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Prologue 決戦

 MA――メビウス・アクチュエータ。


 もとは火星における資源採掘用人型ロボットとして開発されたそれを、火星に入植した人類は人型機動兵器へと転用した。


 苦し紛れであったその判断は、のちに窮余の一策であったことが判明する。


 メビウス・アクチュエータの動力源は、火星で発見された特殊なエネルギー鉱石だ。


 メビウスマター。

 相転移をくりかえしながらゆるやかに――しかし永遠にエネルギーを生み出し続ける謎の物質。


 それは、中世の錬金術師が夢見た無限機関そのものだった。


 メビウスマターの出力は微弱だが、それだけに制御しやすく、力場を束ねれば容易に出力を上げることもできた。

 もちろん、放射性物質のような副作用もない。


 あまりに都合の良すぎるこの物質の正体については、いまだに解明の糸口すら見つかっていない。

 まだ見ぬ宇宙人の遺産ではないか――

 人類に思いつくことができたのは、そんな愚にもつかない説明だけだ。


 だが、たとえ原理がわからなくとも、現物がそこにある以上、利用する分には問題ない。

 無限の動力を持つ人型機動兵器メビウス・アクチュエータは、地球との戦争で驚異的な戦果を挙げた。


 地球連邦に人口でも組織力でも大きく水をあけられていた火星連合群にとって、それは天使のような存在だった。


 だがもちろん、敵である地球連邦にとっては悪魔以外の何物でもない。


 そのなかでもとくに、火星の剣と呼ばれるエースパイロット、セイヤ・ハヤタカとその愛機ツルギを沈めることは、地球連邦にとって、もはや戦略レベルで喫緊の課題となっていた。




    †


 それは、絶対に負けられない戦いだった。


 宇宙条約違反の核弾頭が飛びかう土星の衛星エンケラドスの上空で、俺の率いる火星連合群有志MAメビウス・アクチュエータ部隊は、地球連邦の宇宙戦艦や宇宙戦闘機を相手に、かろうじて優勢状態を作り出していた。


 氷で覆われた真っ白なエンケラドスを背景にすると、地球連邦の巨艦は黒々していてよく目立つ。


「てめえだけは絶対に堕とす!」


 俺は操縦桿を前に倒し、地球連邦の巨大戦艦ガヴリエルめがけて愛機ツルギを走らせる。


 ガヴリエルの対空機銃やミサイルがツルギを一斉にロックオンするのが皮膚感覚でわかった。


 コンマ数秒遅れて、ツルギの戦闘支援AI・クシナダが警告する。


『警告。ツルギは戦艦ガヴリエルの対空機銃131門、対空ミサイル22基にロックオンされています。全弾を回避可能な突入コースはありません。』


「なきゃ作るだけだっ!」


『理解不能な方針です。』


「あいつらにこれ以上好き勝手させてたまるかよ!」


 視界中央のガヴリエルから無数の火線が放たれた。


 放射性物質をこれでもかと使った貫通力の高い弾頭。

 相手に破滅をもたらすためだけに造られた核ミサイル。

 いずれも、暗黒の宇宙空間を背景に、その気配を完全に殺している。


 火星へと向けられた悪意の群れが、音も姿もなくツルギへと迫る。


「うおおおおおおっ!」


 俺は直感に従い、ツルギの刃状(エッジド)荷電粒子(ビーム)シールドを振り回す。

 重い砲弾をとらえた手ごたえの直後、俺は機体をロールさせる。

 一瞬前までツルギのあった空間を、核ミサイルが通過する。

 標的を外したことを悟った核ミサイルは、無慈悲なアルゴリズムに従い即座に自爆。

 ツルギの周囲に破滅的な放射線を撒き散らす。


『警告。ツルギは耐久可能な量を超えた放射線にさらされています。現在の宙域から至急退避を。』


「アホか! こんなチャンス(・・・・)を逃せるかよ! ソーラーセイルを開いて核爆発で加速しろ!」


 俺の指示に、クシナダがつかの間黙りこむ。


『ラジャー。どちらにせよもう逃げられませんからね。』


「おまえもあきらめがよくなったじゃねえか!」


 ソーラーセイル――ツルギの背部に付けられた太陽帆が展開する。

 ソーラーセイルは、太陽の発する電磁波を受け止め推進力に変えるための装置だ。

 火星からここまで、ツルギはこのソーラーセイルを開いて単独で飛んできた。

 三対の翼からなるソーラーセイルは、そのそれぞれがビームセイルを展開することで、太陽の電磁波を捕まえ、推進力に変える。


 赤と黒で統一されたツルギの機体デザインとあいまって、その姿はまるで死をまく悪の堕天使のようだ。


 展開したソーラーセイルは、核爆発の衝撃を前方への推進力に変えた。

 もちろん、デタラメな運用だ。

 ツルギの整備責任者が見たら卒倒するにちがいない。


『ソーラーセイル、長くはもちません。』


「しばらくもてば十分だ!」


 俺はツルギを駆り、ガヴリエルの対空弾幕を薙ぎ払って進む。


 ガヴリエルの乗員たちの発する恐慌が、俺の精神をダイレクトに揺さぶってくる。


 ――こいつらが悪いんだ! 土星のリングを漂う岩塊を核ロケットで加速して火星に落とす――それが人間のすることかよ!


 連邦のサターン作戦で、火星は壊滅的な被害を受けた。

 犠牲者の数は四億人。火星の人口の三割にものぼる。

 俺に家族はいないが、あの攻撃で大切な友人を何人も亡くしてる。


 事前情報によれば、旗艦ガヴリエルには、連邦の司令官ザメール・グスタフ大総統が乗っている。

 グスタフは、地球人のあいだに憎悪を煽り、サターン作戦を主導した張本人だ。

 絶対に、逃すわけにはいかなかった。


「くらえええええっ!」


 俺は背中から荷電粒子対艦刀を抜き放ち、最大出力で起動する。

 対艦刀は、メビウス鋼の刀身だけで7メートル。ビーム刃まで含めると、刃渡り10メートルをゆうに超える。


 長大な対艦刀を、ガヴリエルの船腹に(えぐ)りこむ。

 対艦刀を刺し込んだまま、ツルギのバーニアを全開に。

 対艦刀が巨鯨の臓腑を切り裂いていく。


 艦からは、人が死の間際に発する、強烈な負の精神波が伝わってくる。

 ツルギが艦を切り裂くとともに、艦に乗り込んだ地球人が、秒間何十人ものペースで死んでいく。


「いまさら……止まれるかよ!」


 命を背負ってるのはこっちも同じだ。

 グスタフをここで逃せば、もっと多くの火星人が死ぬ。

 艦内の阿鼻叫喚を無慈悲に斬り裂き、俺はグスタフがいるはずの艦橋に迫る。


 だが、


「なんだ⁉︎」


 違和感があった。

 艦橋からも、精神波が伝わってくるのは変わらない。

 しかしそのなかに、高笑いする人間の気配が紛れてる。

 伝わってくるイメージは――


「まさか――くそっ、正気かよ⁉︎」


 俺はあわててガヴリエルからの離脱を図る。


 直後、俺の視界が真っ白に染まった。


「ぐぁっ……ちくしょうっ! 自爆しやがった……!」


 巨艦ガヴリエルが自爆した。


 最初からそのつもりだったのだろう。ただ撃沈しただけではありえない規模の爆発だ。

 艦内のあらゆる場所に自爆用の核爆弾を詰め込んでたとしか思えない。


 もちろん、あれに乗ってたやつらは間違いなく全滅だ。


 ガヴリエル艦内で自爆のことを知ってたのは司令官だけだろう。

 いや、正確には司令官ではなく――


 ソーラーセイルを開きっぱなしだったツルギは、爆発の余波をまともにくらってる。

 コクピットの全周モニターには、見たこともない数の警告ウインドウがポップアップしてる。


『制御不能。機体の損傷率、計算不能。』


「くっ、直撃は免れたが……」


 敵の意図に直前に気づいて離脱できたからこそ、この程度の被害で済んだのだ。


『警告。推進系のダメージが深刻です。戦闘宙域からの離脱が不可能になりました。』


「くそがっ! やってくれたな!」


『ガヴリエルは、当機を誘い出して始末するための罠だったのでしょうね。』


「大胆なことを考えやがる……俺たちを墜とすのに、戦艦ひとつ捨て駒にするとはな」


『われわれの戦力を考えれば合理的な選択です。』


「こんなときにジョークはよせ」


『私は本気で言っています。』


 クシナダの冗談は、ときどきひどくわかりにくい。


『警告。エンケラドス地表から核反応。ミサイルです。われわれをロックしています。』


「ちくしょう! 何が何でも俺を生きて返さないつもりかよ!」


『戦艦一隻を犠牲にしたのです。彼らも後には引けません。』


「回避――は無理だったな。レールキャノンの照準まわせ!」


『アイ。レールキャノンの照準をセイヤにまわします。』


 ソーラーセイルの三対の翼のうち、最下部の一対はレールキャノンにもなっている。

 最下部のセイルが折れ曲がり、機体の脇から前を向く。

 レールキャノン――電磁射出式メビウス鋼弾発射装置を、俺は両腕の下部で固定する。


『いくらあなたでも、すべてを撃墜することは不可能だと思いますが?』


「ああ。そうだな。ちぃーっとばかし数が多い。

 だが、さっき自爆の時に流れこんできた思念で、敵司令官の居所はわかった。エンケラドスの地平線付近にある地表ターミナルだ。

 あの戦艦に乗ってたのは、ザメール・グスタフを狂信的に信奉する影武者だったんだ。連邦お得意の人体改造で作り上げた人形を(そら)に上げて、自分は衛星の陰にこそこそと隠れてやがったんだよ!」


 戦闘開始時にはターミナルはエンケラドスの裏側にあったようだが、戦闘が長引いたために、今では地平線上に現れている。

 ツルギの機動力ならかろうじて届く距離だ。


『まさか、ミサイルをかいくぐりながらグスタフを討つ……と?』


「すまんな。俺はここで死ぬ定めらしい。最期はエースらしく敵の首級を取ってやろうじゃねえか」


 地球連邦はこの戦いに持てる兵力を結集してきた。

 これは最終決戦なのだ。

 もし俺が死んだとしても、敵の頭さえぶっ潰せれば、あとは仲間たちがやってくれる。

 戦後のことはあのお人好し――火星連合群代表キリナ・リーズレットに任せればいい。


「……あいつは俺のために泣いてくれるかな」


 人造人間である俺に名前をつけ、絶対に生きて帰ってきてと言ったのは、俺と同い年の自然出生の女性だった。

 彼女はいま、火星を取りまとめる立場にある。


『私の正確無比なシミュレーションによれば、確率100%でイエスです、セイヤ。』


「へっ、そいつは嬉しいぜ!」


 迫るミサイルを撃ち落としつつ、半ばちぎれたソーラーセイルで地表ターミナルを目指す。

 ターミナルからは動揺の気配がビンビンと伝わってくる。

 当たりだ。


「クシナダ! ミサイルにハッキングをかけろ! 信管起爆の高度制限を解除するだけでいい!」


『無茶を言いますね。ですが、やります。いえ、もうやりましたよ。』


 ミサイルがツルギのケツを追いかけてくる。

 前方からは地表ターミナルの対空攻撃、背後からは核ミサイル。


 俺はツルギを乱暴に振り回す。

 左腕が飛び、右足がちぎれ、レールキャノンはオーバーヒートして使えなくなる。

 ソーラーセイル? んなもんとっくにズタボロだ。


 メビウスマターの生み出す無尽蔵のエネルギーも、短期間の無理な機動が祟って空っけつ。

 エンケラドスの地表が、加速度的に大きくなる。


「着地するぞ! 覚悟はいいか⁉」


『これは着地とは言いません! 墜落です!』


「いいんだよ! 俺の人生の着地点だ!」


『私の人生の着地点でもあるわけですね?』


「すまんがその通りだ!」


『まぁ、なかなかよい人生でしたよ。スリリングで、地獄での語りぐさには困りません。』


「俺もだ! 滅びろ、地球のウジ虫どもがぁぁぁぁぁっ!」





    †


 その数瞬後。

 ツルギはエンケラドスの地表ターミナルに墜落した。


 その後を追って、連邦自身の放った核ミサイルの雨が降り注ぐ。


 核爆発はエンケラドスの衛星軌道を大きく変えた。

 軌道を変えたエンケラドスは、土星のリングを構成する岩石と次々に衝突、無数の破片へと砕け散る。

 その破片の多くは土星のリングに吸収され、残りは土星の重力に引かれて落下した。


 土星第二の衛星は、そこにあった地球連邦の極秘拠点とともに消滅した。


 大総統ザメール・グスタフを失った地球連邦は、火星連合群に無条件降伏を申し入れる。


 かくして、火星は地球からの独立を勝ち取った。


 ――「火星の剣」と呼ばれたエースパイロット、セイヤ・ハヤタカとその愛機ツルギの喪失と引き換えに。

本作に興味をお持ちいただき誠にありがとうございます。


「おもしろそう!」「続きが気になる!」と思ってくださいましたら、ぜひともブックマーク・評価でご支援くださいませ。

第一部完結までは毎日一話(以上)の更新が確定しておりますので、なかなか更新されない!という心配はないかと思います。


火星のエースパイロット・セイヤの冒険にお付き合いいただけましたら幸いですm(_ _)m

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[一言] 冒頭数行難解で挫折。  申し訳ない
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