感情線
ガタン、ゴトンそんな聞きなれた音の中私は重い瞼を持ち上げた
「ここは?」声に出さないまでも心の中で自分にそう問いかける、この自分とのやり取りも何回したことだろう
私は周りを見渡して車内の電光掲示板へと目をやる、私は曜日によって職場へ行ったり取引先へ行ったりしているため日によって降りる駅が違う、しかしどの駅も同じ路線にあるため自慢じゃないがこの電車の停車駅はほとんど暗記している。まあ、休みの日に路線図を眺めて覚えようと努力していたことは秘密だ、だが、そんなことでも多少の幸福感を得られているんだから悪くはないと思う。
そんなこともあって、普段ならそこには見覚えのある駅名が流れてくるはずである。
しかしそこには、「夜見須駅」という見覚えのない名前が表示されていた。
「なんて読むんだろう?よるみす?よみす?やみす?」考えても分からない、とりあえず私はそれを「よみすえき」と読むことにした、なんだかそれが正しい気がした俗に言う直観というやつだ。
「間もなく夜見須、夜見須、お出口は左側です」
そんなことを考えている間に答えを知ることができた、こういう時の勘ってよく分からないけど当たるよね
電車が停車しドアが開くと一斉に人がなだれ込んできた、と思うと急に人が降りていく
「普通降りる人優先でしょ」そう心の中でぼやきながら人の動きを目で追っていた。
そのまま人の動きが落ち着くとドアが閉まり電車が動き出す、まるで嵐のようだった、どっと疲れた気がする
「そういえば次の駅は?」また電光掲示板に視線を向ける「行戸駅」そう書かれていた。
そんなに珍しい漢字でもないため、先ほどのように知的好奇心をくすぐられることは無かった。
そのためか駅に到着する前の車内アナウンスも耳に入らなかった。
駅に到着し扉が開く、人が乗ってくる様子はない、しかしそれと同時に電車が動き出す気配もない。
それを疑問に思っていると車内アナウンスが流れた
「ただいま次の停車駅である金志駅において人身事故が起きました影響でこの電車は運転を見合わせております。運転再開の目処は立っておりません。お忙しいところ申し訳ありません」
私は深いため息をついた。聞きなれているものの絶対に聞きたくない言葉ランキング上位に入っている言葉だ、今まで忘れていた「今日の曜日」まで推測されてますます気分は落ち込みやるせない気持ちがこみ上げてくる。
電車内に人が駆け込んでくる。どうせ家を出るのが遅れ普段の電車に乗ることを半ばあきらめてた人か一本遅い電車に乗ろうと考えてた人のどちらかだろう。
普段なら乗れない人や、この電車に乗らない人が集まり電車の中は異常なほど込み合っておりその現状が私の心をさらに圧迫する。
どれくらいたっただろう、中には電車で目的地に向かうことを諦めて電車を降りる人も出てきて前より車内に余裕ができた。
しかし、それでも人は多い、そして電車は運転再開のアナウンスをしてそのまま動き出す。
その後、電車はずいぶんと長い間走っていた。例えるなら、そうだな「無人島でゼロから火を起こして水を沸かせるくらい」とでも、まあありえないか、しかし、この重苦しい空間ではそれくらい長く感じた。
「次は金志、金志お出口は右側です」
やっと次の駅に着くらしい。ホームに停車し扉が開くと何ともいえない重苦しい空気が車内に入ってきた。
「まあ、それもそうか」ここで起きていたであろうことを想像し納得する。
「ここに長居したくない」そんな私の気持ちを汲んでくれたのか遅れを取り戻すためかその後乗客の乗り降りが終わると電車はすぐに動き出した。
先ほどより電車の中にはスペースができており気分がいい。
電車の加速も心なしかスムーズに思える
ふと窓の外に目をやると太陽によって輝く海岸線が目に入った、「美しい」そんなありきたりな言葉で表すにはもったいないほどの絶景だった。
この路線が海のそばを通っていないことは分かったいたがそんなことはどうでもよかった。
ただ、この景色が、この時間が、できるだけ長く続いてほしいと思った。
暖かくて心地よい。
「次は田安、田安お出口は・・・」
そこで私は意識を手放した―――
どれほどの時間が過ぎただろうか?
ガタン、ゴトン――
意識が覚醒していく
暗闇から見えない何かによって持ち上げられるようにゆっくりと―――
私はまだ視界のぼやける目をこすって周りを見渡す。
そこは見覚えのある電車の中だった、窓の外はどこまでも続くであろう闇が広がり、所々に人々の生活の断片が輝いている。
「夢か」それもそうだ、知らない駅名を見た時点で気づいてもおかしくはない
今、私は電車に乗って帰路についている
膝に乗せたバックを少し持ち上げるといつもより少し重い、私のこれからの生活や人生が入っているからだろう。
私はいつもこの時間が好きだ、日々を振り返り達成感を感じながら明日は今日よりいい日になると期待し胸を膨らませる。
それが実現するかしないかなど、どうでもいい。
ただ今の気持ちを嚙み締める。
家に帰ったら何をしよう、私を縛るものはない。
とりあえず、お風呂にでも入ってゆっくり寝ようか?―――
その夜ベッドに潜り込んで考える。
明日は何をしようか、久しぶりに自然に囲まれてみる?
草原の上に横になって土と草の匂いに囲まれて日の光を浴びて何もせずに過ごす。
うん、悪くない。
あれ?
そういえば何か大切なことを忘れているような気がする。
なんだろう、当たり前のこと、だけど私の生活を規定するもの。
そうだ
「明日は何曜日だっけ?」
そんな問いを思い出した時、明日行く場所が決まった