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17/30

17 涙

「ウェンディ。そろそろ子竜たちが帰って来る頃だから、私らも竜舎に戻るかね」


 私は洗濯物を干し終わりセオドアと別れてから、騎士団詰め所の近くで空を見てぼーっとしていたら、ちょうど通りがかったジリオラさんに声を掛けられたので慌てて立ち上がった。


 一日のほとんどを共にしていた子竜たちも、日中は一緒に居ない。子竜たちの飛行訓練には、ジリオラさんと私の出番はなかった。


 外部からの刺激にとても敏感でか弱く生まれたての子竜は竜力を持つ貴族女性、つまり子竜守の手ですべてお世話するのが一番良いらしい。けれど、ふた月も経って健康に育てば外界の刺激や男性にも慣れることが重要となり、これから子竜たちはゆっくりゆっくりと私たちの手を離れていく。


 それは、心の中では寂しいと思ってしまうけれど、これまで少しも気が抜けずに眠れない日々を思い出すと、ほっと安心してしまう気持ちだって大きい。


「……最近は、飛べる子も少しずつ増えて来ましたね」


 最近は竜舎の中でもパタパタとちいさな翼を羽ばたき飛行する子竜たちも多く、歩いている私の後頭部にいきなり抱きつく子竜も居た。


 危ないから駄目だと言っても、楽しげにキューキュー鳴くばかりで止めてくれない。


 そんなことを一切されていないジリオラさんに言わせると、子竜たちも相手を選んで悪戯を仕掛けているらしく、私は子竜たちに対し甘すぎるらしい。


 ……これから、私も子竜守の仕事にだんだんと慣れて、子竜たちとの適切な距離を測れるようになるのかもしれない。


「まあ、そろそろ巣立ちの時期だからねえ……生まれたての子竜が三ヶ月で巣立とうというのに、どこかの成人の年齢を越えた王子様も、早く大人になって欲しいもんだけどね」


 隣を歩くジリオラさんがため息混じりに話し、先ほど団長がジルベルト殿下に怒鳴られていたことだろうかと思った。


「あの。私もジルベルト殿下に、謝罪した方が良いんでしょうか?」


 あれは私の仕出かしの責任を団長が取ってくれただけで、あの人は何も悪くない。


「いやいや。あんたがそれをすると、ユーシスの面子を潰してしまうことになるからやめときな。私も心配になって、ユーシスに話は聞いたんだけどね……いやらしい要求を言い出したもんだよ。本当に殿下はユーシスが嫌いなんだねえ」


「え? ……何か、団長は殿下に要求されたんですか?」


 ジリオラさんの言葉を聞いて、私は愕然として慌ててしまった。アスカロンが光の繭に篭もってしまった件が、こんなにも大事になってしまうなんて思わなかったのだ。


「国にとっても、自分にとっても、大事な子竜の命を危険に晒したと、ユーシスが怒られるところまでは私もわかるんだよ。それは、ユーシスが責任者のアレイスター竜騎士団で起こった事だし、あの子もそれは覚悟の上で報告書をあげたと思うからね。けど、ユーシスが特に毛嫌いしているノーラン侯爵令嬢との縁談を受けるように圧を掛けるなんて……本当に、騎士、いや王族の風上にもおけないよ」


「えっ……そんな……」


 先ほどセオドアは団長が幼い頃から、事ある毎に迫られて、貴族令嬢というだけで女性を嫌っていると言っていた。


 今思い返すと、初対面の時に私の事を睨み付けていたのも、それが原因だったのだろう。


 ……けれど、私には本当に団長に近付こうという意志はなく仕事を得たかっただけだと理解して貰えたから、普通に部下として扱って貰えるようになった。


 あれだけ『貴族令嬢』という肩書きだけで、過剰に警戒してしまう事になった団長が、嫌っている女性との縁談を受けるようにと要求されているなんて……。


「いや、ノーラン侯爵令嬢とユーシスの縁談自体は、前々からあったんだよ。だから、これはウェンディが何をしたという話でもないんだよ。けど、今回は立場を悪くしたことには変わりないからねえ……あの子も本当に、真面目で優しいのに報われない子だよ」


 アレイスター竜騎士団に三十年居るというジリオラさんから見れば、団長もセオドアだって小さな男の子の頃から見守って来た子には変わりないのだろう。


 はあっと大きくため息をついたジリオラさんに、私は無言のままで後に付いて歩いた。



◇◆◇



 私が食事をさせようとアスカロンの部屋の中へと入ると、そこにはいつものように様子を見に来たらしい団長が居た。


 慈しむ目をアスカロンに向け、頭を撫でて何かを言っているようだ。


 部屋へと入って来た私に気がつき、振り向くと何も言わないことに気がついたのか、彼の方から声を掛けてくれた。


「……ウェンディか。どうした?」


 いつものように微笑み、いつものような口調だった。私のせいで嫌な縁談を押し付けられそうになっているというのに、団長は優しい。


 辛い事があっても、すべてを覆い隠して団長は笑っている。その事が……より、胸が痛かった。


「あのっ……私、セオドアとジリオラさんから、団長のお話を聞きました。私が迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません」


 謝罪をしたいとこれまでずっと考えていて我慢できずにそう言えば、部屋の中には気まずい沈黙が流れた。私が不安に思い何か言おうとした時に、彼はようやく口を開いた。


「……君には関係ない。気にしなくて良い。いずれは、俺も結婚はしなければいけない」


 団長はさきほどまでの笑みを消し、アスカロンの頭をポンポンと叩いた。


「俺は仕事に戻る。もう一度言うが、君の責任ではないし、ウェンディは関係ない」


「……はい。わかりました」


 念押しされるように近付いた団長に言われ、私は俯いて頷いた。そして、彼が部屋を出て扉が閉まった音がした。


 団長はアレイスター竜騎士団の責任者で、私がしたことだって彼の責任になる。それは、理解出来る……けど……。


「っキュ! キューキュー!!」


 アスカロンの慌てたような鳴き声が聞こえて、私ははっとして頭を上げた。そして、頬を滑り落ちた涙を手で拭いて彼に笑顔を見せた。


「何? どうしたの? お腹すいた? ……少しだけ待ってね。すぐに用意するから」


 慌てて近付いて、アスカロンの頭を撫でると、黒い子竜は嬉しそうな顔をしていた。


 私はアスカロンには、涙を見せたくはない。可愛いこの子には何の関係ない事だし、お世話をする私の機嫌が良い方がこの子だって機嫌が良くなる。


 そして、ここでようやく気がついた。


 これは団長だって、同じことだ。部下にあたる私の前ではあの人はいつも平静で、何でもない顔をしているけれど、今は自分を嫌っている目上の王族から無理を押し付けられ辛く苦しいはずだ。


 けど、私には何の関係もないから気にするなと、さっき出て行った時にそう言いたかったんだ。私は自分が庇護する存在だから、何も気にしなくて良いと。


 ……団長は私のことを、守ってくれたのに。私には何をすることも出来ない。


「ッキュ?」


 潤んだ視界で笑いかけていたはずのアスカロンの頭にぽたんと涙が落ちて、可愛い子竜はびっくりした顔になった。私は泣くことを我慢出来なくなって、小さな身体を抱え上げた。


「……貴方ももうすぐ、飛行訓練に行くんだよね。早く飛べるようになると良いね……少しだけ、さみしいけど」


「キューキュー……キュー」


 胸に抱いたアスカロンは心配して泣いている私を慰めてくれているのか、小さな前足で私の身体を摩ってくれた。


 団長はきっと誰の前でも泣けないのに、私はどうしても我慢出来なくて、守るべき存在の前で泣いてしまった。


 なんて、情けないの……。

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