プロローグ 名無しと狂愛
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真実とは何か。
定義には【偽りではないさま】と記されている。
偽りであってほしかったことが、そうでなかったとき。
真実であってほしかったことが、そうでなかったとき。
真実は時に残酷で、時に受け入れ難いことがある。
しかし、それを受け入れた時こそ、
我々は成長できる。
そして、
成長したその果てにあるものこそが
真理だろう
マイケル・ドゥ著
「真理の追求者」序文より
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小鳥が囀る音でボクは目覚めた。
金木犀の香り。
木造で6畳ほどの一室。
置き時計は6時半を指す。
どうしようか、この状況。
何も思い出せない。思い出そうとしても脳がそれを拒む。
ボクの半生すら思い出せない。
何者なんだ?ボクは。
基礎知識はあるようだが、ボクに関する情報が一切ない。
服は……着ているな。
ベージュの服にダークブラウンのズボン。
ポケットには…なにもない。
部屋を詳しく見てみるか。
おっと、本棚とクローゼット、机に椅子と扉しかない。
よくみたら窓も無い。
扉を開けようと試みるが無駄だった。
机の上には一枚の手紙が。
読んでみるか……
驚いた、読めない。アルファベットが乱雑に並んでいる。
異国の地か?といっても、自分の故郷やその国すら覚えていないが。
本棚も調べてみるか。
やはり、読めない字で書かれた本が並んでいる。
二冊だけ、読める本があった。
一冊は「ロゼト奥」
もう一冊は「クーッの」
文字は読めるが何を書いてるんだ?
謎解きか?謎解きだなこれは。
陳腐で稚拙な謎解きだ。
二冊を並べて読むと「クローゼットの奥」と書いている。
クローゼットの奥を調べるか。
くぼみがあるな。
くぼみに指を入れてみるとライターが出てきた。
ライターの裏には「てがみ」と書いている。
これで炙れってことだな。
面倒だな。
脱出ゲームなのか?
にしてもレベルが低すぎる。
まあ良い、とりあえず手紙を炙るか。
よく手紙を嗅ぐとレモンの匂いがする。
なんだろうか。昔、やった覚えがする。
炙ると新たなアルファベットが浮かんできた。
「L I E」
茶番だったのか、今までの時間は浪費のようだったな。
することが無いな。
暇だ。
時計を見るとまだ10分しか経っていない。
もう一回本を読んでみるか。
「ロゼト奥」は普通の物語のようで、
もう一冊がハリボテだった。
本型の箱だったようだ。
質感が本のそれだったので気付かなかった。
中には鍵が入っていた。
早速扉の鍵穴に挿し込み………鍵が合わないな。
ふと天井を見てみる。
なにもない…な。
この鍵が使えそうなものを探すか。
小一時間は探した。
見つからない。
「もー!いつまでやってるの?
遅いよー。
あと30分で解いてねー」
どこからか女の声が響く。
憤りを感じる。
こっちは自身の記憶や顔すら知らないのに。
いつからボクは記憶がないんだろう。
考えても仕方ない。
寝るか。
なんだかこのベット、形が変だな。
柱が無い。豆腐のような形をしている。
側部を見ると鍵穴がある!
急いで鍵を挿し込むと開いた!
中から鍵が出てきた。
諄いな。
そろそろ飽きてきたぞ。
扉に鍵を…
開いた。やっと外に出れる。
うそ…ハリボテだ。
扉を開いた先に壁があり、
「本棚を動かそう」と書いている
怒りが込み上げてくる。
早く外に出たいだけなのに。
本棚を動かすと扉が出てきた。
鍵は……掛かっていない。
遂に外に出れる!
急いで扉を開くと森の中に出た。
後ろを見ると扉がない。
ただでさえ理解できない状況なのに、さらに不思議な出来事が重なり、頭が少し固まる。
とりあえず状況を整理しよう
まずボクは自分の情報を一切知らない、
起きたら木造の部屋でくだらない脱出ゲームをし、
1時間ほど経ち、謎の女性の声が響く。
そしてやっと外に出れると思ったら森に出て、その出口が消えていた。
犯人はおそらくこの女性だが、
一体どこにいるのだろうか。
「キミ!!何をしているんだ!
ここはベールマン家の私有地だぞ!」
今度は男性の声だ。
というか私有地なのかここは。
まずいな、今の状況を説明しても頭がおかしいやつ扱いになるな…
どうしよう。
「私の客人だから大丈夫よ!」
さっきの声の主だな…木陰から姿を現した。
身長は160cm前半ほどで髪色は杏色のツインテール。15歳くらいかな?
「これは…失礼しました。」
「夕刻までには帰るから!」
少女はそういい、こっちに近づいてくる。
「今日のゲームどうだった?」
「そうだな、100点満点中47点くらいかな。
回りくどいところが多い。
本の謎解きももうちょっと難易度を上げたらいいんじゃないのか?
ちと幼児向けすぎる。
振り回せばいいってもんじゃないだろう。
同じような展開はやり手に飽きられる。
もっと工夫をしてみては?」
「ぐぬぬ…」
悔しそうだな。
「はぁ………。
……ところで本題だが、落ち着いて聞いて欲しい。
ボクの記憶が何もかも無くなっている。
君は誰なんだ?ここはどこなんだ?
教えてえくれよ。」
「たしかに……口調が変わってる…
まあいいわ、私の名前はアンゼ。
アンゼ・ベールマンよ。年齢は15。
そして、あなたの名前は▓▓。わたしと同じ歳よ。」
なんだ…?
「……?
もう一度俺の名前を読んでくれないか?」
「あなたは▓▓!
▓▓がこんなに聞き逃しやすい名前だったかしら?」
「すまないアンゼ、どうやら自分の名前だけ謎のノイズがかかってるようだ……」
「……嘘でしょ!?
そんなことがあるの!!
……まあいいわ、私が新しい名前をあげる。
そうね……どうせならありがたい名前の方がいいでしょう?
天使 ミカエルから、マイケルなんてどう?」
「……あぁ。
それでいい。」
「フルネームはどうする?
パパがいいならとてもありがたい《ベールマン》をあげてもいいけど」
それは嫌だな。
マイケル、海外だとよく名付けられている名前だな。
そして今のボクは名無し同然。
海外版名無しの権兵衛である、ジョン・ドゥからとって…
「そうだ、
マイケル・ドゥでいいや。」
「…いいわね。それ。
▓…マイケル。
話を戻すわ。
マイケル、あなたは▓▓▓▓▓で▓▓され、
▓▓▓▓▓に▓▓▓。
そして今に至るわけ。」
「まじか……さっきと同じだ……
ボクに関する情報にノイズがかかってる。」
「嘘!
じゃあ▓▓が▓▓ってことも聞こえないってこと!!?!」
「あぁ、なにも聞こえない。
ノイズがかかってる。」
「そうなのね……
ねぇ、マイケル。
…………あなたは色々あってここに住んでるの。
これは伝わる?」
「あぁ…それは伝わる。」
「で、マイケル。
………あなたは私の婚約者ってわけ。」
嘘だろ。
起きてそうそう婚約者がいるとは思わなかった。
にしても、何か引っかかるな。
ボクの情報なはずなのに。なぜノイズが……
「…そうか、この世界のことも気になる。
ボクのことは知識やら常識を備えた大きな赤ちゃんだと思ってくれ。この世界の地理や歴史に関する情報も消えているようだ。
言語に関しては…アルファベットは苦手だがよろしく。」
「わかったわ。
そろそろお家へ帰りましょう。」
〜ベールマン邸〜
玄関に10分ほど待たされた後、
ボクは屋敷に入った
執事の案内のもと、客室へ通された。
「紅茶をお持ちします、少々お待ちください。」
執事はそれらしい言葉を言い、紅茶を汲みに行った。
しかし、自分の情報が一切わからないのは……困ったな。
ノイズがかかる条件はなんだろうか?
あのとき、小屋で起きた時以降の自分の情報にはノイズがかからないと見てもいいのか?。
それ以前のことにはノイズがかかる。
そう思うしかないな。
もう一つ気になることがある。
嘘にはノイズはかかるのか?
もし、さっきのアンゼの「ボクが婚約者」という情報が仮に嘘だとしたら、辻褄が合う。
やはり、アンゼは完全に信用できない…
といっても、ボクが出会ってから数時間しか経っていないから信用どうこうの話ですら無いだろうが…
少し、疑心暗鬼が過ぎたかな?
「おまたせしました、こちら一級品の紅茶となります。」
「ありがとうございます。」
「では、失礼致します。」
しっかし…どうしたものか。
これから何をすれば良いのか…
やることが多くて迷うな。
「マイケル!おまたせ。」
「あぁ、色々とありがとうな。
身寄りもないボク…って、あるかもしれないが、こんなに親切にしてくれて」
「いいのよ、婚約者なんだし。」
アンゼはにっこりと微笑む。
「あぁ…そうだった…な。」
なんだか、すこし……眠くなってきたな……
「大丈夫?ふらふらしてるけど。」
「あぁ……だいじょ……いや、やばそう。
すこしよこになっ……ても……
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冷たい…
硬い…
首に水が滴り落ちる…
生ぬるくて気色悪い…
手首が動かない……
夢か……?
なんだか、夢にしては鮮明だな………
現実か!!
手首どころじゃない、足も、腰も動かない。
目隠しと口枷で詳しいことが分からないが、
拘束されているようだな…
何のために?
あのときの紅茶か?
………足音だ……
視覚を奪われてるから聴覚が冴えている。
一歩ずつ、たしかにこっちに近づいてきている。
「ガチャ」
扉が開いた音がした。
「ンン……ンゥゥ!!ン…」
残念ながら、これがボクが出せる最大の声。
口を動かそうとするたびに唾液が体をつたって落ちる。生暖かく、すぐ冷たくなるこの感触は慣れない。
「ンンンン!!ンン!!」
誰かいないのか!?
「▓▓。▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓」
何を言ってるんだ?
ノイズがかかってるから誰の声かすらもわからない。
「▓▓が悪いんだ」
女の声。
「じゃあ始めますね」
今度は男、なにをはじ……ッ⁉
腹が熱い!!
いや、切られてる!!というより削ぎ落とされてるッ…!
なにが目的なんッ…
「ン"ン"ン"ッッッンンンンンンンン」
五体を縛られている中、虚しく抗うボク。
「打て。」
なに…を
───────────────────────────
気づいたら右腕の拘束が取れていた。
自由になった右腕で残った拘束を外そうと試みるが、
おかしい。
確実にそこにあるはずの右手が、ない。
なぜだ?絶対にあるはずなんだ、
右手が、
絶対取れるはずなんだ、この拘束を。
おかしい、絶対おかしい。
なんで右手が、右腕が………無いんだよ…
遠くから嗤う声。
なんだよ…ボクが何をしたっていうんだよ…
なにが可笑しいんだ…
自分が何者かすら知る前に…死ぬのか…
「マイケル」
「ンンンンンンンン!!ンンンンンンンン!!」
アンゼの声だ。
「暴れないで、あなたが悪いの。」
「ンンンンッッッ!!ンンンンッッ!」
なにを…
「あなたが、私以外の女と仲良くして、逃げ出したのが悪いのよ」
しらないよ…
「あなたはこう思ってるでしょ、
しらないって。
でも、これはあなたが確実にしたこと。
あなたの罪。あなたがきちんと償わないといけない。
だっておかしいでしょ?人を殺したのに記憶がないからって無罪になるのは。
それとおなじ、あなたは私を傷付けた、
だからあなたも傷つくべき。
愛してる。 」
何を言ってるんだこの女……
イかれてるのか……
結局、ボクは何をしたんだ?
アンゼ以外の女と仲良くしただけか?
「これ、要らないよね。
でも、将来のことを考えて、片方だけで赦してあげる。」
まさか……
「ンーー!!ンンッ!ンッンッ!!」
グチャァッ
───────────────────────────
「おはよう、マイケル。」
「…………」
「あなたが記憶を無くしてから一週間が経ったわ。」
「………」
「時々思うんだ。
あのままマイケルが逃げ出したらどうしようかって。」
「………」
「私、悲しくて、悲しくて、
おかしくなってたとおもう。」
「………」
「でも、この能力のおかげで、
あなたをまた、私のもとに連れ戻すことができた。」
「………」
「空間魔法と創造魔法を組み合わせたモノ。
こんな高度なコトが出来るの、この国で二人しかいないんだ。
わたしと、英雄さま」
「………」
「ねぇ、今日は元気ないの?」
「………」
「そっか……じゃあ、まあ明日ね。」
ボクは、あれから左腕を切り落とされ、
右足はもがれ、左足は潰された。
ボクが今辛うじて、生かされてるのは
あの女のエゴだ。
あの女は決まった時間に、ギリギリ生きてるボクに話かけてくる。
ぬいぐるみに話す女の子のように。
もう何も考えたくない。
早く楽になりたい。
結局自分のことは一切分からなかった。
あの女が知ってる所までは、ノイズがかからなくなったことくらいだ。
目隠し、いつになったらとってくれるんだろう。
最後くらい、空を見たかったな。
目隠しはすでに取れているのに、視力を失ったことを忘れるように願う。
なんであのとき、紅茶を飲んだのか。
もう、誰も信じたくない。
一体、ボクが何をしたっていうんだ。
「マイケル、今日のご飯だよ。
私、料理得意なんだ。
あの日、あの女と食べていた料理。
ミートスパゲティ作ってみた。
隠し味、わかるかな?」
「………」
「はい、あーん」
無理やり僕の口を開け、それを押し込んできた。
鉄の味がする。血生臭さの奥にあるトマトの味。
配分おかしいのか?
何がはいって……
「ヴォウェェェェェェ!!!」
なんてものを食わせるんだ……
涙が止まらない。
「泣くほど、吐くほど不味いの……」
「ゴオ"ッホ…」
「咳き込むほど不味いんだ。」
「………」
「黙り込むなよ!
なんとか言ったらどう!?
ちゃんと!!喋れる!!ように!!
喉を!!残してるのに!!!
………もういい…
セバン、メスを。」
「……なんで、なんでそんなことするんだよ…
ボクがなにかわるいことしたか?」
「悪いよ。
あの女と仲良くして…
だから。だからね……ハハ。
美味しかったでしょ?!あんなに仲が良かったのなら!!!」
「なにいってんだ!あのおんなってだれだよ!
そもそも!ただの嫉妬で!!ここまでするか!!
おかしいよおまえ!!
なんで…ここまで奪われなくちゃいけないんだ…」
「ただの嫉妬?
私をここまでその気にさせて?
あなたが悪いのよ!▓▓!!
あの日に、何があっても守るって言ったクセに。」
「これじゃ、守れないだろ!こんな体じゃ……
動けないし、目も見えない。」
「だから私が守る。
私が▓▓を守るの。
あなたを、殺して、守る。」
「……そうか。」
「ばいばい。
愛してるわ。▓▓」
スッ
ドォォン
「まだ生きてるのか……ボクは。
一体……何の音だったんだ。」
「▓▓。久しぶりだな。」
「誰ですか…」
「ベリル。ベリル・ドラグナー。
ただの…ではないが、竜だ。」
「竜……?」
「あぁ……なにはともあれ。その目を治してやる。」
「え…あ」
なんと、視力が治った。
自然と涙が止まらない。
眼の前には、翆色の竜が居た。
「にしても、お前、呪われておるな。」
「呪い?」
「あぁ、見た感じな。
しかも上位も上位、最上位の呪いだ。
なんの呪いかは、知らんが。」
「実は……」
◯
「なるほど、自分の記憶が無いとな。
困ったな。そんな事例聞いたことがない。」
「まじか…」
「おおまじだ。
ところで、四肢が無いと困るであろう?
魔法の使い方を教えてやる。
だからそれを応用して義足を作れ。」
「…?」
「なんと、魔法のことも忘れておるのか。」
ベリルがボクを爪でつまみ、背中に乗せた。
「棲家に連れていったる。
そこで魔法を学べ。」
「……わかった。」
「ところで、先程の女は一体何だったんだ?」
「ボクをこうした原因。
助けてくれたんじゃないの?」
「いや、懐かしい匂いがしたから来ただけだが…」
「パワー系だなぁ…」
「ガハハハ。
もうすぐだ。
天に最も近い山【バハムート】。
そこにワシの棲家がある。」