表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/30

10 長い足

 食後、お腹がいっぱいになってうとうとしていたアスカロンが昼寝して眠ったのを確認してから、私は無言のままの団長に手で促され、彼の竜であるルクレツィアに会いに行くことになった。


 アスカロンの世話を終えたジリオラさんも子竜たちの元へと戻っていったけれど、現在竜舎に居る子竜たちがお昼寝をする時間なので、彼女も食事をしてから休憩するらしい。


 私はと言うと背が高く足の長い団長の後を追い掛けるだけで、精一杯になってしまった。


 絶対に失えない働き先の最高責任者に『もう少し、速度を緩めて欲しい』なんて、どうにかお願いして雇ってもらった過去のある私に言える訳がない。


 なるべく必死には見えないように小走りしていた私の荒い息が聞こえたのか、団長は振り返り、しまったといわんばかりに口に手を当てた。


「悪い……俺は女性と歩くことがあまりなく、気が利かずにすまない」


「いえ! すみません……私が歩くのが遅くて」


 団長はきっと普通に歩いているだけなのに、非常に足が長いから速度がやけに速くなってしまうのだ。


 ……団長は申し訳なさそうに頭の後ろをかくと、先ほどとは打って変わってゆっくりと歩き出した。


「いや。君は何も悪くない。これからは、ウェンディに合わせて歩くよ。急いでもいないし……今日は俺は休みにしようかと思っていたから、別にそうしても良い」


 自分で休みを自由に決められるなんて、羨ましい……なんて、下っ端の私は思ってしまうけれど、彼はたとえ事前に決めていた休日だとしても、アレイスター竜騎士団に何かあれば出て来なければいけない。


 そんな急ぎの仕事がない時くらいは、たまにはゆっくりしても良いのかもしれない。


「ありがとうございます。団長の足が、とっても長いせいもありますけど……」


 私が冗談めかしてそう言うと、団長は目を細めて微笑んだ。


 え。嬉しい。


 私の言葉で笑ってくれた……これまでは全くと言って良いくらいに見たことがなかったけれど、記念すべき二回目の団長の微笑み。


「……ウェンディ。君は成竜に会ったことは、ないんだな?」


「はい。竜が空を飛ぶ姿を見たことは、ありますが……近くで見たことは、これまでにありません」


 ゆっくりと歩き出し確認するような団長の言葉に答えた私は、もうすぐ会えるという竜に、いつになく楽しみな気持ちでいっぱいになり胸を高鳴らせていた。


「あの可愛い子竜ばかり見ていたら、成竜の姿に驚くかもしれない。美しいんだが……見るだけで恐怖を抱く人も多いようだ。強い力を持ち、人などすぐに殺せてしまう存在だから、それは間違っていないんだが」


 どうやら団長は私が成竜を間近で見て、怖がってしまうかもしれないと、心配しているらしい。


「あの、私……多分、大丈夫だと思います」


「ウェンディは、どうしてそう思うんだ?」


 まだ見てもいないのに『大丈夫』と言った私に理由を聞いた団長は、何も間違っていないと思う。


「なんとなくです。理由は上手く言えないですけど、私……なんとなくで、勘が当たる時が多いんですよ。だから、大丈夫だと思います」


「……それならば良い。一応、竜を近くで目にする前に、注意しておこうと思っただけだ」


 ……わ。また笑った。


 団長は容姿が良いと国中で噂になるほどに美男なので、そういう彼が真面目な表情をしているだけで、なんとなく迫力が出てしまう。


 けれど、笑うとなんだか可愛くて……笑顔を見るのは三回目だけど、そのたびに同じ人なのかと驚いてしまうのだ。


 団長との初対面を思い出せば、まるで猛獣だったし、セオドアを挟んで近くで話せるようになっても無表情に近かった。


 けど、今は私と話して笑ってくれている。


 アレイスター竜騎士団でのお仕事……頑張って良かった。私が何も出来ない役立たずだったなら、こんな風に笑ってもらえなかったと思うもの。


「子竜守の仕事は、だいぶ慣れたようだな」


「はい! 団長に雇っていただいたおかげです。ありがとうございます」


「礼を言われるまでもない。君が頑張ったから、ジリオラも信用してアスカロンを任せても良いと思ったんだろう。今は子竜たちも孵化が終わってすぐで世話が大変だが、毎日頑張ってくれてありがとう」


「……光栄です」


 その時に、私は思わず涙目になってしまうほどに、じーんと感動してしまった。団長はただ頑張っている部下にお礼を言っただけなのかもしれないけれど、本当に嬉しかった。


 団長にお礼を言って欲しくて働いている訳でもないし、彼は私の言ったお礼に返してくれただけかもしれない。


 けれど、嬉しかった。団長にちゃんと仕事振りを評価して貰えていると知って。


「今は食事回数も多くて大変だろうが、子竜も成長するにつれ、食事は間遠になるから、心配しなくて良い」


「そっ……そうですね。今は食事が一日四回ですから……」


 私は気がつかれないように袖口で涙を拭くと、一歩先を行く団長の後について歩き出した。


「成竜にもなると、食事はひと月に一回でも十分になる。まあ、そうなるまでには、何年もかかるんだが」


「えっ……そうなんですか?!」


 私たちは一日三回食事を取っているけれど、ひと月に一回で良いなんて……竜って凄い。


 大きく驚いた私に苦笑して、団長は話を続けた。


「ああ。竜は飛行している時に空気中からも、大気にある力を取り入れるんだ。だから、ある程度羽根が立派になって、空を飛行出来るようになれば、極論食事はしなくても良くなるんだ」


「……今は子竜たちは、羽根を羽ばたかせているだけですね」


 子竜たちの背中には小さな羽根が付いていることは付いて居るのだけど、彼らはそれでまだ飛行は出来ない。私はまだ、ぽてぽてと可愛く歩いている時しか、見たことがない。


「ああ。あの羽根がもう少し立派になれば、軽く浮くことから始めて、いずれ飛べるようになる……そろそろルクレツィアを呼ぼうか。ウェンディ。先ほど言ったことには、二言はないな?」


「あ。はい! 大丈夫です!」


 てっきりルクレツィアが居る場所にまで歩いて行くのかと思ったら、この草原で彼女を呼ぶらしい。竜は翼があってどこにでも飛行してしまえるから、当然と言えば当然のことなのかもしれない。


 嬉しい……もうすぐ、成竜に会えるんだ。


 騎士団近くにある開けた草原で、私たち二人は立ち止まり、団長は空に向かって何かを呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
::::::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::新発売作品リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::::

【9/12発売】
i945962
【シーモア先行配信ページです】
素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる


【8/22発売】
i945962
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。
私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね


i945962
溺愛策士な護衛騎士は純粋培養令嬢に意地悪したい。
ストーリアダッシュ連載版 第1話


【6/5発売】
i945962
素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる
(BKブックスf)
★シーモアのみ電子書籍先行配信作品ページ
※コミックシーモア様にて9/12よりコミカライズ連載先行開始。

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::コミカライズWeb連載中::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

MAGCOMI「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う

:::୨୧::::::::::୨୧:::::::::::作品ご購入リンク::::::::::୨୧::::::::::୨୧::::

【電子書籍】婚約者が病弱な妹に恋をしたので、家を出ます。
私は護衛騎士と幸せになってもいいですよね


【紙書籍】「素直になれない雪乙女は眠れる竜騎士に甘くとかされる

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う3巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う2巻

【紙書籍】「ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う

【コミック】ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う THE COMIC

【紙書籍】「急募:俺と結婚してください!」の
看板を掲げる勇者様と結婚したら、
溺愛されることになりました


【電子書籍】私が婚約破棄してあげた王子様は、未だに傷心中のようです。
~貴方にはもうすぐ運命の人が現れるので、悪役令嬢の私に執着しないでください!~


【短編コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト

【短編コミカライズ】婚約破棄、したいです!
〜大好きな王子様の幸せのために、見事フラれてみせましょう〜


【短編コミカライズ】断罪不可避の悪役令嬢、純愛騎士の腕の中に墜つ。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ