八三話
「もぉ~! スグミさん遅いですよっ!」
飛び跳ねる兎亭に帰るや否や、店の奥からそんな声が飛んで来た。
視線を向ければ、今朝、俺達が使っていた隅の角席から、ソアラがこっちに向かって大きく手を振っているところだった。
あ~あ~、そんな大声を店内で上げたら……
それ見たことか。大声を上げた所為で、周囲の目をいくつも集めてしまっているではないか。恥ずかしい奴め。
それにしても、店は結構賑わっていて雑音も多いというのに、よくここまで声が届くものだと感心してしまう。
俺はそんなソアラに片手を上げて応えると、ソアラ達のいるテーブルに向かって歩き出した。
テーブルには既にセリカとイオスの姿もあり、どうやら俺の到着が一番最後だったようだ。
俺は遅くなったことを一言詫び、席に座る。と、ソアラが空かさず給仕を呼び、適当にメニューのオーダーを始めた。
今回は……一応の、ではあるが……エルフ拉致事件解決記念、及び、セリカとのお別れ会という集まりだが、場所が場末の宿屋だけに料理自体は大したものではない。
ちょっとだけ豪華な夕食、といった感じだ。
ちなみに、今回の支払いはセリカのおごりである。事件解決に強力した俺とソアラへの感謝の印、だそうだ。
別に、高級レストランのコース料理、というわけではないので、運ばれて来た料理から各々自由に手を伸ばす。
場所が場所だけに、込み入った話は出来ないので、話題は自然と今回の事件とはあまり関係ないことに終始した。
セリカの武勇伝に始まり、セリカとイオスの出会い、イオスとソアラの幼少期の話し、俺がいた国の話し……これは主にゲームである『アンリミ』の話しだな……など、そんな他愛のない話題で盛り上がった。
「あっ、そういえば……」
そして、料理もあらかた片付き、食器も下げられた頃、俺は昼間に八百屋で買った果物のことを思い出し、いくつかインベントリから取り出してはテーブルの上に転がした。
「昼間に八百屋で買った果物なんだが、よければ食後のデザートにでもどうぞ」
「ほぉ、マルモッツァか。有難く頂くとしようか」
そう言って、まずセリカが果物に手を伸ばす。
セリカからすんなり名前が出てくる辺り、八百屋のおっちゃんが言うように有名な果物のようだ。
「売ってたおっちゃんも言ってたことなんだが、やっぱりこの辺りじゃ有名な果物なのか?」
「そうだな。マルモッツァはこの辺りの特産品になっている果実だ。
一つウン万ディルグもするような高級果実に比べれば、確かに安いかもしれないが、それでも庶民が気軽に手を出すには閾が少々高い果物、といったところだな。
その為、産地で消費するというよりは、主に贈答品として何かの記念日や祝い事の時などに送られる傾向にある」
なるほど。お中元やお歳暮の時の高級フルーツ詰め合わせとか、やたら高いハムみたいなものか。
そりゃ、八百屋のおっちゃんもなかなか売れずに困っているわけだ。
しかし、それならこちらとしてはむしろ丁度良い品だったかもしれないな。なにせ、今は一応とはいえ祝勝会の最中なのだから。
ちなみに、セリカの蘊蓄によれば、普通は熟す前に早期収穫され各地へと流通して行くらしいのだが、たまに収穫時期を逃して熟れ過ぎてしまった物がこうして地元の市場へと流れることがあるのだとか。
今回はそれに当たったらしい。
「ああ、食べようにもナイフがないとダメだったな」
マルモッツァの皮、というか殻がもの凄く堅いことを思い出し、流石に食事に使っていた小さいナイフでは殻を剥くには無理だろうと、俺が飾り程度に装備している手持ちの短剣をセリカに渡そうとしたのだが、
「いや、その必要はない」
と、あっさりと拒否されてしまった。
「マルモッツァの皮は確かに硬い。が、意外と知られてはいないのだが、実は素手でも剥く方法があってな」
そう言うと、セリカはマルモッツァの蔕と反対部分に両手の親指を当てると、ずぼっ! と、指を一気に根元まで押し込んでしまった。
マジか?
「マルモッツァは蔕の反対部分が他に比べて脆くなっているんで。だから、こうして一気に力を加えると簡単に陥没する。
後は両側に力を加えてやれば……」
そして、セリカが手にぐっと力を入れると、まるでミカンを二つに分ける様に、あっさりとマルモッツァの皮が二つに割ってしまった。
八百屋のおっちゃんでも鉈を使って割ってたのに……
「なぁ、それって単なる力業なんじゃないのか?」
とても誰でも出来る方法とは思えなかった。
筋肉ゴリラにのみ許される方法なんじゃないのか、それは?
クルミの殻は指で押しつぶすっ! とか、リンゴジュースが飲みたいけどジューサーがない。なら、握り潰せばいいじゃない、のノリだ。
「そうでもないぞ? マルモッツァの皮は、成長過程で蔕の反対部分が一番薄くなるんだ。それに、押し潰される力には高い耐性をもっているが、引っ張る力には意外と弱い」
そう言われれば、八百屋のおっちゃんも確かに鉈の刃を少し入れてからは多少コジコジしただけで、割とあっさり殻が割れていたっけ。
「その証拠にほら。ソアラだって簡単に剝いているだろ?」
セリカに言われ、セリカの隣に座っていたソアラに目を向ければ……
ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ
「…………」
ものすっげー勢いで、一心不乱にマルモッツァを食い散らかしているソアラの姿がそこにあった。
静かだと思ったら、一人黙々とマルモッツァを食べていたらしい。
「……すまんな。この娘は昔からマルモッツァに目が無くてな」
その光景に、何故かイオスが恥ずかしそう目を背けながら弁明する。
「いや、まぁ、別にいいんだけどさ……」
にしても、だ。
いくら目が無いとはいえ、食べるの早すぎだろ?
ソアラの目の前には、セリカがやったのと同じ真っ二つになったマルモッツァの殻がゴロゴロと無数に転がっていた。
そして、もう既にテーブルの上に原型を留めたマルモッツァは一つもなくなっていた。
つまりこの事実は、セリカとソアラが今、手にしている以外の全てのマルモッツァが、ソアラ一人の手によって食い尽くされたということを示していた。
それも俺が、セリカにマルモッツァの蘊蓄を聞いている僅かな間に、だ。
……なんて恐ろしい子。いや、少し違うな。正しくは、なんて恐ろしく食い意地の張った子、か。
「ソアラに食い尽くされて、イオスはまだ食べてなかっただろ?
なんなら追加で出そうか?」
ソアラに食い散らかされた残骸を見つつ、イオスにそう言うと、
「いや、申し出は有難いが、気持ちだけ受け取っておくことにするよ」
そう、やんわりとイオスからお断りの言葉が返って来た。
「実は俺はこいつが少し苦手でな……甘すぎるというかなんというか……」
なんだ。どうやらご同輩だったらしい。
「分かるぅ……俺も一個食べてみたんだが、完食出来なかったからな……」
「えっ!? まだあるんですかっ! だったらあるだけ出して下さいっ! 全部食べますからっ!」
いつのまにやら、手にしていた最後の一つを喰らい尽くしたソアラが、口の周りを果汁でベタベタにしながら、俺とイオスの会話に割り込んで来た。
あれだけ食べて、まだ食べる気なのかこの娘は……
「「お前はもう散々食っただろうがっ!」」
「あぅっ」
「てか、それだけ食ってまだ食べるのか? ホント、よく食べるな」
「いい加減、遠慮しないか。まったく恥ずかしい……」
俺とイオスからのステレオな突っ込みに、ソアラは肩をびくっと震わすと、そのままシュンと萎れたように小さくなる。
なんだか、この娘はこんなんばっかだな。
「ふふふっ、お前たちといると本当に賑やかだな」
そんな俺達を見て、セリカが口元を隠しながら上品に笑っていた。
セリカといえば、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている印象しかなかったので、その笑顔が非常に新鮮に見えた。
それだけ、今までが……それこそ、少しの気も抜くことすら許されないくらい、ずっと緊張状態が続いていたのかもしれないな。
今回のことで、セリカの肩の荷が少しでも軽くなってくれればいいのだが。
「さて、名残惜しくはあるが、明日のこともあるので私はここで失礼するとしようか」
そう言うって、セリカはゆっくりと席を立った。
気付けば何時の間にか自分の分のマルモッツァを完食して、綺麗に実がなくなっているマルモッツァの殻がテーブルの上に転がっていた。
ソアラが食い散らかした残骸と見比べると、正に雲泥の差だった。
これが貴族と庶民の違いか。
「スグミ。今回の件、本当に世話になった。改めて感謝を。もし王都に足を運ぶ機会があったら、是非フューズ家の屋敷を尋ねて来て欲しい。私の実家だ。
相応の礼ともてなしをしよう。私はこんな仕事柄故、屋敷にいることは少ないが家の者にはお前のことは伝えて置く」
ほぉーん、セリカの家名はフューズというらしい。
てーと、本名はアンジェリカ・フューズってところかな?
「まぁ、その時が来たなら世話になるよ」
「うむ。そうしてくれ。
ソアラ。君にもいろいろと世話になったな。感謝している」
「ううん。大したことは何もしてないよ。でも、私がセリカの役に立ったっていうなら、嬉しいな」
「勿論だ。
イオスは……まぁ、また近いうちに合流することになるだろうな」
「だろうな」
「では、皆、息災でな」
そうして、セリカは最後に皆に一言ずつ言葉を掛けて、店を出て行った。




