運搬
見慣れた天井、俺は自分の部屋で目を覚ました
急いで朝食を食べ、身支度を整え家を出る
家のすぐ近くのバス停から職場に向かう
職場には荷台に干し草が敷かれたトラックがずらりと並んでいる
俺の仕事は家畜の運搬だ
牧場に行き家畜を積み込み他の場所へ運ぶだけ
最初の目的地に着いた
細かく説明するより見た方が早いだろう
トラックを降り取引先のおじさんに話しかける
「おはようございます」
「おはよう、今日も朝から悪いね」
「いえいえ、それで今日は何を?」
「今日は隣町の牧場までひよこを頼もうと思ってね、代金はもう受け取ってあるから届けてくれるだけでいい」
「分かりました」
ひよこが入ったケージを積み込む
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「はい」
車を出す
後ろからはしきりにひよこの鳴き声と、ケージ同士がぶつる音がする
その小さな体躯に見合わぬほどのエネルギーを持っており、自らそれを制御するすべを知らないのだろう
それはまさに小さな恐竜のようであり、怪物と形容するにふさわしいような気がした
そんな事を考えていると目的地に着いた
「こんにちは、隣町の牧場からお届け物です」
「こんにちは、今日もご苦労なこったねぇ」
「いえいえ」
ケージを下ろしながら答える
「それで、今日はウチからも仕事を頼みたくてね。すぐそこの牧草地まで豚を運んでくれないかい?」
「良いですけど、一晩外に出しっぱなしって事になりませんか?」
「それなんだけどねぇ、あんたこの後も仕事があるのかい?」
「まあ、あと一件有りますけど……」
「じゃあその帰りでいいから、牧草地からここまで運んでくれないかい?」
「ええ、少し遅くなるかもしれませんがそれでも良ければ」
「じゃあよろしく頼むよ、手間かけて悪いねぇ」
棒で豚をつつき2人がかりで荷台に積み込む
棒でつつくたびに、形容しがたい嫌な感触が手のひらに広がる
この感触は何度やっても慣れない
「それじゃ、行ってきます」
そう言い残し車を出す
車を走らせ少したった頃、ちらりと荷台の様子をうかがった
豚たちはしきりに鼻をならし、まるで何かを探すように荷台の床を嗅ぎ回っている
あまりの滑稽さに口角が上がる
「そんなところ探したってなんも出てこねぇよ」
今まで色々な動物を運んできたが、こういうところも含めて豚が一番嫌いだ
牛や鶏のように牛乳や卵のような副産物が取れるわけでもなく、ただ肉に加工されるためだけの命
殺され、養分になるだけの命
しかもその肉でさえ牛肉や鶏肉ほどの人気も無いときた
それを知ってか知らずか、当の本人達はまるで何かを探すように無駄にでかい図体を振り回し地べたを這いつくばっている
トリュフでも見つけられれば長生き出来るだろうか?
だがトリュフを探す豚は生まれた時から英才教育を受けているらしい
荷台の奴らじゃ一生かかっても見つからないだろう
そもそも自分を囲む柵から出られないようじゃチャンスもない
そんな事を考えているうちに牧草地に着いた
広々とした草原に豚を放し、車を出す
車の中で、もし生まれ変わりが有るとしたら、自分は豚にだけはなりたくないと思った
最後の取引場所に着いた、何頭かの牛が牧場の前の小さな囲いに入れられている
取引先からは、直接会って手伝うことが出来ないから申し訳ないが1人で積み込み等をして欲しいということと報酬は後日渡すことを伝えられていた
荷台のスロープを出し、牛のいる柵を開ける
牛達は自らの足でスロープを登っていった
酷くゆっくりだったが楽で良かった
牛は分別があっていい
積み込みが終わり車を出す
畑に囲まれた田舎道を走り、小さな橋を超えると前方に鉄の門が見えた
門をくぐり車を停めると、建物から白い服を着た人が出てきて何も言わず牛を連れていった
俺はその後約束通り豚を牧場に帰し帰路に着いた
翌日、いつも通りの朝を迎え、仕事に行くためバスに乗り込む
ふと、今の仕事をいつまで続けられるのか気になった
最近は取引先も減ってきている
このまま死ぬまでこの仕事を続けることはできないだろう
新しい仕事を見つけなければいけないという焦りを感じた
その時ふとバスの運転手とミラー越しに目が合った
彼は笑っていた