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九七話


「マンドラゴラは、今でこそこうして一食材として食卓を彩ってはおりますが、元来は薬草として細々と採取されていた物なのです」

「へぇ、薬用ですか?」

「はい。乾燥させて煎じた物を、白湯で溶いて飲むのが一般的な利用法ですね。

 葉の部分なら血行促進に冷え性の改善、弱った臓腑の回復。根茎部分は滋養強壮、疲労回復、精力増進などの効果があります。

 近年では更に研究が進み、マドゴラトキシンが水と触れて変質した後のマドゴラトキシスが、非常に有用な成分であることも分かってきましてね。

 切り傷に塗布すれば、化膿、炎症を抑え、傷を早く治す効果があり、また、食物の腐敗を遅らせる効果もあります。

 例えば、生肉などを水で薄めたマドゴラトキシスに半刻(一時間)程浸けた後、冷暗所で保管すれば六〇日近くも保存が効く様になるんですよ。

 しかも、不思議と新鮮な肉より数段食味が良くもなります。勿論、肉だけでなく野菜などにも十分な効果があります。

 食物を長期保存出来るというのは、正に画期的な発見だったといえるでしょう。この発見によって、村での食生活が大分変りましたからね。

 更に、害虫や害獣を遠ざける忌避効果もあり、育成中の作物に散布すれば食害を減らすこともでき、安定した収穫量が見込める様にもなりました。

 マンドラゴラは恐ろしく危険な毒草であると同時に、正に万能な薬草でもあるのです」


 飲んでよし、食べてよし、傷に塗ってもよくて、保存料・防腐剤としても効果があって農薬にも使えるってか? それでいて人体に影響はなし。むしろプラスになるのか? 元が薬として使われていたわけだし。

 そりゃ確かに万能薬だな。

 余談だが、乾燥させて粉末化したマンドラゴラからは、あの独特な辛みは一切しないのだという。流石に、辛いままじゃ飲めないかな。


 薬効だけを聞けば、確かにスーパー薬草だよ。マンドラゴラは。一歩扱いを間違えると即死する、っていうとんでもないデメリットはあるが。

 ちなみに、肉の味が良くなった、というのは保管している間に肉のたんぱく質がアミノ酸に変化したからだろう。所謂、熟成肉、というやつだ。


 食後、特に共通の話題も無かったので、俺はカテラさんが入れてくれた温かい緑茶を啜りながら、ノマドさんからまたマンドラゴラの話しを聞いていた。

 聞いている分には案外面白いもんだよ。こういう話しは。

 ただ、女性陣は興味がないのか、はたまた日頃から聞かされている所為かは知らないが、我関せずの無関心状態で、今は少し離れたところで三人集まり何や話し込んでいる様子だった。


 ノマドさんが、何故にこうもマンドラゴラについて熱く語るのか。それには理由があった。

 それは、ノマドさんがマンドラゴラ研究の第一人者だということだ。

 昔から、エルフの間ではマンドラゴラが薬草として利用されてはいたが、そこから更に一歩踏み込んだ、マドゴラトキシスに関する新たな効能・薬効は、すべてノマドさんの長年の研究成果の賜物なのである。

 何この人? 実はすげー天才か何かなんじゃなかろうか?


 ちなみに、マドゴラトキシンやマドゴラトキシスという言葉は、ノマドさんが研究の上で便宜上考えた造語であり、一般的なものではないという。

 また、マンドラゴラが薬だけでなく、食用可能であることを発見したのもノマドさんであるらしい。

 ノマドさん自身、初めてマンドラゴラを生食した時、あの特有の辛みに衝撃を受けたと話していた。

 てか、毒物を食ったのか、この人……すげーな、おい。


 ノマドさんが何故マンドラゴラの研究をしようと思ったのか。それは子どもの頃に感じた一つの疑問が切欠だったのだという。

 その疑問というのが、毒草であるはずのマンドラゴラが、何故薬として服用されているのか? ということだった。

 まぁ、普通に考えれば毒なのだから、口にすれば死ぬと思うのが普通だ。

 しかし、村では正しい処理をすれば薬になる、という認識が古くから広まっていて、そこに疑問を挟む人はいなかったという。

 これに関しては、フグの認識と大体同じだろうな。

 フグが猛毒を持っているのは誰だって知っている。だが、どの種類の何処の部位に毒があるのかなど、関係者でもなければ殆ど知りはしないものだ。

 にも関わらず、店で提供されるものは正しく処理された物だから怖くない、と一般的に販売されている。


 だが、それで納得しなかったのがノマドさんだった。

 マンドラゴラの何が人を殺し、何が薬になるのか? 何故、晴れた日に抜くと死に、雨の日に抜いたら死なないのか?

 そうしたことを、長年地道に研究していたのだと、ノマドさんは言う。そうして、様々な発見をするに至った、というわけだ。

 何となく思ったのだが、多分、ノマドさんの考え方は科学者とか研究者の発想のそれに近いんだろうな。

 常識や当たり前というものを、“そうだから”と漫然と受け入れない。“何故”を追求し、“未知”の正体を探り、“真実”という答えを明かして“既知”へと変える。

 ノマドさんは薬師であると当時に、科学者でもあるというわけだ。


「いやはや……何だか、手前味噌な自慢話をしているようでお恥ずかしい限りですな」


 そう、ノマドさんがバツが悪そうに笑ってみせた。

 

 そんな順調に進んでいたマンドラゴラ研究だったが、ある時、思いも寄らない転機が訪れた。

 切欠は、マンドラゴラが食用可能であると発見したことだ。 

 元来、マンドラゴラは薬として採取されていたため、そう多くは必要とはされていなかった。

 精々、自生している物を採取するだけで村で必要とする十分な量を賄ていたのだ。それ以外では、ノマドさんが個人研究用として細々と少量栽培していただけだった。

 しかし、だ。

 ノマドさんがたまたま懇意にしていた行商人に、マンドラゴラを振る舞ったところ、商人がこれを(いた)く気に入り、継続的な取引を持ち掛けられた。

 商人が求めた量は、自生している分を集めただけでは到底足りず、かといって村にある物すべてを売ってしまったのでは、薬としての在庫が無くなってしまう。

 ノマドさんとしては、首を横に振ることは簡単だった。だが、取引が成立すれば村にまとまったお金が落ちることになる。

 エルフの生活というのは質素なものだ。

 それは、それを信条にしているからではなく、単に貧しいからそうせざるを得ないだけだった。

 エルフが作り出す特産品は、行商人達にはそれなりに好評で売れてはいたが、数を多く作り出すことが出来ないために、金額にすればそこまでのお金にはならなかったのだ。

 マンドラゴラの採取量を増やす、という手もなくはないが、そもそも自生しているマンドラゴラの数そのものが少ないので、多少増やしたところで焼け石に水。

 しかし、もし、マンドラゴラを大量栽培し売ることが出来れば、間違いなく大金になる。

 村にお金が入れば、生活は今よりもずっと豊かにすることが出来る。

 だが、そう簡単に頷くことも出来なかった。

 

「マンドラゴラは、人の手で栽培するには危険すぎる植物ですからね」

「下手に抜いたら死にますからね」

「はい。やはり一番の問題は、如何に安全に育成し、収穫するか、でした」


 普通の野菜同様、畑に植える、というのはあり得ない。

 収穫前に、川から水を引いて、畑を水没させた状態で収穫すれば、天候に関係なく安全にマンドラゴラを採取することが出来るが、育成途中で誰かがうっかり抜いたら大惨事になってしまう。

 ただでさえ、年に一人くらいは自生しているマンドラゴラをうっかり抜いて死亡する、という痛ましい事故も起きているのに、村の中でマンドラゴラを育てるなど論外だった。


 一応、ノマドさんは研究用にマンドラゴラを村の中で育ててはいるが、安全を考慮し、育てている場所は人が近づかないよう柵で多い、小屋を建ててその中で行っているとのことだった。

 ちなみに、どのようにして育てているかというと、毒性を持つ前のマンドラゴラの苗をおが屑に植えて栽培するのだという。

 柔らかいおが屑の中で育てれば、マンドラゴラを傷つけることなく収穫することが出来る、というわけだ。

 しかし、この方法では食味が圧倒的に悪く、到底商品にすることは出来ないそうだ。あくまで、研究用のサンプルでしかないらしい。


 村の中が危険なら、離れた場所で畑を作ればいいじゃない。

 ということも考えたそうだが、エルフの村があるここは生い茂る森の中だ。

 新しく畑を開くとなれば、数年単位で森を切り開く必要があった。それに、育成途中に危険が付きまとうという問題は解決されていない。


「正直、どうしたものかと、ほとほと困りました。

 諦めようかとも思ったのですか、マドゴラトキシンが水に溶けるという特性があるのなら、もういっその事、初めから水の中、浅い川底にマンドラゴラを植えて育てるのはどうかと、そう思い立ったのです。

 これでダメなら諦める、そのつもりでした。ですが、結果から申し上げれば、これが思いの外上手く行きましてね。

 毒性を持たない苗の段階から水の中で育成することで、成長過程で毒物が水で洗い流され、完全無毒なマンドラゴラを栽培することが可能になったんですよ。

 これを、川底(せんてい)栽培方式と名付けました。

 ただ、味が水質の影響をもろに受けるようで、少しでも水に泥が混じっていると、無毒化出来てもドロ臭く食用には向かなかったり、そもそも育たなかったりと……

 とにかく、水質を浄化して綺麗な水を維持するのには苦労をしましたね」


 川にさらして育てるとか、綺麗な水でしか美味しく育たないとか……

 味も似ていれば、植生まで山葵に似ているのか。マンドラゴラってやつは。

 ちなみに、この、川底(せんてい)栽培で育てられたマンドラゴラは毒性を失ったと同時に、薬としての薬効もまた失われてしまっているのだという。

 安全と引き換えに、文字通り、毒でも薬でもなくなってしまったわけだ。

 完全に食用専用ってことだな。ここまでくると、もうただの山葵である。


 なので、今でも薬としてのマンドラゴラは、自生している物を昔ながらの方法で採取しているのだとか。

 ノマドさんの個人農場の方は、自生の物と比べて毒性も薬効も低いため、今では専らマドゴラトキシスの採取がメインになっているらしい。


「もし、マンドラゴラにご興味があるようでしたら、栽培している畑を見学されますか?」

「見学、ですか?」


 マンドラゴラの畑……ね。興味があるかないかでいえば勿論ある。


「興味はありますね」

「でしたら是非に。後ほど、ソアラにでも案内させましょう」

「えぇ~! 私が行くの~!?」


 なんだかんだでこちらの話しは聞こえていたようで、近くにいたソアラがあからさまに不平不満の声を上げた。のだが……


「ソ~ア~ラ~ちゃ~ん?」

「はいっ! 喜んでっ!」


 カテラさんの一声で手の平クルリである。

 てか、お前はどこぞの居酒屋の店員か?


「あっ、それなら私も一緒に行きたいですっ!」


 と、手を上げて名乗りを上げたのはアイラちゃんだった。

 ということで、俺はソアラとアイラちゃんを伴って、マンドラゴラ畑の見学へと赴くことになった。


 ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢


 森林浴、という言葉がある。

 森の中を散策し、清浄な空気に包まれることで精神的安定を得るリラクゼーションの一種だ。森林セラピー、とも呼ばれる。

 エルフの村とは、まさに全体がそんな感じの造りになっていた。

 森を切り開いて村を造ったのではなく、木々の隙間に家が建っている感じだ。

 だから、空は殆ど見えない。頭上の視界の七割八割は、茂った木の葉に覆い尽くされている状態だ。

 見上げれば、さわさわと揺れる枝葉の間からチラチラと陽光が見え隠れしていた。

 そんな中、均されただけの道を、俺達はアイラちゃんを先頭にしてトテトテと歩いていた。

 目的地のマンドラゴラ畑までは、少しだけ距離があるという。


「もぉ~、スグミさんの所為でこっちはいい迷惑ですよ! まったく!

 マンドラゴラ畑なんて、見たってたいして面白くないですよ? 小川の中に葉っぱが生えてるだけなんですから。

 大体、アイラが案内するならそもそも私要らないじゃないですか」

「ほぉ~ん。そんなこと言っていいのかな? 今の言葉、カテラさんにチクるぞ?」

「ぐぬぬぬ……村ヲ案内出来テ、光栄ニ存ジマス」


 余程悔しいのか、ソアラが今にも血でも吐きそうな程顔を歪めて言う。

 女の子がしていい顔じゃないだぞ? それは。てか、完全に棒読みになってるし。

 にしても、この子はどれだけカテラさんの事が怖いんだ? 


「まっ、今のは冗談だが、少しくらいソアラが育った村を案内してくれてもいいだろ? それに、エルフの村ってだけで興味があるしな」

「それは……まぁ、少しくらいなら……」


 まだ納得はしていないが、渋々といった体でソアラが頷く。

 と、


「あっ!」


 突然、アイラちゃんが何かを見つけたのか、何処かに向かってトテトテトテっと走って行ってしまった。

 少し走ると、一本の太い木の前で足を止め、幹に向かってえいっ! と手を伸ばす。

 何かを捕まえたのだろうか?

 捕まえた獲物を両手で包み、アイラちゃんがまたトテトテとこちらに向かって駆け寄って来た。


「見て見てっ! おっきな“カブトアワセムシ”捕まえたよぉ!」


 そう言って、アイラちゃんが俺達の前で手を開くと、そこには手の平大のドデカいカブトムシがいた。


「うおっ! デカっ!」


 いくらアイラちゃんの手が小さいとはいえ、それでもデカい。ぱっと見、12、13センチメートルはあるんじゃないだろうか?

 野生のカブトムシなら、大きい個体で5センチメートル程度。飼育下なら、8センチメートルくらいにまで育つといわれているが、それよりも遥かにデカい。

 東京のデパートとかで売られたら、一体いくらの値が付くのか見当も付かない。

 にしても……

 今、アイラちゃんはコイツのことを何て呼んだ?

 カブ……ん? 彼女の口からは聞いてはいけない、何か凄く不穏当な言葉を聞いたような気が……? 気のせいか?


「えっと、こいつは……カブトムシ? だっけ?」

「カブトアワセ(・・・)ムシ、だよ」


 そんな、アワセのところを強調せんでも……


「ほらっ! この子たちの頭の部分。騎士様が被ってる兜みたいでしょ?」

「だったらカブトムシでいいのでは?」

「ちっちっちっ、それだけじゃダメなんだぁ」


 と、アイラちゃんが顔の前で指を振る。しかもしたり顔で、だ。


「この子たちはね、メスや縄張りを争って戦う時に、このおっきな角をぶつけて力比べをするんだよ。その様子が、兜をぶつけあってる様に見えることから、カブトアワセムシって呼ばれる様になったんだって、お父さんが言ってたぁ」


 カブトアワセムシのメス(意味深)を巡って、カブトアワセムシのオスが角(意味深)をぶつけて力比べをする……

 アイラちゃんが言ってることは、カブトムシの生態のものなんだろうが……うん。

 こんなところにも潜んでいやがったか、異世界間ギャップ!

 彼女にそんな意図はまったくないのだろうが、言葉だけを聞くと、軽く地獄絵図しか思い浮かばなかった。


「どうしたんですかスグミさん? なんだが、顏がヘンになってますよ?」


 文化の違いに想いを馳せる俺を覗き込むようにして、ソアラがそんなことを言って来た。


「ヘンとはなんだ。ヘンとは。俺は今、些細なすれ違いによって生まれた、大きな悲劇に打ちのめされているところなんだよ」

「はぁ……? アイラも、その子飼うつもりがないなら、可哀想だからさっさと逃がしてあげなさい」

「はぁ~い」


 ソアラに言われ、アイラちゃんは手にしていたカブトムシ、もとい、カブトアワセムシを、元居た木の幹へとぺちゃりと張り付ける。


「バイバ~イ」


 そして、ノソノソの木を登り始めるカブトアワセムシに手を振って別れを告げていた。

 マンドラゴラは山葵。カブトアワセムシはカブトムシ。

 うん。覚えたぞ。

 

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