第3話
遠慮する彼を、「下心とかありませんから大丈夫です」と、半ば強引に家へと誘った。「それはどちらかと言うと僕のセリフだと思うけどな」と、彼は可笑しそうに笑った。
私の家へ向かう道中、お互い名前すら知らないことに思い至り、簡単に自己紹介をした。彼の名前は秋川さんと言うそうだ。年は私より3つ上で、自宅は私の勤めるパン屋の近くにあるそうだ。
家に着くと、彼にはリビングで待っていてもらい、私はキッチンに立った。夜風で冷えた体を温めようと、彼に嫌いなものがないか確認して、簡単にコンソメスープを作ることにした。
リビングで待つ彼は、本棚を眺めていた。
「作るのに少し時間がかかると思うので、気になる本があったら読んでてもらってもいいですよ」
手持ちぶたさになっても申し訳ないと思い、彼に声をかけた。
「あっ、すみません勝手に本棚見て」
「全然大丈夫ですよ」と、言いつつ野菜を切る。
野菜とコンソメを鍋に入れ煮る、しばらくすると良い香りが漂ってきた。
「恋愛小説がお好きなんですか?」
唐突に彼の声が聞こえてきた。
「え?」
温めようとお皿に並べていたパンを、落としそうになる。隠していたわけではないが、改めて恋愛小説が好きかと聞かれると、少し気恥ずかしい。
「棚の本、恋愛小説が多い気がして」
「ああ、よく分かりましたね。そうなんです。好きなんですよね」
タイトルだけで分かるものなのかなと、考えつつパンをレンジに入れる。
「僕も、結構読むので」
「えっ!そうなんですか!」
嬉しくなって振り返ると、なぜか寂しそうな顔をする彼が目に入った。なぜそんな顔をするのか分からず、どう声をかけようか迷っていると、鍋の吹きこぼれる音がして、慌てて火を消した。「大丈夫ですか」と、聞いてくれる彼は、もういつもの表情に戻っていた。
結局私は、何も聞けないまま、出来上がったコンソメスープと温めたパンをテーブルに並べた。