1-2設定
皆様こんにちは。お世話になっております。
からすと申します。
ところで、キリンはワンと鳴くそうです、という噂の真偽に気づかないからすと申します。
だから何というわけではありませんが。
●〇●〇
接続開始のボタンを押すと、
『接続開始します。カウント、5… 4… 3… 2… 1… 接続を確立しました。
ログインします。体勢を直立の状態に保ってください』
カウントの後、流れたアナウンスに従って、仰向けに寝っ転がっていた体を起こして直立の状態になります。
『既定の状態への移行を確認しました。『Roots』、ログインします』
ログインを開始すると、ホーム設定の部屋の中が霧に包まれるように真っ白になっていき、すぐに一寸先も見えないような状態になってしまいました。
咽そう。
でも、マイナスイオンとかいっぽいありそうです。まあ、VRなのでどっちもありませんけどね。
視界を真っ白に染めていた霧が晴れて、次に私の目に映ったのは、地平線を作るほどに広大な草原。
そして、視界の端にぽつりと建つ一軒の西洋教会調の建物。
白い石材で作られているのか、白く塗られているのか、建物は各所に嵌る色とりどりなステンドグラスを除いて全てが真っ白で、降り注ぐ日の光をきらきらと反射しています。
きらめく姿は、正に神聖、という感じです。
しばらくその風景を眺めていると、建物の中からどたばたとした足音に続いて、正面の扉が、ばぁんっ! と音を立てて勢いよく開かれました。
そこから姿を現したのは、白ベースに金刺繍の入った民族衣装風の法衣を着て、左右に自分の身長程もある長い金髪のツインテールを垂らした女の子でした。
その、まさしくファンタジーの住人然とした姿は、可愛くて、尊くて、眩しくて。それはまるで庇護欲を掻き立てる薬物のよう(無駄にポエミー)。
女の子があたりを見渡してこちらを向いたとき、ばっちり目が合います。目がきらきらのうるうるです。
数瞬の間。なんでしょう。自分がみじめになってきました……
この瞳をのぞき込めば、自身の汚れた心を~、みたいな自己啓発的な何かなのでしょうか。なんと恐ろしい。
きょとんとした顔を浮かべていた女の子がにぱっ、と花が咲いたような笑顔を浮かべました。
表情筋がすごく全力で働いているようで、少しうらやましいです。
「ようこそなのです!」
そう言いながらこちらへ歩み寄ってきたかと思えば、「さーさー、こちらなのです!」と私を建物の中へ引きずっていきます。
さながら私は巣穴に引きずり込まれる被食者のように一切の抵抗を許されず、建物の中へと引きずり込まれます。こういう演出なんでしょうか。そうだといいですね。
建物の中は、ところどころにパーティーのリースみたいなのがかかっていますが、それ以外は外見から想像する通りですね。
ただ一つ目を引くのは、部屋の中央に鎮座する透明な六角柱です。
天井間近までまっすぐに伸びていて、その太さは私が抱き着いてもたぶん半分も届かないと思います。
細かいことを考えるなら、建物が六角柱ありきで建てられているっぽい構造なので、建物の方が後に建てられたのかなって感じですね。
女の子が腕をつかんでいた手を離し、柱の横に立て掛けてあった杖を手に取ります。
杖は錫杖を想像すると近いと思います。
女の子が自分の身長より長いそれで地面を一つ突きます。
コォンッ、シャンッとよく響く音とステンドグラスから射し込む暖かな光が建物内を満たし、私の身体も心なしか軽くなったような気がします。
ピローン
なんでしょう? 『最適化完了』
……
欲を言っていいですか?
ログを出さないか、もっと事務的にやるか、どっちかにしてほしかったです。
「よしっ。それではっ。ようこそ『Roots』の世界へ、なのです!」
私がなんとも言えない気持ちになっているところに、女の子が声をかけてきました。
「わたくし、あなた様が旅立たれるまでの間の案内を務めさせていただきます、『ナディ』と申しますのです。よろしくお願いしますのです」
元気のいいお辞儀でツインテールが踊ります。
ナディちゃんですか。なのです口調があざとい。でも、それがいい。かわいいです。
「よろしくお願いしますね」
ナディちゃんがお辞儀をしたので、私も。
礼には礼を。これは私のモットーです。
ただのシステムだなんだと、と言う人もいますが、今の時代、ちゃんと教育を受けたAIは思考も人とほとんど変わりませんからね。
とはいえ、本名を名乗るのも違う気がするので、とりあえずお辞儀だけでも。
そういえば、お辞儀をするときは頭だけですると子供っぽく見えるので、大人っぽく見られたいならしっかりと腰からお腹に力を入れてお辞儀をするといいですよ。
なんで急にそんな話をしたのか?
私はいつも腰からお辞儀をしていますよ、ってだけです。特に理由はありません。はい、特に理由はありません。
私の返答に少し驚いた表情を浮かべた後、一層笑顔を深くして、ナディちゃんは説明を始めます。
「それではこれから、この世界で生きるあなた様を作成していくのです」
ナディちゃんがシャンと軽く錫杖を鳴らすと、私の前に名前の入力欄が現れました。
「まずは、お名前を教えてほしいのです」
ここで言う名前は、いわゆるプレイヤーネームのことで現実の名前ではありません。
一部の人は、本名そのまま、なんて猛者もいるそうですけど。
入力。
シロ。決定。
「【シロ】様でよろしいですか?」
「はい」
こういう決定した後に再度確認してくるときは、思考判断を調べるときなので返事は適当でも大丈夫です。それこそ。いいですよー、みたいなOKなのかNOなのかわかりづらい返事でも大丈夫です。
公序良俗に反する内容の名前とかはAIが弾けますけど、その人がそれでいいと思っているかは、その人じゃないとわからないですから、少しその人の意思を読まないといけないわけです。ですがそういうのは当然、法律できっちり規制されてますから、こうやって聞いているってわけですね。
「はい、畏まりましたのです。それでは次に、この世界で生きるシロ様の種族を選択していただきますのです」
もう一度杖を軽く鳴らすと、名前の入力欄と入れ替わるようにウィンドウが現れました。
そこには樹形図状に上から下までびっしりと多種多様な種族が。
そしてその系列とは別の一番下に【ランダム】の文字。
一覧を眺めながら、ナディちゃんから種族に関する大まかな説明を聞いていきます。
説明によれば、このゲームで重要になってくるのは【アビリティ】というもので、ステータスの値に種族的な影響はあまりないものの、種族によって取得できない・特定のアビリティの熟練度が上がりづらい、とかがあるため、自分がどんな風にやっていきたいかで種族を決めるといいですよ、ってことみたいです。
それぞれの種族系列に関する大まかな特徴の説明だけ聞いていきます。
各種族については種類が多すぎますし、それに……
【祖人】。これが一般的な人間のことですね。汎用型で、特定種族限定の特別なアビリティ以外は全てをこなせる、できないことが少ないのが特徴の種族ですが、特に伸びやすい系統のアビリティもないです、とのことです。
【獣人系列】。動物の要素と人間の要素が混じりあったやつで、猫耳、犬耳、うさ耳、そんな感じのやつのことですね。基本的に物理方面のアビリティが伸びやすく、魔法系統のアビリティが不得手なことが多いそうです。
【魔人系列】。エルフとかドワーフとかがここにいました。他にもいろいろいますが、比較的に魔法方面特化型が多くなっていますね。どちらかというと、特定の方面のアビリティがとても伸びやすい種族が多く、すごく尖ったのが多そうです。
例えばドワーフなんかは、鍛冶、お酒、土地関係はとても伸びやすいけど、それ以外のアビリティは全部不得手、みたいな。
ゲテモノ系だと、幻獣系竜種のトナカイとかモグラとか、魚系小魚類のイワシとか。
イワシって…… ある意味ちょっと気になりますよね。魚群になったら強くなったりするんでしょうか?
ナディちゃん曰く、少数とはいえ選択した人がいるらしいので驚きです。このゲーム、今のところ何をどうやってもキャラクターの変更はできなかったですよね……?
オレは成り上がってやるぜぃ! みたいな人がいるんですね、きっと。
まあ、ゲームですからね。普通にやっても面白くないぜ! って人はたくさんいますか。
他にも変なのはエトセトラありますがきりがなさそうなので割愛です。
そして、やっぱり気になるのは最後の【ランダム】ですよね。
説明によると、上書き更新制で、計三回までランダムに種族を選択する機能で、比較的高い確率で通常選択には表示されていない種族が選択されるものの、この機能を使うと、代わりに通常の選択はできなくなって、三回の抽選でそれらが気に入らなかった場合に変更できるのは【祖人】だけですよ、ってことみたいです。
抽選後に祖人に変更できるのは、情けか優しさか。
うまくゲーマーのツボを押さえてきていますよね。
ゲームにおいてリソースの奪い合いなんてものを見なくなって久しいこのご時勢でも、やっぱり限定とかそういう言葉に弱いのは、変わらない人の性なのでしょうか。
ちなみに、現在のランダム抽選の利用率は全体の約30%だそうです。
その中で、三回の抽選の後、【祖人】を選択した人の割合は約70%……
かなりの数のプレイヤーの爆死が目に見えます。黙祷。
欲しがると出ないという、あの伝説の物欲センサなるものが働いているのか、それとも単に変な種族が多いだけなのか。少し気になるところではあります。
さて、やりましょうか。
はい? だって、面白そうです。
「ランダム選択でお願いします」
「畏まりましたのです。それではっ!」
カァンッ! シャンッ!
ナディちゃんが床に強く錫杖を打つと、次の瞬間――
どおぉおーん!
と轟音を立てながら、天井を突き破って何かが落下してきました。
現在。もくもくと立ち込める土煙が視界をふさいでいます。
軽い錫杖の音が鳴ると、土煙が外に追い出される形で視界が戻ります。
……ふぅ。ちょっと驚きました。
いえこれ、私だからこの程度で済みますけど、普通の人なら腰抜かすくらい驚くんじゃないでしょうか? いたずらにすぎますよね。AI教育者さんを小一時間問い詰めたい気分です。
ところで、こんな状況でも働かない私の表情筋さんのお給料はいくらなのでしょう? ちょっと怠け者すぎではありませんか?
さて、状況の確認です。
うん。空がきれい。
天井にぽっかりと大穴が空いております。瓦礫が消えてなかったら埋まっているところです。オソロシイ。
原因は目の前に鎮座する私の身長ほどもある新井式回転抽選器ですね。所謂ガラガラとかガラポンとか呼ばれるやつですね。
「どうぞー、なのです!」
ナディちゃんが満面の笑みで抽選器の取っ手を回すように促してきます。
さて、さくっと回すとしましょうか。
もう後戻りはできません。いい種族。いえ、せめて、面白い種族が出てきてほしいです。
イワシ? いえ、確かに面白いですが、そういうのはのーさんきゅーです。
こういう時は望んではいけません。祈ってもいけません。無心です。心を無にして、悟りの心で回すのです。心を無にむに、むにむに。ナディちゃんのほっぺをムニムニ。
両手でガラガラの取っ手を持ち、回します!
お読みいただきありがとうございます。
もしどこかで面白いと感じいただけたようでしたら、星を光らせてくださると感動します。
あとブクマとかも(強欲