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八〇話


 俺は今、宿泊している宿屋『飛び跳ねる兎亭』の一階にて、遅めの朝食または早めの昼食という、所謂ブランチというものを摘まんでいた。

 結局、あれから目が覚めたのは昼近くになってからのことだった。

 その日の、ではない。翌日の、である。つまり、俺はぶっ通しで二四時間以上寝ていた挙句、ついさっき目を覚まして降りて来たばかりということだ。

 すっかり忘れていたのだが、おそらくこれは睡眠耐性ポーションの副作用だろう。

 何せ、睡眠耐性ポーションのフレーバーテキストにはこう記されているのだ。


 “一時的に眠気に強くなるポーション。ただし、効果が切れると極度の眠気と長い睡眠状態に陥る”ってな。


 ゲーム中では、当然眠気なんて感じることはなく、しかもそう書いてはあるが、何かデバフ的な実害があるわけでもなかったのですっかり忘れていた。

 眠気が歳の所為ではなかったことを喜ぶべきか、まる一日を無為に寝て過ごしてしまったことを嘆くべきか……

 

「……それで、まだ軽く目を通しただけなのだが、バハル邸から押収した資料にエルフ拉致に協力していたと思しき貴族の名が多数挙がっていてな。

 これから、それらの一斉摘発の大仕事が始まりそうなのだ」

「まぁ、これを機に、エルフが少しでも暮らしやすくなる世の中になるってくれたらいいんだがな」

「そうだな……と、言いたいところだが、今回の摘発などおそらく氷山の一角に過ぎないだろう、と私は思っている。

 それに肝心のバハルに与していた組織のことは、何も分からず終いだからな。

 関与していたハバル、クズーム両名共に死亡というのはやはり手痛いものだ」

「それでも千里の道も一歩から、って言うだろ? それに、一歩でも前進したんだから、今はそれを喜んだらいいんじゃないか?」

「……至言(しげん)だな」


 対面に座っていたセリカはそう言うと、目の前にあったコップに手を伸ばし、中身のお茶を一口啜った。

 丁度俺が一階に降りて来た時、店に入って来たセリカ、人間モードのソアラ、そしてイオスとばったり遭遇し、そのまま相席でブランチを頂くことになったのだ。

 本来なら、この時間に飲食物の提供はしていないのだが、女将さんが「余り物でいいなら」と提供してくれたものだ。

 ありがとう女将さん。今まで心の中でブタだのオークだのと思っていたこと、本当に申し訳ない。


 で、ソアラはともかく、なんでセリカ達がここに居るかというと、俺が昨日一日眠りこけている間に調べて分かったことを、わざわざ報告しに来てくれたらしい。

 一応俺も当事者ということで、知る権利はあるだろうとセリカが言っていたが、なんとも律儀なお嬢さんなことで。

 そんなわけで、俺達はブランチを食べながらセリカの話しを聞いていた、というわけだ。


 話の内容が内容だけに、初めはここで話すのもどうかと思ったのだが、食堂の営業時間外ということもあり、周囲に俺達以外の姿はなかったので、移動するのも面倒だとここで話を聞くことになった。

 それでも用心のために、座っている場所は食堂の隅の角席。ここなら、女将さんにも話の内容は分からないだろう。

 

 ちなみに、俺が捕らえたギュンターだが、封印された状態のまま王都に移送することが決定したようだ。処遇に関しては、移送後、軍法会議を経て決定されるらしい。

 セリカの見立てでは、まず極刑……要は死刑だな……は、免れないだろうとのことだった。

 ただ、今は人手不足で、実際に移送するのはずっと後のことになるみたいだな。

 というのも、今回のエルフ拉致事件に、騎士団の管理者であるクズームが深く関与していたことで、アグリスタに駐屯している騎士隊全員にも同様の容疑が掛けられており、セリカ達の部隊で徹底した身辺調査を行うことになったのがその理由だ。


 街門の警備を担当していたのが騎士隊だったことを考えれば、クズーム以外にも今回の事件に関与していた者がいると見るのは、まぁ、当然と言えば当然ことだろうな。

 事実、既に数名、姿を(くら)ませている者もいるという。

 と、そんなわけで、ギュンターの移送は大分先の話しになるというわけだ。ギュンターくんの放置プレイは、まだまだ続きそうだ。

 ならばと、一応セリカにHP回復ポーションを幾つか渡しておくことにした。

 ほら、ギュンターを瀕死のまま封印しているから、解除して直ぐに死なれても困るだろ、という保険だ。

 やはりというか、セリカは遠慮していたが、そこはアフターケアも確りこなす、デキる男だからな俺は。

 これ以上貴重な情報源を失いたくなかった受け取っておけ、と言ったら案外素直に受け取ってくれた。


「それと、一つ……いや、二つだな。

 お前に知らせておきたい話がある」


 セリカが手にしたコップをテーブルに戻すと、急に真剣な目になってそう話し出した。


「俺に?」

「一つは、お前が捕らえた賊なのだが……全員の死亡が確認された」

「ああ、そういえば、騎士隊の詰め所が火事になったんだっけ? その犠牲にでもなったか?」

「いや、そうではない。そもそも、賊が投獄されていたのは、騎士隊詰所から離れた場所にある地下牢だ。火事は関係ない」

「ならどうして?」

「暗殺だ」

「暗殺?」


 セリカの話す思いがけない理由に、ついオウム返しに聞き返してしまった。


「全員が、鋭利な刃物で喉笛を掻き斬られ絶命していた。しかも、ご丁寧に牢の鍵を掛けたまま、な」


 所謂、密室殺人というやつか。

 

「賊共に、特に争った形跡も、抵抗した痕跡もないことから、なんらかの方法で身動きを封じた上で殺害したのではないか、と私は読んでいる。

 これはあくまで私の憶測だが、こんなことが出来る犯人はおそらく……」

「セリカが戦ったっていう、クズームの女秘書か?」

「ああ」


 俺がセリカの言葉を継ぐと、セリカはコクンと頷いて見せた。

 密室とはいえ、転移符なんて物がある世界だ。正直、何処から突然現れても不思議な話じゃない。

 とはいえ、だ。


「けど、転移符ってのは貴重で希少な物なんたろ? それを、そんなバカスカ使えるものなのか?」

「だからあくまで憶測だという話しだ。

 もしかしたら、騎士隊の中に奴らの仲間が居て、食事に眠り薬でも混ぜ、賊が眠っている間に一人ずつ首を斬って回った、という可能性も十分にある話しだ。むしろ順当に考えれば、こちらの方が可能性は高いくらいだろうな。

 まぁ、それを含め、現在取り調べを行っている最中だ」

「で? なんでまたその話を俺に? 俺と賊の死亡に、何か関係があるとは思えないんだが?」

「そうでもない。まず、賊が死亡したことで、本来お前に支払うことになっていた賊捕縛の報奨金が減額される。

 具体的には、賊は基本生け捕りでなれば報奨金は出ないから、死亡した時点でゼロになるな。

 支払いがあるとすれば、生死不問の賞金首が居た場合だけだ」

「それって減額って言うか、実質支払いなしってことなんじゃ?

 てか、騎士隊に引き渡した後に殺されたんだから、それって騎士隊側の責任にはならんのか?

 まぁ、別にカネが欲しくて捕まえたわけじゃないから、どうでもいいといえば、どうでもいいんだけどさ」 

「スグミの言い分もその通りなのだが、賊を捕らえた報奨金は、賊を犯罪奴隷として競売に掛けて得た資金から支払われているからな。

 カネに変えられない以上、いくら騎士団とて無い袖は振れないということだ」


 へぇ~。賊がカネになるにはそういったカラクリがあったのか。

 ひょんなことから知る、意外な事実である。


「それで、これはもう一つの話しにも関係がるのだが、偽装部隊が昨夜、何者かの襲撃を受けた」


 偽装部隊。

 俺から変身リングを引き継ぎ、敵の注意を引き付ける役目を果たしていた部隊のことだ。

 その彼らが襲われた。


「被害は?」

「特にはない。偽装部隊がただの商人ではないと分かった時点で、奴らは早々に撤退したとのことだ。

 襲撃を受けたのは、深夜、宿屋で待機していた時のことらしい。人数は少数。全員黒ずくめで四、五人程度だったとのことだ。敵を褒めるのは癪だが、見事な引き際だったそうだ。

 おそらく、その襲撃者達が我々の動きを察し、あの女秘書に報告。

 証拠隠滅のために、騎士隊詰め所、及び、クズーム邸への放火と暗殺を決行後、ハバル邸に同じようなことを仕掛ける中で、私と鉢合わせしたのだと思う」


 女秘書がどうやってセリカ達騎士隊の襲撃を察知したのか、ずっと不思議に思っていたのだが、まさか知らない所でそんなことになっていたとは。


「で、その話が俺にどう関係するのか、相変わらずよく分からんのだが……」

「関係大ありだ、バカ者」


 俺がそう言うと、セリカはギロリと俺を睨みつけるとわざとらしく、はぁ~、と大きなため息を吐いて見せた。


「いいか? よく聞け。

 賊に一番最初に接触したのは他でもないお前だ。スグミ。

 仮に賊からお前の話しが奴らに伝えられているとすれば、次に命を狙われることになるのはお前になるかもしれないんだぞ?

 正直、この国ではお前の容姿はよく目立つ。特徴さえ分かっていれば、探し出すのはそう難しくはないだろう」


 ああ、そういうことね。

 確かに、今回の悪だくみの出鼻を圧し折ったのは俺だからな。奴さんから、相当恨みを買っていてもおかしくはない。


「私としては、例の姿を変える指輪で暫く身を潜めていることを薦める。なんなら、安全が保証されるまで、我が王国騎士団でスグミの身柄を保護しても構わない。

 何、遠慮はいらん。なにせ、お前はそれだけの働きをしたのだからな」


 セリカは「どうだ? 高待遇だろ?」と言わんばかりに胸を張ってふんぞり返っているが、正直、それは御免蒙(ごめんこうむ)りたい。

 勿論、セリカが善意で申し出てくれているのは理解する。だが、保護とはいえ、期間不明で四六時中誰かに見張られてるとか、ぞっとしない話だ。


「セリカが俺のことを心配して忠告してくれるのは有難いが、遠慮させてもらうよ。

 これでも自分の身くらいは、自分で守れるつもりだからな」

「だろうな。まぁ、お前ならそう言うだろうと思ってはいたよ。だがな? その強さに胡坐(あぐら)をかいていると、思わぬところで足を掬われるぞ?

 自分が狙われているかもしれないということは、努々忘れないようにな」

「ご忠告傷み入る。その言葉、肝に銘じておくよ」

「それが良かろう。さて、伝えるべき事柄はこれくらいだったかな……」


 一通り話し終えると、セリカは長々と喋ったていた所為で口でも乾いたのか、テーブルの上のコップへと手を伸ばし、一口分だけ口に含むと、コップをテーブルへと戻した。


「そう言えば、話は変わるがスグミはこれからどうするんだ?

 私はこの場はグリッドと叔父上に預け、報告の為に一足先に王都に帰還する予定だが?」

「ん? まぁ取り敢えず、当初の目的通りソアラを村に送り届けるかな?

 成り行きでセリカ達を手伝いはしたが、それが最初の目的だったわけだし」

「そう言ってくれると助かる」


 と、礼を言ったのは俺の対面、セリカの隣に座っていたイオスだった。


「俺達は今回の件以外でも、少数だが被害にあったエルフを保護していてな。

 正直、全員を村に送り届けるには人手が足りなかったところなんだ。

 最悪、ソアラは俺一人で送るところだったから助かるよ」

 

 イオスの話しでは、彼らが現在保護している攫われたエルフっ()達は、俺達が保護した二人以外にも何名かいるらしく、その娘達はイオス達エルフの手によって、セリカ達騎士団の手は借りつつも、とある場所で丁重に保護されているのだとか。

 それでだ、攫われたエルフっ()達を村に送り届ける際、また襲われない様にエルフ達で護衛団のようなものを形成して纏めて送るのだと言うのだが……

 ここに一つ問題があった。それが、ソアラの扱いにいつてだ。

 通常、護送する際には大まかな移動方向ごとに部隊を分けて、被害者の村を順次回って行くのだが、今回に限ってはソアラの住んでいた村だけが、位置的に孤立してしまっていて、何処の部隊に組み込むにも中途半端な状態になっているらしいのだ。

 一応、一番近くを通る部隊はあるにはあるのだが、それでも最寄りの村からかなりの移動を余儀なくされる。

 その近くの村というのが、バハル邸で捕らわれていたルゥの故郷トーン村なのだが、その“近く”という言葉は決して距離的に近いことを意味していない。

 あくまで、“一番近くにある村”とういうだけなのだ。

 事実、ソアラの住むオファリア村とルゥの住むトーン村では、徒歩で一週間ほど掛かるくらい距離が離れていた。

 田舎の村にありがちな、隣の家まで数キロメートルみたいなノリだな。


 直線距離ではそこまで離れているわけではないのだが、互いの村を結ぶような街道が整備されているわけでもなし。

 移動するには、森の中という不整地を歩くしかない。となれば、いくら森に慣れているエルフとはいえその歩みは遅くなる。

 ならば、人間との交流があり村まで街道が通っているオファリア村へは個別の部隊を作った方が、セリカも早く帰れるうえに旅に必要な物資も少なく抑えることが出来る。

 と、まぁそんな理由で同郷であるイオスが一人でソアラを送ることになっていたらしい。

 セリカの騎士団から少しでも人手が借りられたのならそれでもよかったのだろうが、人手不足はこちらの方が深刻で、無い袖を振ることは出来なかったということだ。


 そこに俺からの同行の申告があり、胸を撫で下ろしていた、というわけだ。

 流石に一人というのは不安だったようだな。

 まぁ、俺も俺で、ソアラの村までの道のりを知らなかったから、地元人(ジモティー)の案内人がいるのは非常に心強い。

 いくら街道で一本道とはいえ、知らない道を行くのは少々気おくれするものだ。


「そうか。では皆とはここでお別れだな」

「セリカ、貴女に出会えて本当に良かった。この街でセリカに出会えていなかったら、今頃はどうなっていたか……本当にありがとう」


 俺の隣に座っていたソアラが、瞳に薄っすらと涙を浮かべてセリカに礼を言う。


「いや。礼を言うのは私の方だな。昨日はソアラのお陰で本当に助かったよ。

 攫われたエルフの娘の中には、“人間”というだけで恐れてしまう者も少なくないからな……」

「昨日? 何かあったのか?」


 俺が寝ている間に何かあったのかと尋ねると、昨日、ソアラが攫われたエルフ娘達の世話を買って出たのだということを、セリカが教えてくれた。

 いくら助けてもらったとはいえ、やはり中には“人間”というだけで警戒する者もいたようで、そういう相手に同じエルフのしかも同性ということもあり、騎士団や男のエルフが世話をするよりもずっと心を開いてくれたのだとか。

 そんなこともあり、ソアラは大活躍だったらしい。


「それに……喩え私に出会っていなかったとしても、どうにかなっていただろうな。

 そこに、得体は知れないが頼りにだけはなる男がいるからな」


 と、セリカがいたずらっポイ表情で俺を見る。


「え~、この人に感謝するのは何だか癪なんだけど……」


 それに合わせる様に、ということではないのかもしれないが、ソアラが俺のことを訝しむような表情でジロリと見て来た。


「おいこら、どういう意味だ? あれやこれやと手を貸してやってるだろ?」

「それは胸に手を当てて、よ~く考えてみればいいんじゃないですか?」

「そうか。なら……」

「って、なんでサラっと私の胸を触ろうとしてるんですかっ!?」

「いや……胸に手を当てて考えろって言うからさ」

「自分のに決まってるじゃないですかっ!! バカなんですか? アホなんですか?

 もうっ! これだからスグミさんはスグミさんなんですよっ!」


 言っている意味がまるで解らんが……まぁ、からかうのもこれくらいにしておいてやるか。


「ハハハハハっ、相変わらず中がいいな二人は」

「何処をどう見たらそう映るのよっ!」


 そんな俺達を見て、破顔して笑うセリカに、頬を膨らませてソアラが怒る。


「あっ、そういえばスグミ。叔父上から言伝を預かっているのを思い出した」

「ブルックが? なんて?」

「手が空いたら自由騎士組合に顔を出すように、とのことだ。アグリスタを発つ前に、必ず寄れと言っていた」

「ああ、分かった。後で顔を出しに行くよ」


 ブルックからの呼び出しとなると、心当たりは自由騎士証(ギルドタグ)のことについてかな?


「さて、それでは私は戻るとするか。まだやらなければならないことが山と積まれているからな」


 そう言うと、セリカはゆっくりと席を立つ。


「ねぇ? セリカは何時この街を出るの?」

「そうだな……これから移動の準備を行うから、明日の朝といったところか? しかし、それがどうした?」

「だったら、今日の夕食一緒にどうかなって。イオ兄もスグミさんもいいよね?」

「ああ、俺は別に構わないよ」


 俺の返答に、イオスも静かに頷いて見せた。

 というわけで、急遽、エルフ救出作戦成功祝いと、セリカとのお別れ会を兼ねた細やかなパーティーを開くことが決まった。


「分かった。それでは夕食時にまたここで会おう」


 セリカは別れのセリフを残すと、スタスタとした足取りで店を出て行った。

 ちなみに、セリカとイオスの飲食代は先払いで支払っており、俺とソアラの分は宿泊費に含まれているので支払いはない。


 その後は、ソアラとイオスは保護したエルフ娘達の様子を見に向かい、俺は言われた通り一人自由騎士組合へと向かったのだった。



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