八七話
簡単に説明するなら、この馬車……俺はキャリッジホームと呼んでいる。所謂モーターホーム、つまりキャンピングカーの馬車版、という意味だ……には、空間拡張術式が組み込まれているため、見た目より内部空間がずっと広くなっているのだ。
拡張率は、幅と長さが各二倍ほどで、幅4メートル、長さ8メートル、高さは据え置きの2メートルといったところか。
つまり、体積的には四倍になっていることになる。別に高さは必要としていないのでそのままだ。
この空間を壁などで間仕切りし、部屋分けして使っている。
まず、入ってすぐに大きなテーブルとL字型ソファが配置されたリビングがあり、その奥に簡易キッチンが設置されている。
キッチン横には扉が二枚あり、左側がバスルーム……気持ち程度の広さしかないが、一応脱衣所も有り……に、右側がトイレに繋がっている。
実際、『アンリミ』というゲームの中では、別に風呂もトイレも必要とはしない。体が汚れることもなければ、排泄もしないからな。
しかし、無駄に凝り性な所為か、どうしても実用的な物を入れたかった結果がこれだ。
俺はRPGで、民家にトイレも台所も風呂もないのを見ると、こいつら一体どうやって生活してんだよ? と、ツッコまずにはいられない性分なのだ。
ちなみに、風呂もトイレも実際に使うなら、という想定で作っているので実用性は完璧であると自負している。
風呂はちゃんとお湯が出るし、トイレは排泄物を処理する機能が備わっている。
決して側だけのなんちぇって設備ではないのだ。
また、客室も二部屋あり、それぞれに一人用のベッドが一つずつ完備されている。
サイズ的には、ビジネスホテルのシングル部屋くらいだろうか?
こちらもバスルーム同様、リビングから扉一枚で仕切られいるだけだが完全な個室である。
一般的な住宅に比べ、天井がやや低いのは気にはなるが、別段、飛び跳ねたりするような所ではないので生活をする上では特に問題にはならないだろう。
で、車内を一通り案内し終えて、
「これ、もう馬車っていうか、移動する家だよね?」
「そうだな。こんな物、貴族だって乗ったことはないだろうな」
ソアラとイオスは、ソファに座りながら流れる車窓から外の景色を眺めつつそんな感想を口にした。
あの場で立ち話というのも時間的に無意味なので、手早くキャリッジホームにドーカイテーオーを繋ぎ、詳しい話しは走る車内で行っていたのだ。
ちなみに、ソファには俺、ソアラ、イオスの並びで座っている。
最初こそ、とても信じられない、といった感じで俺の話しを聞いていた二人だったが、最後には「スグミさんですし」「スグミだからな」という理由で納得していた。
ちょっとまて。それはどういう意味だってばよ?
まぁ、詳しい仕組みなどを根掘り葉掘り聞かれなかっただけ、よしとすることにしようか。話せと言われても面倒なだけだしな。
余談だが、このキャリッジホーム。最初はただの馬車だったのだが、ダンジョンで簡易シェルターとして使う内に、その狭さが気になり始め、もっとゆとりのある空間が欲しくて魔改造に魔改造を重ねた結果出来上がった俺の力作だ。
これを作るためだけに、普段使わないようなスキルをわざわざ複数習得したくらいだ。
空間拡張術式なんてまさにそれだった。
こんなん、手持ちカバンなどの内部空間を拡張する以外、使い道が殆どないというような代物だ。
しかも重量を軽減出来るわけでもないので、多く詰め込めばその分当然重くもなる。
まぁ、インベントリや亜空間倉庫などと併用すれば簡易チェストボックス的な使い方は可能だが、それくらいだ。
「しかし、これだけの速度で移動できるなら、村へは二、三日で着いてしまいそうだな」
窓の外を流れる風景の速度から、イオスはざっくりとした旅程を算出する。
「特に問題がないようなら、今日、日没いっぱいまで移動して、一泊。明日の朝一で出立。昼頃到着、ってのが今のところの俺の予定だ」
そんなイオスに、俺が立てている予定を告げた。
現在、ドーカイテーオーは時速20キロメートルをやや下回る低速で、街道を東に向かって走行していた。
ソアラも、この程度の速度だったら問題ないようで、苦情は出ていない。
さっきから、車窓から外の風景を見る余裕があるくらいだ。
ただ、低速とはいっても一般的な荷馬車の平均速度が、徒歩(約時速4キロメートル)よりやや早い程度の時速5~6キロメートルくらいだと考えれば、その速度は実に三倍から四倍。圧倒的に上ではあった。
とはいえ、俺の本来の予定では、もう少し早く移動し、今日の夜には村に到着するつもりでいた。
目的地までの距離がおよそ280キロメートルであるなら、単純計算、平均時速30キロメートルで十時間も走り続ければ到着することが出来る、はずだったからだ。
しかし、その想定は実に甘かったと言わざるを得なかった。
想像していた以上に街道の道が悪く、思ったように速度を出すことが出来なかったのだ。
ドーカイテーオーで一度走った道とはいえ、馬の脚と車輪の違いを思い知らされた。
いくら優秀な衝撃吸収機能を持ち、車輪が単純な木製ではなく、外周部をウレタン状の物質で覆っているとはいえ、それでも限度はある。
下手に速度を出せば、車体が飛び跳ねるのは必至だ。
そんなわけで、無理せず旅程を二日に分けて一泊することにした。
まぁ、夜通し移動することも出来ないではないが、ドーカイテーオーは自動で動いているわけではないからな。
あくまで俺が操作しているわけで、いくら肉体的な負担がなとはいえ、俺だって休みたい。
疲れから、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまうようなことはしたくないのだ。
「二日、か。今までの移動がバカらしくなる速さだな。
しかし、日没まで移動、というのはいくらなんでも無理をし過ぎなのではないか?
森の中は暗くなるのが速い。野営の準備も考えれば、もう少し早めに移動を切り上げてもいいのではないか?」
と、俺の予定を聞いてイオスが意見するが、いろいろ忘れているらしい。
「そもそも、この馬車にはその野営の準備が必要ない、って話しをしたろ?
食事に風呂、トイレ、んで睡眠。全部この馬車の内部で完結している。外に出て何かする必要が一切ないから、限界まで移動に当てられるってわけだ。
必要な物、というか事と言ったら、俺の休息くらいなもんさ」
「……そうだったな、忘れていた。
どうしても、自分の中の経験や常識が基準になるからな。スグミの言葉がすんなり頭に入ってこないところがある……
というか、あまりに常識外れなことばかりで、こちらは理解するだけで一苦労だ」
そう言って、イオスが大きくため息を吐いた。
なんだか遠回しに俺の方が悪いように言われたような気がするが……気のせいか?
ぐぅうう~~~~~~~
そんな中、車内に響く腹の音が一つ。こういうタイミングで腹を鳴らす奴を、俺は一人しかしらない。
俺とイオスの視線が、図らずもソアラへと向けられた。
「そういえば、お腹が空いてきましたね」
ソアラは俺とイオスからの視線など知ったことではないと、当たり前の様にお腹をさすさすしながら、事も無げにそう言い放った。
「私、朝何も食べてなかったんですよね~。なので、スグミさん。何か出してください。あるんでしょ?」
「ソアラっ! お前、恩人であるスグミに対してなんて態度だっ!」
そんなソアラの横柄とも取れる態度に腹を立て、兄貴分であるイオスの叱責が飛ぶ。が……
「いいんだよ。確かにスグミさんは命の恩人なので、そのことには大変感謝しています。でもっ!! それ以上の迷惑も受けているので、差し引きゼロですっ!
いえっ! 総合して考えたらむしろ私の方が被害を受けているのでマイナスですっ! スグミさんには、そのマイナス分を補う義務があるのですっ!!」
と、ソアラはその場てすっと立ち上がり、真っ向から自身の主張を拳を握りしめ力説する。その姿たるや、街頭で演説をする政治家のそれを思わせた。
まぁ、主張している内容自体は実に薄っぺらいものでしかないがな。
しかし、俺としてはイオスほどソアラの態度に腹を立ててはいなかった。というか、そうした姿を見て楽しんでいるわけだしな。
そんなわけで、もう日常と化しているソアラ弄りを始めることにした。
「朝食を食いっぱぐれたのは、ソアラが寝坊したからだろ? 自業自得を人の所為にするのは如何なものかと思うぞ?」
「うぐっ……それはそうかもですけど……
わ、私はスグミさんの起こし方に大きな問題があったことをここに主張しますっ!
だから、スグミさんは私にそのお詫びをしなければいけないと思うのですっ!」
「今まで人のカネで散々っぱら豪遊していた分は、その“お詫び”に含まれないのか?」
「時系列的に考えて、事件が起きる前なので無効ですっ!
それだと、事前に施しを与えた人には、どれだけ迷惑を掛けても問題ないということになっしまいますから」
「おお、中々理知的な返しをするじゃないか」
「当然ですっ! いつまでも泣かされっぱなしではいられませんからっ!」
エヘンっと、ソアラは勝ち誇ったようにない胸を反らす。のだが……
「なるほどな、わかった。無関係だということなら、ソアラに使った生活費なんかの諸経費を親御さんに請求してもいいってことだな?」
「チクショー! そうやってすぐに汚ねぇ手を使うんですよ! この人は! このろくでなしっ!」
ソアラが勝ち誇っていたのはほんの一瞬の事で、すぐに膝を折ってヨヨヨっと床に泣き崩れていた。
「はははっ! 俺に勝とうなど十年早いわ! この小娘めっ!
だがまぁ、何か簡単なものなら用意してやるから、ちょっと待ってな」
「……はい、ありがとうございます」
ということで、俺は座っていたソファから立ち上がり、キッチンへと向かった。
その背後から、
「なんだかんだで楽しくやっているようだな」
と、楽し気に呟くイオス声が聞こえて来たのだった。




