帰寮
最初に行ったときと比べて、簡易な保存食などが増えた気がする。
前は乾燥させた茶葉とか、取ったまま乾燥させた木の実程度だけだったのが、バリエーションが一気に増えた。これもメティとクリアのおかげだ。
次に戻ってこられるのがいつなのか分からないけれど、大事に少しずつ食べていこう。
「忘れ物はない?」
「大丈夫、ありがとう母さん」
「体調なんか気を付けるのよ」
行きしなにルオンちゃんと食べなさい、と預けてくれた硬いパンと竹筒のような水筒をもって見送ってくれた。
ルオンとは町の出口門の前で待ち合わせをしている。背負った荷物と一緒に抱えて、軽く母さんとハグをした。
父さんもそばにいるが、流石に抱きしめあうような年頃ではなくなっていた。
でも、視線は心配そうな顔をしていた。
「嫌なことがあったら、遠慮なく逃げるんだぞ。父さんたちはすぐに飛んで行ってやれないからな」
「そのへんは上手くやるよ、心配しないで」
「お前の要領の良さは知っているが、飲みに来ていた連中の子が、市内の中級市民から変ないたずらをしているって聞いたからな……お前がそんな目にあっているわけじゃないのは分かっているが、気をつけろよ」
先日来ていた客は、近い隣町の人達だった。
その人たちの子も今回の聖女革命の仕組みに参加したらしく、ただ学校は私が通ったところと違う場所だったようだ。
そちらの学校は私も覚悟していた学生同士の格差による差別などが酷かったらしく、子供たちが戻りたくないと言っているから、そんな無理して上の位の連中と絡む必要もないと一時帰宅のこのタイミングで通学を辞退することになったらしい。
義務教育ではないし、命令でもなかったもんなぁと聞きながら、改めて自分たちの方に聖女本人がいてよかったと思った。
「約束する、無理はしないよ」
また、お店に使える知識を沢山学んでくるねと笑って別れる。
勉強に行っているのだ、教師勢も多少の差別はあれど指導しないわけにもいかないから学べることを学べるだけ学んだらいい。
当たり障りなく、上手く距離を取って過ごして生きたい。聖女との距離と気を付けないといけないけれど、まぁあれだけの学生がいるのだから、滅多なことは起こるまい。
暫く歩くと約束の場所で無事にルオンと合流し、雨に降られることもなく無事に学校にたどりつくことが出来た。
まだ学生たちは全員戻ってきているわけではないらしく、私たちは早めに戻ってきた方らしい。
ま、徒歩だしね。
「ルオン、休憩しよう。新しいお茶を作ってきたの」
「ほんと?じゃあ私も持ってきたお八つがあるから一緒に食べよう」
給湯室に向かい、お湯を分けてもらいに行っている間にさらに並べられたクッキーのような焼き菓子をルオンが準備してくれている。
「南のほうの国で仕入れた木の実を細かく砕いて、蜜で固めた保存食なんだって。お母さんが持っていきなさいって商品を渡してくれたの」
「いいの?そんな貴重なもの」
「いいのいいの、もともとユラに分けなさいって渡されたものなんだから」
そういわれると、こちらも乾燥させた果物を一部渡さないと気が済まない。
あの日クリアに教わって食べた果物だ。なるべく薄めにスライスして、湿気の少ない場所で乾燥させたものだ。
幸いカビなどが生えることもなく、思った以上につやつやとしたいい出来になった。
それに乾燥させた分、一口に感じる甘いがずっと強くなった。
「いいのかな、これからいつ戻れるか分からないのにこんなに食べちゃって」
「2日後には授業が始まるんだもん、気合入れるために今日は奮発しちゃお」
小さな庶民の、贅沢な女子のお茶会だ。
一人で食べるより、両親と食べるのとは別の楽しさと幸せだ。
蜜でしっかりと固められたお八つは、手に取った時はしっかりとした形なのに口に入れるとほろほろと崩れた。
私の入れたお茶は今回ハーブティのようなもので、ちょうど相性もいい。
美味しいものに舌鼓を打ちながら、お互いの実家の様子や仕入れた情報の交換を始めた。
「他の学校はやっぱり市民階級での状況が悪いみたいね」
「それうちにきてたお客さんも言ってた。やっぱり下級市民への当たりが酷くて、家に戻った人も多いって」
「でも、わざわざ自分が下級市民の出だって口外しなければ早々当たりが悪くなることはないんじゃないの?」
「……ユラってたまに自覚ないこというよね」
へ?と口を開けると、ほんとに自覚なかったのかと驚かれた。
ごくり、と口に入れたお菓子が落ちないように慌てて飲み込む。
「普通の下級市民はほとんどの文字が読めないし、私ぐらいの会話程度の文字とか、お店で使ってる文字なんかだったら分かるけれど、ユラ、貴方が使えているのは私たちの中でも抜きん出てるわよ」
「え」
「私の成績がなんとかなってたの、ユラのおかげだし」
「うそ」
「なんていうんだろう、ユラと私たちの違いって同じ講義を受けてるかどうかじゃなくて、勉強の仕方を知ってるかどうかって差があるのよね」
いっても講義自体はさほど難しくはないと思う。
プレートには教科書代わりの写真が写されたり、情報が入力されるようになっている。
また、紙がない分書き込みやメモなどを出来るものがないが、学んだ内容はプレートの中でいつでも見返すことができた。
私のものはともかく、エネルギー切れを起こしそうになった時にも構内の水晶に本体をもっていけば補充される仕組みになっている。
成績評価はされているだろうが、その場で下されることはないのが通常だった。
それでも、それぞれの出来がいいか悪いかは提出物を出す速さや先生たちが確認をしたときの返答で大体わかる。
さほどの勉強量ではないので、部屋に戻って予習復習をすれば十分身に付く程度のものばかりだ。
言い澱む人はそれこそ身分なんて関係なしにあったと思うんだけれどと首を傾げていると、呆れた顔をしたルオンが「他人に興味がないのもほどほどにしないと、心配だよ」とため息を吐いた。
「先生からの名指しの時、答えられなかった時ないじゃない」
「みんな……そんな感じじゃない?」
「ほとんど答えられない人ばかりだから、後半は答えられる人にしか当ててなかったのよ」
これからの講義はそれぞれの習得レベルに合わせてクラス分けが行われるという話だったはず。
指摘されれてみると、そんなこともあったような気もするし、そうでもないような気もするし……。
でも椅子に座るのが苦痛そうな子も確かにいた。勉強自体が苦手そうな子もいたのはいたが、そんなのは前の世界でも普通にいた。
「別に私勉強好きってわけではないんだけれど……」
「私もユラが教えてくれなかったら、授業で受けた内容全部頭の中に入ってなかった自信あるよ」
「そんなことはないよ、ルオン真面目だし」
どれだけ成績が良かったとしても、下級市民は下級市民。
クラス分けはおそらく想定された通りの階級わけだろうし、もしそれで悪目立ちしているなら出た杭を打たれる前に調整しておかないといけない。
なに、成績なんかより知識優先だ。両親だって成績が良いことを望んではいないし、平穏をなにより大事にするのが一番。
「決めた、私頑張って答えないようにする」
「努力の方向性がなぁ」
偶にユラって賢そうに見えて、凄く馬鹿な時あるよねと乾いた笑いのルオンの言葉は聞こえないふりをした。
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