七二話
『アンリミ』では、剣術や魔術といた技能を極めた先に、ある特殊なスキルが存在する。
EXスキル。俗に、奥義、とも呼ばれるスキルのことだ。
俺が持つ鍛冶師のEXスキル、それが【銘切り】だ。
正確には“銘を切る”というのだが、これの本来の意味は、刀などに作刀者や作刀年を刀の茎(柄に当たる部分)に刻むことをいう。
だが『アンリミ』では少しばかり意味が変わり、作った武具にオリジナルの名前を付けることが出来る、というスキルになる。
例えば、ただのロングソードでも“エクスカリバー”とか、名前を好き放題付けられわけだ。
勿論、ただ名前を付けれるだけのスキルではない。
スキル【銘切り】の効果は、自身が制作した武器・防具系のアイテムに限り“個有名”を付けられ、“個有名”が付いたアイテムの性能を基礎能力の三割向上させる、というものだ。
そして、もう一つ。
むしろ、こちらが本命ともいえるのだが、“個有名”を付けられた武器・防具には【潜在開放】という特殊効果が付与される。
【潜在開放】。
これは、設定された発動句とアイテムの個有名を、口頭で宣言することで、一定時間(一〇分間)だけ大量のMPを消費し、基礎能力値を三倍に引き上げることが出来るようになる、という効果だ。
ちなみに、クールタイムも同じく一〇分で、スキル発動と同時にクールタイムがスタートするため、MPを支払うことが出来るなら事実上永続利用が可能である。
俺の“闇騎士”の場合、傀儡操作の影響下に限り、【力】の基礎値が1000相当になる。
これに【銘切り】の効果で三割増しになり、【力】値が1300になっていた。
で、今しがたこの【潜在開放】を使用したことで、基礎値が三倍され【力】値が3000となった。
ここで重要なのは、補正が乗って上昇するのではなく基礎値そのものが変更される、という点だ。
基礎値が1000から3000に変更になったことで、【銘切り】の三割向上効果が300から900へ変更。
結果、現在の黒騎士のトータル【力】値は3000足す900の3900になっていた。
これは圧倒的増加量である。なにせ、元の数値のほぼ四倍だ。
ちなみに、個有名も発動句も一度登録してしまうと、その後の変更は一切不可能である。
どうしても個有名や発動句を変更したいなら、まったく同じ物をまた新しく一から作り直す必要があった。
流石にそれは面倒なので、今までずっと放置していたわけだが……
そもそも『アンリミ』では、俺は専らソロプレイが主だったので、使うにしてもNPCやモンスターの前でしか使っていなった。
そのため、あの恥ずかししいセリフもあまり気にしてはいなかったのだ。
だが、しかし……
まさか、人前でこのセリフを口にしなくてはいけない日が来るとは……
誰だっ! こんなクソ恥ずかしいセリフを発動句にしたバカはっ!
はいっ! 俺ですっ!
ノリだけで、こんな恥ずかしいセリフを考えた過去の自分をぶん殴りたい思いでいっぱいだ。
「くそっ! 抜けねぇ!! あれでまだ手を抜いていたってわけかよ……」
片手で悠々とソウルイーター(仮)を掴む黒騎士を前に、ギュンターがジタバタとソウルイーター(仮)を引き抜こうと必死に足掻くが、結果など言わずもがな。
苦々しい表情でそう呟いたギュンターが、憎しみの籠った眼差しで俺を睨む。
別に手を抜いていたわけではないんだがな……
あれはあれで、全力を出していたことは間違いない。ただ……
「俺にこの忌まわしい力を使わせたこと、その身で受けて後悔するんだな」
いうて、効果の発動条件は(精神的に)非常に厳しいものがあるが、効果自体は絶大だ。
何といっても【力】値3900だからな。
圧倒的ではないかっ! 我が黒騎士はっ!
最早、たった【力】値2000程度のギュンターではお話にすらならないのである。
「なにっ!!」
それを証明するように、黒騎士は片手で押さえていたソウルイーター(仮)を、ギュンターごと持ち上げて見せた。
そして、今度は勢いよく、それを床へと叩きつける。
「っこの……クソがっ!」
ビタンっと、床に打ちのめされるギュンターだったが、空かさずダメージを無効化した様で、床に張り付く様な姿勢になってはいたが、その顔からは痛痒にも感じている雰囲気はなかった。
ってか、今の一撃でよく手を放さなかったな。
ソウルイーター(仮)を手放させてしまえば、こっちのものだと思ったんだが……
まぁ、いいか。今のをダメージ無効化したというのなら、それはソウルイーター(仮)に蓄えられている生命力を多少は消耗させられた、ということでもある。
なら……
未だ体勢が整っていないギュンターを前に、黒騎士はもう一度ソウルイーター(仮)をギュンターごと持ち上げ、再度床へと叩きつける。
その際、ついでに少し高く持ち上げ、天井にも叩きつけてやる。
これでギュンターは、天井と床で二度おいしい思いが出来るということだ。良かったね。
ビッタン ビッタンと、俺はギュンターを何度も打ち据えた。
このままダメージ無効化を続け、生命力が空になってくれればいいんだが……と、淡い期待を抱く。
が、流石にそうは上手くは行かなかった。
「何時までも調子に乗ってんじゃ……ねぇぇぇっ!!」
それが何度目の叩きつけだったか。ギュンターが突然吠えた。
うん、まぁ、俺でも同じことされたらキレるだろうな。
ギュンターは天井に叩きつけられるその瞬間。
ソウルイーター(仮)から手を放し、くるりと身を翻して、天井に足から着地するという器用な芸当をやって見せた。
この時、すぐさまソウルイーター(仮)を投げ捨てるなり出来れば良かったんだが、腕を振り上げ振り下ろすという単純動作の繰り返しをしていた所為で、腕の動きを急に止めることが出来ず、また急に負荷が無くなったことで力加減を誤り、うっかりそのままソウルイーター(仮)を天井へと叩きつけてしまった。
ギュンターの支配下から外れたソウルイーター(仮)が、現在の黒騎士の力で天井に叩きつけられたらどうなるか?
答えは、あっけないほど簡単に砕け散った、だ。
ラプラスの瞳も使ってはいたのだが、それが咄嗟の行動だったのか、感知した時にはもう手遅れの状態になってしまっていたのも、対応出来なかった要因の一つだろう。
まるでそれを狙っていたように、ギュンターは天井を蹴り飛び出すと、砕けたソウルイーター(仮)の柄を器用にも空中で回収。
そのまま、一気に黒騎士から間合い取った。
で、案の定、気付いたときにはソウルイーター(仮)は元通りってな。
黒騎士が掴んでいたはずの刀身部分も、その姿は消えている。
チっ、逃がしたか……しかし、得る物もあった。
ギュンターの、正確にはソウルイーター(仮)の攻略法って成果がな。
俺は今の奴の行動に、攻略への一筋の光明を見出していた。
何故ギュンターは、わざわざソウルイーター(仮)を折るという方法で逃げたのか?
そもそも、掴まれたという事実を無かったことにすれば、簡単に逃げられたのではないのか?
もっといえば、何故、ソウルイーター(仮)の能力で【力】値を更に上げて、黒騎士を振り解こうとしなかった?
それは、しなかったのではなく、出来ないからなのでないか?
簡単に思いつく理由としては、現在の【力】値がソウルイーター(仮)による上昇量の限界か、もしくは、ソウルイーター(仮)に残っている生命力が少なく上げたくても上げられなかったか。
まぁ。そのどちらかだろう。
どちらにせよ、今以上にギュンターの膂力が上がらないというのなら、あとは力押しでどうにでもなる。
それとわざわざソウルイーター(仮)を折って逃げたのも、それがあの魔剣の能力の限界だからなのではないか、と俺は予想していた。
つまり、ソウルイーター(仮)の効果は、魔剣本体と使用者に何かしらの変化が起きた時にしか発揮できないのではないだろうか?
折れる、傷つく、失う……これら、元の状態から変化した物を、変化前の状態へと復元する力。それが、あの魔剣の本質的な能力なのではないか。
だから、掴まれただけという、魔剣にも本体にも何の変化もない状態では能力は使えなかった……
思い返してみれば、ギュンターは黒騎士の体当たりを食らった時には、ちゃんと……こういう言い方は変だが、吹っ飛んでいた。
当たった事自体を、無かったことには出来ないのだろう。
あくまで仮説だが、今までのことを考えれば、強ち間違ってもいないように思えた。
ゲーマーの考察力舐めんなよ。
「チっ、ここまでコケにされたのは初めてだぜ……
ったく、こいつは使いたくなかったが、出し惜しみしてる場合じゃねぇな……」
黒騎士から距離をとっていたギュンターが、徐に懐から小さな、香水瓶程の小瓶を一つ取り出すと、それを一息に呷り飲み干した。
途端。
今までギュンターから立ち昇っていた鈍色のオーラが色を濃くし、より大きく体から溢れ出す。
今のは多分、強化ポーションの一種だろう。
【身体解析】でステータスをチェックしてみれば、先ほどの更に倍。
ステータスのすべての値が、元値の四倍ほどにまで上昇していた。
【力】値も今は3000近くにまで達している。
まぁ、それでもまだ今の黒騎士から見れば可愛いものだがな。
この力を開幕出し惜しみせずに使われていたら、少しは厳しい戦いになっていたのではなかろうか。
最初は俺も完全にギュンターのことを舐めて掛かっていたので、初めからこの力を使われていたら危うかったかもしれない。
とはいっても、それでもまだ黒騎士の方が上なんですけどね。
潜在開放を使うのが速かったか遅かったか、要は、俺が恥ずかしい思いをするのが速かったか遅かったの違いでしかない。
それでも、ワンチャンあった可能性を棒に振ったのはギュンター本人が舐めプした結果だ。
戦力の逐次投入は悪手って、それ昔から言われてることだろうに。
舐めプをしていいのは絶対的強者だけだ。そう、例えば俺みたいにな……なんつって。
「ははっ! ふはははははっ! 俺に奥の手まで使わせたんだっ! テメェはこの場でブっ殺す!」
そうギュンターが叫んだ瞬間、奴の姿が消えた。
おうおう、また随分と速くなったことで。
しかし、ラプラスの瞳がある限り、どんなに速く動いたところでその先の未来は見えていた。
ギュンターがそれはもう弾丸と見紛う程の勢いで、黒騎士を無視して俺へと肉薄する……のだが。
その前に、これまた驚異的なスピードで俺とギュンターとの間に黒騎士を割り込ませる。
潜在開放によって上昇したのは【力】値だが、影響を受けているのは【力】だけではない。
それに伴って速度も向上しているのだ。
黒騎士を車に例えるなら、さっきまでは乗用車に普通のエンジンが積まれていた状態だとする。
しかし今は、乗用車の車体にF1のエンジンを突っ込んだ状態に近い。出力が単純に上昇した分、パワーと合わせてスピードも上昇しているのだ。
単純に考えて、今の黒騎士の速度はさっきの三倍は速い。色が赤ではなく黒なのが残念だ。黒だと三人組の方なんだよな……
なんて話はおいといて、つまり、外見は同じでも中身は最早まったくの別物なのである。
「またこいつかっ! クソがっ! クソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがっクソがぁぁぁぁああああっ!!」
なんてことは、最早語彙が死んでいるギュンターが知るはずもなく、苦し紛れに暴雨の様な斬撃を黒騎士へと浴びせる。
だが奮闘虚しく、その斬撃を黒騎士はすべて片手で楽々と受け止めていた。
残念ながら、この力を上回るのに必要なのは速さじゃないんだよなぁ。大事なのは、機転だ。
速いだけの単調な攻撃など、俺には通じない。それにいち早く気付いたブルックと、気付けていないギュンター。
それが二人を分け隔てる、決定的な要因だった。
しかし、だ。
返す刃でギュンターを攻撃するが、こちらの攻撃もまた強化されたソウルイーター(仮)とギュンターの技量によって巧みに往なされ、有効打を失っている状態だった。
パワーでは勝っているが、スピードはほぼ互角。
黒騎士が本来の二刀スタイルなら、手数で押し切ることも出来たのだろうが、生憎と今は一刀だ。
いくら多少余裕があるとはいえ、流石に飛ばされた大剣を拾いに行く程はない。
そうして、またしてもやって来る膠着状態。
ステータス的には、黒騎士と今のギュンターは結構近似だからな……
このまま膠着状態を維持すれば、時期に強化ポーションの効果が切れるのだろうが、それを待つのも芸がない。
と、そう考えていた時、ポンっと軽い電子音が俺の頭に響き、目の前にシステムメッセージのARウインドウが表示された。
『スキル【蟷螂之斧】の発動準備が完了しました。
発動条件を満たしたため、スキルがアクティベートされます。スキルを使用しますか?』
おおっ! なんというグッドタイミング。これで勝ったな。風呂入って来るわ。
掛けておいた保険が、ここでようやく有効になった。やっぱり保険というのは掛けておいて損はないな。
俺はメッセージを確認すると、すぐさま“使用する”を選択した。
はい、ポチっとな。
スキル【蟷螂之斧】発動。
しかし、スキルを発動したからといって、俺にも黒騎士にも見た目の上では変化は一切ない。
スキル名に斧と付いてはいるが、別に攻撃スキルというわけではないからな。
ただ、それは見た目に変化がないというだけで、実際のところ黒騎士は今までとは比べ物にならないくらいの劇的な変化を遂げていた。
どれくらい変わったかというと……
「鬱陶しいっ!! これで終いにしてやるよっ!!
“俺様の邪魔する奴が悪っ! 俺様の道を塞ぐことが罪っ!
罪人共は俺様の前に首を垂れ、罰を受けろっ!”」
と、突然そう言葉にしたギュンターから、更なるオーラが溢れ出す。そして、それが手にしたソウルイーター(仮)へと纏わり付くように移動して行った。
この首筋がチリチリする感じ……
そこに、セリカが大技を使った時と似た何かを感じた。
おそらく、次にギュンターが放つ一撃が、奴の渾身の一撃なのだろう。
そして、禍々しさを感じる程のオーラを纏ったソウルイーター(仮)を、振り上げ……
「断頭斬り!!」
振り下ろす。
その一撃の威力を示すように、黒騎士に刃が当るや轟音を響かせ、それがまるで衝撃波のように部屋を蹂躙する。
その威力たるや、俺も吹き飛ばされこそしなかったが、まっすぐ立ってはいられず方膝を突いていたくらいだ。
しかも、衝撃で屋敷全体が大きく揺れた。それこそ、地震かと思う程だ。
せめてもの救いは、ギュンターのこの技が、セリカの様な爆発系ではなかったことだろう。
仮に、この場でセリカの様な大爆発を起すようなスキルを使っていたら、今頃俺たちはみんなまとめて吹き飛んでいたことだ。
まぁ、そうではないと分かっていたから、敢えて受けたんだがな。
そして、ひと時の暴風も収まり、轟音も僅かに余韻を残すのみとなった頃。
その衝撃の中心地へと目を向ければ、黒騎士がソウルイーター(仮)を片手で握り締め、悠然と仁王立ちしている姿が目に付いた。
この程度の威力では、もう黒騎士はビクともしないのである。




