八九話
その夜。
「ふぅ~、いいお湯でした~」
頭からホコホコと湯気を立てながら、肩にタオルをかけタンクトップにショートパンツというラフな格好をしたソアラが、シャワールームへと続く扉からリビングエリアへと入って来た。
と、迷わずスタスタとキッチンへと向かい、チェストボックスを開くと気に入ったイチゴシェイクを取り出し、グビグビと呷る様に飲む。
「ぷはぁ~……くぅぅぅぅ~」
で、案の定アイスクリーム頭痛に襲われ、蟀谷辺りをトントンと叩く。
……お前は風呂上がりにビールを呷るおっさんか。
流石に、俺でもそんなことはしないぞ?
余談だが、基本チェストボックスは所有者しか使用出来ない設定になっている。
が、ソアラ達が欲しい物をいちいち俺が仲介して取り出していては面倒なので、使用者設定を誰でも使えるフルオープンモードに切り替えていた。
アイテムの選択、取り出しなど、ゲームの仕様そのもののため、ソアラ達には馴染みのない方法だった所為か、多少のレクチャーを必要としたが、慣れてしまえば二人とも問題なく使うことが出来るようになった。
特に顕著なのがソアラで、この娘は早速その機能を我が物顔で使い倒し、好き放題やっているのが現状だった。
「ホント、馬車の中でご飯が食べられて湯浴みも出来るとか、頭がおかしくなりそうな馬車ですよね。コレ」
そんなこと言いながら、ソアラはテコテコと俺とイオスが座っているソファの方へと来ると、イチゴシェイクの入ったコップを手に、その小さな尻をソファへと落とした。
「散々その恩恵ほ享受しておいて、言うのはそれか?」
「だって、おかしいものはおかしいですからっ!
ねぇ? イオ兄だってそう思うでしょ?」
「……」
と、ソアラに話を振られたイオスは、黙って視線を逸らして沈黙を貫く。
イオスよ、一つ良いことを教えてやろう。沈黙は肯定と同義だからな?
現在、今日の移動を終えた俺達は、適度に開けた場所に馬車を停め、野営中であった。
夕食も食べ終え、後は風呂に入って寝るだけ。
移動初日は実に順調であり、今日のペースを維持できるなら明日の昼には村に付くだろう、というのがイオスの見立てとなっていた。
「さて、ソアラも出て来たことだし、次はイオスが風呂に入ったらどうだ?」
「……そうだな。では、お言葉に甘えて」
そう言ってイオスが立ち上がったところで、一つ大事なことを思い出した。
「ああ、そうだ。その前に二人が寝る場所なんだが、そこの部屋を使ってくれ。丁度二部屋あるしな」
俺はリビングエリアの正面にある扉を指さし、二人に告げる。
「いや、流石に家主……と言っていのかは分からないが、この馬車の持ち主であるスグミを差し置いてベッドを借りると言うのは気が引ける。
俺はここのソファで十分だから、ベッドはスグミが使ってくれ」
「わーい! やったー、個室だぁ!」と手放しで喜ぶソアラとは裏腹に、謙虚に俺からの申し出を断るイオスは流石である。
ソアラ、お前も少しは見習え。
「気を使ってくれているところ悪いが、あの二部屋はそもそも客室なんだ。俺には別に私室があるから気にしなくていいぞ?」
と、今度は馬車正面、本来なら御者台がある方へと続く扉を指さした。
更に付け加えるなら、ソファはベッドへの変形が可能であり、天井には簡易ベッドが一つ収納されているため、あと二人までなら宿泊が可能となっている。
まぁ、床に直での雑魚寝でもいいなら、もう五、六人は寝泊まりが可能である。
とはいっても、このキャリッジホームにそんなに人が入ったことはないんだがな。
「へぇ~、あの扉ってスグミさんの部屋に続いている扉だったんですね。
朝、案内された時は入れてくれなかったから、なんだろうな? って思ってたんですよ」
「ソアラ達が使いもしない俺の部屋を、わざわざ案内しても仕方ないだろ?」
「そうかもですけど……ちょっと気になるから、中見せてもらっていいですか?」
「大したものはない」と言ったのだが、それでも「気になるから」とソアラがせがむので、仕方なしに中を見せることになってしまった。
この私室、実際のところはあくまでそう設計しただけで、殆ど使ったことはなかったりする。
そもそもこのキャリッジホームを使ってたのが、俺一人だったので、リビングエリアだけで事足りていた。
ホント、極稀に一人二人客を呼ぶ程度だったからな。
断っておくが、俺は決してボッチというわけではない。それだけは真実を伝えたかった。
俺は興味津々といった顔で着いて来るソアラを引き連れ(何故かイオスまで着いて来ていたが)、俺は私室の扉を開いた。
しかし、時刻も時刻であるため、中は真っ暗。俺は、入り口近くの壁に設置されている照明機器へのスイッチに手を伸ばす。
パチン、という音と共に、部屋が一気に明るく照らし出された。
そこには客室より二回り程広めの空間に、ダブルサイズ並みの大型ベッドが一つ、板張りの上に部分的な絨毯が敷かれ、壁に少しばかりの調度品、そして机が一台あるだけだった。
無理をすれば、この部屋だけで三、四人くらいが寝られるくらいには広い。
ちなみにこの照明、リビングエリアでも使っているが、物はソアラと初めて出会った時、洞窟で使っていたランタンと同じで、輝晶石というアイテムを使っている。
「へぇ~、これがスグミさんの部屋なんですか……思ったより普通なんですね。なんだかガッカリです」
それが、俺の部屋を見たソアラの第一声だった。
「だから初めに、大したものはない、って言っただろ?
てか、お前は俺の部屋にどんな期待をしていたんだ?」
「ほら? そこはスグミさんですし? 訳の分からない物でごちゃごちゃしてたり、得体の知れない生き物の剥製があったり……
こう……何んて言うか、頭がおかしくなっちゃった学者さん的な?」
お前は俺をマッドなサイエンティストにでもしたいのか……
「あのなぁ……大体これは馬車なんだぞ?
部屋はあるが、別に住んでいたわけじゃないんだから、そんな生活臭あふれる空間になわけないだろ?」
俺はため息一つ、「何をバカなことを言っているだか」と首を振る。
正確には“移動式の拠点”として使っていたのだが、ここで生活していたわけではことに変わりはない。
ソアラは一通り部屋の中をウロウロして物色していたが、特に興味を惹かれる物がなかったのか、早々に部屋を出ていってしまった。
まったく、この自由人め……一体何がしたかったんだが……
そんなソアラにため息一つ。
俺も後を追って部屋を出ようとした時、不意にイオスから声を掛けられた。
「スグミ、これはもしかして魔獣の素材か何かだろうか?」
声のした方へと視線を向けると、イオスが調度品として壁に飾っていたモンスター素材の前に立っていた。
「ああ。それはソードライノスっていう大型モンスターの角だな」
ソードライノスは、大体、体高2メートル、体長4メートル程あるサイに似たモンスターだ。
強さ的には、中堅プレイヤーが上位アイテムなどを採算度外視で使用すれば、まぁ、ソロでなんとか倒せるんじゃね? といった感じだ。
ただ、基本的には単体湧きなうえ、単体攻撃が主体で動きも単調。
危険視するような範囲攻撃もしてこないので、三人以上のパーティーでヘイト管理を慎重にしつつ攻撃すれば、割と簡単に倒せるモンスターでもある。
壁に飾っているのはその角で、形状は両刃の剣に似ており、長さが大体1メートルくらいある。
フレーバーテキストによれば、この特徴的な角がソードライノスの名前の由来ともなっているのだとか。
別に、特別珍しい素材ではないのだが、大きく見栄えも良いので殺風景な部屋を飾る調度品として壁に掛けていた。
と、いう様なことを、角を前にざっくりイオスに説明する。
「ほぉ。これだけ立派な角なら、良い武器の一つでも作れそうだな」
「ああ、勿論作れるよ。
この“ソードライノスの角”を使った武器は、耐久力が高くて壊れにくうえ、そこそこの切れ味があることから、防御を主体にしつつ攻撃をする前衛……俺達はディフェンシブアタッカーっと呼んでいるんだが、そういった連中が好んで使っていたな」
まぁ、いくら“良い”といっても所詮は中堅レベル。
俺が求めるスペックにはほど遠いので、俺がこの素材を使うことはないけどな。
ちなみに、『アンリミ』では攻撃を殆どしない完全防御型の前衛をガードナー、逆に、防御を無視してひたすら攻撃してダメージを稼ぐ超攻撃型の前衛をストライカーと呼んでいる。
で、その中間。防御もこなしつつダメージにも貢献するのが、ディフェンシブアタッカーだ。
「なるほど……
もしかしてこれも何かの魔獣の素材なのか?」
続いて、イオスの視線が隣の額に飾られたモザイク画に移る。
「ああ。それは幻夢蝶っていう小型の昆虫モンスターの羽を集めた物だな。
隣の角と違って、それ単体が何かの素材になることはないんだが、見たい目が綺麗なことから収集している愛好家が多いんだ。
模様も一つ一つ違ってな、同じ模様は二つとない、と言わている。
だから特徴的な模様になると、愛好家達の間でとんでもない高値で取引されることがある。
まぁ、そこに飾ってあるのは、俺が適当に採取したやつだら安物なんだけどな」
一時期、一攫千金を夢見て幻夢蝶を乱獲していたことがあったのだが……
根性で集めに集めた約一万枚を競売に掛けた結果、なんとすべてゴミ。まとめて売ったところで二束三文にもならず終いだった。
所詮、夢は夢に終わったということだ。
かといって捨てるのもなんだか悔しかったので、己への戒めも込めてこうして額に入れて飾っいるというわけだ。
とはいっても、このモザイク画に使っているのは二〇枚にも満たないんだけどな。
まぁ、人間、なんでも地道にコツコツやっているのが一番近道だということを思い知らされたよ。
「なんだ? イオスはこういうのに興味があるのか?」
解説を終えしばし。黙ったままモザイク画を見つめるイオスに、そう声を掛ける。
「いや、俺が、というよりは、妻がこういった物が好きでな……」
妻が……ですか。ソウデスカ……
……おっと、俺の精神が暗黒面に引きずられる寸でのところでぐっと堪える。
「なんならいくらか譲ろうか? 腐る程あまってるからな」
貧乏性も相まって、捨てるに捨てられず、かといって折角苦労して集めたのに安値で売るのはなんだか悔しいと、完全に処分するタイミングを逸してしまっていた品だ。
こんな物でも、貰って喜んでくれる人がいるというのなら、処分……おっと手放すには絶好のタイミングではなかろうか。
それが喩え人妻だとしても……人妻だとしても、だ。
「いや、しかし……」
流石に悪いと渋るイオスだったが、逆に手放すタイミングがなくて困っていると話すと、「ならば」と了承。
わざわざチェストボックスを出すのも面倒なので、壁に掛けてある額縁ごと譲ることにした。
とはいっても、今渡されたところで荷物にしかならず邪魔なので、渡すのは互いに役目を終えた後、別れ際にということで落ち着いた。
その後も、なんだかんだとイオスから壁に掛けられたアイテムについて尋ねられた。
思いがけない所で、思いがけない人物が食いついたもんだと思いながら、それに応えているうちに夜は静かに更けて行ったのだった。




