番の兵士が落ち着かせながら、門内へ招き入れる。
「落ち着いて、落ち着いてッ」
焦茶の牛獣人の兵士と、白い蜥蜴亜人の兵士が混乱を落ち着かせるために、慌ただしく声を掛けるのだが、あまり効果がないようだった。
「俺はいい!む、娘だけでも!」
「兵士さん!私はソニック商社だ!早く通せ!」
「ぼ、暴動か!?早く早く中に!!」
「きゅ、急患!ヴァラックさんが気絶した!」
「モンスターが攻めて来たのか!?」
混乱の最中、色々な人々が騒ぐのだ…門番の声はこの騒動には通らず、空中に霧散するのみであった。
…そんな中、牛獣人の兵士が1番後方で聞こえてきた声に反応する、その声は何度も聞いたことのある声だったのだ。
(…この声は…?)
「…デルタ!?」
「父さん!」
その声とはデルタであった、デルタの声に反応した牛獣人の兵士は、自らの娘がこの騒動の発端だと察した。
…門衛からの伝言はこうだ…。
「(水牛獣人先頭、4人組、背には黒い物体、攻城用兵器と推測…って…)」
「水牛獣人なんてここらに数人しかいないし、もしやと思ったが…」ぼそっ…
1人呟く牛獣人の兵士…その声を聴いた白い蜥蜴亜人は、牛獣人の兵士の視線に沿うように、視線の先を見つめる、そこにいた水牛獣人の女と背負われた黒装束の女を見て察する。
((ご…))
((誤報か〜〜…))
お互いに視線を交わす門番は、今も混乱が飛び交う門前でこの騒動をどう処理しようか頭を抱えるハメになったのだが…渦中のヴァラックやデルタらには、なぜこんな騒がしいのか知る由もない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ん〜……」
騒動を何とか収めたその後…
ヴァラックは門衛詰所の仮眠室に転がされていた、壁にはいくつか部屋が造られており、その一室に備えられた仮眠室でヴァラックは眠りにつく。
「「すみませんでしたぁ!!」」
「こちらこそ飛んだ誤解を招き…申し訳ない。」
「「「すみません!!」」」
壁上からデルタを捕捉しモンスターに見間違えた門衛らが深く頭を下げる、デルタは申し訳なさそうに後頭部を掻きながら頭を下げる、それに続き3人組の娘が頭を慌てて下げる。
「ったく…モンスター呼ばわりしてたのが娘だった俺の気持ちよ…」
「すまんって父さん…」
牛獣人の兵士と水牛獣人のデルタは親子関係にあったのだ、門衛からモンスターが襲来したと伝達された牛獣人は当然門番として対応するのだが…それが実の娘だったのだ。
…それはもう、複雑どころの話ではないだろう。
「(き…気不味いっす…)」コソコソ…
「(俺ら減給かなぁ…)」コソ…
「お前らもう仕事戻ってていいぞ、後は俺らでやるから」
門衛の2人は誤報によって混乱に陥れた…と、裁かれるのではないかと気が気ではなかった、こういう場合罪に問われるのは門衛なのだ…それゆえビクビク部屋の端で丸まっていた。
「というかデルタちゃん、この子は誰なんだい」
「ああ、俺も気になっていた」
…流石に仮眠用のベッドから手足が投げ出される巨女の存在感に、門番の2人はチラチラと目を向けてしまう。
「…」すや…すや…
牛獣人の兵士は自身の娘が背負ってきた事もあり、蜥蜴亜人の兵士より特に気にしている様子だった。
デルタはその指摘にまるで待っていましたという様にニヤリと笑う、背後で佇む3人組もどこか口角を上げてニヤニヤしている。
「『女傑』…私たちがそう呼ぶ女性だ。」
「『黒隼』ヴァラック…!」
「ほぉ…北の冷山越えしてきたのか」
デルタの答えに牛獣人は分かりやすくヴァラックに目を向けて驚く、蜥蜴亜人の兵士は顎に手を当てて、デルタから出た二つ名について脳内で検索を掛ける。
「デルタ…お前何処で知り合ったんだ…?」
「それはそこの街道でウチが……」
「?」
_そこで思い出す…、「逆ギレしてた所をヴァラックに止められてボコボコにされた」ことに…、言えるはずがないのだ、デルタは不自然に会話の途中で口吃るしかなかった。
「え…えっと…」
「ん…ぐぅぅ…」もぞ…
「(__ま、不味いッ!!)」
しかしピンチは加速するもので、さっきまで眠っていたヴァラックが目を覚ましたのだ。
さっきから質問を躱わすデルタより、本人から聞いた方がいいと察されるのは時間の問題…それはもう、焦っていた。
「起きましたか」
「んっ…蜥蜴亜人…?」
「ははは!正解、意外と私を竜人と勘違いされる方が多いのに良くお気付きで」
「私はこの門を守る門番を務めているプレイン・サスペンションという、よろしく」
ヴァラックは「よろしく」と一つ返事で握手を交わすと周囲をキョロキョロと観察する…、当然意識のなかったヴァラックは何故ここにいるのか知らないからだ。
「ん?あデル…」
不思議そうに辺りを見回すと見知った顔の水牛獣人が目に入ったので声をかけようとするが…
「やぁ、ちょっといいかな?」
「ん?服装を見る限り…牛獣人の…門番さんってところか」
「合ってるよ、ちょっと身元の確認だけさせてもらっていい?」
デルタに声を掛ける前に遮るようにベッドに座るヴァラックと視線を合わせる為に屈んできたのは、デルタの父である牛獣人の兵士…
会話する前に身元を把握するのは、一応現状身元不明のヴァラックを本人か確認する、門番として最低限仕事をこなす為だ。
「あ、これ身分証」
「はいはい、ちょっと借りるね」
「冒険者カード必要?」
「ああ身分証だけで大丈夫」
慣れた手付きでポケットから革で出来たカードケースを取り出して、一枚の銅板を取り出す…それがこの世界における身分証である。
小さな町なら冒険者カードでも身分証として使えるのだが、国単位になると国から発行されている全世界共通の身分証明書が必要となるのだ。
「…はい、本物だね、すみませんね、手間を掛けました。」
「いや、こんな暑い中、お仕事お疲れ様ですわ」
「いやいや、感謝が沁みますなぁ」
「ハハハ!」と笑い合うヴァラックと自身の父を見て、デルタは更に焦る…このまま行くと、私と何処で会ったか聞かれてしまう…と。
静かに冷や汗を流すデルタを横目にヴァラックは頭に「?」を浮かべながら、牛獣人の兵士と会話をした。
「〜〜…、あ、所で娘とはどこで…」
(来たっ…!)
「ああ、デルタとは……」
デルタは不意に訪れたソレに背筋をピンッと伸ばした、やはりこの質問からは逃れる術はないのだ、自身の娘が有名な冒険者と…それも娘の憧れの人物を連れてきたのだ、親として聞きたくなってしまう。
「さっき…」
(う…ぅぅ…ぐぐ…)
いずれ飛んでくるだろう父の怒号に身を固めながら、ヴァラックの言葉をただ待つデルタ…しかし、ヴァラックから放たれた言葉に耳を疑う…。
「私と一対一で闘って仲良くなったんだ」
「……え?」
「そうかデルタと…、どうだウチの娘は?」
「いい強さを持っているなと」
意外にも、ヴァラックは「デルタが人に迷惑をかけた」ことをデルタの父には合わなかったのである、
てっきり本当の事を言われると思っていたデルタだが、話を上手く抜粋してデルタの父に話すヴァラックを見て目を見開いた。
「まぁ構えとか大分雑でしたが」
「だよなぁ…俺が直々に兵法を教えようとすると嫌がって、いつも女傑の子たちと訓練してるんだが…」
「コイツら仲良さそうですし、そんなもんですよ」
終始デルタの話題で盛り上がったヴァラックとデルタ父は、別の門衛が交代の時間だと声を掛けるまで永遠と喋り続けたのだ。
当然、予期せぬヴァラックの言動に放心状態であったデルタが意識を戻したのは、デルタの父親と白い蜥蜴亜人が休憩を終えて仕事へ戻る時であった。
「じゃデルタ、ヴァラックさんにこの国を魅せてくれよー」
「え、あっうん」
「では、ヴァラックさん、俺らは仕事に戻ります」
「ええ、モチベートさん、暑さにはお気を付けに」
デルタの父…モチベートと、蜥蜴亜人のプレインらの門番に声を掛けるが「アンタが言うな!」と突っ込まれて、ヴァラックが「ひでぇや」と言い返す…
そんなふざけた空気感に、3人が3人で笑いあうのだ。
「ハハハ…、いい人じゃねぇかモチベートさん」
「あ、あぁ良い父さんだよ」
「…」
「どうした?」
ヴァラックはベッドに腰掛けたまま手を軽く上げて会釈する、蜘蛛亜人率いる3人組は元気に「さよーならー!」と大きく腕を振る。
…しかしデルタは曖昧な笑みを浮かべて手を振るのみだったのだ、そんな様子にヴァラックは頭を傾げる。
「…いえ、何故…かと」
「何故とは?」
「……ってっきり言うの…かと」
明らかにキョトンとするデルタを見て、ヴァラックはマスクを押さえてクスクス笑う…あまりにも腑抜けた顔に可笑しくて笑ってしまったのだ。
「んふ…くふふ…んん…ッ」
「な、なんで笑うんですか!」
何度目かの動揺するデルタを見てヴァラックは、目元を押さえて静かに笑うのだ。
「わざわざ言いふらす事でもないだろ?」
「そ、そう…なんですか?」
「そうそう」と笑うヴァラックを見てデルタは椅子にドサリと腰掛ける…
「(こ…この人は…)」
__正義感に溢れてるのか雑なのか…分からないな…。
ただただヴァラックにジト目を向けるのだ、だがヴァラックは笑いの余韻に浸りながらベッドの上で体を伸ばしてベッドから立ち上がるのだ。
「ふぁ…、そろそろ起きるか…」
こんばんは!
第22話をご覧頂きまして本当にありがとうございます!
一応それぞれ三人組のストーリーを別々に考えているので、いつか物語りに組み込めたらいいなと思います、
※身分証を分かりやすく。
○冒険者カード
・会員証or名刺 くらい
あくまで冒険者間で使える身分を証明できるもの
○身分証明書
・マイナンバーカードor住民票
どこの国、如何なる場面でも通用する身分を証明できるもの、三色のグレードがある
・銅版 一般人
・銀板 貴族
・金板 王族
・白板 仮の身分証 紛失した際などにその間使えるもの
・蒼板 犯罪歴がある人を指す、実は横からだと銅板とほぼ同じ見た目になる、見せたい相手だけに伝わるように配慮された作り。
いつもみてくれてありがとうございます!感謝感激です!なんだかんだ順調にブックマークやコメントが来ていて驚きと同時に嬉しさが込み上げてきます!