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九五話


SIDE ソアラ & アイラ


 時は少し遡り、台所では……


 大きめの横長な七輪の様な物を前に、開いた食材を炭火に掛け、火力が落ちない様に必死に団扇でパタパタ仰いでいるソアラの姿があった。


 今、ソアラが調理しているのはナギルという魚だった。

 見た目はニョロニョロと魚にしては胴が妙に長く、どちらかというと蛇に近い見た目で、触るとヌルヌルするとても気持ち悪い魚だ。

 およそ、一般的な魚とは程遠い姿形をしているが、一応、水の中に生息しているので、エルフ達の間では大雑把に魚として括られている。

 そんな見た目から、村では蛇魚(へびうお)とも呼ばれていた。


 一見、とても食べられるような生き物には見えないのだが、しかし、このナギル。見た目はアレだが、食べると非常に美味なのである。

 ソアラも好物としているくらいだ。

 ただし、体からやたら滑る粘液を出すため捌くのが難しく、少しでも火加減を間違えれば実が固くなってしまうので、美味しく頂くにはそれ相応の技術が求められた。

 その所為か、食べるのは好きだが触りたくはない、自分で捌きたくはない、と言う者が結構な数存在する。

 しかしソアラは、幼い頃から母親に料理の手ほどきほ受けて来たので、この程度なら問題なく調理することが出来る程度の技量は持ち合わせていた。

 薬師をしている父親の関係で薬草知識があり、魔術、弓の腕に長け、母親の指導により料理上手。

 実は意外と綺麗好きなので、掃除もこまめにしていたりする。

 と、最近はスグミと一緒に行動している所為か、寝起きが悪かったり、食い意地が張っていたり、多少ズボラであったりと、悪い所ばかりが目立っているが、ソアラは意外と出来る女の子なのである。


(でも、昔の人はよくこんな気持ち悪い生き物を食べようと思ったよね。私なら絶対無理だわ)


 味を知っていから食べられるが、初見で食べろと言われたら断固拒否するだろうな、とそんなことを考えながら、串打ちされたナギルの身を一つ取り、具材への火の通りを確認する。

 頃合いなのでひっくり返すと、溢れた油が炭に落ち、ジュワっと小気味良い音を立て、食欲をそそる芳ばしい香りが一瞬で周囲に広がった。


 そんな感じで、他にもいくつか並べられた身を一つずつ確認しては、頃合いの物をひっくり返して行く。

 そしてまた、ソアラはパタパタと団扇を仰ぎ始めた。と、


「お姉ちゃ~ん、お母さんに手伝って来いって追い出された~」


 そんなソアラの下に、アイラがひょっこり顔を出した。

 追い出された、と言う辺り、妹の悪い癖であるおしゃべり好きが炸裂でもして母に疎まれ放り出されたのだろう、とソアラは察しを付けた。

 概ねその通りなところに、姉妹の絆が感じられる。


「それじゃ骨の方は焼けたから、これでお出汁取ってちょうだい」

「はぁ~い」


 そう言って、ソアラは七輪で焼いていたナギルの頭部と骨を取り上げ、隣に置いてあったまな板の上に次々と置いていく。

 それをアイラが、何時の間にか手にしていた小ぶりなナイフでぶつ切りにしていった。

 頭は縦に真っ二つ。骨は3センチメートル各に細かく切る。

 

 切ったものをカラの鍋に入れ、(かまど)に被せられていた熱が逃げないようにするための陶器製の蓋を専用の鉤棒で外して、火に掛ける。

 一応、焚口の扉を開けて、追加の薪が必要か確認するが、特に追加する必要はなさそうだったので、すぐに閉じた。

 竃には鍋を掛けられる穴が二つ開いており、一つの火元に対して二つ鍋が掛けられる構造になっていた。そのもう一つはというと、同じように鍋が掛けられ何かをぐつぐつと煮ていた。


 次に、アイラは慣れた手つきで棚からいくつかの食材を取り出し、手で適当に千切って新しく火に掛けた鍋へと放り込む。

 入れたのは主に干したキノコと、同じく干した数種類の野菜だ。

 エルフの村では、傷みやすい野菜などは基本的に乾燥した状態で保管し、それをスープなどに入れて戻して使うのが一般的だった。

 ちなみに、キノコは名前がその見た目から“馬糞茸(ばふんたけ)”と呼ばれていて、名前だけ聞くととても美味しそうには聞こえないが、実際は非常に美味しいキノコである。

 準備が整ったところで、(かめ)から水を掬って鍋の半分程度まで水を入れる。

 あとは、出て来る灰汁を丁寧に取りながら、じっくり煮込むだけだ。

 その間に、アイラは隣の鍋の蓋を取り、中を確認する。中身はナギルのキモと、数種類の香草。それが一緒くたに煮られていた。

 ナギルのキモには独特の臭みがあり、他の食材と一緒に煮ると匂いが移ってしまうため、こうして別の鍋で加熱と臭みけしの処理を個別にする必要があったのだ。

 余談だが、一緒に入っている香草は、臭み消しようなので食用ではない。


(こっちはもういい感じかな……)


 また、ナギルのキモは、生煮えで食べると腹を下すこともあるため、アイラはキモの一つをお玉で掬うと、串を刺して火の通りを確りと確かめる。

 アイラとて、後で大変なことにはなりたくない。

 しかし、熱を通しすぎると今度は硬くなり食感が悪くなってしまうので、頃合の見極めが腕の見せ所であった。

 

「これ以上煮込むと、キモが固くなっちゃうからもう鍋から出しちゃうよ?」

「お願い」


 そう判断したアイラは、ソアラに一言断ってから、棚から一枚の大きな葉を取り出し、その上に煮ていたキモを取り出し乗せていく。

 煮ていたキモをすべて取り出すと、今度は乗せていた葉で包み込む。

 ただし、簡単に包んだだけでは、手を放した時に葉が広がってしまうので、確り折り目を付けて開く側を下にするのがポイントだ。


 こうすることで、キモが余熱で葉の中で蒸され更に身が柔らかくなるのだ。

 また、包んだ葉から香る香りがキモに移り、ナギル独特の臭さをより一層消すことが出来る、というエルフに古くから伝わる調理法の一つだった。

 キモを煮ていた鍋はこれでお役御免なのだが、片付けるのは後回しである。

 力の弱いアイラでは、煮えた湯が入った鍋を竃から退かすには心許ないため、両親からも姉からも、鍋が熱い内は絶対に触るなと言い含められていた。


「これでよぉ~しっ!

 で、ねぇねぇ、お姉ちゃんお姉ちゃんっ!

 お姉ちゃんはスグミお兄さんが召喚したっていう英霊見たんでしょ?

 どんか感じだった? ねぇ、どんな感じだった?」


 一通りの作業を終え、手が空いたところで空かさずアイラは隣で団扇を仰ぐソアラへと詰め寄った。


「英霊? 何言ってんのよあんた? そんなのいるわけないでしょ?

 アイラ。いい加減伝記とか奇譚(きたん)に書いてあること、なんでも鵜呑みにするのやめなさい。

 ああいうのは八割くらいは盛って書いてあるものなんだから」

「えぇ~、そんなことないよっ!

 東方精霊譚にも、聖なる泉伝説にも、常夜物語にもっ!

 それにそれにっ! あの七英雄譚にだって英霊のことは描かれているんだよ!

 全部、年代も場所も全然違う書物なのに、英霊の存在が記されているっ! それも事細かく! 緻密に!

 英霊とは記されていなくても、似たような存在が同じように描かれている書物はまだまだ無数に存在するんだよっ!

 こんな偶然があると思う? いや、ないよ! だからきっと、英霊はいるんだよっ!」


 拳を固く握り、どこか遠くを見つめ力説するアイラを横目に、ソアラは「ああ、また始まったか……」と小さくため息を吐いた。

 アイラという少女は、なんというか、端的に言えば中二病を拗らせた少女だった。

 物語の出来事に夢想し、思いを馳せる。

 その程度なら可愛いものなのだが、それが実際に起こった史実である、と思ってしまっているところが問題だった。

 根は素直で優しい娘ではあるのだが。


(この子も、これさえなければね……)


 と、もう一度ソアラは心の中でため息を吐く。


「あのね。当代の精霊術師の術師総長(グランド・マイスター)である、カイエル・ライエルだって英霊を使役した、なんて話しはないのよ? つまり……分かるでしょ?」

「それは……きっとあの人の実力が足りないだけ……」

「あんた……私達エルフの最高術者様に向かってなんてことを……」


 とんでもねぇことを(のたま)う妹に、ソアラは愕然とした。

 今のは例えば、“何故、ガンの治療薬が出来ないのか?”という問いに対して、“学者がバカだから”と答えたようなものだ。

 今のが家族間の話しだから軽く流せもするが、これが外でしていた話なら大事になっていてもおかしくはない。


「はぁ~、アイラ。その妄想癖早く治しなさい」

「ぶぅ~、妄想じゃないもん……ホントだもん……」


 ぶつぶつ文句を言うアイラを横目に、ソアラは良い感じに焼き色のついたナギルを手に取り、近くに置いてあった壺の中へと放り込む。

 中身は、家に代々伝わる秘伝のタレだ。継ぎ足し継ぎ足しを繰り返し、もう一〇〇年以上受け継がれて来たという家の味だ。

 ナギルに満遍なくタレが行き渡ったところで、余分なタレを確り落とし、また横長な七輪の上へと戻す。

 これで余分な水分を熱で飛ばせば完成だ。

 ソアラは、残りのナギルにも手早くタレを付けては七輪に戻すという作業を繰り返す。

 その傍らでは、アイラが出て来た灰汁をせっせと取っては捨てていた。


「それじゃあ、スグミさんが連れてるっていう黒い騎士様はなんなの? お姉ちゃんは近くで見てたんでしょ?

 それに、お姉ちゃんを連れて来たあのおっきなお馬さんは? 突然、目の前で消えちゃったけど?」

「ん~、私も詳しくは分からないんだけど、スグミさん曰く“人形”らしいわよ?」

「人形?」

「そう。魔力で操ってる、とかなんとか言ってたわね。目の前で消えたのは、スグミさんが魔空間術士だから。

 アイラも知ってるでしょ? “見えない倉庫の倉庫番”って昔話。あれよアレ」


 見えない倉庫の倉庫番とは、エルフ族にのみならず人間族にも広く伝えられる昔話だ。

 内容はというと、その昔、魔術で見えない倉庫に何でもしまえる男がいた。

 ある時国王が、その男に国中のゴミを魔術でしまう様に命令し、男は国王に言われた通り国中のゴミを見えない倉庫にしまって行った。

 しかし、男が老衰で死んだ瞬間、男が見えない倉庫にしまっていたありとあらゆる物が飛び出した。

 当然、男が長年しまい続けていた国中のゴミも溢れ出し、王国は一瞬にしてゴミに埋まってしまいましたとさ。

 といった感じのものだった。

 便利な力には裏がある、とか、人を頼りっきりにしてはいけない、とか。そんな教訓を秘めているお話しだ。


「ぶぅ~、物語を鵜呑みにするなとか言いながら、昔話を引き合いに出すのはおかしいと思うの」

「見えない倉庫の倉庫番は、実際にあった史実を元にして作られた話しだから例外よ。例外」

「それなら七英雄譚だって、各地に史跡が残ってるもん……」

「物語に出て来る史跡が残っていることと、七英雄が本当に存在していたかは関係ないでしょ?

 実際、七英雄が存在した明確な証拠って何もないわけだし」

「子孫だって言う人達だっていっぱいいるもん……」

「それこそ証明のしよがないんだから、言ったもん勝ちじゃない」

「もぉ……お姉ちゃんはああ言えばこう言うんだから」

「それはあんたでしょうが」


 なんて、他愛のない話しをしながらも、ソアラはソアラの、アイラはアイラの料理を恙無(つつがな)く進める。

 ソアラは用意していた大皿に白米を乗せると、その上に焼きあがたナギルを次々と乗せて行き、アイラは鍋から十分に出汁の出たナギルの頭と骨を取り出し、蒸らしていたキモを出汁の中へとポイポイと投入していく。


「ん~でも、そうなるとゴーレム系なのかな?」


 手は止めず、何を思ったのかアイラがそんなことを呟いた。

 主語も何もない呟きだったが、そこは姉妹。ソアラにはアイラが何を考えているのかが何となく分かった。

 おそらく、黒い騎士がどういう物なのか。それを自分なりに考察していのだろう。

 それに対し、ソアラは自身が見聞きして来たことを踏まえて持論を述べる。


「ううん。全然別系統ね。ゴーレム系って疑似生命(ホムンクルス)系とか、精霊憑依系の術式に近いのよ。

 術者の命令を理解して実行する。このプロセスなんて、まんま疑似生命(ホムンクルス)系の術式のパクリだし。

 私から言わせれば、ゴーレムって言うのは無機物で出来た簡易ホムンクルスなのよ。

 スグミさんのはそういうのと違って、本当にただ操っているだけみたいね。

 それこそ、一番近いのは糸繰人形(いとくりにんぎょう)の魔力版って感じじゃないかな?」

「でも、そんなことって出来るのかな? 魔力が続きそうにないんだけど?」


 アイラの指摘に、ソアラはその通りだと内心首肯する。


(スグミさんのアレって、どう考えても費用対効果を完全に無視してるんだよね……)


 物質に対し、魔力を物理的に干渉させることは可能だ。

 例えば、石に運動エネルギーを付与し指定した方向に飛ばす“ロックショット”という初歩魔術がある。

 やっていることは、石を手で投げていることと変わらない。言ってしまえば投石だ。

 とはいえ、魔術で加速させたそれは、腕の力で投げる投石より遥かに威力が高いので、脅威度で比較すれば段違いである。

 人力の投石の威力など、どんなに頑張ったところで精々プロ野球のピッチャー程度が関の山だが、魔術で加速された投石の威力は拳銃に匹敵するのだから、その差は歴然だ。


 この様に、物理的に干渉する力を持つ魔術ではあるが、力を保持することは非常に難しいという側面があった。

 どういうことかというと……

 例えば、水の入った桶を持ち上げ、ある地点からある地点まで移動させる。

 出来るか出来ないかでいえば、可能ではある。

 しかし、非常に魔力を消費する上に、常に魔力を精密に制御し続けなければいけないという技術的な問題もあった。

 魔術とは、一瞬の大きな力を出すより、加減した力を放出し続ける方がずっと難しいのだ。

 いうなれば、懸垂で一気に体を上まで持ち上げるのではなく、ゆっくりと、しかも上げきる途中で止め、またゆっくり戻すという行為に近い。

 内容的には一回に満たない半分の工程だが、一瞬で筋肉がプルプルしだすのは間違いないだろう。

 可能、とはいえ、その出来るのは極一部の限られた者達だけの話しなのだ。

 正直、そこまで苦労をするくらいなら、自分で手で運んだ方がよっぽど楽なのである。

 ソアラから見たスグミのスキルとは、まさに常時この状態を維持している様にしか見えなかった。

 要は自分の常識に当てはまらないのだ。


(スグミさんの魔力が異常に高いのか、それとも私達とはまったく違った術式大系なのか……

 仮に、ゴーレム系の術式から自己判断系の制御術式を全部取っ払った、より簡単な簡易制御術式を組んで、そこに魔力を常時接続した上で直接各部可動部を制御すれば、出来なくは……ない? のかな?

 でも、そんな七面倒なことするくらいなら、そのままゴーレムとして扱った方が万倍マシなわけだし……う~ん。分からん)


 幼いころから、父親に魔術の指導を受けて来たソアラには、それなりの魔術知識があった。

 今、自分が持っている知識を動員し、スグミのしていることを再現するのならどうすればいいのか?

 と、少し悩んで見たが、結局、よく分からない、という結論に落ち着いただけだった。

 そもそも、スグミのやることを一々気にしても仕方ない、ということで思考を放棄したのだ。


「さてと、これで準備お終い。そっちはどうよ?」

「こっちも終わったよぉ~」

「分かったわ。それじゃお母さん呼んでくるから」

「うぃ~」

 

 盛り付けも終わり、後はこれをリビングに運ぶだけ。

 大皿を、自分とアイラだけで運ぶのは不安だったため、母親であるカテラを呼びにリビングへ向かうソアラなのだが……

 この直後に我が身に不幸が降りかかろうとは、この時のソアラは知る由もなかったのであった。

 


 

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