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食堂娘の神様革命  作者: 春樹
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光の鳥

 

 実家に戻ると、久方ぶりの再会を満面の笑みで迎えてくれた両親がいた。

 生まれてからこの方、こんなにも親から離れて生活をしたのは初めてで、それは両親からしても同じこと。戻ってきた当日は流石に帰宅までの歩いてきた距離を考えて、手伝いは良いから今日はゆっくり身体を休めなさいと部屋に放り込まれた。

 とはいえ心配だったのだろう。店を夜までの時間のほんの一時看板を下げて、どんなことがあったとかどんな生活だったとか沢山話してから二人は名残惜しそうに開店準備へと下へ降りて行った。

 うちは一階が店で、二階が住居になっている。

 今日は割と店が静かだ。もしかすると、いろんな家庭の人も子供たちが戻ってきて今日ばかりは家で食事をしているのかもしれない。


 簡単に荷ほどきをして、プレートを出して机の上に立てかける。

 メティとクリアと話しかけると、クリアは嬉しそうな声を、メティは落ち着いた風の文字が躍り出した。

 鞄の中に閉じ込めたままだったので、苦しかったかと問うてみたがそういった感覚はないらしい。


「てっきり機能がないからかと思っていたけれど、メティはクリアみたいに声を出せないの?」

『こちらに移らせていただいてから、学習中ですの』

「学習?」

『マスターの好きな声のタイプのですわ』


 私の声の好み……フェチを探られているとは知らなかったなぁ。

 ちなみに私からマスターと言わせるようにしたわけではない。こちらもクリア同様妥協案で、神様、ご主人様、お母様云々出てきた中でマシなものだっただけだ。お嬢様と試しに呼ばれたときには背筋が凍った。そういうの言われているタイプでもなければ、言われたいタイプでもない。


 昨日まで寝ていた布団より弾力の全くないベッドに腰かけ、乾いた笑いで答える。


「友達になるとかっていう選択肢はないの?」

『ないですわねぇ』

『ないね』


 本人たちの言を信じるなら、使役してもらいたい気持ちらしい。

 自分よりはるかに強い力のものに従いたいのは当然だという。その理論でいうなら、聖女様もそうなんじゃないのかと聞いてみたら、あれもいいけど、比べられるものじゃない。


『なるほどね、皆から聞いてはいたけれど通りでユラに接触できるエーテルがいなかったわけだよ』

「どういうこと?」

『この町との境界の壁があったでしょ?そこからの町一体にエーテルが遮断されている。意図的なもので、あの壁の仕掛けに町や人の中に自然にあるエーテルが吸収されているんだ』

『一階にあったエーテル機にわたくしも話しかけてみましたが、意識を持つほどのものではありませんでしたわ』


 あれ、じゃあなんで二人は無事なの?と首を傾げると私と主従契約を結んだことで私から供給を受けて動いているらしい。


「主従!?」

『ユラのことを知ったら、聖女なんかに従うよりそりゃ当然ユラに付くに決まってるじゃないか』


 いつ?と思ったけれど別に誓約書とかなにかお互いに結んだものではなくて、一方的に結ぶ形で成り立っているらしい。聞いてないし、知らないし、普通に怖いわ。


『ごめんなさい、知らないとは知りませんでしたの……でも、ユラがわたくしたちに消えろと命じればそれだけで関係は終われるものなんですのよ』

『学校内なら、周囲にエーテルがあったからなんなりなったけれどこの場所なら、ユラが命じれば僕たち簡単に消えちゃうね。好きにしていいよ』

「は……?」


 そんなあっさり言ってくれるな。

 命、があるのかは知らないけれど、こんな固有の意思を見せられて、私に害意もないのにそんな命令が出来るか。


「言わないわよ。少なくとも今はそんなこと考えてもなかった」


 入学当初は流石にクリアの存在が煩わしく怪しい存在であったことが勝っていた。


 けれどこの二人、博学すぎるのだ。ひとつ尋ねると十は帰ってくる。

 理解が追いつかないところは、前の世界の知識に例えてくれたりして私の理解度まで把握済みだ。


 クリアは親し気な口調で甘やかしてくれるのかと思いきや、意外と理解するまで絶対に手は抜かない。

 メティは優しい口調で、詰め込み過ぎようとする私を止めてくれる。


 厳しさと優しさ、短い間だったが二人に感謝すらしているのだから。


『ユラ、いまこんな良い家庭教師を手放すわけないでしょって思ったでしょ』

「いやぁまさかぁ!」


 さ、お茶入れいれようお茶。長い距離歩いて沢山両親と話したもんだから喉が渇いちゃったなーとポットを取りに行った背中にクリアの冷めた視線が刺さったような錯覚があった。


 調理場にお湯を取りに行くと、母が夕飯を持たせてくれたので一緒に部屋へ運ぶ。

 本日の夕飯は奮発してくれたらしい、いろんなものを細かく刻んでひき肉にした団子と、硬いパン、芋のポタージュだった。

 これこれ、この滅多に出てこない肉メニューとシンプルな塩味の付いた素材の味つよつよなスープ。

 これを食べて改めて帰ってきたって感じがする。

 しかし、困ったことに学校で食べた食事に少し舌が肥えてしまって飲み込むときに、落胆してしまった。贅沢は敵だ。前は両親が苦労して準備してくれたからと、それだけでうれしかったのに。


『わたくし、お力になれるかもしれませんわ』

「どうやって?」

『マスターも考えていらっしゃったことがあるといっていたじゃありませんか、臭み消しや、付け合わせ、自然に取れる植物だけでもかなり色んな種類が出来ますわ。きっと植物たちもマスターが喜んでくれるなら、力を貸してくださいます』


 そうか、私では精々食べられそうな葉を加工して、お茶にするのが限界だったけれど二人の知識があれば、毒の有無や、薬草なら薬効までわかる。


『この世界の知識として、あまりそういったことを試した人はいないので、ほとんどが思考錯誤になるとは思いますが』

「食べれるかどうかだけでもわかるだけでも有難いよ。明日、朝の散歩に森の方に行ってみるから教えてくれる?」

『喜んで!』


 プレートは大した重さでもないし、森もそこまで深い所に行こうとは思っていない。

 お昼前からは店の手伝いをするつもりだし、昼のピークから夜の間に試せそうなものをいくつか採取してこよう。

 手始めにお茶の種類を増やすところから始めてもいい、と入れたばかりの温かい、自分が作った中でも一番気に入っているお茶に舌鼓を打った。

『そんなことをしなくてもユラが本気で願ったら、動物たちから食べてくれってやってくるんじゃないの?』

『あら、それもそうですわね』

「じょ、冗談でしょ……」


 こうしてたまにピンとこないレベルの話をされるのを聞き流していると、クリアが思いついたように一つ提案をしてきた。


『エーテルがここまでない環境ってのは個人的に気に食わないところでもあるんだけれど、逆にこれだけないならユラでも自分の中にあるエーテルが分かるかもしれない』

「私でも体感できるの?あなた達みたいな存在だけ分かる不思議パワーなんだと思ってたんだけれど」

『言ったろエネルギーだって。さぁ、目を閉じて』

「う、うん」


 真面目な声音にすっと、背筋が伸びた。

 言われた様に目を閉じてクリアの声に耳を澄ませる。


『最初に感じるのは空気の流れでいい。そこにあるんだと分かって』


 分からない。ひんやりとした空気で、寒いという感覚だけだ。


『息を吸って。そしたら空気が身体の中に入るでしょ』


 それならわかる。鼻の奥がすっと通って、膨らんだ肺に新しい空気が入る。空気の中には一階で作られているだろ料理の香りと酒の甘い香りが空気中に漂っていて、身体の中に染み渡る。

 吸った空気に意識をここまで持ったことはなかったが、吸った後空気を吐くとじわりと指先に血液が流れるような感覚があった。


「あれ?」


 ぱちり、と目を思わず開けた。

 空気を吸って、必要なものがじんわりと身体に行き渡ったような錯覚。


『さっき食事をとりに行っている間に、この部屋に生まれたエーテルが吸収される前に囲って守っておいたんだ』

『学校内では空気に馴染んで、差がわからなかったでしょうが、これなら今身体の中に流れたものが違うのがマスターにもわかりましたか?』


 喉がからからに渇いて、やっとの思いで水を飲んだ時の快感に近い気がする。

 ほっとした暖かさが指先に痺れのように広がっていく初めての感覚に、何度も瞬きを繰り返した。

 これが、エーテル?こんな、目に見えないものなのか。


『身体の中に馴染んでいったでしょ。ユラの中にあるんだ』

「こんなの言われてなかったらわからなかった」

『本来は誰でもある程度のエーテルを身体にため込んで使えるんだけれど、この町の人は使えるだけのエーテルや空気にいるエーテルはあっという間に吸われてしまっているみたいだね』

『きっと慣れてきたら、マスターはあっという間に自在に操ることが出来ますわ』


 胸の奥に溜まったままの熱がある。

 胸にそっと両手を当てて、手のひらに意識を寄せてみたらキラキラとした灯が暖かな温もりと一緒に丸く、まるでたんぽぽの綿毛のように光って集まった。


『お』


 柔らかくて、軽い、優しい光。

 こんなに柔らかいなら、風に乗って飛んで行ってしまいそうと考えたらそれは小さな小鳥の形に姿を変えた。


『まぁ!流石ですわ』


 光の鳥はぱたりと一度羽ばたくと飛び立った跡にキラキラと光を残しながら、部屋の中をくるりと一周して儚く消えた。


「……」

『ユラ?』


 熱い涙がこぼれる。どうしてだろう、別に悲しいわけでもないのに自分から出てきたとは思えないほどの綺麗なそれに、ただただ感動した。前にエレンが見せてくれた灯の暖かさを思い出しながら、あの時には感じなかったこの気持ち。


 プレートに触れると、同じ暖かさを感じる。


「私、知ってる……この暖かさ、初めてじゃない」


 答えはないし、二人も黙っている。

 その日はただ、理解も出来ないまま一階の喧騒が聞こえる中、涙が止まるまでまるで子供のようにわんわんと泣いてしまった。




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