31 おかえり
(帰ってきた~)
(きた~)
(ウェンディだ~)
(ひさしぶり~)
(なにしてたの~?)
(セオドアが喜んでたよ~)
(ね~。セオドアもぶつぶつ言いながらうろうろ歩き回ることもなくなるね~)
(良かったよね~。あれ怖かったもん)
(良かったよ~)
(どこ行ってたの~?)
ある程度の数の慣れた使用人たちが戻って来て、お父様のことを任せることの出来た私はアレイスター竜騎士団へと戻った。
既に飛行出来るようになった色とりどりの子竜たちがふよふよと浮いて、私の周囲を取り囲んだ。
「もう……一度にいろいろ言わないで。セオドアがどうしたの?」
何匹もの子竜たちに一気に話されて訳がわからなくなってしまったけれど、聞き逃せない情報があったような気がして私は彼らに質問した。
だって、どうして私がアレイスター竜騎士団へ戻って来たら、セオドアがうろうろ歩き回ることがなくなるの……?
(セオドア、ウェンディが居なくなって寂しいって、ずっと嘆いていたんだよ~)
(言ってた~。ずーっと言ってて、ちょっと怖かったよね~?)
(ね~!)
(そうそう! ウェンディのこと好きなんだよ~)
(好きな子いじめるタイプだよ~)
「え。何。どういうことなの……? セオドアは私のことなんて、好きではないと思うけど……」
このアレイスター竜騎士団に来てからというもの、私が苦労して悲しむ姿を期待していただけみたいだし、付き合いたいという言葉もグレンジャー伯爵家の窮状を揶揄っているだけだろう。
今思い返すとセオドアには、意地悪なことしかされていない。
(え~……)
(そんなわけないよ~)
(セオドア。なんだか、可哀想だよね~)
(ね~)
(ウェンディはユーシスの方が好きだし、仕方ないか~)
(それは、仕方ないよね~)
(ね~)
「それは! 確かに……そうだけど」
私はそこで、顔に熱が集まっていくのを感じた。
だって、こうして生まれたばかりの子竜たちにも、私が団長のことを好きであることがお見通しなのだ。
ということは、周囲の人たちにだって、きっとそれはわかられてしまっているに違いない。
「……はいはい。何をしている。ウェンディはここで、仕事があるんだよ。あんたたちは遊んでいないで散りなさい」
そこでパンパンと手を叩く音が聞こえて、子竜たちは慌てて飛行して行ってしまった。
「ジリオラさん! こんにちは」
ジリオラさんはいつも通り、白い子竜守の服を身につけ、私を見て大きく息を吐いた。
「どうしようもない父親の様子は、どうだったかい?」
先んじて私の家の事情を話していたジリオラさんから容赦のない言葉が出て、思わず苦笑いしてしまった。
「はい。父がカジノで儲けて稼いだという金額は、私の予想していたよりも多くて……借金完済の上で、ある程度の期間は、我がグレンジャー伯爵家は余裕を持って過ごせるかと……」
「それでも、ここに帰って来たのかい? 裕福な家の貴族令嬢として、悠々自適に過ごせば良かっただろうに」
片眉を上げたジリオラさんは私と団長が、形ばかりの結婚をしていることを知っている。
けれど、ここでは誰が聞いているかわからないから、何も言わなかったのだろう。
「ええ。あのお父様なので……いつ、また一文無しになるかもわからず……ここに居れば、お金は稼げますので」
私はあのお父様のことは、嫌いにもなれないし、憎んでもいない。
けれど、もう……色々と諦めてしまっていた。
人が良いだけあって、人にも好かれる。友人も多い。けれど、何度も何度も懲りずに騙されてしまう。
お父様は変わらないし、変えられない。娘の私はなるようになるしかないと達観するしか道は残されていなかった。
「ふーん……まあ、ウェンディがそれで良いって言うのなら、それが一番だろうがねえ……」
ジリオラさんは、なんとも言えない表情になっていた。
本来ならば、働くこともなく邸の中に居て、外出と言えばお茶会程度。そんな風に邸の中で大事に大事に育てられた貴族令嬢は多い。
彼女の言いたいことは、とても理解出来るわ……私だって、あのお父様が私のお父様でなかったらと、これまでに何度も何度も思ったこともあった。
それでも、あの人が私と血の繋がったお父様なのだ。
「はい。こうして子竜守として働いていると、何があったとしても生活はしていけますし……お金も稼げます。弟はまだ学生ですし、出来るだけ続けたいと思っています」
手に職さえあればグレンジャー伯爵家に何があったとしても、私の手でリシャールを貴族学校に行かせることだって出来る。
そういう意味では、とても安心出来た。
「そうかい。私は助かるから、それでも良いよ。それにしても、仕方ないのないお父様だねえ。娘にここまで言わせる男は珍しいよ」
「はい……」
大きくため息をついたジリオラさんは、先を進み始めたので、私はそれについて歩き出した。
「ウェンディ。結婚はしないのかい? 求婚者が現れたと聞いたけど?」
「それは……」
団長から私が求婚されたことを、ジリオラさんも知っているんだ……彼女は別に揶揄っているわけでもなく、淡々とした様子だった。
だから、本当にこれを疑問に思っているだけだろう。
私は団長のことが好きだし、先方も良く思って下さっている。
ディルクージュ王国貴族としての結婚の儀式は済んでいるし、あとは名目上の結婚を果たせば、正式な夫婦になれる。
それなのに、どうして求婚の申し出を断ったのかと。
「その……すぐに結婚して、後悔してしまわないかと……」
「ああ。それもそうだねえ。ウェンディだって社交界入りしたばかり。ユーシス以上の男にも求婚される可能性だってあるわけだから」
ジリオラさんは私の言葉に、納得したようにそう言った。
「いえいえ! そういった意味ではないです。団長以上の人なんて、居ません!」
慌てて胸の前で両手を振ったら、ジリオラさんは不可解そうな表情になった。
「いや、条件の上では少ないかもしれないけど、居るだろうよ。何を言ってるんだい。あんたの言った後悔って、そういうことだろう?」
団長より身分の高い人は、居るかもしれない。団長より強い人は、居るかもしれない……けど、私にとっては、団長以上の男性には思えないと思う。
「そういう、私が後悔するという意味ではないです。求婚してくださった方があんまり素敵なので、私と流れのように結婚して……彼が後悔しないか、心配なんです」
「……そうかい」
そこまで聞いたジリオラさんは生優しい視線を送り前へ進むと、それ以降は私の結婚などについては何も言わなかった。
そんな彼女を見て、私本人もなんだかむずがゆい気持ちになる。
だって……私は団長のことが、好き。それは、もう認めざるをえないもの。




