神の花
魔法みたいな力使えると思った?
残念だけど、その権利もない奴には教えないからよろしくという感じの内心をアレンは笑顔の下に隠しながら、始まった授業は決して放置したり差別したりするものではなく、至って真面目なものだった。
そもそもこの先生、変ではあるけれどこの仕事好きなんだろうな。
教えること自体も嫌いではなく、教え方は非常に分かりやすい。
「薬草学、というものはそもそも薬と言っているからには医療のためのものがそう呼ばれるようになり、最初は食事からこれが効く、あれが効くと過去の人たちは毒性も含めて薬効を調べていきました」
校庭に咲誇った白い、花弁の多い丸い可愛いまだ蕾の花を一本と、赤黒い色の大きな葉を一枚をそれぞれ手に持って掲げる。どちらも最初の方に講義で成分を諸々説明されていたものだ。
「見た目が非常にきれいなこちらの花は、以前教えたように猛毒で口に含むと大型の動物でも確実に死にます。逆に色だけでいえば、毒々しいこちらは胃痛・頭痛、といった痛みに効くものです。量は加減する必要がありますが、それさえ知っていれば鎮痛剤としての役割を果たしてくれます」
どうぞ、と最前列にいた男子生徒に両手に持っていた植物をぽんと渡す。やめてやれ。明らかに猛毒だと知ってしまったらこれまで日常の中で見掛けていたものすら怖く見てしまっているだろうに。
恐がった様子でアレンを見上げる生徒の目を見て、一瞬冷めた目をしたかと思ったらあっという間にまた笑顔に戻って最奥にいた私の方を見て、いきなり名指ししてきた。
「ではユラ、こちらの白い花はただの危ない花ですか?」
「いえ、口に含むなどの直接的なものになると劇薬ですが、開花した状態の花弁は熱を持った患部などに貼ることでその成分が皮膚上から作用し鎮静剤として作用します。しかし必要以上に使用すると、花弁が痛みその成分が染み過ぎるだめ使用は半日程度で止めるか、花弁自体の交換が必要だったかと思います」
「大変よろしい」
恐がって手にも取らなった彼からそれを回収し、わざわざ一番遠いだろう私の方にまで来た彼はその二つを意味ありげな笑顔で渡してきたので、負けるわけにはいかないと謎の対抗意識でこちらも笑顔で受け取る。
やめろ、目立ちたくはない。
「差し上げますよ」
「ありがとうございます」
「もうひとつ、こういった植物にはそれぞれの特徴に合わせた二つ名があるんですが知っていますか?」
「いえ……?」
それは講義では一度も話されていなかったはずだ。
いくつか薬草学の本も物色して図書館で読んだが、そんなものあったっけ?と首を傾げていたらより笑みを深めたアレンが花を受け取った私の手を握りしめてきた。
突然の接触に驚いて声が出ず、目を見開いていたら楽しそうな声のアレンが首を傾げた私に合わせて首を傾げてきた。
「まず、その白い花の二つ名は”出逢いの感動”というんですよ。上級市民の中では、よく結婚を申し込むときに一緒に使われたりしますね」
「そ、そうですか……勉強になります」
まじでやめろ。セクハラで訴えるぞと叫ぶ気持ちをこらえて笑顔で答えた私は偉い。
若い女の子たちが、ちょっと顔のいい先生がそんなこというから先生の背後から小さくきゃあきゃあいうのが聞こえてくるじゃないか。
そんなサービスいらないから、とっとと離れてくれと心から願っていたらあっという間に手は離されて、他の生徒には全く聞こえない声音で、後で残ってくださいと言われた。
流石に隣にいたルオンには聞こえたらしく、別の女の子たちよりさらにきゃあきゃあ言い始めた。
「うそでしょぉ……」
全く別件だが、もう一つもっていた赤黒い葉の二つ名は“救い”だとこっそりプレートの画面に文字でメティが教えてくれた。
鎮痛剤として主に使われるものだったから、言いえて妙だなと素直に感心した。かつての花言葉っていうのは何でこの花からそんな言葉が?ってのも多かったから、割とこの世界の二つ名っていうのは率直なものが多いのかもしれない。
いうことだけ言って去っていったアレンの背中が遠くなるにつれて、ちらちらと好奇心でみてくる生徒がいるが、期待されても別にあの先生と何もないから勘弁してほしい、とその大きな葉で顔を隠した。
なるほど救いだわ。
その後は、幸いなことになにも問題は起きず講義は進んだのだが、薬効という言葉で説明してきたが、それぞれの植物のエーテルの特徴というのが本来は正しいという。
その特徴と特徴を合わせて、さらにさまざまな効果を得られるため、本人にエーテルが使えなくても、その薬効をひとつ覚えるだけでも知恵になるし、組み合わせを覚えるだけでもそれが職業になっている人もいる。
漢方みたいなものだな、と昔体調が悪くなった時に飲んでいた葛根湯などを思い出した。
あれも色んな生薬や鉱物などを組み合わせることで体調改善のために作られていたはずだ。そういう意味ではどこの世界での薬の作り方の最初ってのは一緒なのかもしれないと感心する。
そうこうしている間にあっという間に構内で鐘が鳴り響くことで、最初の薬草理学の授業は終了した。
次回はまた、敷地内ではあるが外に出て採取確認、もろもろをする予定だと説明されて解散だ。
最初に言われたのは気のせいなフリをしてそそくさと立ち去ろうとしたのだけれど。
「うわっ」
「わぁすごい!」
これもエーテルとやらの作用なのか、立ち上がった瞬間に蕾だったはずの花が急にぱっと花開いた。
牡丹の花よりさらに大きくしたぐらいの見た目だろうか。真ん中に小さな真珠のような赤い実のようなものが見えた。
これ開花したのをいくつな中庭で見たことがあるけれど両手で持たないといけないほど大きいのに立ち去ろうとした瞬間に咲かせるとか、意地が悪いと思っていたらまだ講堂の端に残って生徒たちが帰っていくのを見守っていたアレンとばっちり眼が合ってしまった。
笑顔で逃がしませんって顔されても、一体用はなんなのだろうか。
かかる時間も分からなかったため、エレンはそのまま先に戻ってもらうことにした。
どうせ今日は午前中が始業式的なもので、午後のこの薬草理学が終わればもう講義はなく、夕飯の時間までしばらく時間がある。
何のようだったのか絶対に教えてよと念押ししてくるエレンに約束をしながら、誰もが立ち去っていくのを見た後に覚悟を決め、その大きな花を抱えたまま彼の方へと向かった。
「講義の後で疲れているところ申し訳ない」
悪びれない、とはこういう顔のことだ。
だって、いいえとこちらが答えるのを分かっていて言っているのだから。
「大した用ではないんですよ、その花邪魔ならこちらで使うから回収させてもらうと言いたかっただけなので」
「え?あ、それは助かります」
「助かりますか、プロポーズだったかもしれないのに」
そんな馬鹿な。
からかっていることが分かっているから、また変なことを言われる前に押し返すことにした。
いつぞやだったかメティが言っていたが、私が好ましいと思っているのは父さんだ。
こんな線の細そうな理系の男性はあまり好みではない。
「お気持ちだけで。エーテルってすごいんですね、こんなに立派に咲くだなんて」
「そうですね」
蕾が開いたことで、ふわふわとした花弁はまるでレースのように手の動きに合わせて揺れる。
可愛いけれど、部屋に飾るには大きすぎるし特に鎮静剤が必要な目には今のところあっていない。保存ができるものでもないので、何かしらの加工が出来るだろう人に渡してやるのがこの花にとっても良いことだろう。
―――ありがとう。
「ん?」
「どうしました?」
「いえ……」
お礼が聞こえた。まさかなぁ、と思いながら花を見て一瞬考えたが、この場でそれを確認するわけにもいかない。
「しかし貴女は優秀だったので上のクラスに行くように推薦を僕は出していたんですよ。上の連中は結局階級優勢だったんですかねぇ」
「恐れ多い、先生の教え方が上手いんです」
「おや、口が上手い」
でもねぇ、と受け取った花を一瞥して、結構な身長差のある私を見下ろしながらじっと見てきた。
「上の連中の見る目がないのは今に始まった話でもないですし、聖女様の方が大事でしょうからね」
「?」
アランは指先で花弁の縁をすっと撫でながら、小さくため息を吐く。
すると真ん中にあった赤い実を取って私に差し出してきた。
「渡しておいて回収して、ってのはいくらなんでも相手が生徒でも男としては恰好が付きませんからこちらを差し上げましょう」
「これは?」
「この花の柱頭にはごく稀にこの実がなるんですが、宝石として加工されるものです。かなり赤いので強いエーテル機の依り代になるでしょうね。僕も見たのは十年ぶりです」
「そんな貴重なもの、だめですよ」
「相手の見栄の為にも男からの贈り物は貰っておきなさい、売ってもいいお金になるでしょうが、実家は下町でしたね」
そうだと頷くと、あの町はエーテルがない街ですから、売った方が正解かもなと何かを思い出しながらアランは一人納得のいった様子で頷いた。
もしかしてうちの町に来たことがあるのだろうか。
ころりとした実は、確かに鉱石の感触がした。
この辺は本当にファンタジーだなぁと思いながら、変に断っても長引くだけかとそれ以上は何も言わずにお礼を伝える。
「今度の授業でまたこの花の加工などもやる機会がありますから、興味を持っていてくださいね」
「はい」
こちらはありがたく備蓄で使いますと笑顔で見送られたので、こちらも笑顔で返して引き上げることにした。
その後、私が去った後アランが一人で残って花を見ながら真剣な顔をしていたなんて誰も知らない。
「この花は蕾のまま茎から折ったら、本当はもう咲かないんですよ」
この花には実はもう一つ名前がある。
毒薬にもなり、妙薬ともなりえるこれはこれまでの時代に様々な場面で登場した。
その名は”神の花”。まさしく助けにもなるが、導いてはくれない、使いよう次第で変わり替わるもの。
明日は仕事終わりに用事があるので、更新がないかもしれません。どうかよしなに。