アラン=ヴェルサルク
『さぁ、マスターこちらの声でいかがでしょうか!』
「ぶっ!」
飲んでたお茶を噴出した。
聞いてない、聞いてないぞこれは。
『あら、驚くほど喜んでいただけて光栄ですわ』
「男!?」
さて、常日頃からいつも助けてくれていて、クリアより数倍頼りがいのあるメティさんだったがここで想定外のことが起こった。
頭が痛い。ついでいうと、せき込んだせいで気管にお茶が入って痛い。
「あのさ……思い込んでいた私も悪いんだけれど……メティって男だったの?」
『私たちに性別の分別があるとでもお思いでしたの?ないですわよ』
喋り言葉で女とばかり思いこんで、かつての世界でみたことのある女神の名前をもじって名づけまでしたのにとんでもない話だ。
可愛らしいが、実際に彼女……彼??の発生した声は男のそれ。完璧に男。
『女の方がよろしかった?』
「女のイメージの方が強くて……、いや強制しちゃいけないよね」
『マスターの好みかと思ったんですけれどねぇ』
目をつぶって聞こえた声と、彼女が聞いたことのある声を思い出してみたところ男の関係者なんてしれている。すぐに分かった。
「父さんか…なるほどねぇ……」
『こちらのほうがよろしい?』
「今度は母さんかぁ……」
できれば別のを、と頭を下げて頼んだ。どうやら口調は声音で変わってくれないらしいので、私の精神のために普通にイメージに近いものにしておいてほしい。
そうしてルオンがいない間に大急ぎで打合せし、あーだこーだと言い最終的に成人女性の落ち着いた柔らかい可愛らしい声に落ち着いたわけである。
私の好みに合わせるといったその言葉を裏切らず、大変いい声で。
いや別に父さんの声が悪い声と言いたいわけではない。決して。
礼の聖女の歌の式典があった次の日、一日予定外のそれがあったものの事前に聞いていたようにクラス分けが行われた。
それは年齢こそ関係ないが、恐らく勉学の習得度に合わせて振り分けられているものの、明らかにまず最初に階級にて振り分けが行われているものだった。
ま、想定内だ。
「よかったよ~ユラと別のクラスだったらどうしようかと思った」
「ルオンだったら馴染んで上手くどこでもやれるじゃん」
「それは凄く頑張ってるだけなの」
ルオンが私の成績が抜きん出るとか脅すようなこと言うから、内心ちょっとびくびくはしていたのだけれど無事に彼女と離れることもなく、かといって明らかに上級市民の人たちのクラスに放り込まれることもなく済んで何よりだ。
残りの卒業までよろしくねと抱き着いてきたルオンを、しっかりと抱き止めながらはいはいと笑った。
いやぁ、まさかね、こないだ声が出るようになったメティから『あら心配いりませんわ、調整しましたもの』なんて言葉は聞こえてなかった聞こえてなかった。
薬草学の講師が、私を見て怪訝な顔をしているのもきっと気のせいだ。
講堂に入った瞬間に、たまたま私と目が合って二度見された。
「は……!?」
ちなみにあの聖女とのペア講義を受けさせられた恨み、私は忘れていないぞ。
露骨になんで君がここにって顔してたけれど、講師用のプレートをさらに二度見して、私の目を見るのをやめてほしい。そんな何度も見直しても私はこのクラスで合っている。
そういえば授業中に当ててくるの多かったのこの人だな。心労を作ってくれた原因はこいつか。
こっちの世界では高級品に当たる眼鏡をくせっ気の髪の上にのせて、がりがりと頭を掻きむしった様子をみて意外と素顔が若い顔をしているのに驚いた。
なんだ、結構整った顔してるじゃないか先生。
一通り考えた後、溜息をついて起立させた後、いつも通りの挨拶が始まった。
考えるところはあるがこれ以上考えてもしょうがないというところなんだろう。横でこそこそとルオンがなんか先生ユラのこと見てなかった?って言ってくるが授業は静かに聞きなさい。
「改めまして、アラン=ヴェルサルクです。これからこちらのクラスの薬草理学を担当します。この間までしていたものは初級の内容になりますが、今回そもそも国を挙げてのこの取り組みの目的は一般の人にも実用的な能力を向上してもらうというものになっているため、今後は実用的な内容が中心になっていきます」
階段式になっている講堂の教卓で、彼は身に着けていた腕輪を外しながら少し掲げて話す。
「早い人は数刻で成人になり、卒業することになるでしょう。そんな人でも実生活で使ってもらえるものを伝えられたらいいと思っています」
距離があるせいか、彼がまぁ見てみた方が早いですねと言った後、口の中で小さく何を唱えたのか分からなかった。
しかし、何かを言ったのだけはその腕輪がほどけて大きくなり、風の音を切らせながら空を飛んだことで誰もが分かった。
人のサイズほどの大きさに変わったそれは、草や蔓で編まれて出来ていた。
「そのものが持っているエーテルを膨張させて、既存のものを拡張させて生活の一部に使用することや、他のエーテルの含まれた薬剤と合わせて加工して水や火に強い素材にしてやることなども出来ます」
ゆるゆると一度ほどけ、さらに今度は細かく繊維状になったかと思えば、細かく人の手を借りず編み込まれていくのを誰もが手品を見ている時のように集中して見守っていた。
あっという間に麻のような帽子に仕上がったそれは、ふわりと彼の手のもとに戻る。
「今回のこれは、膨張の力を持つもの、火炎に強い素材、あとは皆さんに見やすくするために浮動の力を持ったエーテルの水晶を使っていました。編み込んだ力は僕のエーテルですが、それぞれの特徴のあるエーテルのことを知っていれば、私生活でその薬草や植物を活用した際に生かしていただけるかと思います」
僕の授業ではエーテルを活用させるのが目的ではなく、何にどのようなエーテルが含まれているかを知っていただくのが目的です、と被った帽子を指先で上げながらニコニコと笑う。
エーテルに触れてこなかった下級市民と、触れてきてはいたけれど扱いが上手く出来なかった中級市民が中心のこのクラスはまさしく魔法を見せられたような表情をしていた。
「国からも言われているので階級関係なくエーテルを扱える人には呪文も教える予定ですが」
でも、多分この講師普通じゃないよねぇと遠い目で見てしまった。
ただの勘だけれど。
「そもそもの基礎知識も出来てないやつらが、呪文を覚えて上手く出来るわけないって思ってますから頑張ってくださいね」
ほらみろ。