39 作戦
「そうか。てっきり、マギウスはエスティカを追って魔国に攻め入ったのかと思ったが、そうじゃなかったのかもな。もともとマギウスは魔国を狙っていて、諸侯の反乱が起きるよう仕込みをしていた。ドラグフレームを擁する魔国の戦力を考えればむしろ自然な判断だ」
「おぬしら――セイヤとツルギが現れたのも関係はなかった、と?」
「それはわかんねえな。関係はなかったが、レヴィ同様マギウスも異常な精神波を感知してて、魔国への侵攻を早めたのかもしれねえ」
「じゃが、魔国の諸侯は朕に服従しておったはずじゃ。思い上がりでもなんでもなく、逆らうような軍事力も政治力も経済力もありはせぬ」
顎に手を当てるレヴィに、エスティカが言った。
「マギウスは父――神聖巫覡帝国皇帝を取りこんでしまいました。取り込みはマギウスにしかできないとばかり思っていましたが、マギウスが自身の同型機を魔国の諸侯のもとにも派遣していたら……」
「魔国は実力主義なんだろ。諸侯もそれぞれマギフレーム乗りなんだよな?」
「うむ。その通りじゃ。諸侯とは言え、血縁のみで家を維持することはできぬのが魔国の掟。後継者の育成に失敗し、他家のパイロットに諸侯の座を奪われるのはままあることじゃ」
「では、魔国の諸侯――少なくとも反乱の首謀者である三家はすでにマギウスの傀儡にされていると……」
重臣が顔面を蒼白にしてそう言った。
「マギウスが諸侯に食い込んでるとすれば、神聖巫覡帝国同様、逸失技術を使ったマギフレームを量産してる可能性まであるぞ」
「なんということじゃ。セイヤから聞いた通りの性能の新型が四方から押し寄せれば、いかな魔王都イズデハンといえど、長くはもたぬ」
レヴィが深刻な顔で思考に没頭し始める。
そこで、リリスが言った。
「しかし、マギウスが諸侯に接近したと言っても、周囲の人間は不審に思わなかったのでしょうか? 現にエスティカ様はこうして他国に救いを求め国を出奔されたわけですが」
「それは、エスティカの巫女としての素質ゆえじゃろうな。周囲の者もマギウスに支配されたと見るしかなかろう」
俺はふと思い出して聞いた。
「……そういや、エスティカを追ってきた帝国の騎士たちはどうなった?」
俺の疑問にはリリスが答える。
「目は覚ましたのですが、貝のように口をつぐんで話そうとしないのです。マギウスの影響下にあることがわかってる以上、拷問するわけにもいきませんし、やっても無駄でしょう」
「そやつらの精神状態については詳しく調べさせる必要があるの」
「で、どうする?」
俺が聞くと、
「この要塞と魔王都のどちらを守るべきかじゃな」
「ここを放棄するのか?」
「ドラグフレームを集結せねば、魔王都が守れぬ」
「だが、要塞を捨てれば、マギウス軍を国内に招き入れることになるぞ。最終的には魔王都を諸侯軍と帝国軍に包囲される。魔国に外部から救援が来る当てはあるのか?」
「魔国は同盟をせぬ。救援の当てなどない。ただ、戦力を集結し、諸侯軍と帝国軍の連携の不備をついて各個撃滅する。ドラグフレームの機動力ならそれができる」
「ああ……なるほど」
なんてことはない、火星独立群が地球連邦に対して行ったのと同じ作戦だ。
強力な個別戦力という、従来の軍事学では想定されていなかった存在を最大限に活かしたハイリスクハイリターンな戦略だ。
だが、その戦略には穴がある。
『その作戦では、神聖巫覡帝国にいるマギウス本体を排除することができません。局地的に勝てたとしても、大局的な状況は変わりません。』
言いにくいところを、クシナダがずばりと指摘した。
俺のパイロットスーツを通してだ。
「そうじゃの。じゃから、朕はドラグフレームを二手に分ける。魔王都守護隊とマギウス撃滅隊じゃ。リリスと魔王都にいるもう一機のドラグフレームを守備隊とし、朕は単身神聖巫覡帝国に長躯してマギウスめの撃滅を狙う」
「そんな!?」
リリスが悲鳴を上げた。
そりゃそうだ。
どこの世界に、単身敵陣に切り込んで敵のキングを取ろうとする王様がいる?
だが、俺はにやりと笑った。
「そういうの、嫌いじゃないぜ。俺もレヴィに付き合うよ」
「セイヤまでか!?」
驚くリリスに、
「もう、それしかねえんだよ。俺たち全員で魔王都とやらにこもったところで、補給もできなきゃ救援も来ねえ。マギウスはそのあいだに新型を量産し、自分の同型機を派遣して他国を調略していく。長引けば長引くほど勝ち目がなくなる。いや、現時点ですでに勝ち目は薄い」
「セイヤの言う通りじゃ。もはや、魔国の体面など気にしてはおれぬ。セイヤ・ハヤタカ。異星のエースよ。この世界のために力を貸してほしい」
レヴィがそう言って俺に頭を下げる。
「へ、陛下……」
リリスと重臣が絶句してる。
「ああ、任された。どっちにせよ、火星に帰るっていう俺たちの目的にマギウスは邪魔だ。ブッ飛ばしてやるよ」
「セイヤさま! 私も連れていってください!」
エスティカが言った。
「ダメだ」
俺は即座に断った。
「どうして!?」
「危険だからだ」
「私の国のことなのです!」
「改良人間じゃないエスティカは、ツルギの本気の機動に耐えられない。よくてブラックアウト、悪くすりゃショック死だ」
さすがに、この言葉にはエスティカも反論できなかった。
「じゃあ、時間もない。レヴィ、すぐに出られるか?」
「ひと通り指示を出し、後事を委ねる必要がある。そうさの、一時間で――」
レヴィの言葉を遮るように、食堂に伝令らしき魔族の兵が飛びこんできた。
「で、伝令! 魔王都、正体不明のマギフレームを多数擁する諸侯軍により陥落! イサルヴァ将軍の搭乗されていたドラグフレーム・ベヒモスも……げ、撃破されたと……」
「……なんということじゃ」
レヴィが奥歯を噛み締めた。




