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26 胸騒ぎ

 いきなりやって来たジルベルト殿下がすぐに帰ってしまった後、団長から感謝を受けたジリオラさんは『私が言ってやりたかっただけだから』と笑っていた。


 私も言ってやりたいとは思ってはいたけれど、あれだけの啖呵が切れるのは、ジリオラさんだったからだ。


 ……私では、殿下に帰ってもらうことは、とても出来なかったと思う。


「あの、ジリオラさん。気がついていたんですか……?」


 何を気がついていたかというと、私と団長との二人の間には何かあることを、ジリオラさんは知っていたのだと思う。


 私たちは一日の終わり、子竜守の仕事を終えて、仕事道具を片付けていた。


 今ではほぼ全員が飛べるようになってきた子竜たちも、深夜に食事することもなくなり、睡眠時間もどんどん長くなっているので、夕方に寝藁を替えたところで眠り出し私たちはそれを確認して部屋へと戻っていた。


 当初の話にあった通り、子竜守の仕事は一年の中あの二ヶ月間が一番大変で、逆に言うと他の十ヶ月はそれほどは忙しくないということだった。


「……あれで、わからないと思う方が、おかしいと思うがね」


 呆れたような面白そうな表情でジリオラさんは答え、これまでにバレてはいないだろうと思って居た私は、なんだか恥ずかしくなってしまった。


「そっ……そうですかね」


 やはり、嘘をつくことに慣れていない私のせいだろうか……けれど、ジリオラさんの話では、私たちは契約とは言え結婚しているので、バレてしまっても大丈夫だということ……?


「ジルベルト殿下については、気にすることはないよ。両陛下は私に何かすれば、絶対に黙っていない。それは、あの子も良く承知しているだろうからね」


「あの……もしかして、何かあるんですか?」


 これまで露骨に横暴な態度をとり続けていたジルベルト殿下が、ジリオラさんが出て来たら、途端に勢いをなくし、城へと帰って行ってしまったことは確かだった。


 ジリオラさんは……アレイスター竜騎士団で三十年ほど子竜守を続けていた貴重な貴族女性ではあるけれど、王族だというのに、あの態度は確かにおかしかった。


「そうだよ。私とあの子の名前は、似ていると思わないかい?」


「ジリオラ……ジルベルト……確かに、そうですね」


 ジリオラさんの質問に私は頷いた。二人の名前は確かに、良く似ている。けれど、それはただの偶然だと思っていた。


「あの子が王妃陛下のお腹に居た頃のことだよ。何故か機密情報が漏れてしまい、王家が揃って乗っていた馬車を、敵軍に執拗に狙われてね。私の夫イスマイルは一人で多勢の敵に立ち向かう事になり、あの人たちを守るために囮となって、殉職したんだよ」


「あ……」


 私は言葉を失ってしまった。ジリオラさんの旦那さんは、王族を守って……亡くなったんだ。


「……だから、王妃は夫の名前をと言ってくれたんだが、私がそれは嫌だと言ったんだよ。私のイスマエルは、あの人だけで良いからとね。せめて、私の名前をと言われたので、それは了承した。第二王子ジルベルトという名前は、私の名前を取って付けられている……そういう曰く付きだから、あの子は私には逆らえないのさ」


「ジリオラさん……」


「勘違いしないでくれよ。ディルクージュ王国は直系王家が居なければ、成り立たない仕組みだからね。私は王家を恨んでも居ないし、それを守った夫を誇りに思って居るよ。数え切れない国民を守るために、あの人はたった一人で戦ったんだ」


 その出来事を語るジリオラさんの口調は、淡々としていて、運命だとすべてを受け入れているようだった。


 ……けれど、一夜にしてすべてを失った過去のある私には、少しだけ彼女の気持ちがわかってしまう。


 思いもよらなかったひとつの出来事で人生が生活のすべてが変わってしまい、ジリオラさんがそれを乗り越えるために、どれだけの多くの葛藤を持ち、受け入れるまでの長い時間が流れたのか。


「……もっと早く、二人の間に出て行ってあげるべきだったかねえ……まあ、ユーシスも悪いんだけどね」


「え?」


 私が思うに団長には悪い部分はないように思うし、ジルベルト殿下の言いようには幼稚で単に団長に嫉妬しているだけのように思える。


「あれはね。確かに、不当な扱いだよ。だが、ユーシスは自分さえ我慢すれば良いと思って、訴えるべき国王陛下にも伝えて居ない」


「それはっ……その、ジルベルト殿下を思ってのことです」


 王族であるジルベルト殿下に、意見する臣下にはなりたくないはずだ。そこを乗り越えて不当な扱いをしているのは、殿下の方なのに。


「ユーシスはアレイスター竜騎士団の、団長だろう? 自分がああいった扱いを受ければ従うべき部下も苦しむとわかりつつ、何もしなかったんだ。それは、抗議すべきであって、我慢すべきではない。あの子がただの貴族なら、それでも良いかもしれないけどね」


「それは……」


 私はジリオラさんの言葉には、何も言えなかった。


 ジルベルト殿下の団長への行為は、あからさまに嫌がらせで褒められたものではない。けれど、それに抗議して止めさせることは、団長本人にしか出来ない。


 けれど、それを頑なにしなかったことに対し、ジリオラさんは怒っているようだった。


「竜力の差は、生まれ付きのものだから、あの子にはどうしようもないんだよ。それに嫉妬して責め立てるなんて、持って生まれたものを、今さらどうすれば良いんだい。だから、言ってやれば良かったんだよ。不当だ。大人げない嫌がらせをするなとね」


「確かに、そうです……」


「ユーシスはジルベルト殿下に対し、遠慮があるんだろうと思うよ……けれど、今は守るべきものもあるからねえ。しっかりして欲しいものだよ」


 ジリオラさんは、ほうっと大きく息をついた。


 ジルベルト殿下のお気持ちもわかるような気がするし、それを尊重したいと思う団長の気持ちもわかるような気がする。


 けれど、不当な行為に抗議しない事は、ジリオラさんの言った通り、良くないことかもしれない。


 だって、ジルベルト殿下は、自分の行為が悪いものだとは全く思って居ないかもしれないもの。


 私は彼女と別れて部屋に戻ってから、そういえば、私と団長が恋愛からのものではない契約結婚であることを話す事を忘れたと思った。


 ……けれど、そもそも私と団長が恋愛関係にあるとは思って居ないだろうから、ジリオラさんはそこも既にわかっているのかもしれないけれど。



◇◆◇



「ねえねえ。ウェンディ。これ見て」


 いつものようにアスカロンの部屋で寝藁を掃除していたら、私の名前を呼んだので背後を振り返った。


 ふわっと白い光が見えて驚いたけれど、それが、アスカロンの口から吹かれたブレスだということに、二度驚いた。


「え! それは、どうしたの。アスカロン」


 初めて見る竜のブレスに驚いたものの、白い光は冷気だったようで、部屋の中の温度は一気に低くなった。蒸し暑い季節だったので、私は快適な温度になった。


「うん。お母さんから力の使い方を、学んでいるんだ。使い方を学べば、間違ったことにはならないだろうからって……」


「まあ。素晴らしいわ……もうっ……どんどん大きくなるのね」


 私は床に居た彼を抱き上げて抱きしめ頬擦りすると、アスカロンは嬉しそうな顔をしていた。


「もう……僕はウェンディが思うほど、幼くはないんだよ。なんでも出来るようになっているんだから」


 最近、自立心が強くなってきたアスカロンは、自分が子ども扱いされることを嫌っていた。自分の使った寝藁だって、私と一緒に片付けてくれたりするのだ。


「そうね。ごめんなさい。ふふ。お兄ちゃんになったのね」


 子どもではないという訴えを微笑ましく思った私が彼を床に降ろすと、アスカロンは目に見えて、身体をガタガタと震わせていた。


「わ! ああっ……!! 何、何これ……!!」


「え! どうしたの?」


 今までに見たことのない激しい動きをした子竜に、私は慌ててしまった。


「お父さんが! お父さん……っ! お母さん?」


 ガタガタ震えている身体を自分で抱きしめて、空を見つめているアスカロン。私は彼の様子を見て、何をどうしたら良いものかと思い、動けなかった。


「お父さんが、暴走している……ウェンディ。ここに、向かって来ている。お母さんが、万が一を考えて、皆逃げた方が良いって……」


「……え?」


 私はその時、心臓に鋭い痛みを感じた。


 そして、不思議とその光景が見えた。近くの草原、向かい合う二匹の黒い神竜、暴走したウォルフガング。ルクレツィアは、他の竜には結界を張るように命じ、ここには近寄るなと……。


「だんちょう……?」


 おかしいくらいに、怒り狂っていたウォルフガング……どうして、どうしてそんな事になったの?


 ウォルフガングに対抗出来るのは、同じ神竜のルクレツィアだから……必ず、あの場には団長が出ているはず!


 私が部屋を出ようとすると、アスカロンは叫んだ。


「駄目だよ! ウェンディ。お父さんとお母さんの争いに巻き込まれたら、死んでしまう!」


「……それでも、私は行かないと。私がそうなるなら、団長とジルベルト殿下だって……同じことなのではないの?」


 そう言った私は、答えを聞かずに走り出した。


 頭では危険だから、逃げた方が良いと思っている。私が行ったって、単に迷惑掛けるだけに終わってしまうかもしれない。


 けれど、どうしても……どうしても、私は行った方が良いと思った。


 たとえようもないほどの、この胸騒ぎ……伴侶が死んでしまうかもしれない、そんな時に、一人だけ逃げられる訳なんてないもの。


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