八四話
「さて、スグミ殿。今後のことについて少し話し合っておきたいのだが……」
セリカが店を出てすぐ、イオスがそう切り出した。
「ああ、いろいろあって遅くなったけど、俺に敬称なんてつけなくていいぞ。俺だってイオスのことは呼び捨てにしてるんだから、俺のことも呼び捨てで構わないよ」
「そうか。ならその言葉に甘えて、そうさせてもらおうことにしよう。
では、スグミ。今後の日程だが、ここアグリスタから俺達の村、オファリアまでは馬車で七日程掛かる距離にある。
徒歩で移動するには距離があり過ぎるため、まずは馬車の手配から始めようと考えている」
馬車の日間平均移動距離を40キロメートルと仮定するなら、アグリスタからオファリアまでは40キロメートル×七日間で大体280キロメートル前後といったところか。
確か、東京・名古屋の直線距離がこれくらいだったはずだ。
ソアラと出会った森が、ここから時速100キロメートル程度で走るドーカイテーオーで、一時間とちょっとくらい掛かった場所だっと考えると、大体アグリスタとオファリアの真ん中付近にソアラは居たということになる。
そう思うと確かに、徒歩で移動となるとキツイ距離だわな。
「俺としては、オファリアまで行かずとも、同方面に行く行商人に声を掛け、同行させてもらえないか交渉してみるつもりだ。
それが無理だった場合は、馬車を借りるか買うかしなければならないが……」
そんなイオスのプランを聞いて、まぁ、それが一番堅実な案だろうな、と心の中で同意する。
それに、仮に馬車をレンタルするにしても、最短で往復して約二週間。レンタル馬車の相場なんて知らないが、決して安いということはないだう。
そう考えれば、イオスが言葉尻を濁していたことにも頷ける。
しかし、だ。
「いや、移動手段なら俺が用意するよ」
と、いうのが俺からの提案だった。
「……そういえば、セリカやソアラから話だけは聞いてはいるが、スグミは鋼の馬を持っているんだったな?」
正確には鋼ではなくアマリルコンなのだが、まぁ、そこはどうでもいい。
そういえば、イオスは直接ドーカイテーオーを見たことはないんだっけな。
「ああ。黒騎士なんかと同じ、俺が持ってる人形の一体だよ。
生身の馬と違って、エサの世話の必要もないし、なにより疲れることがないから日中ずっと移動していることが出来る。
その気になれば夜間の移動だって可能だ」
「それは凄いな。ならば、移動はその馬で……」
「いぃーやぁーでーすぅー! 私は反対ですっ! 断固としてっ! 反対しますっ! あのお馬さんには、絶対に乗りませんからっ!!」
と、話がまとまりかけたところで、顏を青くし必死の形相で声を荒げて猛反対したのがソアラだった。
「どうしたんだソアラ? そんな急に声を荒げて……」
そんなソアラに、イオスが訝し気な視線を向けた。
「イオ兄は、あのお馬さんの恐ろしさを知らないから、そんな暢気なことを言ってられるんだよっ!
あれは人が乗るものじゃないからっ! 乗ったら死ぬからっ! マジでっ!」
「ん~、しかしセリカからは、移動が速くて楽だった、としか聞いていないからな。それ以外は、特に変わった報告はなかったと思うが……」
「その速さが尋常じゃないだってばっ!」
そういえば、ソアラが初めてドーカイテーオーに乗った時、そのあまりの速さに終始悲鳴を上げ、降りた後は茂みの中でゲーゲーしていたっけな……
きっと、今はその時のことを思い出したのだろう。
「安心しろソアラ。流石にドーカイテーオーの背中に三人も乗れんから」
と、そんな今にも泣き出しそうなほど、瞳に涙を溜めていたソアラがあまりに不憫だったので、気休め程度の助け舟を出しやる。
とは言ったが、実際にドーカイテーオークラスの大きさともなれば、大人三人くらいなら十分に乗れるだけの物理的なスペースはあったりする。
ただ、乗っている者の安全を保障することが出来ない、というだけの話しだ。
ドーカイテーオーに体を固定するハーネス機構は一人分しかない。追加で一人乗せる程度なら問題はないが、二人ともなると厳しいものがある。
そんな不安定な状態で速度を出すわけにも行かないし、最悪、無理に速度を出して落馬でもしたら命の保証はないのだ。
単に乗せることが出来ることと、乗せて走らせることが出来る、というのはまったくの別物なのである。
そんな危険なことは流石に出来ない。
「じ、じゃあどうするって言うんですか?」
「今回は馬車を使おうかと思ってる」
恐る恐る、といった感じで尋ねて来るソアラに、俺は簡潔にそう答えた。
その昔、長距離移動を目的とした大型の箱馬車を作ったことがあった。
いくらゲームとはいえ、自分の足で移動するよりはドーカイテーオーに牽かせて馬車で移動した方が楽だろと思ってのことだ。
今回の移動にはそれを使うつもりだった。
余談だが、馬車の完成後「長距離移動するなら、物理移動せずに転送屋(通称・ポタ屋)にお願いした方が楽なんじゃね?」という至極真っ当な結論に至り、結局馬車として一度も使うことのなかった代物でもある。
てか、それくらい作る前に気づけよ、という話しではあるのだが、思い付いた時は良い案だと思ったのだ。
それに、途中からは作ることそのものが楽しくなってしまい、目的と手段が完全に入れ替わってしまっていたからな。
とはいえ、作ったことを後悔はしていない。
それに、結局馬車としての利用価値はなくなってしまったが、別の用途としては十分に活用出来ていたので、結果的にはプラマイゼロといった感じだった。
そういう意味では、今回が馬車としての初使用ということになる。
では、今まで馬車ではなくどう使っていたかというと、ダンジョン内での簡易シェルターとして使うのが主な利用方法だった。
『アンリミ』のダンジョンに、安全地帯なんていうユーザーフレンドリーなものは存在していなかったので、ダンジョン内部で休息を取ろうと思ったら場合、アイテムやスキルなどで敵性モンスターが侵入出来ない結界を作る必要があった。
しかし、俺が作った馬車は黒騎士やドーカイテーオーと同じアマリルコン製。
全方位を敵モンスターに囲まれたところで、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしないうえ、元がドーカイテーオーが牽くことを前提に、かなりの大型化が施されているので、内部もかなり広く作られていた。
結構な自信作であると自負している。
結果、大型故に使いどころは限定されるものの、高い防御力と快適な居住性を両立した安全快適なシェルターとして大変重宝していた。
「そんな物まで持っているのか?」
「まぁ、物作りが趣味みたいなところがあるからな。思いついたらあれこれ作ってるんだよ」
作った後に、無用の長物と化すこともままあるがな。
そんな俺の言葉に驚いた様な、または若干呆れた様な表情でそう聞いて来るイオスに軽く言葉を返す。
「ということは、スグミの手作りなのか?」
「ああ。市販品だとどうしてもサイズが合わなかったり、気に入るデザインがなかったりしてな。ならいっその事、自作した方が早いってな」
欲しいのがないなら自分で作ればいいじゃない。簡単な話だ。
「自作と言っても、結構な自信作なんだぜ? 三人くらいなら余裕で乗れるくらい広いしな」
それに、と隣で俺とイオスの話しを難しい顔をして聞いていたソアラに俺は顔を向けて続きを話す。
「馬車を牽引するとなれば、そんな無理な速度も出せなくなる。
如何せん車輪で車体を支えるわけだからな。路面の状態が、ダイレクトに車内に反映されることになる。
デコボコ道を高速で移動なんてすれば、それこそ車体が跳ね回って車内は阿鼻叫喚の地獄絵図になる。
そんなのは俺だって御免だ」
そうは言っても、俺の馬車には高性能な衝撃吸収機構と水平維持機構を備えているので、多少の無理なら余裕で利く。
しかし、それとて100パーセントの振動や衝撃を吸収できるわけでもないので、乗り心地を重要視するなら無理は出来ない。
いくら車体自体は頑丈とはいえ、中に乗っているのはあくまで生身の人間なんだからな。
「どうだ? これで少しは安心できたかソアラ?」
「本当に、ゆっくり走ってくれるんですね?」
「ああ、信用しろって」
「出来ないから疑ってんですよっ!」
ふっ……俺の信用も地に落ちたものだな……
まぁ、身から出た錆、ともいう。
「もし嘘だったら……今度は頭からぶっかけますからね?」
何が、とは聞くまいよ。
中には「むしろご褒美ですっ!」とか宣う猛者もいそうだが、生憎と俺はそんな特殊な性癖は持ち合わせてはいないのですよ。
「さて、足が用意が出来ているとなると、次は食料関係か……」
そんなソアラがグダグタ吠える中、イオスがマイペースに淡々と話を続ける。
「ああ、そっちも日中に買い出しを済ませておいたよ。どの道、この街を離れるつもりではいたからな」
「用意がいいな。となれば、後は出発の日時なんだが……」
「それなら明日、セリカと一緒に出てもいいんじゃないか?
丁度明日がここの宿の引き払い日なんだよ」
明日で丁度五日目。最初に宿で交わした宿泊期間の期日だった。
勿論、追加料金を払えば延長も可能だが、わざわざ滞在日を伸ばす理由もないしな。
それにしても、この街に来てまだ五日なのか……感覚的には、もっと長い間いたような気がする。
それだけ濃密な時間を過ごしていた、ということなのかも知れないが。
「明日、か……早急だとは思うが、準備が済んでいるというなら問題もないか。
ただ、すまないが一度、後で集めた物資を見せてもらえないか?
足りない物があると面倒だからな」
「ああ、分かった。んじゃ、後で俺の部屋で確認するとしようか」
というわけで、食べる物も食べた俺達は、諸々の片づけを近くにいた給仕の女の子に任せて席を立った。
ソアラが食い散らかしたマルモッツァの残骸の所為で、テーブルの上が大変なことなっているのが気が引けたので、彼女にはちょっと多めにチップを渡しておいた。
満面の笑みで受け取ってくれたので、これはこれで良しとしよう。
ちなみに、この給仕の子はここの女将さんの娘さんだそうだ。オークから生まれたとは思えないくらい愛らしい娘さんだった。
そんなこんなで、ぞろぞろと連れ立って俺の部屋へとやって来た。
何故かソアラまで一緒に着いて来たのだが、まぁいいか。
俺は亜空間倉庫からチェストボックスを取り出すと、その中から今日買った食材を適当に並べて行く。
その量、優に一週間分くらいは余裕である。普通の馬車で移動しても十分なくらいだ。
食材に関してはイオス先生からのオーケーを貰ったが、薪が無いとのご指摘を受けた。
しかし、明かりなら洞窟で使った輝晶石のランタンがあるし、野宿用の暖としてなら、そもそも馬車の内部で寝泊まりすればいいので問題ない。と、軽く説明すると、
「スグミの馬車は、三人が寝られる程に大きいのか?」
と、イオスが驚いていた。
「よゆーよゆー」
実際、俺の馬車はキャンピングカー並みのサイズがあるのでなんの問題もない。
あれやこれやと機能を追加していったら、いつの間にやらそんな大きさになってしまっていたのだが、その分、居住環境に関しては絶対の自信を持っている。
何せ、キッチン(冷蔵庫あり)、トイレ(温便座、温水洗浄シャワー付き)、シャワー付き(一応、小さいがバスタブだってある)だ。
しかも、多少の無理をすれば三人どころか五人でも六人でも生活出来るレベルなのである。
まさに移動式住居なのだ。
んで、最後に調理目的としての火だが、これは馬車にキッチンがあるし、輝晶石のランタン同様、洞窟で使った火が無くても調理が出来る俺謹製のマジック・フライパンもある。
つまり、火を起こすこと自体が不要でるため、薪がそもそも必要ないということを、現物を見せて説明した。
現物を見せたのは、言葉だけだと信用してもらえないかも知れなかったからだ。
ただ、馬車に関しては、今この場で出すことが出来ないので、明日、改めて確認することになっている。
移動の要になる馬車が当日確認というのは多少不安があるだろうが、そこは俺を信用して、ということだろう。
で、マジック・フライパンなのだが、これがソアラがそうであったようにイオスにも非常に驚かれた。
「これもスグミが自分で作った物なのか?」
と、イオスに聞かれたので、ランタンは出来合い品、フライパンは自作であると答えた。
「値段にもよるが、仮にこれが市場に出れば一財産は築けるだろうな。それほどに画期的な品だ。
正直、俺も一つ欲しいくらいだよ」
「だよねー」
と、イオスの言葉に何時の間にやらベッドを占拠していたソアラがうんうんと、首を激しく縦に振って同意していた。
「欲しいと言うのなら、俺としては譲ることも吝かではないんだけど、生憎とマジック・フライパンはこの一品しか手持ちがなくてな。
材料があればいくらでも作れるんだが、肝心のその材料がな……」
「何か特殊な材料が必要なのか?」
「いや、むしろ逆だな。こう言っちゃなんだが、所詮は調理器具。材料自体は銅とか銀で十分なんだ。
ただ俺は、人形や武器に適していない素材は、必要としているところにすべて売り払っていたから、そういった金属の手持ちがないんだよ」
銅は料理人職のプレーヤーから調理器具として、そして銀は対アンデット用の聖属性武器として需要があった。
まぁ、俺は料理なんて興味ないし、聖属性にしても銀より上位のミスリルを多数保有していたので必要としていなかったのだ。
俺の手持ちの素材といえば、ミスリルにアダマンタイト、魔水銀、オリハルコン、そしてそれらを合成したアマリルコン合金。後は、極少量のヒヒイロカネといったところか。
勿論、これらの素材でマジック・フライパンを制作することは可能だが、そんなものをこれらの超が付く様な貴金属を使ってまで作るもんじゃない。流石に勿体な過ぎる。
一応、無理に用意出来ないことはないのだが、ただその場合は『アンリミ』産、ディルグ硬貨問わず、銅貨、銀貨といった硬貨を鋳潰すことになる。
そこまでするかっていう話しだよなぁ……
ちなみに俺愛用のマジック・フライパンは、本体が銅製で、外側の加熱部分のみ僅かにミスリルが使用されている。
ミスリルが使用されているのは、魔力伝導率を高くし術式を効率よく稼働させるためである。
「そうか。残念だが無理に頼むのも気が引ける。機会があれば是非頼みたいものだ」
「ああ、機会があればその時にな」
そんな感じで、一通りの物資の確認作業が終わると、明日の集合を自由騎士組合前に日の出の頃として、その夜は解散となった。
確認作業が終われば、もうすることもなし。
イオスは自分が借りている宿へと戻り、俺とソアラは連れ立って銭湯へと向かうことにした。
で、人のカネで散々豪遊してきて満足そうな笑顔を浮かべる風呂上がりのソアラを見て、わざわざ面白くもない物資の確認作業にくっ付いていたのはこめためだったのか、と確信した俺だった。




