ファンタジー
そこから話は聖女様から、あの時そばにいた護衛のエンヴィーという男性に移った。
「かっこいいよねぇ。常に聖女様のそばを離れず、ずっと身の回りの警護をしているらしいよ」
「彼女の取り巻きのうち、女の子たちは彼目的でいる子もいるらしいし」
年頃の女の子と言えば、やっぱりああいう大人に憧れるものなのだろうか。私は個人的にはもっと温厚で優しく、穏やかな人の方が好みだけれど。
若い女の子がきゃっきゃとカッコいい男の人の話をして楽しむのに水を差すつもりもないので、そうだねーと流していたら冷めた目で見られた。
「聞いたことなかったけどユラの男の人の好みはどんなの?」
「家庭的、温厚、しっかり稼ぐ、博打をしない、清潔感のある人」
「……それもわかるんだけど、カッコいい人に見惚れたり、ときめいたりしないわけ?」
そりゃあ前世ではしてたさ。好きなアイドルと同級生の友達とテレビで見てワイワイ話したりもした。
休憩時間なんてそんな話とか、どのクラスの誰とかどの部活の人がどうとかこそこそ楽しく話したりもした。平凡な見た目だったから、話していただけで話題になった人と彼氏になれたりなんかできなかったけれど。
彼をカッコいいという彼女たちの言っている意味はわかるんだけれど、そのテンションに合わせてきゃっきゃするには私の精神年齢もちょっと辛い。
最終的にとにかく彼は私の好みじゃないということで納得してもらった。
なに、それも嘘ではない。ただなんだかこのメンタルの私が彼に興奮してしまったらいけないような……そんな冷静さが私を押しとどめている気がする。理性と言ってもいい。
そんな彼は国王軍の第一部隊の副隊長で、間違いなくこの国筆頭の武力と言える存在らしく、各部隊からの推薦と国王からの指示のもと学校に通いたいという聖女の願いに沿って、護衛として配属されているそうだ。
この学校の下級・中級の市民がいる女子寮から少し離れた上級市民の人のみで住んでいる寮に聖女もいるそうだが、流石に男性の彼は同じ寮内にはいないだろう。
それに上級の人たちと授業でこそ一緒の場所に集められるが、関わりあうことはまずない。彼のことは遠目で見るばかりだ。
今日のように聖女が話しかけてくる状況自体が珍しいんだと、まだまだ盛り上がる様子を横目にごろりとベッドに転がりながら聞かなくても色々教えてくれる二人に生返事する。
これがお開きになったら、また授業の予習しなければ。来週はなんとエーテルとやらの製造加工の授業があるらしい。
文字や基本生活知識や計算だけの授業じゃなかったんだと驚いたのと、クリアが話していたエーテルの存在がこの世界の常識として存在していることに感嘆した。
「エンヴィー様もあらゆることに秀でているけれど、エーテル保有量も凄いものらしくて第一隊長より多いけどお家柄で副隊長に収まるしかなかったとか」
「生きる世界が違うよねぇ……」
「あれ……ルオン、エーテルのこと知ってたの?」
「?ユラ知らなかったの?」
ちょっとまって、私てっきり下級市民はみんな知らないもんだと思っていたのに、そうじゃないの!?
「だって生活の中でエーテルなんて単語会話でてきたことなんてあった!?」
「そりゃ私たち下級市民の生活に純度の高いエーテルで作られたものなんてなかったじゃない。でも確かに私たちも上級市民みたいに自由に扱えるものじゃなかったから、話したことはなかったかも。お母さんに一度聞いたきりだし」
私たちの生活にあった電気機器的なものと思っていたものはエーテルが電池的な作用をして動いているものらしく、中級市民の一部、上級市民の生活の中には電池ではなくそれそのものがエーテルの塊で出来てるものが多いそうだ。
人間にはそれぞれエーテルが備わっているらしいが、下級市民は体外に影響させるほどの保有量を持っておらず、あらかじめある程度のエーテルを蓄えた機器を購入し、使用する。多少高価ではあるものの、物はピンキリで全く手を出せなさそうなものから、貯蓄をすれば各家庭にひとつはありそうなものまで存在している。
言われてみれば、あの聖女の映っていた映像機…テレビみたいなものだったけれど、ちょっと裕福な家の子のところにはうちのものより大きなものがあった気がする。
その辺、前の時代になんか似てるな……。
エーテルで出来たものの精度が高ければ高いほど、エーテルの吸収力は高く、その精度高いものを作るにはそもそもエーテルの保有量が多い人間が加工に当たらなければいけない。
そのため、下級市民に回されてる機器は結局電池……エーテルが切れたら買い換えるしかない代物しかなく、わざわざエーテルの質だとか、エーテルの存在が日常生活に出てくることなんてなかったわけだ。
使えなくなった時には「壊れたから買い換えなくちゃ」って話をしたことはあっても、「エーテル充電しよ」なんて話にはなったことがない。
「授業で階級関係なしに今度エーテルの講義があるけど、まぁ私たちは使えないし本当に見てるだけって感じなんだろうなぁ」
「中級だって使えたり使えなかったりだから、それほど惨めなことにはならないわよ。私だってほんの少し明るく照らせる程度だもん」
そういってエレンが出した人差し指に小さな白い明かりが灯る。
初めての不思議発光に、開いた口を閉じることが出来ない。
「す、すごい!」
こんなの興奮するしかない。
手品とかそういうものじゃない、本当にこれまで出会ったことのないものに溜まらず心はドキドキした。
食いついていたのは私だけではなくルオンも同様で、まさかそこまで驚かれると思わなかったらしいエレンが照れ臭そうにやめてよと笑う。
「こんなの本当に、同じ地域の友達に笑われちゃうぐらいなんだよ。きっと二人とも他の人の力を見たら私のなんかでびっくりしないで」
「いやぁ私たちより凄いことには違いないじゃん」
熱いの?と聞くと、エレンはその指を差し出してくれたのでそっと触れてみる。
光に指を近づけるが暖かさはあれどどれだけ近寄っても、熱さはない。
「強い力の人はこれで火とか水とかも起こせるんだよ。ほら、聖女様は荒れ地で水を祈った歌で雨を呼んだって記事になってた」
「なんでも有りなの聖女って……」
「だから国を挙げて守ってるんだよ」
自分でも指を出してみたけれど、想像してみても全く彼女のようなものはでない。
異世界からきたという聖女がこの世界に来たら自動的に付与されるとかと思ったのに。聖女オプションか?そうなのか?平凡だもんなぁ。
私を散々崇めるクリアが散々耳にタコが出来るほど私はエーテルの保有量が多いって言ってたから、正直すごく期待してしまった。全然じゃないか。聞いてないぞ。期待しちゃった私が恥ずかしいじゃない。
ちなみにちょっと期待したエーテルの授業だが、初回は座学だけでした。ちょっとでいいから実技みたかったな。
それでも内容がこれまで想像していなかったファンタジーな要素しかなくてどきどきして楽しかったけれど、上級市民たちが私たち下級市民の固まる席のほうをちらちら見ながら「使えない人間がこんな授業受けても無駄でしょう」ってこそこそ話していたのは聞こえないふりをした。
使える使えないじゃなくて、知識として得るのは悪いことじゃないと思うけれどねぇと夜一人で部屋で呟いたら、またクリアがきゃんきゃんと『使えないわけないんだって!使い方を忘れてるとかそんな感じなだけだろうから!!』とお説教を始めてきたのは余談だ。