エーテル
「食堂に配置されている、あの給仕の箱型機械……」
『エーテル機だね、声を発することができないのが悔しそうだった』
「なんでか私にだけ向かってきて、ずっと水を差しだしてくれたのよ」
多くの学生が溢れかえる中、通常はその箱を呼ぶと給仕をしてくれるらしいのだが、それは私の存在が食堂に入った途端に向かってきた。
専属のシェフたちが慌てて誤作動かと引き上げて行って、その場は収まったがその次の日も同じことが起こった為、今は修理に出されているらしいと聞く。
いや、そんなことは些細なことで……。
『もうわかってるんでしょ?だから僕と話す時間を作ってくれた。もう他の人と自分が違うことぐらいわかってるはず』
箱型の給仕、構内にあるあらゆる設備、触れると全てなぜか暖かい。無機質だと思っていたはずのものが、急激にそれらが何で、何のために生まれて、何をしたいのか伝えてくる。
「エーテルって、なんなの?」
『力だよ。生きる力だ』
世界が一変した。
これまでこの世界で生まれて育った場所には花すらなくて、この学校に来て初めて花壇に植えられた花を見つけたからなんだかうれしくなって、触れてみたら―――声が聞こえる。
『会いたかった』『会いたかった』『どうか健やかに』『私たちの愛する―――』
誰と問うても答えてくれない。
ただその声はあまりに優しすぎて、怖い。
『あの聖女とやらがこの世界のための聖女なんだとしたら、君は僕たちのための『神様』だ』
神様はやめろと改めて伝えて、初めて名前を尋ねてみたら君が名付けてよと縋るように言われて少し悩んだ後、私は彼を「クリア」と名付けた。
透明な板だったからなんて、まさかぁそんな。本人嬉しそうだからいいじゃない。
意味が分からないまま―――とはいえ朝は来るもので何故か私は色んな機械…クリア曰くエーテル機におそらく好意だろう突撃行動を起こされながら、教員たちが故障かと慌てる以外は今のところ大きな波が起こることなく学校生活は過ぎていった。
ルオンに紹介された友達ともたまに食堂で話しながら、お互いに授業の分からなかったことを話し、たまに夜集まっては個人的な話をしたりもする。
ルオンの友人を選ぶ目は間違いがなく、私たちが下級市民出だと知っても誰一人顔色を変えずに中級市民もあんまり変わんないわよと笑いあえる程度には仲良くなっていた。
格差社会がある中で、大らかな人柄との交流があるのは嬉しい。
今日も明日が休みなので、いつもより少しゆっくりした夜の女子会の中で仲良くなったエレンが私の入れてあげたお茶をゆっくり飲みながら話し始める。
彼女は鮮やかなスカイブルーの髪を肩のあたりでぱつんと切った可愛いボブの女の子だ。
「ユラに突撃しに来る設備にももう慣れたもんよね」
「先生たちがまたお前かみたいな顔してたもん。あれなんでなんだろうねー」
町で暮らしてた時もそうだったの?と彼女がルオンに尋ねるが、そんなことはなかったと答える。
「この間自動清掃機にも集られてたよね」
「あれはなんか可哀そうだった。ゴミじゃないのにね、ユラ」
平気でからかってくるのは当然ルオンだ。かつてのお掃除ロボットのようなものがこの学校内にもいくつか走り回っているのだけれど、いきなり講堂に着いたかと思ったら端に控えていたはずのそれらが一斉に私に向かってきたのはちょっとした恐怖だった。
でもそんなことよりもっと衝撃だったのは、例の聖女様がその場面に出くわしたことだ。
いやぁ……あれは女の私が見てもめちゃくちゃ可愛い女の子だった
クリアが彼女と比べてよく私を良いように言ってきたけれど、雲泥の差。なるほど世界が彼女を選んだのも納得と見惚れていた。
掃除機に囲まれながら。
そうなると当然動揺するのは向こうで、いろんな人たちが彼女に注目して集まっている中、私を見て状況を理解した瞬間に駆けだしてくれて「大丈夫ですか」と掃除機を抱えて止めてくれる。
なるほど、心からの聖女らしい。やさしい。
大丈夫、慣れてるのでというと理解できなかったのか彼女がさらに混乱したところで、さらに私に向かって動き続けようとする掃除機を彼女の手から回収する男性が現れて、ひょいひょいとそのほかのものも全て回収してくれた。
制服姿ではないその男性は、私たちよりいくつか年上らしくこの学校の教員の様子とも異なっていた。
聖女様にエンヴィー様、と呼ばれた彼は騎士のような、軍人の方な雰囲気をした気真面目そうな男は愛想笑いもせず、私がやりますので下がってくださいと彼女の手からもすべての掃除機を回収すると近くの教員へと手渡しに行く。
彼が彼女の護衛であることは説明されずとも一目瞭然だった。
「お怪我は?」
「あ、全然。貴女こそ大丈夫?暴れてるのを無理に回収してくれたでしょ?」
「!…ええ、大丈夫」
「そう、よかった。ごめんね、ありがとう」
お礼を言うと、ほにゃりと効果音が付きそうな顔で笑われた。
なんだマジで可愛いな。
怪我をしているなら遠慮なくいってくれたら聖女の力で治せるから、という彼女にすぐに首を振って断る。
「怪我はしてないし、別に何でも治さないといけないわけじゃないでしょ」
「でも……わたしは聖女で」
「今はただの同級生でしょ?」
ぱちりと瞬きをした彼女が次の言葉を発する前に、取り巻き達が「なにを失礼な言葉遣いを」と噛みついてきた。凄い、流石聖女様愛されてるぅ……。
ルオンやエレンとばかり話していたから忘れていたけれどこの学校は下級、中級なんでもござれ学級だったことを忘れていた。基本的に下級市民の周りからの風当たりはよろしくない。
「そんなわけだから、助けてくれてありがとう、さっきのお兄さんにもそう伝えて!」
「あっ……」
逃げ帰る様にして人だかりを搔い潜りルオン達と合流して無事に昼食にありつけたわけである。