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12/30

12 眠れない夜

 これまでの子竜たちは、ぽてぽてと両脚で歩く子が多かったのだけど、最近は背中に付いた小さな羽根をパタパタを動かしている様子が良く見られていた。


 そろそろ、竜として飛行するための練習を、本能的に始めているのかもしれない。


 産まれたばかりの頃はむちむちで丸々としていた身体も、どこかすっきりとした印象になり、ほんの少しずつだけど美しく立派な成竜へと近付いているようだった。


 子竜守がとても忙しい時期は、あとひと月ほどで、その後は飛行練習……そして、飛べるようになれば、この子たちは竜の群れへと巣立ってしまう。


 こんなにも可愛い存在が、共に過ごしていたここから居なくなってしまうと思うと、考えただけで寂しくなってしまうけれど、まだまだ大変なお世話が必要なことには変わりなかった。


 私がいつものように古くなった寝藁を片付けていると、キュウキュウと数匹の子竜が鳴き声を出し、一匹の子竜を彼らが取り囲んでいるのが見えた。


「あら……どうしたの?」


 不思議に思った私が近付くと、ガタガタと目に見えるほどに震えていて、周囲の心配そうな鳴き声を出している子竜たちは、その子をどうにか温めようと、懸命に自分たちの身体を押し当てていたのだった。


 今まで……こんな風になった子竜を見たことはなかった。あまりにも焦ってしまった私は、別の柵の中で作業をしていたジリオラさんを呼んだ。


「ジっ……! ジリオラさん……っ!! 大変です!!」


「どうしたんだい?」


 ジリオラさんは私の居る場所からかなり距離があるので、この異常事態が見えず、のんびりとした口調で答えていた。


「子竜が! 身体を震わせています!!」


「ああ。昨夜は急に気温が下がったから、藁から身体を出していた子が風邪をひいたんだろう。他に移ると良くないから、隔離するかね」


 私の悲鳴交じりの声にも、のんびりとした口調でジリオラさんは平然と答えて、こちらへと近付いて来た。


 そんな私はというと、彼女の落ち着き振りを見て、動揺してしまった心が落ち着いてきた。


 ……え? 風邪をひいた……だけ?


 今すぐに子竜の命に危険があるような、そんな状況でもないということ?


 ジリオラさんは心配そうに取り囲んでいた子竜たちの中から、ガタガタと震えている子竜を抱えて、額に手を当てると嫌な表情をしていた。


「おや。かなり、熱が出てしまっているね。呼吸も荒そうだ。今夜は徹夜かねえ……」


「あ、あの……竜って、風邪をひくんですか?」


 私は恐る恐る、ジリオラさんに聞いた。当たり前のように風邪を引いたらしいって言うけれど、竜が風邪をひくという事実が、私の中で当然のこととは思えなくて。


「なんだい。竜が風邪を引いちゃおかしいのかい?」


「い、いえ。これまでに、風邪をひくと知らなかったので、驚いただけです……」


 私は竜が多数生息しているディルクージュ王国の貴族だけど、竜の生態などは秘密にされていて明かされていない。


 そもそも、こんな子竜守という仕事があることだって、私は自分がその仕事に就くまで知らなかったのだ。


 竜が風邪を引くことだって、もちろん知らない。人の子が風邪を引いてしまうように、こんな風に体調を悪化させてしまうことだって……。


 ジリオラさんは私の顔をじっと見て、その腕に抱いた子竜を見比べると、大きく息をついてから言った。


「……そうだね。ウェンディもこれからの事を考えて、風邪をひいた子の面倒をどう見るか、自分がやって見て実地で知っておいた方が良いだろう。あんたにこの子を任せることにするよ。大丈夫かい?」


「あ。はい! わかりました」


 ジリオラさんの問いに、私は何度か大きく頷いた。


 彼女の言う通り、そうそうある事ではない事だって、いつそれが起きてしまうかは誰にもわからず、それはジリオラさんが何かの事情で居ない時に起こってしまうこともある。


 だとすると、彼女の仕事を受け継ぐことになる私はジリオラさん本人が居る時に、適切な対処方法を知っておける事は幸運だったかもしれない。


「悪いけどね。これは、徹夜になるよ……再三、あんたにはこれまで教えていた通り、子竜は栄養補給を欠かしてしまうと、最悪死んでしまう。けど、こんな風に体調を悪くしてしまうと、人と一緒で食欲がなくなって、食べられなくなるんだよ。だから、小さな匙に掬って口に含ませて嫌がっても時間をかけて、無理やりにでも飲ませておくれ」


「はい!」


 本来ならば、子竜の食事は大きな硝子瓶になみなみ満たされたミルクを飲むことになる。けれど、小さな匙で与えるとなると、相当時間を掛けて与えることになってしまうことは予想がついた。


 不可能と思えてしまうことだって、私はやるしかない。栄養補給が出来なければ、可愛いこの子は最悪、死んでしまうことになるのだから。


「ウェンディは、今夜は眠れなくなるけど、すまないね」


「大丈夫です!」


 私はぎゅっと両手を握り、ジリオラさんに大きく頷いた。


 いつもは空き部屋になっているはずの私の部屋で、風邪をひいてしまった子竜と私は過ごすことになった。


 風邪を引いてしまっているので、うつしてしまう可能性がある他の子竜と一緒には出来ないということと、長く付きそうことになる私もその方が楽だろうという判断だった。


 新しい寝藁を敷き詰め子竜を囲ってあげると、キュウキュウと苦しそうに呻きガタガタと震えが止まらないようだった。


 私は特別に用意された薬入りのミルクを、嫌がる子竜の隙をついて、少量だけれど口の中へと入れた。たまに吐き出したり嫌がっているから、私もしたくはないけれど、この子の命を繋ぐためにそれは仕方ない事だと心を鬼にした。


「悪いね。いつもは次の日が非番の新人騎士にでも、この作業を任せるところなんだけどね。これをやった事がない子が、誰かに教えられる訳でもないからね」


「大丈夫です。ジリオラさん。一人にしてしまいますけど……」


「何を言っているんだい。あんたが来るまでは、全部を私がやってたんだからね」


 二人で手分けしてやっていた仕事も多かったので、私がここに居るとジリオラさんにすべてやってもらうことになる。それが申し訳なくて謝ろうとすると、彼女は呆れたように笑った。


 ジリオラさんは必要な物を私の部屋へ置き終わると、早々に仕事に戻っていった。


 彼女にだってやらなければならない事は山積みだろうし、風邪の子竜の看病を任された私も、目の前の仕事に集中することにした。


 熱があって気持ちが悪いのか、私が匙を向けると顔を背けて嫌がるけれど、私は無理矢理にでも口の中にミルクを入れた。


 嫌がることは極力したくない……けれど、これだけはやり遂げなければ。この子のために。


 本当に匙一杯……少しずつだけれど、必要なミルクを飲ませることが出来ていて、私はその事に集中していた。


 そして、一日の終わり、時計を見ると皆寝静まっているだろう深夜になってから、子竜の身体の震えは目に見えて減ってきた。


 飲ませているミルクには薬も調合されて入っているらしいので、それがようやく効いてきたのかもしれない。


 明け方、私は一日の必要量を、ようやく飲ませることに成功した。


 本来ならば飲むべき量より少なくて良いのは、特別に濃く調合しているらしく、そうしてもらわなければ達成不可能だったことは間違いない。偉大な先人たちの知恵で、乗り越えることが出来た。


 そして、呼吸も楽になり震えも少なくなっていた子竜は、安心しきって私の木綿のスカートを掴んで、むにゅむにゅと寝言を言っていた。


「……可愛い。大好きよ。体調が良くなってよかった。あなたが健康に何もなく育ってくれたなら、私はそれが一番嬉しいわ」


 頬を指でつつくと、むにゅむにゅと幸せそうに何かを言っていた。


 ……そう言えば、竜力の強い団長は、この子竜が何を言っているかがわかるんだわ。


 それを、とても羨ましいと思う。何度も吐いて嫌がっても、どうにかミルクを飲んでくれて、こんなにも頑張ってくれたのなら、何かをしてあげたい。


 もし、何か望んでいるのなら、それを叶えてあげたい。


 私が眠れずに大変な思いをしたことなんて、全部全部どうでも良くなるくらいに、この子は本当に可愛いもの。

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