創業
俺はグランオニオンの中古専門の武器屋の中でも初級と中級の中間くらいの中古武器屋へ向かっていたのだが、ふと『風呂入ってない』と気付いて、先に洗濯場のある風呂屋に向かうことにした。
どうりですれ違う人達の反応が厳しいと思った。
マミと別行動をしているので乾燥は有料の風呂屋の数回に分けて乾燥箱を使わなくちゃならないが合わせて1500ゼムだ。そこそこ痛いが、懐の温かい今の俺は気にしなかったぜ。
さっぱりして兜はリュックにしまった俺は腹も減り、砂漠系の蜥蜴人の屋台で売っていた仔山羊の穴蒸し焼き肉を香草と一緒にパンで挟んだ物を食べた。
「っ?!」
うまっ、なんじゃこりゃーっ?! 香りが鼻を抜けてゆくっ、屋台の隣に適当に置かれたボロ椅子に座って食べたが最高だっ。
地下窯に吊るして念入りに蓋をして焼くそうだ。提供する前に炭で炙り直してソースを掛けてくれる。
食後に「いい客だね」とワーリザードの店員にちょっと笑われながら蜂蜜レモン水も買い、俺は大満足だった。合わせて980ゼム! あとでマミにも教えてやろう。
さて、この調子で寄り道を続けると武器屋につく前に最悪スッテンテンにされちまうっ。俺はとっとと中古の武器屋へと向かった。
のだが・・
そこは、何気ない店構えだった。ショーウィンドウ並ぶのは武器ではなく、工具。柄の先に小さな刃。中にはわりと大きな物もあるが、武器とはスケールが違う。
『木工用具店』であった。中途で目に止まった。
故郷のブラックウッド村は林業が比較的発達していて、木工も盛んな方だったから馴染みはあった。
加えて、俺は鋼の美に目覚めているっ! この用具店の工具、彫刻刀等の仕上げの良さに見惚れた。
「いいな」
俺は吸い寄せられるように木工用具店の中に入っていった。
「いらっしゃい」
寡黙そうな初老の、髭を生やした褐色の肌の店主。相応しいな。ふふふっ。
俺は店内をざっと見回し、見付けてしまった!
「っ! これはっっ!!!」
高級工具の棚に置かれていたのは、『鋼の木工用具』達っ! 整然と陳列されているっ!!
「ぐはっ?! なんという鋼力っ!!」
「お客さん?」
「店主! こ、ここここ、これはっ?!」
「鋼の木工用具ですよ? 書いてるでしょ? 上等な木の素材は普通の用具じゃ通りませんからね。まぁ玄人向きですよ、危ないですからね。グローブせずに手元が狂うと肉どころか骨までイっちゃいますよ?」
「なるほど、な」
俺は煌めいて見える鋼の木工用具の棚に歩み寄った。懐かしい兄弟に再会した気分だ・・
「やっと、逢えたね」
「お客さん?」
俺は小一時間吟味した後、『鋼の彫刻刀セット』を12万ゼムで購入したっ!!!
・・夜、宿屋『高枕』で俺はマミと合流した。
正確には宿の裏手の馬小屋宿泊スペースだ。
馬小屋で寝る、といっても普通、馬と一緒の場所じゃ寝ない。馬小屋の隣の藁の敷かれた掘っ建て小屋で泊まる。
一応、安物の持久蝋燭を入れたカンテラと、やはり安物の虫除けの香り石の皿も吊られているし、荷物も預けられる。勿論、男女別の小屋だ。
普通、男子は馬小屋の隣。女子は申し訳程度の塀を挟んだその奥だ。
このスペースの男女共有部には横長の東屋があり、自炊用の簡単な調理場になっていた。
バカ騒ぎは厳禁だが、貧乏な冒険者や旅人はここに食材を持ち寄って煮炊きして皆で食事をする。
今夜の献立は『闇鍋シチュー』に封を開けたが食べきってない乾パンを砕いた物を投入した物と、皆で金を出して小樽ごと買った安いワインだった。
男子冒険者達が酔って半裸で『奇妙な踊り合戦』をする中、布の服を着た俺とマミはあちこち吊るされたカンテラから程好く離れた位置に座って飲み食いしていた。
別にムーディになろう、ということではない。カンテラが近いと香り石を置いても虫除けの菊と柑橘の香を焚いても虫が突撃してくるのだ!
テーブルが無いので高さがチクハグな椅子を1つずつテーブル代わりに持ってきていた。
闇鍋シチューはよくわからない味がした。そう言えば肉挟みパンの屋台、マミにまだ言ってなかったな。
「・・で? 詳しく聞きましょうか?」
尋問口調っ。俺はシチューの皿を椅子の上に置き、安いワインを1口飲んでから、おもむろにポーチから鋼の彫刻刀セットを取り出した。
「見てくれよっ、マミ! この鋭さっ、冷たさっ、価格っ! 正に鋼なんだよっ?! 買うしかなかったっ」
「テツオね。テツオよ。我々はパーティーを組んでいるんですよ? 貴方の戦力は我々の戦力っ! なんですかっ、彫刻刀って!」
「呼ばれたんだよっ、この子達にっ!」
鋼の彫刻刀セットを抱える俺っ。
「貧乏なのに守備範囲拡げないで下さいっ。私はちゃんと」
腰の後ろの鞘から毒針を抜くマミ! 装飾がちょっと豪華になってるっ。
「毒を補充してっ、毒針から毒針+0,5に強化してきましたよっ?! 見て下さいっ、この機能性っ!」
魔法使いらしからぬ手捌きで高速素振りをするマミっ。
「マミ! 聞いてくれっ、俺はただ彫刻刀セットを買ったワケじゃないっ! 古本屋でこの『中級者向け 木彫り木工』のテキストを買ってきたんだっ」
「なんで中級者向けなんですかっ」
マミは前髪の向こうで目が三角だ。ぐぅっ、負けないぞ!
「俺の出身の村は木工が盛んで、俺も基礎的なことはできるんだっ。戦士職での冒険者稼業で手の力や器用さは上がってるし!」
「ん~っ??」
もう一押しっ。
「中級テキストもざっと読んだ! 見てくれっ」
俺は椅子の脚の所に置いていた、木工用具店の試し彫りようの木材を取り出し、鋼の彫刻刀を手に集中した。
「・・・ハッ!」
気合いと共に猛烈な勢いで木材を整えてゆくっ!! 上級素材加工ようの工具だ、普通の木材なんてバターを切るようなもんさ!
「お~っっ??」
目を丸くするマミ。俺は見る間に大まかな人型に木材を削り、
「よしっ、こっから10分で仕上げるっ!」
「いやこっから長いんですねっ」
「細かい作業になるんだよっ!」
「あ~もうわかりました。私、御飯食べときますよ?」
「ふぉーっ!!!」
「聞いてないし・・」
俺は彫り続け、マミが完食し、食器を片付け、毒針の鞘の手入れをしだした辺りで俺の木彫りは完成した!
「できたぁっ!」
「お~、って私ですね!」
精巧な、冒険用の装備を纏ったマミ像だ! 微妙な顔をしているマミに渡す。
「あげよう! 相棒っ。あとで光沢剤を塗るからウィンドの魔法で乾かすといいぜ?」
「う~ん・・」
「クエストの合間に、まぁ『マミ像』かどうかはともかく、定期的に木像を掘って道具屋にでも売れば小遣い稼ぎくらいにはなるだろ?」
マミはしげしげと自分とクリソツな木像を長め何やら思案していたが、不意にニッと笑った。
「おっ、なんだ? 刺すなよ? 顔や体型はリアリティー重視にしたけど他意はないぞっ?」
「そんなことはどーでもいいんですっ! テツオっ、私、ビジネスを思い付きましたよ? へへへっ」
「・・・」
なんだ、怪し過ぎるぞ??
3日後の早朝、布の服の上から見栄えのいい『お洒落ベスト』を着た俺とマミはグランオニオンの自由市場の一角に筵を敷き、量産した木像を念入りに並べたり、ストックの入って木箱を使い易いように設置したり、看板を立てたり、釣り銭の確認をしたりしていた。
「・・マミ、これイケんのか? 自由市場は競争激しいんだぜ? 売れないと、登録料やら材料費やら、この3日なんもクエスト受注してないし」
「これが現在進行中のクエストですよ?! テツオぉっ!」
寝不足で目が血走ってるマミ。怖いって!
俺達は払うもん払えば誰でも商売ができる自由市場で量産した木像を10日間売ることにしたのだ。
品目は客寄せ用の『水の女神像(巨乳を強調) 12万ゼム』。客層の拡大と店の程度を提示する『古代の戦士像(半裸) 7千ゼム』。主力商品の『楽しい森の動物達(若干デフォルメ仕様) 600ゼム』だ。
女神像は1点のみ。手が掛かり過ぎるし値段設定も高過ぎる。あくまで客寄せだ。
この3日間、色々調べ、試作し、きっちり仕上げたが勝算は不明だと俺は感じていた。『俺の小さな鋼達』も向き合える時間は至福ではあったが・・
「私はピンっ! 来たんですっ。『マネーっ!!』とっ」
「俺、素人だぜ?」
「大丈夫です! 私もこの3日っ、テツオのサポートをしながら日に1度っ、グランオニオンの近くでおざなりにスライムやケムシーノの刺殺するだけで我慢を重ねっ、開店準備してきたんです! やり遂げましょうっ」
・・ごめんな、スライム達よ、ケムシーノ達よっ。いつか金持ちになれたら教会で供養してやるかんな!
2人の温度差はそこそこあったが、いざ開店してみると、
「なんだこの水の女神像はっ、胸は! けしからんっ、けしからんっ! ムホホっっ!!」
「え? この戦士像っ、ちょっと・・キレキレじゃないっ?!」
「わぁ~、熊さんだぁ、兎さんだぁ!!」
まさかのバカ売れっ! 昼過ぎには完売してしまった。
「信じられん・・」
「ね? 私が提案したラインナップとクローズアップの匙加減でバッチリだったでしょ? 完璧なんよっ! デヘヘへっ!!」
なぜか毒針+0,5を片手で回転させまくりながらマミが調子にのりまくっているが、実際凄い。
材料費等と市場への支払いを差し引いても20万ゼムにはなった! これは、山分けにしても10日後には鋼の剣、買えちまうのでは??
「さぁテツオ! 飽きられないように明日の分はポージングと装飾変えなきゃですしっ、とっとと撤収ですよっ」
「おうっ」
「私はこの後、一旦、『刺しにゆき』ますからね!」
「程々になっ!」
「デヘヘっ」
「ハハハッ」
商売開始初日、俺達は絶好調だった! 俺は戦士でマミは魔法使いだがっ、俺達は、木彫り長者になるっ!!!!