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八六話


 セリカの見送り自体は、実に簡素なものだった。

 それこそ、見送りに来たのは俺達だけだったわけだからな。

 この場に、身内であるブルックや副官であるグリッド、その他の騎士団員の姿は一人もない。

 一応、彼らの為に一言断っておくのなら、決して彼らが薄情なのではなく、セリカ自身が業務を優先するように断ったとのことだった。


 とはいえ、俺達とて別れの挨拶自体は昨日の段階で既に終わっているので、今更交わす言葉はそう多くもない。

 一言二言、挨拶程度の言葉を投げ掛けると、セリカは馬の背に乗り、一路、王都を目指して西に向かって駆けて行った。

 俺達がしたことは、本当に見送った程度のことだ。ただ、ソアラだけは随分と名残惜しそうにしていたけどな。

 さて、セリカの見送りが終わったので、ここからは俺達の番だ。


 ソアラ達の故郷である村、オファリア村へは王都とは反対側になる東を目指さなければならない。

 つまり、俺達がアグリスタの街を目指して進んで来た道を戻るというわけだ。

 そのため、セリカを見送った西門とは反対側の東門から、俺達はアグリスタの街を出ることにしていた。

 

 東の街門までたどり着くと、西門とは異なり朝も早い時間だというのに多くの馬車が街門前に列をなして混み合っていた。

 どうやら、入って来た時同様、出る時にも検問を行っているようだった。


「早朝だっていうのに、結構な人がいるんだな」

「昨日までは出門(しゅつもん)が全面規制されていたからな。きっとその所為だろう」


 そんな光景に、何とは何しに呟いた俺の言葉に、イオスがそう返した。

 意味が分からず、どういうことかと更なる説明をイオスに求める。

 曰く、(くだん)の事件があった一昨日から、街門には厳しい通行制限が掛けられており、ほとんどの人たちが街から出られなくなっていた、と言うのだ。

 理由は二つ。

 一つは、本来街への入出を管理している騎士団が、一連の事件の関係で機能が完全に停止し、それどころではなかったこと。

 一つは、事件の関係者が街から逃亡することを防ぐための処置だそうだ。

 ただ、入る分には可能だったようだな。ただし、通常よりはるかに審査の時間が掛かっていたみたいだけど。

 この規制に際して、相当数の自由騎士達が駆り出されることになったようだ。

 これもまた、ブルックがクソ忙しそうにしていた理由の一つなのだろう。


 この事態により、街の中に住んでいる一般住人にはあまり関係ないことではあったが、商人は足止めを食らい、自由騎士は事態の収拾に駆り出されたりと、大きな煽りを食らうことになったというわけだ。


 まさかそんな大事になっていたとは、全然知らなかった。

 まぁ、一昨日といえば、俺は宿で丸一日寝こけていたわけだから知らなくて当然としても、昨日も特にこれといって何も聞かなかったしな。

 ただ俺が気にしていなかっただけ、という可能性もあるが。


 しかし、それも今日からは一部緩和され、身元の確認が取れた大手商会所属の商人と、騎士団から許可を得た人物は街から出る許しが下りた。

 この混雑は、そんな今まで街から出られなかった商人達が大挙して押し寄せて来た結果ということだ。

 ただ、街から出る許しは下りたものの、事件解明には未だ至っておらず、そのため身元確認と荷物検査はいつも以上に入念に行われていた。

 取り調べを終えた騎士団員達が徐々に復帰しているとはいえ、この混雑が解消されるのはまだまだ先のことになりそうだった。


 ちなみに、セリカを見送った西門が空いていて東門が混み合っているのは、単純に街道に通じているのが東門側だけだからだ。

 西門はいわば街の裏口的な門で、専ら個々人の出入りくらいにしか使わないため整備が行き届いておらず、道も当然舗装などされていない悪路であった。

 そのため、馬単体での移動や徒歩なら問題ないが、馬車のような大型の乗り物での出入りをするには、あまりに不向きな造りになっていた。

 無理をすれば馬車でも西門から出られなくもないが、代償として構造が単純な馬車では脱輪(タイヤが外れてしまうこと)の危険性や破損、また落輪(溝に車輪がはまって抜け出せなくなる状態。状態自体は脱輪に含まれるが、前者との混同を防ぐため別表記)などの事故の可能性が高くなってしまう。

 裏を返せば、そこまで無理をする理由がないのなら、大人しく東門から街を出た方がずっと早くて安全に目的地に行ける、ということだ。

 急がば回れ、というやつだな。


「って、街を出るのに許可がいるなら、俺達も出られないんじゃないか?」


 と、イオスから話を聞いていて、ふと感じた素朴な疑問を口にする。

 セリカは直接騎士団の関係者だから問題ない。イオスは騎士団の協力者だからいいとしても、俺とソアラはどうなんだ?

 俺とソアラは一時的に手を貸しただけの完全な部外者だぞ?


「問題ない。出門の許可なら既に貰ってある」


 すると、イオスはこともなしにそう答え、懐から四つ折りにされた紙の様な物を取り出してみせた。


「ソアラを連れて街から出ることは初めから決まっていたからな。街門が封鎖された時点で、セリカに頼んで通行許可証を一筆(したた)めて貰っておいたのさ」


 イオスはそう言い、紙きれ片手に居並ぶ馬車を横目に行列をスイスイと抜けて、門へと向かって歩いて行ってしまった。

 あらまぁ、手際が大変よろしいことで。


「許可証があるのは分かったが……俺達は並ばなくてもいいのか?」


 スタスタ躊躇いなく歩くイオスに、遅々として進まぬ馬車の列を見ながらそう問いかける。

 俺の性格か、それとも日本人としての気質なのか、並んでいる列を無視して先に行くことに少々の後ろめたさが湧く。


「あっちは隊商なんかの馬車用の列だからな。俺達は徒歩だから並ぶ必要はないんだ」


 そういうものなのか、と思いながら、俺は馬車の行列というなかな見慣れない光景に、足を止めてしばし眺めていた。

 ソアラにとっても珍しいのか、俺と一緒になって眺めている。

 と、気付いた時には、イオスはもう街門に着いており、手にした紙を騎士団の男に渡し、一言二言言葉を交わすと、突っ立って馬車を眺めていた俺とソアラを指さしていた。

 おそらく「あの二人が連れだ」、とでも説明しているのだろう。

 案の定、俺達がイオスの下に着いた時には門を通る許しが出ていた。

 本来なら、いくら個人といえども身分証の確認と手荷物検査を受けなければいけないのだが、そこはセリカ様の力というか、騎士団の威光というか、あの紙切れ一枚ですべて免除になっていた。

 国家権力の偉大さを目の当たりにした瞬間だった。

 とはいえ、俺とソアラはこの街に入る際に、滞在許可証なる物を渡されていたので、その木札を騎士へと返す。

 これの返却をうっかり忘れると、後で高額な延滞料を払わなくてはならなくなり大変なことになるらしいからな。

 ついでに、返却証明の為、門の入出台帳に名前を記入する。

 これで俺達の出門手続きは完了となった。

 長々と検査を受ける商人の馬車を尻目に、俺達は悠々と門を出て行った。


「なぁ? さっきから気にはなっていたんだが……

 ソアラの機嫌が悪いようだが、何かあったのか?」


 門を出てしばらく。

 特に話題があるわけでも無かったので、三人で黙々と歩いているとイオスが俺にそっと耳打ちしてきた。

 チラリと、やや後ろを歩くソアラにそっと視線を送ると「私は今、もの凄く怒っています!」をものの見事に表現したように、眉間に深い皺を寄せたしかめっ面を浮かべていた。 

 セリカを見送りをしている時はそうでもなかったのだが、別れてからはこの状態がずっと続いていた。 


「まぁ、ちょっとからかい過ぎてな……」


 というわけで、今朝のあらましをざっくりイオスに話す。


「ぷっ……また、随分面白いことをしたものだな」

「俺としては、寝起きが悪いソアラがいけないと思うんだがな」

「確かに。まぁ、昔から寝起きの良い子ではなかったが……それが今もとなると頭がイタイな。

 はぁ、これが良い薬になって、生活態度を改めてくれればいいのだが」


 そう言うと、イオスは実際に頭痛がしているかのように眼がしらを指で摘まむと、小さく頭を振ってみせた。

 俺もソアラの寝起きに関してはいろいろ感じることはあるが、イオスからはそれをより深刻にとらえている様に感じた。


「どうした? ソアラの寝起きはアレだが、そこまで悩むような問題か?」


 それが何か引っかかり、イオスに問いかける。


「何時までも子供のままでは困る。ということだ。

 ソアラももういい歳だからな」

「いい歳って、確かまだ一七だろ?」

「人間の世界がどうかは知らないが、エルフの慣習では一四、五ともなれば結婚相手の候補が一人二人いてもおかしくない歳だ。

 一七ともなれば、早い者なら母になってこともある」


 はわっ、エルフってそんなに早婚なのか……


「だから、今のままでは困るということだ。アレが妻や母では旦那や子が不憫でならん」


 そう言われ、ソアラが腹を丸出しにしてにヨダレを垂らして寝ている姿や、昨日の様に果物を貪り食らってハムスターになっている姿が脳内に映し出された。

 まぁ……その……なんだ。確かに妻や母って姿ではないな。


「ああ……うん。何が言いたいかはよく分かった。って、ん? 

 イオスはソアラより年上なんだよな? もしかしてイオスはもう結婚していたりするのか?」

「ん? あ、ああ。正式な式こそまだ挙げてはいないが、妻よ呼べる者はいるな」


 マ、マジか……

 イオスの正確な歳は聞いたことはないが、俺より若いのは間違いないだろう。それで既婚者とか……もう、ね。


「ち、ちなみになんだが、イオスって歳いくつなんだ?」

「今年で二一になる」


 二一で結婚!? じゃ、なにか? 来年か再来年辺りにはパパですか!? そうですか!!

 ああ~、イケメンはこれだから。世界中のリア充イケメンが今すぐ爆発四散しねぇかな~

 自分で話題を振っておきながら、俺の精神に計り知れないダメージがクリティカルヒットする。

 こちとらこの歳になるまで恋人の一人も出来たことがないんだぞ!?

 そんな俺にとっては、まさに“効果はバツグンだ!”状態だ。

 やばい、今から箪笥の角に足の小指ぶつけただけで死ねそうだ……


「ん? どうかしたのか? 何か急に苦しそうな顔をして……それに、顔色も何だか悪くなっているように見えるが?」

「悪かったな、顏()悪くてっ!」

「いや、顏が、ではなく、顔色が、なんだが?」

「あっ、ああ……すまん。少し聞き違いをしたみたいだ。悪いな。

 大丈夫。ちょっと持病の発作が出ただけだ。大したことはない」


 病名・イケメン及びリア充は全員死すべし慈悲はない症候群。不治の病である。ただし、健康面に実害はない。

 取り敢えず、一度深呼吸をして心を落ち着かせねば。

 今の精神状態では、どんな言葉を聞いても脳内でエキサイト翻訳されて嫌味にしか聞こえなくなりそうだからな。

 ひっひっふー……ひっひっふぅ~……ヨシ!

 脳内で、ヘルメットを被ったネコが、ビシっ! と指さし確認をする。

 何が“ヨシ!”なのかは俺自身(はなは)だ疑問だが、よしということにしておく。

 そうでも思っておかないと、ダークサイドに落ちて暗黒卿になってしまう。


「発作? 本当に大丈夫なのか?」


 発作、という言葉に急に心配そうにし出すイオスにはホント申し訳なく思うが、むしろ今はそっとしておいて欲しい。てか、近づくなっ!

 俺のフォースがダークに染まって行くだろうが。

 俺は手をひらひらと振り、大したことがないことをアピールする。


「それにしても、多才多芸なスグミでも、病には勝てないのだな。薬では治らないのか?」

「まぁ、無理だろうな」

 

 ある意味、この世界でなら肉体的な怪我や病気であるなら、それこそ即死するようなものでなければ、スキルやアイテムでどんなものでもの治療出来てしまえると思う。

 それこそ、アイテム次第では欠損した手足を復元することも不可能ではないだろう。

 しかし、だ。

 俺の場合、言ってしまえばただの(ひが)み根性なので、薬ではどうにもならんだろうな。

 仮に、性格が変わる様なキノコや薬があるというのなら、それはそれでとんでもなく危ない薬だと思うが……もう、トラブルの臭いしかしない。


「なにさっきから、二人してこそこそ話しているんですか?」


 と、イオスと話していたら、少し離れた後方から冷えきった言葉が投げかけられて来た。

 勿論、言葉を発した主は不機嫌全開のソアラである。

 

「なに、大したことじゃない。もう街から随分歩いたのに、何時まで歩くのかと聞いていたところだ」


 そう、咄嗟に応えたのはイオスだった。

 正直に今の内容を話してしまえば、今のソアラには火に油ならぬ火事現場にガソリンを撒くようなものだ。

 大炎上して大爆発するのは目に見えている。そんなことになれば、破片が飛び散って隣家に燃え移って大惨事確定だ。

 それを察して、回避するために適当な話題をソッコーででっち上げたのだろう。

 思った通り、イオスは軽く俺を肘で突いて同意を促す。

 伊達に長年兄貴分をやっているわけではない、ということか。流石の機転である。

 そんなイオスに、俺は全乗っかりすることにした。敢えて危険物を爆発させる必要はなかろうて。

 ちなみに、現在絶賛燃焼中の家が俺で、隣家がイオスだ。


「……確かにもう随分と歩きましたけど……本当ですか? 実は私の悪口を言っていたんじゃないですか?」


 一切信用していない、とでも言いたげなそんなソアラのジトっとした眼差しが俺へと向けられた。

 まぁ、悪口ではないのだが、妙な勘の良さに背筋に冷や汗が流れる。

 これが女の勘、というやつか。


「んなわけないだろ? なんでもかんでもそうやってすぐ人を疑って……

 俺はソアラをそんなそもしい子に育ては覚えはないよっ!」

「奇遇ですね。私もスグミさんに育てられた覚えは、これっっっっっぽっちもありませんからっ!

 それに、疑り深くなったのはスグミさんの所為ですからね!」

「そうやってすぐ人の所為にする……」

「事実じゃないですかっ!」

「まぁ、そんなことはさておき、だ」

「さらっと流さないでくださいっ!」


 尚も食って掛かって来るソアラだが、これ以上付き合うとまた火山が噴火してしまいそうなので、ささっと切り上げる。


「そんなことをしているからソアラがヘソを曲げているんじゃないのか?」


 と、隣でイオスがぼそっと呟いているのが聞こえたが、俺は聞こえないフリを決め込んだ。

 

「イオスの言う様に、もう街からは十分に離れたからそろそろいいだろう」


 俺はソアラとイオスの視線から逃れる様に視線を逸らすと、無理やり話題を捻じ曲げる。

 それに、咄嗟に口から出た言い訳とはいえ、イオスの指摘はまったくの無関係な話題というわけでもないからな。


 俺達はアグリスタの街を出てから、街道に沿って東に向かって徒歩で移動していた。

 今は鬱蒼と茂る森の中である。

 昨日の段階では馬車を使う予定になっていたのだが、敢えての徒歩だ。

 理由は簡単。

 セリカやブルックからは、亜空間倉庫はあまり人前で使わない方がいいとアドバイスを受けているからな。それを実践していた、というわけだ。

 まぁ、喩え人目の付かない場所でこっそり出していたとしても、ドーカイテーオーやこれから出す馬車はサイズ的にかなり大きい。

 そんな物を街中で走らせていては目立ちまくってしょうがない、というのもある。

 それと、これは結果論ではあるが、馬車を先に出していたらあの長い隊商の列に並ばなければいけなくなっていたところだったので、出さなかったことが正解だったと言えるだろう。

 俺達は別に商人ではないが、横をすり抜けられるほどのスペースもなかったからな。


 ちなみに、あの長蛇の列をなしていた隊商達だが、そのほとんどが西側に向かっため、こちら東側は人っ子ひとりいないような寂しい状態になっていた。

 まぁ、そもそもが人目に付きにくいようにわざわざ森の中まで徒歩で移動して来たわけなので、こちらとしては願ったり叶ったりといったところではある。


 というわけで、人目に付きにくい場所まで移動して来たので、俺は亜空間倉庫から馬車を出すために適した広めの場所を探すことにした。

 街道とはいっても、一般サイズの馬車がギリギリ二台すれ違えるかどうかくらいの道幅しかなく、しかもそのすぐ脇は茂った藪だ。

 場所を選ばなくては、障害物が取り出し空間に干渉してアイテムを取り出すことが出来なくなってしまう。

 と、適当に探していると少し先に丁度いい感じに開けた場所が見つかった。

 ここなら大丈夫そうだな。

 俺はその場所で足を止め、今一度周囲を見渡し人の気配がないことを確認したうえでスキル【亜空間倉庫】を使用する。

 目の前に現れたアイテム一覧のARウインドウから、目当てのアイテムである馬車を選択。

 すると、俺の視界に幅2.5メートル、長さ5メートル、高さ3メートル程度の赤枠で囲われた直方体が表示された。

 この赤枠が、馬車を亜空間倉庫から取り出すために必要なスペースになる。

 車でいうならバンクラスのサイズになるが、馬車本体の大きさはこの枠より若干小さくなる。取り出しには、本体より少し大きめの空間が必要になるのだ。

 ただし、今の状態では即取り出しとは行かない。

 枠が赤いのは取り出しに必要なスペースを確保出来ていない、もしくは何かが取り出しスペースに干渉している、ということを意味していた。


 この取り出しスペースに小枝の一本でも干渉していると、取り出しは不可能になってしまうからな。

 そんなわけで、適当に展開場所を微調整するも、なかなかいい場所が見つからない。

 ぱっと見、何かが干渉しているようには見えないのだが……

 で、試しに展開場所を地面から少し浮かせてみると、枠が赤から緑に変わった。

 ふむ。どうやら地面の起伏が干渉していたみたいだな。


 街道とはいっても、別に石やレンガで舗装されているような綺麗な道ではなく、最低限馬車が走れるだけの空間が確保され、車輪が転がる程度に地面が(なら)されているだけに過ぎない。

 言ってしまえば、綺麗な獣道、みたいなものだ。


 『アンリミ』なら地面の起伏は多少は無視されていたんだが、今はそうは行かないということか。

 なんにしろ、展開可能なポイントが見つかったので、これで取り出すことが可能になった。

 地面からの高さは大体5センチメートルといったところか……

 まぁ、問題ないな。


「ほいっ」


 と、亜空間倉庫から馬車を取り出す。

 若干空中からの取り出しということで、虚空から姿を現した馬車は一瞬の滞空の後に、思った以上に派手な音を立てて地面へと着地する。

 5センチメートルと聞くと低いイメージがあるが、実際これくらいの段差を車なんかで乗り越えたり降りたりしようとすると、車が故障する程ではないが、結構バカに出来ない衝撃があったりする。

 また、速度如何によっては、大事故の原因にもなりえるサイズだ

 5センチメートルといっても、意外とバカには出来ないのだ。


 とはいえ、この馬車には高性能な衝撃吸収機構が内蔵されているので、この程度の衝撃ではビクともしないがな。

 それに、馬車本体も黒騎士やドーカイテーオーと同じくアマリルコン製なため、ちょっとやそっとの衝撃では傷すら付かない。

 それこそ、喩え崖から突き落としても、車体には傷一つ付かない自信がある。

 まぁ、車体は無事でも内部の備品が間違いなく全滅するので絶対にやらないけどな。


 しかし、こうして現物を出してみると、やっぱり結構デカイな、と改めて思う。

 馬車の外観は、側面に扉が付いた箱馬車スタイルで色は重厚感のある黒。

 一応、夜間活動も考慮して、照明器具が少数取り付けられているが、それ以外の装飾らしい飾りは一切ない。 


 こいつ一台で、街道の半分以上を占拠してしまっているような状態だ。

 いうなれば、狭い住宅道を馬鹿デカイアメ車が走っているような感覚だ。

 これ、対向馬車が来た時すれ違い出来るのだろうか? ちょっと不安になる。


「……物が消えるところは見たことがあったが、何もないところから物が出て来るというのもまた不思議な光景だな」


 そんな俺の懸念など露知らず、その光景を見ていたイオスがぽつりとそうこぼしていた。

 イオスには以前、黒騎士をしまうところなど、亜空間倉庫に“入れる”ところは見せたことはあったが、“出す”のを見せるのは今が初めてだったか。


「へぇ~、これがスグミさんが言っていた馬車ですか? おっきいぃですねぇ~」


 反面、もうそんな光景は見慣れているソアラはまったく動じず。その興味の矛先は既に取り出した馬車に注がれていた。

 さっきまでの不機嫌は一体何処へやら、といった感じだ。

 ソアラは目をキラキラさせて興味津々といった様子で、馬車の周囲をグルグル回りながら()めつ(すが)めつ観察していた。


「あの……中に入ってもいいですか?」


 最初は俺の許しが出るまで我慢していたようだが、好奇心に耐えきれなくなったソアラがもじもじしながらそう言い出した。


「ああ、どうぞ」


 そんな様子に苦笑を浮かべつつ、許可を出す。

 許可を得たといことで、ソアラは「おじゃましま~す」と一声かけてからタラップを登り馬車の中へと消えて行った。

 のだが、すぐさま慌てた様子で出て来ると、何を思ったのかさっきと同じように馬車の周りをぐるりと一周する。

 と、今度は不思議そうな表情を浮かべてまた馬車の中へと入って行った。


「何をしているんだ、あいつは?」


 そんなソアラに、イオスは呆れたように言葉を零す。


「ああ……俺はなんとなく分かったわ」


 俺が作った物、という時点で、この馬車もまた外見通りの代物ではなかった。

 ソアラは、俺がこの馬車に仕掛けた細工(・・)に驚いて飛び出して来たのだろう。


「どういうことだ?」

「説明するのは簡単なんだが……イオスも中に入ればすぐに分かると思うぞ?

 こういうのは、聞くより実際に見た方が納得しやすいだろうしな」


 百聞は一見に如かず。

 というわけで、やや腑に落ちていない様子ではあったが、俺に勧められるままイオスも馬車へと入って行った。

 で、すぐさまソアラ同様馬車から出て来ると、馬車をぐるりと一周してまた中へと戻って行った。

 少しして。

 今度はソアラとイオス、二人揃って出て来ると、


「何なんですかアレ!! 中、すっごく広いんですけど!?」 

「一体どうなっているんだっ!! 外観と内部の大きさが全然違うぞ!!」


 そう捲し立てながら、鼻息が届きそうな程近くまで詰め寄って来た。

 ソアラはいいとしてイオス、お前は少し離れろ。

 いくらイケメンとて、俺にはそっちの気はないからな。

 


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