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18 手紙

 私が家族からのありえない手紙を受け取ったのは、突然のことだった。


 そろそろ本能的に羽根を動かす練習を始めたアスカロンも、他の子竜たちと一緒に飛行訓練に行くようになるから、あの子に慣れている私も二、三日一緒に居て欲しいと団長から特別に頼まれた。


 本来ならば、無数の子竜たちと一緒に過ごして居るはずなのに、特別に力が強過ぎるために一匹だけ隔離されて生活する必要があったアスカロンのことを他の子竜と上手くやっていけるか気にしているらしい。


 ……本当に、団長がアスカロンの父親みたい。


 他の子竜たちは周囲の子が練習し始めると、自然に動きを真似るようになり、そうしてどんどん羽根を動かすことに慣れていき、飛べるようになったのだけど、アスカロンは一匹だけだったためにそれをし出すのが遅かったのだ。


 ようやく、羽根を動かしてふんわりと浮かぶようになったので、アスカロンも広い草原にて飛行訓練をする必要があった。


「っ……お嬢様っ! ウェンディお嬢様!」


 私は飛行訓練に付き合うためにそろそろ草原に行こうかと思いつつ、騎士団屯所を歩いていたら、前から慌てて走ってくるライルを見つけて驚いた。


「あら! ライル。なんだか、久しぶりね。貴方はひと月ほど前から遠征訓練に行っていると、聞いていたけれど」


 ライルはアレイスター竜騎士団では、新人。それも、まだ自分の竜を持っていない状態だ。だから、訓練をしたり遠征をしたり、屯所に詰めている間は雑用をこなしたりと、とても忙しそうにしていた。


 けれど、古くからの顔なじみが同じ職場に居ると思えば、私も心強くここを紹介してくれた彼にはとても感謝している。


「そうなんです。それでついさっき、アレイスター竜騎士団へと戻りまして。いえいえ。俺のことなど、どうでも良いのです。こちらです! 見てください! お嬢様!」


「……えっ?」


 私は戸惑いながらもライルから差し出された、一通の手紙を受け取った。少しうす汚れている白い封筒の差出人の名前を見ると……ジョセフ・グレンジャー!


 異国にお金を稼ぎに行ったお父様の名前だわ!


「どうしたの……? これは? お父様は私の今の居場所を知らないはずだけど……」


「申し訳ありません。遠征に出た後に、お嬢様と親しいなら届けて欲しいと、以前グレンジャー伯爵家で勤めていた使用人を回り回って、俺の部屋に置かれていたらしく……数日前にここへと届いたそうなのですが、お渡しするのが遅れてしまって。何か、急な知らせでなければ良いのですが」


 この白い封筒が、汚れてしまっている理由がわかった。色んな人たちの手を渡り歩いたから、汚れてしまっていて……ライルが私の居場所を知っているからと、アレイスター竜騎士団まで辿り付いたのね。


 さっきライルが走って、私のところに来た理由がわかったわ。お父様からの連絡だからと、慌てて届けに来てくれたのね。


 この手紙に、何が書かれているか怖い……私は喉を鳴らしながら封を開くと、あまりにあり得ない言葉が並んで居た数枚の便箋を、思わず両手でくしゃりと掴んでしまった。


 ……嘘でしょう……ありえないわ。


「……お嬢様……? お嬢様! しっかりなさってください! 大丈夫ですか!?」


 両腕をライルに持たれていた私は、はっと我に返った。


「……え? あ……ライル。私、今、立ったままで夢を見ていたのかしら。お父様が一時的にディルクージュ王国の貴族の爵位を抵当に入れお金を作り、カジノで大儲けするから心配するなと、書いてあった手紙を読んでいた気がしたんだけど」


「ああ……!! 旦那様! うら若き乙女であるお嬢様を、たった一人で置いて行っただけでは飽き足らず……なんということを……!」


 そう言って絶句したライルの愕然とした表情を見た私は、これは夢ではなかったと悟った。


「……ライル。これは、夢ではなく現実なのね」


「お嬢様……俺には、なんと言えば良いのか。アレイスター竜騎士団の、子竜守は……」


 淡々と聞いた私の問いに答えるライルは言葉の先を濁して、何も言わなかった。


 ……ええ。何が言いたいか、私にもわかっているわ。貴族でなくなって仕舞えば、私はここに居られなくなる。


「ライル。とにかく、まだ爵位を抵当に入れるまでに、日にちには猶予があるようなの。それまでに、次の仕事先を探すわ」


 お父様がグレンジャー伯爵位を抵当に入れて大勝負に出るまでには、まだ日にちがある。だから、それまでに生きて行く道を見つければ大丈夫。


 爵位は抵当に入れることは出来る。けれど、竜力を持つには国王が認めなければいけない……それでも、抵当に入れて、爵位がないと見做されれば不思議と消えてしまう、貴族にある竜力と胸にある紋章。


 私も貴族令嬢として生きて来た頃には、子竜守として働いていた業務なんて出来なかった。けれど、今ではある程度は働くことにも慣れ体力だってある。


 それに、ここで働いたお金だって、ある程度は持っていて……ええ。生きて行けるわ。ウェンディ。大丈夫よ。


 くしゃりと握りしめていた手紙を延ばし、私はそれをエプロンにしまった。


「俺も……微力ながら職探しには、協力します。ウェンディお嬢様。お嬢様はアレイスター竜騎士団に入られてからも働き者で、団員にも評判が良かったです。団長や副団長だって紹介状を書いてくださるかもしれません」


「そう……そうね。ありがとう。ライル。励ましてくれて……」


「お嬢様……」


 悲しそうな表情のライルは、それ以上何も言えないようで、私は仕事があるからと遠征帰りだった彼と別れた。



◇◆◇



 草原に当たる光が遊んで、爽やかな風が通り過ぎた。その中では、可愛い色とりどりの子竜たちが竜騎士の号令に従って、順番に飛行訓練をしていた。


 数匹順番に列に並び、今か今かと自分たちの順番を待っているのも可愛い。笛が鳴れば小さな羽根でパタパタと飛行して、一番長く飛べた子竜を周囲の子竜たちがよくやったと褒めている様子も可愛い。


 アスカロンもたどたどしくはあるものの、ちゃんと飛ぶことには慣れて来ていて、子竜たちとも上手くやっているようだ。


 ……ああ。なんて、眩しくて美しい光景なの……これから、私を待つ未来とは真逆に思えてしまう。


「そうね……私が貴族でないなら、子竜守は出来ないものね……」


 もうすぐ、私はあの子竜たちと離れることになってしまう。


 それは、目の前にしてしまうと、身を切られるように辛かった。もっともっとちいさな頃から、ミルクを与えて飲まないなら工夫して、なかなか寝ないなら自分も眠らないで寝かしつけていた。


 この手で苦労して育てて来たと言っても過言でもない子竜たちと、中途半端な時期に離れたくはなかった。


 ……せめて、あの子たちが巣立ちを済ませるまでは、一緒に居たい……けど、それは無理なんだわ。


 座ってため息をついて居た私の頭に、ぽんっと柔らかな何かが衝突し、被って居た帽子が飛んでいた。


 ……いいえ。楽しそうな子竜が、私の帽子を持って飛んでいた。


「こら! 帽子を返しなさい!」


「キュキュキュっ……キュッ!」


 あんなに楽しそうなところを申し訳ないけれど、まだまだ体力の少ない子竜はすぐに落ちてしまう。座っていた私は立ち上がって走り出し、帽子を持って飛んでいる子竜を追った。


「もうっ……! こんな悪戯して、おやつ、なしだからね!」


 私がそう脅しつけると、子竜は慌てて振り返り高度を落とした、しめたと思って小走りでその子竜を捕まえようとしたら、草原にあった何かにつまずいて転んでしまった。


「っ……」


 すぐ目の前にあったのは、団長の驚くほどに綺麗な目を開いた顔だった。しかも、私は横になっていた彼の上に倒れ込んでしまっていた。


「キュキュキュッ……! キュキュキュ!」


 帽子を持って逃げていた悪戯好きな子竜は楽しげに笑い、とんでもない状況に顔を熱くしてしまった私の方を見ていた。

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