廃業
自由市場近くの金物屋の2階の空き部屋を作業場兼倉庫として借りていた。
調理場は無いが、ここで2人とも寝泊まりしているので高枕の馬小屋スペースを借りるのと費用はそう変わらない。
まぁ敷いた筵の両端にそれぞれ寝転んで旅装のマントを被って寝るだけだから寝心地はアレだが、貧乏冒険者稼業の俺達は気にしてなかった。
「マミが戻ってくる前に動物シリーズだけでも片しとくか!」
戻るまでに喫茶店でコーヒーと小豆餡の揚げ菓子のセットで休憩を済ませていた俺はカフェインが切れる前に、動物の木彫りに取り掛かった!
木彫りの作業としては最後の仕上げ以外は前日までに粗方済ませてある。
並みの木材で『楽しい森の動物達』、ちょっといい木材で『古代の戦士達』、かなりいい木材で『水の女神像』だ。
木材の基礎加工は準備期間中に最終日分まで済ませている。一応(?)魔法使いの、マミがいるから色々ショートカットできるのはかなり便利だった。
技術的な部分は初日までにクリア済み。
パクりだと怒られない範囲で色々参考にしているが、俺個人のオリジナリティは『企画主旨と題材に対して余計なことしない』だった。これでよし!
動物シリーズの仕上げが済み、古代の戦士シリーズが半分程終わった頃にマミが、
「はぁ~、今日はスライムとセットでコウモリモドキと大モグラも仕止めたんよ~っ」
と若干返り血を浴びたスッキリ顔で戻ってきたので動物シリーズの乾燥を頼み、一気に女神像の仕上げまで終えると、
「・・限界だっ! 風呂屋に行ってからエールかワインを飲まないともう一彫りも不可能だっ」
「そうですね、初日の祝勝会もまだですしね!」
俺とマミは今日はラベンダー湯に入りにゆき、兎溜まりで木彫りの利益が飛ばない程度に祝杯を上げ、金物屋の2階に帰ると2人でせっせと作業の続きに励んだ。
至って真面目だ。俺もマミも良く言えば凝り性、悪く言えば根暗だからさ・・
そんな感じで2日目も約20万ゼムくらい儲けることができた。日ごとのポージングや衣装のパターン変化だけでなく、俺の技術が向上しているのとマミのヒートやウィンドの魔法を使った乾燥技術も上がってるってのもあるんだろうな。
今日は今日とて明日の作業がある。マミに関しちゃそろそろグランオニオンの外で『毒針活動』をしないと禁断症状が出ちまうがからな!
俺達はいそいそと露天の後片付けをしていた。と、
「オイオイオイオイ~~っ、木彫りなんかで随分景気がいいじゃねぇかよぉっ?」
「自由市場のこの辺りは兄貴のシマなんだぜぇ??」
「ヒャッハーっ!!!」
チンピラがチンピラなことをいいながら『折り畳みナイフ』『トゲ棍棒』『鉄の護拳』等の装備をこれ見よがしにしながら寄ってきた。
布の服にお洒落ベストなんて着ているから一般人と思われてるようだ。
「・・離れた方がいい」
今日は作業疲れの影響か? マミの『毒針欲求』が強い気がした。加えてマミはゴロツキの類いに対しては文字通り前科持ちだ。俺は善意で忠告した。
「『離れた方がいい』だってっ! カッコいい~っ!!」
「ヒャッハっ! ヒャッハっ!」
「オイオイ、大人しく俺にショバ代を」
「ファイアボール」
マミはぼそりと唱え、いくらか加減した火球魔法を『兄貴』の顔面にブチ当てた!
「ぱぅっ?!」
「兄貴ぃっ??」
「ヒャッハぁっ?」
髪をチリチリの爆発ヘアに変えられ昏倒するチンピラ兄貴っ。言わんこっちゃない。
「私が、魔法を使っている内に下がりなさい・・」
ゆらり、と立ち上がり、この格好でも腰の後ろの鞘に納めていた毒針+0,5を抜き片手で回転させだすマミっ!
「こ、コイツ! あの毒針っ、『デススコーピオン・マミ』だっ!」
「ヒャッハぁ??」
「ん? 後ろの男っ、『へばりつきのテツオ』かっ?! なんてこったっ、レベルの割にヤバいって噂のヤツらが手を組んでるなんて・・ズラかるぞっ?!」
「ヒャハーーっっ」
チンピラ達は昏倒した兄貴を連れ遁走していった。
「へばりつきのテツオってなんだよっ! 見てただけだっつーのっ、ったく! ・・マミ。よく我慢できたな」
「う~~っっ・・今日は、帰りが遅くなるかもしれません」
目が据わってるマミ!
「通行人とか襲うなよ?」
「ワタシ、ダイジョブ、ダヨ」
「片言になってんぞっ?! よしっ、奢ってやるっ、ピーチポーション飲め! 甘い物を取れっ!」
「まぐぅっ?」
俺は無理矢理、ピーチ味のポーショをマミに飲ませて落ち着かせてから街の外へと送り出してやった。
鎮静系の回復アイテムを常備しといた方がよさそうだな・・
そんなトラブルもありつつ、自由市場の木彫り売り4日目。商売自体は順調だった。
俺とマミは昼前の客の波が途絶えたタイミングで買っていたジンジャーライスボールと自由市場で売っていたさっぱり系のルートビアで簡単に昼食を済ませていた。
途中、評判を聞いた土産物屋の主人が定期的に動物シリーズの木彫りを卸さないか? と言ってきたのでマミがぼんやりしていたから俺が「今度、店の様子を見に行く」と当たり障りなく対応したりした。
主人を見送り、満更でもなかった俺は木箱の脇の陰に、黙って座ってまだジンジャーライスボールをモソモソ食べているマミに話し掛けた。
「聞いたか? 結構、いい条件だったな! このまま行くと俺達は木工工房として大成しちまうかもしれないぜ?! なんつってなっ! ハハハっ」
俺は一頻り笑ったが、どうもマミの反応が薄い。
「マミ? 土産物屋に卸すの嫌だったか? まぁ動物シリーズだけだと作業量に対して率的にはアレではあったしな。別に俺達が組んだのは木工屋を極める為でもない! そうかそうか、まぁ俺の趣味と小遣い稼ぎくらいだな。よしっ、この話はいいとして、午後も」
「・・いんよ」
「え?」
聞き取れなかった。もう一度よく聞こうと思ったらっ、マミはポロポロ泣き出してしまった。
「えーっ?? 何何っ? そんな嫌だった?! あっ、ジンジャーライスボール苦手だった?? いやっ、いつ食べれるかわからないから傷み難いヤツがいいと思ってさっ」
「毎日毎日っ、街の周りで似たような雑魚モンスターを最低限度刺すだけのおざなりな日々っ! もう耐えられないんよぉーーーっ?!!!」
絶叫するマミっ!
「そっちかぁ・・」
俺は取り敢えずポーチから出した『働く女性の為の気が休まるブレンドお香セット』を2セットを焚いて(いきなり魔法道具の類いを使うのもアレかと)座ってめそめそしているマミの足元の左右に1つずつ置き、ジンジャーライスボールの変わりにトロピカルフルーツ味の棒付き飴の包みを取ってを渡し、マミから程々の距離に椅子を置いて対峙した。
荒ぶるなんらかの霊を鎮める僧侶か何かになったかのようだっ。
俺は咳払いした、
「マミ。マミ・シューティングスター。どうしたい? このテツオはお前とパーティーを組んでるから話を聞くぜ?」
「ううっ、もう、このビジネスやめたいんよ・・材料とか、違約金とかもったいないけど」
俺は溜め息をついた。
「・・・そっか。わかった」
「いいの?」
「今日の分は売り切る。あと、動物シリーズは纏めて作ってさっきの土産物屋にでも買ってもらおう。諸々の処理費用にはなんだろ」
「・・ごめんよ」
「なんだかんだでそこそこ儲かった。マミのアイディアのお陰さ。マミがストレスで『辻刺し』でも始めたら目も当てられいしな。俺達は俺達のフェチ道を健全に極める! そういう感じでパーティー組んだろ? ルール通りだっ。問題無いぜ?」
「テツオ~っっっ、もし貴方が不治の病で苦しんでいたら、私が毒針で介錯してあげるんよぉっ?!」
「いやっ、その場合もっと楽に死なせてくれない?! その針で刺したら毒まみれだろっ?」
「えー・・じゃあ毒を抜いた針で、急所、刺すんよ」
心底ガッカリしているマミ!
「刺しはするんだなっ、まぁなるべく俺の病を治す方向で努力はしてくれよなっ?!」
「デヘヘっ、いいんよ!」
色々アレだが、マミの機嫌は直ったようだった。この後、俺達は今日の分を売り切り、片付けと場所の解約等の手続きと動物シリーズ以外の木材の処分を済ませた。
もう結構遅くなったが、俺達はグランオニオンの出入口の1つの近くの豚骨ヌードル屋で脂ギットギトの麺を食べて気合いを入れると、ちょっと遠出して、マミが満足するまでそこそこ手強いモンスター狩りを真夜中までしていた。
倒されるモンスター達はたまったもんじゃないが、
「ファイアボールっ! クィック! 刺す刺す刺ぁすっ!!」
月明かりの下で生き生きと殺し合うマミに、俺は鋼の剣に近い冷たい煌めきを少し見たような気がしていた。