33 秘密
私たち子竜守が使用する浴室へ入り身綺麗になったリシャールは言葉少なに身支度を終え、ベッドに潜り込むとぐっすり眠ってしまった。
リシャールの通う貴族学校は、王都郊外にあり、徒歩ではとてもここまではたどり着けない。
だから、どうにかして馬車に乗って来たのだろうけれど、あれだけ憔悴をした様子で服も汚れていたということは、もしかしたら同級生などに嫌がらせを受けたのかも知れない。
……私はどうして、リシャールのことをこれまで放っておけたのかしら。
私は団長にリシャールのことを報告に行こうと扉を開ければ、すぐそこに彼が居て、驚きのあまり口を大きく開けて止まってしまった。
「……ウェンディ」
「あ」
扉を叩こうとしていたらしい団長も驚いた表情を浮かべていたけれど、彼は部屋の中に居るリシャールのことを知っているのか、声を潜めて名前を呼んだ。
リシャールは汚れた姿でここへとやって来て、先ほどようやく安心出来る寝床に入ったばかり……だから、私はここから離れようと思い、団長の腕を取って歩き出した。
団長は何も言わなくても離れようとしている私の意図を察し、付いて来てくれた。
「団長。弟のことを、知っていらっしゃるんですね?」
子竜たちが住む竜舎を出て、私は団長に尋ねた。
「……ああ。ジリオラが報告に来た」
明るい月の下、団長の青い目は透きとおり、自ら発光しているように見える。
私は子竜守の女性が使う浴室をリシャールが利用することになるから、ジリオラさんに事前に了解を得ていた。
リシャールから私は当分離れられないと見て、きっと、気を利かせたジリオラさんが団長に報告してくれたのね。
「あの……弟は貴族学校の寄宿舎で過ごしているはずだったのですが、色々あったようで。落ち着くまで、少しだけ、ここへ置いていただけますか。グレンジャー伯爵家の邸には帰りたくないようでして……」
アレイスター竜騎士団は、団長が責任者だ。敷地内に部外者を入れることになってしまうのならば、彼の許可が必要だった。
「……ああ。構わない。それに、俺にとっては義弟にあたるのだから、何があったのかと心配した……大丈夫なのか?」
団長はリシャールを心配することは、自分にごく当然のことだと言いたげに言った。
私たちは結婚している……けれど、まだそれは本当の結婚ではないはずなのに、彼の言葉に胸が高鳴った。
「そ! それは……そうです……あの……」
私と彼が結婚していることは、まぎれもなく事実だ。
その証として、私の胸にはカートライト侯爵家の紋章である『二本の剣を支える二匹の竜』が刻まれている。
独身者は一匹、既婚者の竜は二匹と定められているのだから、紋章をひと目見ればわかってしまうのだ。
「ウェンディ。そんなに心配することはない。そういう時期は誰にでもあり、すぐに気を取り直す」
私が口ごもった理由を団長はどう誤解したものか、先んじて気遣いの言葉をくれた。
「……はい」
何故、アレイスター竜騎士団にリシャールが来たのか……私にも言わなかった。
リシャールは利発な子で、あんな風に落ち込んだ姿を、これまでに私に見せたことはなかった。母が亡くなってお父様があんな調子だし、私に心配を掛けたくなかったのだろう。
どうして、気を回してやらなかったのだろう……どうして、私は、ここまであの子を放っておいたんだろう。後悔ばかりが頭の中をぐるぐると回る。
お母様はもう居ないのだから、私があの子の母代わりにならなければならなかったのに。
「……ウェンディ。大丈夫か?」
「あ」
顔を俯かせていた私が顔を上げれば、団長の整った顔が思ったより近くにあって驚いてしまった。
彼は頬に大きな手を当てて、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「君はこれまで、自分が生きて行くために働いて大変だったんだ。安全な場所に居るはずの弟のことまで気が回らないのも、無理はないと思う」
「団長……」
団長は心を読んでしまえるみたいだった。私の目から涙がこぼれて、彼の手の甲に落ちた。
「ウェンディ」
その時、私は大きくて温かなものに包まれた。団長の匂い。
団長に抱きしめられたのだと気が付いたけれど、恥ずかしさより安心感が上回ってしまった。彼の身体に手を回して、ぎゅうっと抱きついた。
ああ……なんだか、とっても安心出来る。温かい。ずっと、こうしていたい。
団長は私のことを何があっても、守ってくれるだろう。そう思った。
私は自分の中にある焦燥感や不安が彼の熱に溶けてしまうまで、しがみつくように身体に手を回していた。
そして、ふと我に返った。
……え。私。
団長と抱き合っている……よね? 私も自発的に抱きついているけれど……いつの間にか。
どうしよう。恥ずかしい……。
「……団長。あの……ごめんなさい」
団長は動揺した私の気持ちが落ち着くまでと思ってか、何も言わずにずっと抱きしめてくれたまま動かなかった。
「いや。大丈夫か?」
小さく問いかけられた私が顔を上げると、団長の綺麗な青い目がそこにあった。まるで、空を映すような綺麗な青には曇りは何もなく、心配そうに私を見つめるだけ。
「団長」
「なんだ?」
「……あの、ち……近いです」
だって、何かの間違いで彼がほんの少し移動しただけでも、お互いの唇が触れてしまいそうな距離しか離れていない。
……私たちは実質的に夫婦となっているのだから、特に問題はないかもしれない。
そして、私は団長を好きで彼も求婚してくれたということは、お互い少なくとも好ましく思ってくれているはずだし……いいえ。
駄目よ。彼はただ安心させてくれようと抱きしめてくれただけなのに、私ったら何を考えているの。
ここでそんなことを考えてしまうなんて、良くないわ。
「ああ。すまない」
団長は紳士的な彼らしく、察して私を身体から離し、一歩下がった。
……それを、何か物足りなく感じてしまう。どうしてだか、わからない。
団長は私の言ったことを受けて、体を離してくれただけなのに。
「あの……ありがとうございます……」
「いや、弟があんな形で現れたのだから、不安に思うのも無理もないよ。とにかく、落ち着くまでここに居て良いから」
団長はそう言って、安心させるように私へ微笑んだ。
「……あれー? 二人で何やってるの?」
笑い返したそこにセオドアの声がちょうど聞こえて、私は本当に驚いた。
「セオドア。お前、ここで何をしている」
「そっちこそ、何をしているの? ユーシス。僕はウェンディにアレイスター竜騎士団での子竜守を辞めてもらって、僕と付き合わないかって何度も何度も言い続けているんだから、勤務外の時間に彼女をこうして訪ねてもおかしくないと思うけど」
セオドアは確かに恋愛が禁止されているアレイスター竜騎士団を辞めて、自分と交際しよう婚約しようと言い続けている。恋愛は禁止だけれど、それを私が受けていなければ問題ないのだ。
セオドアは私の部屋を訪ねて来て、もし良かったら自分と話をしようという理由となり得る。
けれど、団長は、そうではない……ことになっている。
「ウェンディの弟が、今日、アレイスター竜騎士団内に忍び込んだんだ。当分の間、保護することになったから、話を聞きに来た」
団長は冷静に淡々と説明し、私へ目配せをしたので、慌てて頷いて肯定の意を示した。
「ウェンディの弟が?」
それは、副団長であるセオドアも知らない情報だったらしく、彼も驚いた表情を浮かべていた。
「そうだ。難しい年頃だし……グレンジャー伯爵家は、最近良く話題になった。そういう意味でも落ち着く期間が必要だと思う。ウェンディ。弟が通う貴族学校には、俺の方から事情を話しておこう」
「は……はいっ。ありがとうございます」
私が何度か頷けば、セオドアは目に見えて面白くない表情になった。
「え~、なんだ。二人の決定的証拠を、掴んだと思ったのにさ~」
「……お前は本当に業務以外のところで、時間を使い過ぎなんだ」
不満そうに口を尖らせたセオドアに団長は呆れたように言って、肩を組むと私には部屋に戻るように目で指示した。
わっ……びっくりしてしまった。
このアレイスター竜騎士団は、恋愛禁止という厳重な規則がある。
だというのに、私はこんな誰かの目があるかもしれない場所で、団長と抱き合ってしまっていたのだ。
この前の夜会での私たちの様子を見ていたセオドアは、何かがおかしいと勘付いて居るのかも知れない。
これからは、気を付けないと……私たち、実質的には結婚をしているけれど、まだそれを皆に明かすわけにはいかないのだから。
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