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婚約破棄撲滅委員会の令嬢が結婚するまでのお話

「私は真実の愛を見つけた! そなたとの婚約は破棄させてもらう!」


 学園の夜会に突然、朗々とその声は響いた。

 子息の傍らには真っ赤なドレスをまとった令嬢。勝ち誇った笑みを浮かべている。

 子息の前には白いドレスをまとった清楚な令嬢。顔を真っ青にして、目を見開いている。

 

 唐突に始まった子息の暴走を前に、誰もが驚きに身をすくませる中、しかしただ一人動く者があった。

 颯爽とした歩み。その歩みに揺れるひと房の三つ編みの色は黒。夜会の穏やかな明かりをきらりと照り返す銀縁の眼鏡の下には、理性的な輝きを放つ蒼い瞳。身にまとうのはドレスでなく、洗練された格調と貴族が纏うに相応しい優美さを併せ持つ学園公式の式服だ。

 彼女はシェフリエラ子爵令嬢。婚約破棄を宣言した子息の前に立つと、凛とした眼差しを子息に向け、まっすぐに告げた。

 

「その婚約破棄は無効です」


 涼やかな声だった。その声の清涼さとまなざしの静かさに、婚約破棄の興奮にのぼせ上った子息は、まるで冷水でもかけられたように驚き言葉を失った。

 だがそれも一時の事だった。告げられた言葉の意味を理解し、彼は顔を真っ赤にして猛った。


「な、何を言う! 私は伯爵子息だぞ! 子爵令嬢に過ぎない君が、この私に意見できると思っているのか!?」

「わたし、シェフリエラ子爵令嬢は風紀委員長です。この場において、風紀委員の特権による提言をさせていただきます」

「ぐっ……!」


 学園は表向きは学生はみな平等としている。だが貴族社会で身分の差は絶対だ。

 その例外が風紀委員の特権。風紀を取り締まる行動において爵位に関わらず行動できるというものだった。これは公式に王に認められた特権であり、伯爵子息であろうと無視することはできない。

 婚約破棄の興奮に酔う伯爵子息であっても、反論はできなかった。だが、彼の言葉を失わせたのは風紀委員の特権だけではない。シェフリエラの凛としたたたずまいには、言葉をさしはさむ隙などなかったのだ。


「改めて提言いたします。この婚約破棄は無効です。婚約破棄を宣言した時点で、あなたと婚約者の両家に書状が届く手はずとなっています。こちらがその写しです」


 子息は渡された書状に目を通す。激昂に赤くなっていた顔は、読み進めるうちに見る見る青くなった。

 

「こ、これは……婚約解消の書状ではないか! しかも両家の印まで押してあるだと……!?」

「既に両家の当主にあなたの素行の悪さは伝えてあります。ですが、婚約者はあなたが立ち直ることを信じていました。両家の亀裂を踏みとどまらせたのは、ひとえに彼女の慈悲深さだったのです。しかしそれも、あなたの浅慮な振る舞いで終わってしまいました」


 子爵令嬢シェフリエラは淡々とした声は、静まり返った夜会の会場に響いた。その凛とした響きには妨げる隙は無く、伯爵子息はその身の咎をただ聞き入れることしかできなかった。

 

「あなたがいくら婚約破棄を叫ぼうと、正式な手続き上は婚約解消となるだけの事。まだ守るべき名誉が残っていると思うなら、どうかこの場はお引きください」


 そう話を締めると、シェフリエラは優雅に一礼した。

 静寂に支配されていた夜会の場は、一転してざわめきに包まれた。

 堂々と宣言した婚約破棄は、先手を打たれて婚約解消となってしまった。当事者である子息の知らぬ間に、周囲への根回しは完了済み。婚約者の気遣いすら知らずに婚約破棄を告げた子息は、この場において道化でしかなかった。

 

 周囲でささやかれる侮蔑の言葉に耐えきれず、子息は顔を真っ赤にして、紅いドレスの令嬢を連れて立ち去った。

 残されたのは、その婚約者だった白いドレスの令嬢。彼女はまるで魂でも抜けたかのように、茫然としていた。

 

「……さあ、もう行きましょう」


 シェフリエラは令嬢の手を強く引くと、颯爽とした足取りで夜会を去っていった。

 

 子息への侮蔑のささやきは、次第にシェフリエラ子息令嬢の颯爽とした立ち振る舞いに対する称賛の声へと変わっていた。

 

「あれが、風紀委員長……あれが、『婚約破棄撲滅委員会』か……!」


 畏怖の呻きは、夜会のざわめきの中に紛れて消えた。

 

 

 

 貴族の通う学園。二十年以上前のこと。ひとつの大きな事件があった。

 ある夜会の夜。第三王子が婚約破棄を宣言したのだ。

 

 恋愛小説や演劇で見慣れたその鮮烈な一幕は、本来ならばできの悪い喜劇で終わるはずだった。王家と貴族の名家との婚姻を、王位を継ぐ予定もない子供の恋愛感情で反故にできるはずなどなかった。

 だがしかし、第三王子は本気だった。燃える恋心と磨き上げた才覚により、本当に婚約破棄を成立させてしまったのだ。

 

 王族の婚約破棄が学園の生徒たちに与えた衝撃は大きなものだった。

 その行いがもたらしたのは、希望と絶望だった。

 

 その姿に心酔する生徒たちは多かった。貴族とは家に縛られるものだ。その束縛を振り切り、自分の心のままに生きた第三王子の姿に心酔した。

 感化された生徒たちは、恋に情熱を燃やすようになった。

 

 一方で、その姿に恐怖する生徒たちも少なくなかった。婚約破棄などされては、せっかく縁談で結びつこうとしていた両家の間柄は終わりとなる。下手をすれば家の没落につながりかねない。

 恐怖におびえた生徒たちは、婚約者をつなぎとめるためあらゆる手段を講じた。

 

 結果、学園の風紀は乱れた。

 

 夢見る生徒たちは、意中の相手を射止めるため、自らの魅力を磨き上げ、恋心を燃やした。

 現実を見る生徒たちは、婚約者を逃すまいと、自らの魅力を磨き上げ、愛情を示した。

 授業中に肩を寄せ合う生徒も少なくない。休み時間になれば、教室のざわめきの中に、無数の愛のささやきが聞き取れた。放課後ともなれば、人目をはばからず抱きしめ合ったりキスをかわすカップルが、学園の各所で見られるようになった。

 

 当時の学園の惨状は、後に婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序「の崩壊(・クライシス)と呼ばれた。

 

 

 その状況を憂いた学園は、状況改善のために「風紀委員」を設置した。更に風紀委員へ、爵位を越えて風紀を乱す者を取り締まる権限を与えた。

 身分の差が絶対である貴族社会にあるまじき大胆な施策だった。当然、高位貴族からの反発はあった。だが学園は王の認可を取り付け強行した。王家には第三王子の暴挙が原因と言う負い目があったが、なにより事態の深刻化を重く見たゆえだった。婚約破棄などが横行しては、将来の貴族社会に暗い影を落とすことになるかもしれないのだ。


 風紀委員たちの活躍により、表面上はもとの学園の姿を取り戻した。だが裏では未だ、婚約破棄への憧れと恐怖が燻っている。暴発するのは時間の問題だった。

 だが、その燻りを見逃さぬものがいた。初代風紀委員長である。初代風紀委員長は幸か不幸か、この平和な時代に軍師として類まれな才覚をもっていた。

 

 初代風紀委員長は婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)を戦場として捉えた。

 身を焦がすのは魔法の呪文ではなく愛のささやき。心臓を射抜くのは矢弾ではなく熱のこもった視線。相手を打ち倒すのは鍛え上げた剣ではなく熱い口づけ。まさに学園は恋の戦場だった。

 学園を戦場だと仮定すれば、特別な権限を持つ風紀委員会は最強の戦力だった。そして初代風紀委員長はその才覚を存分に揮い、学園と言う恋の戦場に打って出た。


 いい雰囲気になりそうな浮気のカップルに、明るく話し好きでロマンチックな雰囲気をぶち壊すおしゃべり令嬢を当てた。

 男を惑わす恋多き令嬢に対し、あえて容姿に優れた子息を複数差し向け、迷いを増幅し決定的な行動を取らせないようにした。

 優れた能力と野心ゆえに婚約者を切り捨てようとする子息の周りには、野心に満ち溢れた令嬢たちを配置し、婚約者の令嬢こそが唯一の安らぎだと思い込ませた。

 

 初代風紀委員長は、戦場を終わらせるつもりはなかった。恋の火種が無数に存在する学園を完全に鎮火する手段など、ありはしないと理解していたのだ。

 だから巧みな人員の配置と状況の誘導によって、膠着状態を生み出すことを目論んだ。

 

 各生徒の情報収集と生徒間の人間関係の把握。常人には御し切れぬ膨大な量の情報。しかし軍師として類い稀な才能を持つ初代風紀委員長にとって、それらを把握し操ることはさほど難しいことではなかった。

 

 風紀委員の特権はむやみに使わず、有事の際の切り札として使用を制限した。使うのはせいぜい、人目もはばからずにイチャつくカップルを取り締まる時か、夜会で婚約破棄を宣言する愚か者を諫める時ぐらいのものだった。


 初代風紀委員長の策は功を奏した。強く抑えつければ、かえって恋の炎は燃え上がるものだ。だが膠着状態に陥らせ、弱火で燃え続けさせる分には大した害はなかった。

 

 そうするうちに、婚約破棄を宣言した第三王子が落ちぶれたという噂が舞い込んだ。さらに、婚約破棄された令嬢が遠国でよい縁談に出会い、幸せになったという報も届いた。

 膠着状態のまま燻っていた恋の炎は、次第におだやかなものとなった。こうして婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)は緩やかに鎮静化したのだった。

 

 初代風紀委員長の最も優秀だったところは、自らの編み出した戦術を一般化したことだった。戦術を整理して手順として確立し、『風紀委員手引き』としてまとめた。それは一定以上の能力を持つ者なら誰でも扱えるほど洗練された物だった。そして風紀委員に選ばれるには高い成績と優れた人格を持つ者に限定する制度にした。


 新たに風紀委員に選ばれる子息と令嬢はいずれも優秀だった。婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)が二度と起こらないように、受け継いだ『風紀委員手引き』を深く学び活用し、時代に合わせて改善していった。

 

 風紀委員たちの活躍は普段は表に出ない。時折、風紀に反した生徒を取り締まるか、あるいは婚約破棄の現場で処置を下すかだ。

 特に婚約破棄の現場での活躍が生徒たちの印象に強く残った。陰から学園の状況を操り、有事の際にはその強権をためらわず揮う。その在り方と、婚約破棄に対抗して生み出された組織であることから、生徒たちは風紀委員を「婚約破棄撲滅委員会」と呼ぶようになった。

 

 そして現在。第30代風紀委員長を務めるのが、子爵令嬢シェフリエラなのである。

 

 

 

 婚約破棄が不発に終わった夜会の後。子爵令嬢シェフリエラは、婚約破棄を告げられた令嬢のそばにいた。

 あの伯爵子息は愚かな男だった。それでも、令嬢にとっては家の期待を背負い一生添い遂げると決めた相手だ。それを失った受けた心の傷は小さなものではなかった。

 令嬢が泣き止むまでシェフリエラは寄り添った。シェフリエラにとって、それは風紀委員長として当たり前の義務だった。

 だができることはそこまでだ。心の傷を癒すには時間がかかり、一人でいることも必要だ。落ち着きを取り戻した令嬢に別れを告げ、シェフリエラは立ち去った。

 

 夜会の執り行われた講堂を抜け、学校の廊下を颯爽と歩む。既に夜は更け、学内に人気はない。

 廊下を曲がった先に、しかし一つの人影があった。

 すらりとした長身。肩まで届く長い髪は、月光が作り出したかのような美しい銀色。その顔立ちは彫刻を思わせる美しさ。薄闇の中でも紅とわかるその瞳は、神秘的な輝きを放っていた。

 窓辺に寄りかかるその青年の姿は、まるで月の光が映し出す幻想の絵画のようだった。


 その人影はシェフリエラを見つけると穏やかな笑みを浮かべ、ひらひらと手を振った。

 神秘的な光景とは似つかわしくない。気さくな仕草だった。


「やあ、こんばんは。いい夜だね、シェフリエラ嬢」

「……シュペレンディート伯爵子息。こんな時間に何をなさっているのですか?」


 シェフリエラは目の前の青年、シュペレンディート伯爵子息をよく知っていた。

 美形ゆえに言い寄る令嬢も多く、彼自身も軽い恋の駆け引きを楽しんでいた。当然、風紀委員としても常に警戒していた。彼の素行に対し、風紀委員長として何度か注意したこともあった。

 最近はどんな心境の変化か、令嬢たちと遊ぶこともめっきり無くなった。それでも風紀委員にとって要注意対象であることに変わりはなかった。


「君に称賛を贈りたいと思って待っていたんだ。夜会での手並み、実に見事だった」

「……それはわざわざ、ありがとうございます」


 シュペレンディートは賛辞の言葉と共に、ぱちぱちと拍手までした。

 こんなことをするために、夜更けまで待ち構えるなんて妙な話だった。訝しくは思ったが、シェフリエラは子爵令嬢で、シュペレンディートは伯爵子息だ。爵位が上のシュペレンディートからの賛辞を無視するわけにもいかない。

 シェフリエラは儀礼に則った礼を返した。


 シュペレンディートは窓辺から身を離すと、シェフリエラの方へと歩いてくる。何のつもりかと思ったが、そのまま彼女のわきを歩き去っていった。本当に礼を言うためだったのかと安心しかけた時、すれ違いざま、シュペレンディートは不可解なつぶやきを残した。

 

「『婚約破棄推奨委員会』の一員として、戦いがいがある。これからが楽しみだ」


 突然妙なことを言われ、シェフリエラは振り返った。シュペレンディートは何事もなかったかのようにそのまま歩き去ってしまった。

 

 『婚約破棄推奨委員会』など聞いたことが無い。謎の組織。戦いがある。そういった刺激的なキーワードから、シェフリエラにも思い当たる物があった。

 

「なるほど、『そういう時期』なんですね……」


 殿方は一時期、変わった妄想をして妙な言動をとることがあるという。最近、令嬢を寄せ付けなくなったのは、どうやらその辺が関係ありそうだ。

 風紀委員としては、美男子であるシュペレンディートの動向は継続して注意する必要がある。今夜のことは次の委員会で報告しようと心に決め、シェフリエラはその場を後にした。

 



 夜会の翌日。授業が終わった放課後。シェフリエラはいつものように風紀委員会で業務に励んでいた。

 風紀委員会の部屋は会議室のようだった。部屋の中央を囲むように四角く並べらえた机と椅子。壁にはいくつもの本棚が並び、生徒の情報が記されたファイルがびっしりと並んでいる。風紀委員のメンバーは活発に意見を交わし、必要な情報を文書にまとめていた。

 

 風紀委員は学園の生徒の人間関係を常に把握していなくてはならない。毎日のようにこうして情報を整理して共有しているのである。

 とは言え、普段より雰囲気は穏やかだ。つい昨日、婚約破棄を不発に終わらせたばかりだ。当面は大きな変化は無い見込みだった。

 

 委員会を進めるなか、昨日のシュペレンディートとのやりとりを報告した。シェフリエラにしてみれば、あまり重要ではない雑談のつもりだった。風紀委員は激務だ。組織を円滑に動かすためにも、ちょっとしたバカ話を挟んで場を和ませることも大事なことなのだ。

 

「『婚約破棄推奨委員会』ですって!?」

「ついにやつらが動き出した……?」

「くっ……争いは避けられないのですかっ……!?」


 シェフリエラは戸惑った。笑い飛ばされるものと思っていたのに、参席する風紀委員たちはそろいもそろって深刻な顔をして、不穏なことを呟いている。


「どういうことなのですか? 学園に『婚約破棄推奨委員会』という組織が存在するなど聞いたことがありません。説明してください」


 シェフリエラの問いかけに、風紀委員の令嬢が説明を始めた。


「ご存じの通り、わたしたち風紀委員は『婚約破棄撲滅委員会』と呼ばれています。学園の状況を操り、必要とあらば特権で場を征する強力な存在。当然、それを面白く思わない者たちも少なくありません。そんな者たちが組織を結成したという噂があるのです」

「それが『婚約破棄推奨委員会』ですか? 確かに風紀委員会の俗称と対を成す名前ですね。

 ですが、学園の人間関係を把握して操作しているわたしたちの目をかいくぐって敵対組織を結成するなど、現実的には不可能ではありませんか?」

「ええ、その通りです。だから噂には過ぎないと、みな思っていたのです」


 令嬢があたりを見回すと、他の風紀委員もうなずいた。

 どうやら知らなかったのはシェフリエラだけのようだった。


「……なぜその噂について、報告が無かったのですか?」

「組織の存在を肌で感じる者は少なくありませんでした。しかしながら、それを裏付ける情報はありません。

 そんな不確かな情報でシェフリエラ委員長の負担を増やしたくなくて、みなで知らせないことにしていたのです。申し訳ありません」


 説明していた令嬢ばかりでなく、風紀委員の一同は揃って頭を下げた。

 シェフリエラは委員長と言う立場だ。風紀委員たちの情報に対する報告を受け、重要な局面では自ら動く。だが、直に自分で情報を集める機会はほとんどない。普段から情報収集にあたっている風紀委員たちが感じる生の感覚は、また別のものなのだろう。

 風紀委員たちが報告しないと決めたのなら、シェフリエラのみが知らないという状況はありえることだった。

 

「頭を上げてください。みなさんの気遣い、ありがたく思います。

 『婚約破棄推奨委員会』の存在は警戒に値するようですが、確かな情報は無いということですね。ならば当面は、シュペレンディート伯爵子息への監視を強化しましょう。彼を起点に何かわかるかもしれません」

 

 シェフリエラは現実的な方針を定めた。

 『風紀委員手引き』を受け継ぎ、学園の秩序を支えてきた風紀委員が、噂レベルのあやふやな組織に脅かされることなどないはずだった。

 このときシェフリエラは、なにひとつ心配していなかった。




「ちょっとよろしいでしょうか、シュペレンディート伯爵子息」


 婚約破棄が不発に終わった夜会の日から一か月ほど経った。

 学園の廊下。授業の合間の休み時間。行きかう生徒たちの中、シェフリエラはシュペレンディートを見つけると、声かけた。

 

「これはこれはシェフリエラ子爵令嬢。なにかご用かな?」


 長い銀髪をかき上げ、まるで舞台俳優のように大げさな身振りでシュペレンディートは応えた。

 その仕草に胡散臭いものを感じつつ、シェフリエラは単刀直入に切り出した。


「わたしの家に、あなたの家から婚約の申し込みがありました。これはいったいどういうことでしょうか?」

「どういうことも何も、貴族の家が良縁を結ぶために婚約を申し込む。さほど珍しいことではないだろう?」

「あなたの家とはこれといった接点がありませんでした。それが突然の婚約の申し込み。それにわたしはっ……!」


 そこまで言ったところで、すっとシュペレンディートは踏み出した。シェフリエラが反応する間もなく触れるほどに近づき、その耳元にそっとささやいた。

 

「『婚約破棄推奨委員会』に属する私が、君に対して婚約を結ぶ。賢い君なら、その意味が分かるだろう?」


 シェフリエラはその言葉に戦慄し、固まった。

 シュペレンディートは手をひらひらと振りながら、そのまま去っていった。




「……大変なことになりました。シュペレンディート伯爵子爵がわたしに婚約を申し込み、両親がその申し出を受けました」


 風紀委員会の会議の場で、シェフリエラは沈痛な面持ちで話を切り出した。

 風紀委員たちは凍りついた。

 本来なら祝福してしかるべき報告だ。だがその場は緊迫した空気に満たされた。


「そんな! シェフリエラ委員長のお立場はご両親もご存じのはず! どうして婚約を受けたりするのですか!?」


 風紀委員の一人が声を上げた。その声は固い。まるで素人が無理に演技しているかのような固さだった。

 シェフリエラは首を横に振った。


「わかりません。だから昨日の休日、実家に戻り直接両親に問いただしました。わたしの立場を改めて説明しましたが、父も母もこの婚約に妙に乗り気なのです。

 わたしの領地の主産業は牧畜、伯爵の領地の主産業は農業。関係の深い産業だけに、両家が結びつけば繁栄することは間違いないでしょう。良い縁談です。それでも、両親がわたしの立場をそう軽く扱うわけはないのですが……」

「シュペレンディート伯爵子息は名門貴族。ご両親がその婚約を受け入れるお気持ちはわかります。本来ならめでたいことなのでしょう。ですが、彼は……」

「ええ。彼は『婚約破棄推奨委員会』の手の者。あの組織の実態は未だ不明ですが、状況がこうも上手く進むとなると、その意図は明確です」


 風紀委員たちは息を呑む。

 緊張が高まる中、シェフリエラは厳かに告げた。


「『婚約破棄推奨委員会』の狙いは、わたしへの婚約破棄。それによって、再び婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)を起こすことに、間違いありません」

 

 生徒の人間関係の把握と状況の操作・誘導。万全の態勢で学園の秩序を守る風紀委員会には、ひとつの大きな弱点があった。

 それは、『風紀委員長が婚約破棄をされてしまうこと』だ。

 

 『婚約破棄撲滅委員会』の異名で呼ばれる風紀委員会。その風紀委員長が婚約破棄されてしまったらどうなるか。

 風紀委員会と言う組織が強力であるがゆえに、学園に与える衝撃は大きなものとなる。かつて第三王子が婚約破棄した時と同等……いや、それ以上の影響を与えるに違いない。

 最悪の場合、再び婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)が起きることになる。

 こうした事態を避けるため、風紀委員長は在学中は婚約をせず、恋愛もしないことが暗黙の義務となっていた。

 

 シェフリエラはそのことを理解していたし、両親にもきちんと説明していた。

 だが、貴族は家を大きくすることがその存在意義だ。条件の良い縁談を、明確な理由もなしに拒むことは、実のところ難しい。


 シュペレンディート伯爵子息は怪しい。思わせぶりな言動をしている。しかし、明確な証拠はない。 以前はその美しい外見から、何人もの令嬢たちと恋を楽しんでいた。だが最近は女遊びをすっかりやめてしまった。素行についても問題もない。だからシェフリエラも、両親を説得できるだけの材料を用意できなかった。

 

「この婚約はどうやら避けられないようです。そこで、シュペレンディート伯爵子息に婚約破棄を起こさせないよう、みなさんの知恵をお借りしたいのです」


 シェフリエラは頭を下げて委員会のみんなに頼んだ。

 その真摯な姿に、風紀委員会のみんなは悲し気に目を伏せた。シェフリエラに頭を下げさせて、申し訳なく思っているようだった。

 いつもこうなのだ。シェフリエラは何か事があると風紀委員の誰よりも前に出て、矢面に立ってしまうのだ。こうして頭を下げる機会も多い。

 だからこそ、委員会のメンバーは誰もがシェフリエラを支えたいと思っているのだ。みんなは奮起した。

 

 そして会議は始まった。

 風紀委員たちはその高い士気のもと様々な意見を述べ、議論を交わした。しかし、なかなかいい手は思い浮かばなかった。

 

 普段、風紀委員会の取る戦術は、人員配置を操作して膠着状態を作ることだ。浮気しそうな子息のまわりにより多くの令嬢を配置して余計に迷わせたり、あるいは逆に気の強い令嬢を集めて浮気する気を無くさせるといったものだ。

 戦場に例えるなら、自軍の配置で敵軍を誘導し、有利な状況を作り出す、ということに特化している。

 

 だが、今回はそれは通用しない。相手はシェフリエラとの婚約破棄を前提とし、既に婚約を申し込んでいるという異常事態。例えるなら自滅覚悟の特攻隊が既に本陣付近にたどり着いてしまったようなものである。敵軍を誘導するような段階はとっくに過ぎてしまっているのだ。

 

 婚約破棄がほぼ決まった時に風紀委員の取りうる手段は、両家の当主を説得して婚約解消に軟着陸させることだ。先日の夜会では、この手段で被害を抑えることができた。

 しかし今回ばかりはその手も使えない。シュペレンディートは美形ゆえに、以前は恋のうわさが絶えず、様々な令嬢と関係を持っていた。だが今はそうしたうわさは無く、風紀委員会の調査でも誰とも付き合っていないことは確認済みだ。

 現状、シュペレンディートの不備を理由に婚約解消に持ち込むことは難しい。シェフリエラの両親は乗り気なことも厄介だった。婚約を申し出たシュペレンディートの側も説得は難しいだろう。先ほどシェフリエラが言及したように、両家にとって利益のあるいい縁談なのだ。

 仮に今回の事態のためにシュペレンディートが予め準備していたのなら、実に周到なことだった。


 前例のない特殊な危機に対し、優秀な風紀委員たちも有効な対策を打ち出せずにいた。

 議論も出尽くした頃、一人の令嬢が意を決したように発言した。

 

「こうなれば、手は一つしかありません。古今東西、殿方の行動を縛るのに、令嬢の取れる有効な手段と言えば、一つだけです」


 その令嬢が述べた手段は、風紀委員会の議事録にそのまま書くことはできず、『秘策』と記された。

 シェフリエラはその『秘策』に難色を示した。だが他に有効な手段がないため、その『秘策』は試みられることとなった。

 

 

 

「おはようございます、シュペレンディート様」

「やあおはよう、シェフリエラ……!?」


 翌日の朝。学園内の廊下で、教室に向かうシュペレンディートの姿を見つけたシェフリエラは声をかけた。

 肩まで届く銀髪を揺らし、まるで舞台俳優のように華麗に振り向くシュペレンディートは、しかし彼女の姿を見た瞬間、その美しい顔には似つかわしくない驚愕の表情を浮かべた。

 

「どうしたんですか、シュペレンディート様?」

「いや……君の様子が随分と違うもので、少し驚いてしまったんだ」


 普段、シェフリエラは銀縁の四角い眼鏡に三つ編みに編んだ黒髪だ。顔のつくりは整っているが、化粧っけは無い。品行方正な風紀委員長に相応しい清廉潔白な令嬢だった。

 

 今のシェフリエラは違った。いつもの三つ編みをほどかれていた。艶やかな輝きを放つ黒髪は、時間をかけて丁寧にブラッシングしたことがうかがえる。

 眼鏡は丸みを帯びた楕円型。そこから覗く蒼い瞳はきらめき、春の日差しの下の湖面を思わせた。

 口元には薄い色のリップが引かれている。控え目ながら艶やかな唇は、色気よりも可憐さを強調していた。

 全て学校の規則に反しない軽い化粧だった。だがそれだけで、彼女の印象は大きく変わった。今の彼女は品行方正で堅物な風紀委員長ではなく、清楚可憐でかわいらしい令嬢だった。

 

「どこかおかしいでしょうか? 婚約が決まったことで、シュペレンディート様の隣にいても恥ずかしくない装いにしたつもりなのですが……」

「いや、おかしくない! すごくいい! すごくいいよ!」


 シュペレンディートは凄い勢いで何度も首を縦に振った。

 シェフリエラはにこりと微笑むと、シュペレンディートの手を取った。シュペレンディートはびくりと震え、まじまじと握られた手を見つめた。

 

「あなたとは別のクラス。教室までの短い距離ですが、婚約者らしく参りましょう」


 シェフリエラが颯爽と歩きだすと、シュペレンディートは目をぱちくりさせながら、引きずられるようについていった。彼は未だ、シェフリエラの急変が飲み込めていなかった。

 

 シェフリエラの姿は可憐に変わり、その言葉も婚約者への好意が感じられるものだ。しかしその声も表情も凛としていて、恥じらいというものが感じられない。姿かたちはかわいらしいのに、その仕草は普段の風紀委員長のもの。その落差がシュペレンディートの理解を遅らせているのだった。

 だが仕方ない。彼女は今、婚約者に歩み寄る初心な令嬢ではなく、風紀委員長として『秘策』を実行中なのである。




 風紀委員会で採択された『秘策』とは、『篭絡』だった。

 簡単に言えば「シュペレンディートをメロメロにして婚約破棄を言わせない」というものだ。

 頭の悪い作戦に聞こえるが、意外にバカできない。古来より、女性の魅力は国の命運すら左右してきたものなのだ。

 

 提案された当初、シェフリエラは受け入れなかった。彼女も普段から身だしなみには気を使っている。だがそれは風紀委員長として正しくあるためであり、優先すべきは清廉潔白であることだ。しかしそれだけでは異性の気を引けない。むしろ堅苦しく見えて、異性を遠ざけてしまっている要因とも言えた。自分にはとてもできると思えなかったのだ。

 

 だが風紀委員の令嬢たち全員が全力でバックアップしてくれると言った。実際、髪のセットや細かな化粧は、化粧好きの令嬢の手で施してもらったものである。

 

 それに実のところ、他に有効な手はなかった。

 だから当面は現状維持のため『秘策』を実行し、並行して『婚約破棄推奨委員会』の動向を探るということになった。

 

 シェフリエラは気乗りはしなかった。この『秘策』はまず失敗するだろうと見込んでいた。

 だが、学園の秩序を保つためだ。風紀委員のみんなも信じてくれている。それならば全身全霊でもって立ち向かう。シェフリエラはそういう令嬢だったのだ。

 

 

 

 日々行われる風紀委員の会議で、シェフリエラはシュペレンディートとのやりとりを報告するようになった。情報の共有は風紀委員の活動において重要だ。報告は風紀委員長としての義務なのである。

 

「手をつないで歩いていたら、恋人つなぎに変えようとしてきました。手を離したら拗ねたようだったので、代わりに腕に抱き着いてあげたら真っ赤になりました」


「耳元で甘い言葉をささやいてくるので、お返しに耳元で熱い息を吹きかけたら変な声を上げました」


「腰に手を当ててきたのでつねりました。自分は嫌われているのかとグチグチと呟きだしたので、頬にキスをしたら静かになりました」


「急に抱きしめてきたので、ちょっと強めに押しのけました。落ち込んだ様子だったので背中から抱きしめてあげたら、借りてきた猫のようにおとなしくなりました」


「ベンチに座っていたら居眠りして寄りかかってきたので、そのまま膝枕をしました。顔が赤くなったので目は覚めていたようですが、寝たふりを続けるので、頭をなでました。

 しばらくそうしていると急に起きて、うっかり眠ってしまって済まないとか、これ以上なでられられたらダメになるとか、よくわからない言い訳を始めました」


 シェフリエラはいつもの風紀委員の活動報告と変わらない凛とした涼やかな声で、つまびらかに淡々と報告した。事実、彼女は風紀委員の業務として『秘策』を実行しているだけなのである。その行動の大半は、風紀委員の令嬢たちのアドバイスを実行したに過ぎない。

 

 風紀委員長として、異性と仲睦まじくしているところを見られてしまうのはよろしくない。行動は常に人目につかないように行った。風紀委員会は生徒の動向に常に目を光らせており、シェフリエラその委員長である。人目につかない場所を選び行動することは、それほど難しいことではなかった。

 

 風紀委員の活動は激務だ。会議の席では紅茶と茶菓子が振舞われる。砂糖を多めに入れる者が多く、茶菓子も甘いものが好まれた。だが最近は角砂糖の消費は激減し、茶菓子も塩味のクラッカーなどが好まれるようになった。糖分補給はシェフリエラの報告だけで十分だったのである。


 『秘策』は順調に継続した。婚約破棄の危機は当面なさそうだった。しかし『婚約破棄推奨委員会』の情報だけは、依然として集まらなかった。




 『秘策』を続けるうちに時は過ぎ、シェフリエラとシュペレンディートの卒業の時がやって来た。

 そして卒業式の翌日。シェフリエラとシュペレンディートの結婚式が執り行われた。

 この日に結婚式を行うことを提案したのはシェフリエラだ。結婚の時期を早めることで婚約破棄の危機を避け、わかりやすい形で決着をつけたい……それがシェフリエラの意向だった。

 

 学園近くの教会で執り行われた式は、なんのトラブルもなく進行した。

 参席した多くの学生たちに祝福され、二人は誓いのキスをした。

 キスをかわしたあと、シェフリエラはそっとシュペレンディートの耳元に囁いた。

 

「これでわたしの勝ちです」


 シュペレンディートは驚きに目を見開いたが、その顔はすぐ苦笑に変わった。

 そして彼は、

 

「ああ、私の負けだ」


 素直に敗北を認めたのだった。

 こうして、「風紀委員長が婚約破棄され、学園の秩序が崩壊する」という危機は去ったのだった。




 シェフリエラがシュペレンディートと結婚するまでの物語には、一つの大きな嘘があった。

 『婚約破棄推奨委員会』などという組織は、実は存在しないのである。

 

 シェフリエラに婚約を申し込むしばらく前の事。

 シュペレンディートは憂いていた。

 彼はかつて、美形であるがゆえに様々な令嬢に言い寄られた。だが、どの令嬢も彼の心を大きく動かすことはなかった。形だけの付き合いを続ける空虚な日々を過ごしていた。

 そんな彼に対し、シェフリエラは素行を正すようにと何度か注意した。まっすぐなまなざしと言葉だった。これまで付き合ってきた令嬢は、みなシュペレンディートの美しさに魅了されていた。一人の人間として真剣に接してくれた令嬢は彼女だけだった。

 

 やがて彼は、シェフリエラに惹かれていることを自覚した。他の令嬢との関係を断ち、彼女に想いを告げようとした。だが接点が無い。これまでの恋愛は遊びであり、令嬢の方から寄ってきた。いざ真剣に自分から立ち向かおうとすると、彼はどうしていいかわからなかった。まして彼女は風紀委員長。恋愛を避けている節すら見受けられる。

 想いは募り、しかしどうしていいかわからず、シュペレンディートは悩んでいた。

 

 

 風紀委員たちは憂いていた。

 シェフリエラは素晴らしい風紀委員長だ。学園の秩序を守るために身を粉にして働き、風紀委員として表立った活動をするときは常に率先して矢面に立つ。風紀委員はみな、彼女のことを敬愛していた

 だがしかし、シェフリエラはその立場ゆえに婚約も恋愛も許されない。誰よりも学園の恋愛を守ってきた彼女が、学園での恋愛を体験せずに卒業するのは悲しいことだった。



 同じ相手に対して違う立場から憂いを持つ二者は出会った。声をかけたのは風紀委員たちからだ。シュペレンディートがシェフリエラに想いを寄せているのは、風紀委員たちから見ればバレバレだったのである。

 相談した結果、『風紀委員長は風紀のためなら大抵のことをやってのける』という特徴を利用することにした。

 それででっち上げられたのが『婚約破棄推奨委員会』である。対抗組織に属する人物からの婚約。婚約破棄による(エンゲージメント)学園秩序の崩壊(・クライシス)を避けるためならば、シェフリエラはおよそあらゆる行動をとるだろう。そこで『秘策』を提案し、イチャイチャさせることを画策したのだ。

 

 もちろん、こんな嘘がいつまでも通用するとは考えていなかった。あくまできっかけづくりのための方便だ。

 途中でバレたらみんなで誠心誠意謝罪する。そしてシュペレンディートは覚悟を決めて本気の告白をする。これはそういう計画だった。


 しかし計画は成功し、最後まで嘘が暴かれることはなかった。そうしてシュペレンディートとシェフリエラは、無事に結婚したのである。

 

 

 

 結婚から一年たったころ。

 シュペレンディートはついに、『婚約破棄推奨委員会』の真相について話す決意をした。

 付き合うきっかけを作るための方便。誰を害することもない架空の組織。それでも嘘は嘘だ。

 いずれは話さなくてはならないとわかっていた。しかしシェフリエラとの結婚生活があまりにもしあわせすぎて、先延ばしにするうちに一年も過ぎてしまった。

 

 シュペレンディートは事情を洗いざらい語ったうえで、頭を下げた。離縁でも言い出されたらら即座に土下座しようと、足元の絨毯を見つめた。あそこに額をこすりつけるのだ。

 しかし、全てを知ったシェフリエラはクスリと微笑んだ。

 

「実は、その嘘には最初の頃に気づいていました。でも、あなたのそばにいるために騙されたふりを続けたのです。

 嘘をついたというのなら、わたしもあなたも同じこと。謝る必要なんてありません。どうか頭を上げてください」


 考えてみれば当たり前のことだった。

 風紀委員長の務めとはいえ、異性とああも仲睦まじく過ごしていたのだ。しかもシュペレンディートの側は、最初から本当に彼女のことを愛していたのだ。それで心が動かない令嬢などいるはずがなかった。

 もしシュペレンディートのことが嫌いなら、途中でやめていただろう。続けていたということは、つまりそういことなのだ。

 

 結婚式の誓いのキスの後。「これでわたしの勝ちです」と告げた意味。それは『婚約破棄推奨委員会』に勝ったということではなく、恋愛に勝ったということだったのである。

 恋は惚れた方が負けと言う。シュペレンディートは最初から負けていて、シェフリエラは最後まで勝ち切ったのだ。


「君にはやっぱりかなわないなあ」


 愛する妻に対して、シュペレンディートは改めて自らの敗北を認めたのだった。



終わり

婚約破棄の被害を少なくするために積極的に対処する組織があったらどうなるだろう、なんてことを考えていたらこんな話になりました。


読んでいただいてありがとうございました。

楽しんでいただけたなら幸いです。


2024/7/7 誤字指摘ありがとうございました! 修正しました!

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