七五話
敵だったら困るので、マップで確認をするとこっちに向かってくる二つの反応があった。
グリッドとイオスだ。
しかし、マップは通常時は上から見下ろした俯瞰視点による平面表示になっているため、もしかしたら彼らと俺がいる階層が違うかもしれないおそれがあった。
だが、足音や移動速度からして、ほぼ間違いなくこの足音は二人のものだろう。
で、ちょっと待っていると、入り口から二人が揃って姿を現した。
ほら、当たった。
「っ!? これは……スグミ殿が一人で片づけたのか?」
部屋に入るなり、部屋の惨状を見回しながらグリッドが開口一番そんなことを聞いて来た。
「まぁな」
正確には、傭兵をボコしたのはセリカであり、殺したのはギュンター、俺は縛っただけだ。
俺が実際に相手をしたのは、今部屋の中央で水晶漬けになっているギュンターのみ。だが、今ここで事細かに説明している時間も惜しいので適当に答えておく。
詳細に関しては、後でゆっくり話せばいい。
「セリカ隊長は?」
「隣部屋にある隠し通路から、地下水路に逃げたバハルを追ったよ」
続けざまに、グリッドから質問が飛んで来たのでそちらも簡潔に答える。
「……いろいろと聞きたいことはあるが、今は隊長を追うのが先だ。行くぞイオス」
部屋を見渡し、やはり気になるのかデンと佇む黒騎士や、ギュンターを封じた水晶、それにミイラ化した死体へチラリと視線を向けるグリッド。
そういえば、イオスは自由騎士組合で黒騎士を一度見ているが、グリッドは今が初見だったな、とそんなことを思い出す。
しかし、今はそれどころではないとすぐに視線を逸らすと、グリッドはイオスをつれて隣の部屋へと向かおうとする。
「ちょい、待て待て待てっ!」
俺はそんなグリッドに慌てて待ったを掛けた。
「追うって言っても、セリカがバハルを追ってこの部屋を出たのは随分前のことだ。
あの暗く入り組んだ地下水路を、なんの手がかりもなくどうやってセリカの後を追うつもりなんだ?」
【蟷螂之斧】が使えたことから、セリカがこの部屋を出てから一〇分以上は経っていることになる。
地下水路は構造も分からない迷路のような場所だ。
大量の人員を投入し、人海戦術で虱潰しに探すというのならいざ知らず、それを少人数で探索して見つけられる可能性は極めて低いといわざるを得ないだろう。
まぁ、普通なら、だけどな。
「それは……」
俺の指摘に言葉を濁し、視線を逸らすグリッド。
俺でもすぐに考え着くことだ。それをこの優秀な男が気づいていないわけがない。
グリッドはそれを分かった上で、それでもセリカのことを追おうとしたのだう。
上司思いの良い部下である。
「では、スグミ殿は隊長が戻るまで、我々にここで大人しく指を咥えて待っていろ、と?」
「いや、追うことには賛成だ。ただ、あんた達にセリカを追う方法があるのか、そう聞いてるんだよ」
「……その口振り。まるで、自分なら隊長の居場所が分かると、そう言っているように聞こえるが?」
「そう言ってるんだよ」
訝し気に俺を見るグリッドに、自信を持って答える。
なにせ、俺にはマップがあるからな。
あれを見れば、パーティーメンバーであるセリカの位置なんて何処にいたとしてもばっちり丸分かりというものだ。
地下水路に関しては、まだ分からない部分が多いのは確かだが、大まかな方向さえ分かれば、追うには困らない。
というわけで、早速もう一度マップを開いてセリカの現在位置を確認すると……
「あれ? どういうことだ、これ……」
セリカの反応がおかしな所にあった。これは……
「どうした? 何かあったのか?」
俺の反応にグリッドが俺へと身を寄せる。
セリカの身を案じているのは分からんでもないが、近い近い。
「いやな……セリカの反応がすぐそこに……」
そう。どういうわけか、バハルを追って出て行ったはずのセリカの反応が、至近距離に迫っていたのだ。
それも、もう目と鼻の先ほどの距離だ。
もしかしたら、座標は近くても高低差に違いがあるのではないかと思い、表示を平面図から立体地図に切り替えると……
ん? この場所、この高さ……地下に向かう階段か?
セリカは、それをどうやら下から上へと移動しているようだった。
「どうやら、セリカはこっちに向かって移動しているみたいだな。もうすぐここに来るぞ」
俺はそう言って、セリカが入って行った部屋へと視線を向けた。
それにつられるようにして、グリッドとイオスも同じ方向へと視線を向ける。
そして、少しすると……隣の部屋から、セリカがひょっこりと姿を現した。
「っ!? 隊長。御無事でしたか」
「ん? ああ、グリッドにイオスか……そちらも無事、合流出来たみたいだな」
最初に声を掛けたグリッドに、次に隣にいたイオス、で最後に俺へとセリカは視線を巡らせると、ほっと安堵したようにため息を吐いた。
「スグミも無事なようで何よりだ」
「結構手間取ったが……まぁ、なんとかな」
どうやら、俺のことを案じてくれていたらしいセリカに、気軽い感じで応える。
「隊長、報告が。
思っていた以上に雇われていた傭兵が弱兵で、屋敷の制圧はほぼ終了しております。増援の心配もないかと。
今は傭兵共を一ヶ所に集め、他の四人がその見張りと、他に隠れている者がいないかの確認を行っている最中であります。
して、バハルを追ったとスグミ殿から伺いましたが……奴は?」
「……ああ、ある意味取り逃がした、と言うべきかだろうな」
「ある意味?」
グリッドがオウム返しにセリカの言葉を繰り返すと、セリカは悔し気に唇を噛みしめ、何やら手にしていた一抱え程の荷物を、俺達へと向かって放って投げた。
それは丸いボールの様な物で、綺麗な放物線を描くとドゴっと見た目よりは意外と重そうな音を立てて床へと落ちた。
それは惰性でコロコロとしばらく転がると、俺達の近くまでやって来て……
俺は偶然にもそれと目が合ってしまった。
「うぐっ……」
セリカが何気なく放り投げたそれは……人間の生首だった。
お化け屋敷や映画などではよく見かけたりするが、実物を見るのは初めてだ。
胃を掴まれたような不快感が一気に込み上げてくるのを感じたが、そこはぐっと堪えて吐くのだけは回避する。
「これは……バハルの首、ですか?」
「ああ」
「隊長が、これを?」
「まさか。バハルはエルフ拉致事件の重要な参考人なんだぞ? そんな人物を私が軽々に殺すとでも?」
「これは失礼を」
「私が駆け付けた時には、既にこの有様だったよ。
そうだな……私もいろいろと聞きたいことはあるが……
まずは私が見たことを話した方がよさそうだな」
セリカはそう言うと、グリッド同様横目に水晶漬けになったギュンターへと視線を向けたが、すぐ俺達へと戻すと俺と別れた後のことについて、自分が見聞きしたことを話し始めてくれた。




