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九八話


「はぁ~、これがマンドラゴラ畑か……」


 緑の絨毯、とでもいうのだろうか。

 幅にしたら、2メートルもない浅い窪地に、大きな葉を広げた植物が所狭しと生えられ、それがレッドカーペットならぬ、グリーンカーペットとなって延々と続いていた。

 これがマンドラゴラである。らしい……

 一見、葉が多く茂っている所為でそこに川があることが分かり難いが、サラサラと水の流れる音はしている。

 こういうのを、渓流のせせらぎ、というのだろうか。


 より近づいてみて見ると、葉の下には確かな水の流れがあり、小川の水が底が見えるほどとても澄んでいることが分かった。

 大げさにいえば、そこに水があるのかどうかわからない程の透明度だ。深さはない。良くて俺の足首くらいまでかな?

 川底は土ではなく、細かな砂や小さな砂利で覆われている造りになっているようだった。

 ノマドさんは泥が栽培において天敵だ。みたいなことを言っていたので、これはその泥が巻き上がるのを防ぐための対策だろう。

 詳しくは知らないのだが、確か山葵の栽培方法に、似たよう手法があったはずだ。

 おそらくだが、この砂の下には大きな砂利や石などで土台が作られているのではないだろうか。


「この川は自然に出来た物じゃなくて、元々は農業用の水として上流から引いて来たものなんだって。

 それを、村の人達がマンドラゴラ栽培の為に頑張って作り直したんだ。ってお父さんが言ってました」


 と、アイラちゃんがノマドさんからの受け売りをドヤ顔で教えてくれた。

 なんでも、この小川の上流に少し大きな川があって、そこから水を引いているとのことだ。

 流れ的に、村とは別方向に流れてしまっているため、こうして人工的に支流を引いて利用しているのだとか。

 だったら川の流れに沿って村を作ればよかろうものを、となんとはなしに聞いてみたら、


「あの川は、季節で水量が大きく変わってしまうんですよ。

 今の時期は可愛いものですが、雨期の長雨や、春先、山に振った雪が溶け出した雪解け水なんかが流れ込むと一気に氾濫しまして、周囲一帯が軽く流されちゃうんですよね。そんな川の近くに村とか、危なっかしくて作ってられませんよ」


 と、ソアラが説明してくれた。

 そりゃ確かに危険だわな……

 台風の日に、ちょっと川の様子を見て来る、なんてレベル以上に危険だわ。だって向こうから勝手にやって来るんですもの。やだぁ。

 だから、こうして支流を作って利用することはあっても、直接的な水資源としては利用していないそうだ。

 というか、水を汲みに行くにしても遠くて実用的ではないらしい。

 ただ、今の落ち着いている時季なんかには、渓流釣りを楽しむ為に足を運ぶ村人が何人かはいるのだとか。

 場所によっては、結構な大物が釣れるそうだ。

 ちなみに、農業用の水路は別にもう一つ作ったとのことだった。


「マンドラゴラ畑は今でも拡張工事を行っていて、下流に行けば、多分、今日も作業をしているんじゃないですかね?

 近くですから、見に行きますか?」


 そうソアラが教えてくれたので、折角ここまで来たのなら、と見に行くことにした。


 マンドラゴラ畑は、緩やかな傾斜に沿って、クネクネと蛇行しながら下っていた。おそらく、蛇行させることで栽培面積を増やしているのだと思う。

 そんなマンドラゴラ畑に沿って下ることちょっと。

 ある地点で、マンドラゴラ畑はぷつりと途切れ、そこから先は未整備の森本来の地肌が剥き出しになっている場所に出た。

 そこでは、一〇人近くの男達が、(くわ)(なた)などを手にして開墾作業? を行っている真っ最中だった。

 流れ出る水を堰き止めるわけでもなく、迂回させるわけでもなく。ただ、流れのままに身を任せ、川底を掘ったり、地を這う根を切ったりと、忙しなく作業をしていた。

 少し離れた所では、斧を片手に木を伐採している人の姿もあった。


「ヨームさん。先ほどはどうも」


 そんな中、ソアラがトテトテと一人の男性に近づき声を掛ける。


「ん? おおっ! ソアラちゃんじゃないか。こんな所に何か用かい?」


 ソアラの声に振り返り作業の手を止めたのは、鍬を片手に革製のズボンにタンクトップ状の薄手のシャツ、という姿でシャベルっぽい道具を手に、川底を掘っていた一人の男性だった。

 一見三〇代前半くらいに見えるが……当然ながら彼もエルフであるため、見かけ通りの年齢、ということはないだろう。

 おそらく四〇か、もしかした五〇か……おそらく、ノマドさんよりは上だと思われる。

 しかし……まぁ、この際そんなことはどうでもいい。


 またしても現れたか異世界間ギャップめっ!

 ヨームと呼ばれた男性だが、この男、とにかくガタイが良いのだ。

 上背こそないが、肩幅が広く、筋肉ムキムキ。しかも顔の堀が深いっ!

 エルフって細身で知的な存在なんじゃなかったんかっ! こんなん、どっからどう見てもガテン系やないかいっ!

 でなければ、“ナイスバルクっ!”とか“チョモランマっ!”とか“グレートケツプリっ!”とか声援を送られるようなそっち系の人だ。


 唯一存在するエルフ成分というば、肌が白いことくらいなものだった。

 イオスはまだ細マッチョ枠ということで、ギリギリ許容範囲内だったが、これは完全にアウトだろ!

 これでまだこの男一人なら、まぁ、中にはそういう奴もいるよね。で終わりそうだが、ここで作業してる奴ら、どいつもこいつも大体似たような体格だからなっ!


 誰だっ! エルフはひ弱で細身でヒョロ長だとか言った奴っ! 責任者出て来いっ!

 魔法? そんなこより筋肉だっ! メテオストライク(投石)!! みたいな、ムキムキのゴリマッチョエルフが目の前にいんぞ! コラァ! 


「実は、スグミさん……ああ、こちらの人間の方がマンドラゴラ畑を見学したいと言うので、連れて来たんですよ」

「畑を? こんなん見ても大して面白くもないだろうに」

「私もそう言ったんですけどねぇ。どうしてもって」


 そこまで話すと、ヨームの視線が俺を向き、バシャバシャと足元の水を踏みつけつつ俺の下までやって来た。


「ヨームだ。この時季はマンドラゴラ畑の管理・整備・拡張なんかを担当している」


 そう言って、ヨームが俺へと手を差し伸べた。


「スグミです。よろしく」


 俺はその手を取り、こちらも名乗る。

 にしても、ガタイが良いから掴む手もこれまたデカい。


「てーと、あんたがソアラちゃんを助けたって言う人間かい? 噂は聞いているよ」

「ええ。まぁ、ただの成り行きでしたけどね」

「それでもいいさ。ソアラちゃんが行方不明になって、村中が心配してたからな。

 俺からも礼を言わせてくれ。ありがとよ」


 そう言って、ヨームが親愛を込めてか、俺の肩をバンバンと叩く。

 本人は大した力ではないと思っているのだろうが、ステータスがピグミーマーモセット(世界最小のサル)並みの俺に対して、それはライオンの甘噛みに等しい。

 つまり、何が言いたいかというとだな、本人にその気はなくても、俺のHPがゴリゴリ削れているということだ。

 痛いったらありゃしない。

 あと数発叩かれていたら、HPがレッドゾーンに突入しそうなタイミングで、ようやくヨームの手が止まった。

 つまり、今はもう黄色になっている、ということだよっ!


「ったくよぉ、あのクソババァが止めさえしなけりゃ、俺達もソアラちゃんのことを探しに行ったってのによぉ!

 あの鬼ババァめっ! 自分の孫娘が可愛くないのかってんだ!」

「ま、まぁ、おばあちゃんにも立場ってものがありますから……」


 何かを思い出しかのように、突然憤るヨームだったが、それをソアラが苦笑いを浮かべて宥めていた。


「ソアラのばあちゃんがどうかしたのか?」


 ちょっと気になったので聞いてみる。


「えっと、実は私のおばあちゃんが当代の族長を務めているですけど、私が行方不明になった時、ヨームさん達が私の捜索を申し出てくれたそうなんですが、おばあちゃんがそれを一蹴したみたいでして……」


 なるほど。ヨームは身内を、というか仲間を見捨てる様な決断を下した族長に納得が出来ない、といった感じか。

 ってか、族長ってソアラのばあちゃんだったのか。

 しかしなぁ……


「組織を束ねる立場としては、(あなが)ち間違った判断、とは言い切れないわな」

「なんでぇい! 兄ちゃんはあのクソババァの肩を持つって言うのかい!」


 俺の言葉が気に入らなかったのか、ヨームが先ほどの友好的な態度とはガラリと変わり、敵意剥き出しの視線を俺へと向ける。

 その視線に、若干ビビりながらも、外面上は臆することなく俺は言葉を続けた。


「客観的な意見だよ。一人の村人を助ける為に、それより多い犠牲を出すわけにはいかないだろ?

 助けに行くにしても、誰に攫われたのかも分からない。何処へ行ったのかも分からない。そんな状態で何が出来る?

 下手をすれば、助けに行った者が襲われる、なんて二次被害だって出るかもしれない。

 それに、助ける側にだって日々の生活や家庭がある。

 逆に聞くが、もし、族長に“孫娘を助けるために、お前たちの命と生活のすべてを犠牲にしてでも助けて来い”って言われたらどう思うよ?」

「ぐっ、それは……」


 ヨームだって、きっと頭では理解しているのだろう。ただ、それに心が付いて来ないだけだ。

 ままある話だな。

 それっきり、ヨームは歯を食いしばり押し黙ってしまった。

 とはいえだ。


「つまりは、そういうことだよ。まぁ、ヨームさんの気持ちも分かるけどな。

 ただ、別にソアラのばあちゃんだって、好き好んで孫を見捨てたわけじゃないだろうさ。

 村を守るためには、そうしなければならなかった。それだけだ。

 時には、みんなから批難されるような非情な決断も下さなければならない。上に立つ者の辛い所だな」

「はい……さっきおばあちゃんに会いに行った時、『助けられなくてごめんよ』って沢山謝ってくれました。

 だからヨームさんも、あまりおばあちゃんのことを悪く思わないでください……」


 そう懇願するように、ソアラはヨームのことを上げる。


「っ……」


 ソアラ自身。祖母の決断を恨んではいないのだろう。で、結局というか根負けしたのはヨームの方だった。


「……ああ、言われなくたって分かっちゃいるんだよ。そんなことは。

 でもよぉ、俺にも娘がいる。もし攫われたのがうちの子だったら、とそう思ったら居ても立っても居られなくってな……」


 今回は無事助かったが、次も同じ様に助かるとは限らない。次は、犠牲者が出るかもしれない。

 根本の問題を解決するには、エルフの誘拐を根絶する他なく、それは一朝一夕でどうにかなることではなかった。

 難しい問題やね。


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