七話
「それではあの、先ほどから何もないところからいろいろと物を出していますが、スグミさんは魔空間術士なんでしょうか?」
魔空間術士……ね。
言葉の感じから、俺が知るところの次元術士と同じ存在、と考えてよさそうだな。
次元術士とは、『アンリミ』でのプレイスタイルの一つだ。
俺が使っていた【亜空間倉庫】や、テレポートなどの空間に関するスキルを専門に扱うプレイヤーの総称として使われている。
次元術士は、基本的に戦闘力が低く、積極的には戦いに参加しない代わりに、荷物持ちやダンジョンからの瞬間脱出、町から町への移動など、サポート能力に特化した能力を有している。
そのため、パーティーメンバーに一人いるだけで、戦闘以外のあらゆることが楽になる心強い存在だ。
とはいっても、個人の戦闘能力が低いので、一人で出来ることは少なく、そのためなりたがるプレイヤーが少ないのが実状だ。
下手をすると、寄生プレーヤーとか言われて絡まれたりするしな。
【亜空間倉庫】=次元術士、ソアラの言葉を借りれば、魔空間術士だが、そういう存在がいるというのが分かったのは一つの収穫だな。
【亜空間倉庫】を使う際、取り敢えず魔空間術士だといっておけば事足りる。これが、似たようなスキルが存在しなかった場合、説明するのが面倒になるのは目に見えている。
ただし、
「そういうわけでもないかな。なにせ、使えるのは【亜空間倉庫】だけだからね」
俺が使える次元魔術に該当するスキルはこれ一つしかないからな。
流石にこれ一つで次元術士を名乗るには烏滸がまし過ぎるというものだ。
「それでも凄いですっ! 私、空間魔術って初めて見ましたっ!」
何か彼女の琴線にでも触れたのか、何度もすごいです、すごいです、と連呼していた。
むふっ、可愛い女の子に褒められるのは中々に気分がいいものだ。喩えそれがお世辞だとしても。
しかし、アイテムを取り出す=【亜空間倉庫】=魔空間術士という流れが真っ先に出て来たってことは、個人が持つアイテム収納空間であるインベントリの認識はない、ということだろうか?
スキルである【亜空間倉庫】と、誰もが初期から所有しているインベントリとでは、似ているがまったく異なるものだ。
というわけで、分からないなら聞けばいいとそれとなく聞いてみたところ、「インベントリ? なんですかそれ? おいしいものですか?」みたいな答えが返って来た。
そういえば、『アンリミ』でもNPCがインベントリを使った、という話しは一度も聞いたことがないな。
とにかく、彼女がインベントリについて知らないというのは分かった。
「えっと、それじゃあ、あのおっきな黒い騎士様は何だったのでしょうか?
ぱっと現れて、ぱっと消えてしまいましたが……出来ればあの方にもお礼を言いたかったです……」
「ああ、あれは俺の人形で名前はまんま“黒騎士”っていうんだ」
本当は、完成時に銘付けた別の銘があるのだが、そちらは諸々の事情により現在封印中である。
いくら今よりも幾分か若かったこと、そして徹夜明けのおかしなテンションだったとはいえ、何故に“闇騎士”なんてとんでない名前を付けてしまったのか……
しかも、なんでドイツ語なんだよ……恥ずかしいを通り越して痛いわ……若気が至り過ぎてるだろ、当時の俺よ。
そんなわけで、とてもではないが人に話せるレベルではないので、今では見た目通りの“黒騎士”で通している。
「人形……ですか?」
「そう、人形。あれの中身は空っぽだよ」
黒騎士の中には様々なギミックが詰まっているので、文字通りの“空っぽ”というわけではない。
よくいう、中の人などいないっ! という意味でのカラっぽだ。
普段はチェストボックス同様、亜空間倉庫にしまっている。
本当ならノーリスクで自由に出し入れ出来るインベントリにしまっておきたいのだが、サイズ制限に引っかかって入らないのでしかたない。
「ここでは何て呼ばれているかは知らないが、俺の職業は“人形使い”なんだ」
「人形使い……ですか?」
俺の話しを聞いて、ソアラは不思議そうな顔をしてコテンと小首を傾げて見せた。
あら、かわいい。
人形使いは、自身は一切矢面に立たず、後方から人形を操って代わりに戦わせるスキル、ということになっている。
まぁ、実際はそんな便利なスキルではないだけどな。
ふむ。ソアラの反応からして、どうやら“人形使い”のことは知らないようだ。
確かに、ソアラはハンバーガーもアップリアも、『アンリミ』ではNPCだって知っているようなことを知らなった。
逆に、リーンにモルモルだっけ? 俺の知らないものを、彼女は知っていた。
まったく『アンリミ』と同じ、ということではないのだろう。
論より証拠。ということで、俺はチェストボックスに入っていた不用品の中から、手の平に乗るくらいの大きさの簡素なクマのぬいぐるみを取り出してテーブルの上に乗せた。
こいつは、今でこそあまり使う機会が無くなってしまったが、昔は狭い所の探索などで重宝していたクマだ。その所為で、所々擦り切れていたり、全体的に泥だらけだったりと見た目はボロボロになっている。
そんな小汚いクマを、俺はソアラの目の前で操り躍らせて見せた。
ちなみに、このクマのぬいぐるみは俺の趣味ではない。確か、何かのクジを引いた時に手に入れた景品だったような気がする。
「うわぁ! クマさんが躍ってますっ! すごいっ! かわいい~」
「まぁ、これが人形使いの力だよ。ここでは黒騎士が大き過ぎて出せないから、このクマは代わりだな。
大きさが全然違うが、同じようなものだと思ってくれ」
そうして、俺はしばらくクマを踊らせ続けた。ある程度踊らせたところでスキルをカットすると、クマがくたりとテーブルの上で突っ伏した。
「こんなもんかな。で、他に聞きたいことはある?」
「今のところは……もう、大分聞きましたから」
そういって、この環境にも随分と慣れてきたのか、ソアラは落ち着いた様子でお茶を啜った。
「んじゃ、今度はこっちから質問いいかな?」
「はい。私でお答え出来ることでたらなんなりと」
「ありがとう。じゃあ、一番重要なことを初めに聞きたいんだけど……」
「は、はい……」
俺が真剣な表情でそう切り出すと、ソアラもまた居住まいを正して真剣な表情で応じくれた。
「ここはどこだ?」
「……はい?」
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
「……つまり、スグミさんはダンジョンを攻略している最中に、転移系の罠に掛かってしまい、この地へと飛ばされて来た、と?」
俺は、自分の身に起きたことをソアラに包み隠さず話して聞かせた。ただ一点、それが“ゲームの中での話し”ということだけは伏せて。
すべてを正直に話すわけにもいかないからな。
「そう。だから実質迷子状態なわけなんだ。そういう意味では、ソアラと出会えたのは幸運だったかな? 一人だと、流石に心細過ぎる……」
「私がいなくても、スグミさんなら、お一人でもなんとかしてしまいそうですけど……ただ……」
ソアラは俺の言葉に苦笑いを浮かべると、そこで言葉を詰まらせた。
「その……お力になれれば幸いだったのですが、私も攫われて来た身なので……この辺りの地理については、あまり詳しくないと言いますか、知らないと言いますか……その、ごめんなさい」
ソアラはそう言うと、申し訳なさそうに頭を下げたのだった。
「いやいや! 別にソアラが謝る必要はないからっ! 何か知ってればラッキーくらいのことだからさ!」
突然、平身低頭謝りだすソアラを必死で止める。これでは、俺が彼女に無理難題を押し付けている様ではないか。
まぁ……そうだよね。
人攫いが、今ここは何処々々で、何処そこに向かっています、なんて丁寧に説明するわけないよね……
えっ? てーとなにか? 俺たち二人して遭難状態ってこと? オーマイガッ!!
「ま、まぁ、何とかなんだろ……それに、一人で居るよりは心強いのは本当のことだしな」
特に、ソアラがこちらの知識を持っているというのが重要だ。俺の持っている『アンリミ』での常識や知識が、こちらでも通じるとは限らないからな。
それに、少なくとも頭が二つあれば、自分にはないアイデアが出てくるかもしれない。
「それじゃ次。どうしてソアラは追われていたんだ? あいつら、“商品価値”がどうのとか言って君を追っていた様だけど……
てかそもそも、このあたりじゃ人攫いって普通に起きることなのか?
それに逃げる時、“俺は人間だから大丈夫”みたいなことを言っていたけど、それって、君が人間ではないっていうこと? もしかして、それが攫われた原因だったりするのか?」
「えっと……あの……その……」
矢継ぎ早の質問に、ソアラがしどろもどろになってしまった。
いかん。ついつい、考えていたことがそのまま声に出てしまった。
「ああ、悪い。一つずつ答えてくれればいいから」
「…………」
しかし、ソアラは今までの雰囲気とは一転して、急に押し黙ってしまった。
「……言い難いことなら、無理には聞かないよ。んなじゃ、次……」
「待ってください。話します……ただ、少し心の準備が……」
あまりプライベートなところには触れない方がいいかと思い、話を流そうとしたのだが、それを押し留めたのはソアラ自身だった。
しかし、心の準備、ね……やっぱり、話し難いこと、話したくないことなのではなかろうか?
なら無理に話さなくてもいいのに、と思う。
「無理しなくていいぞ? 別にそこまで知りたいってわけでもないし……」
「いえ、大丈夫……です」
そう言って、ソアラは一度二度深呼吸をしてから、覚悟を決めたように表情を引き締めると、耳元の髪を掻き上げて、俺に見えるように横を向く。
そこで俺が目にしたのは、丸みを帯びた普通の耳ではなく、二等辺三角形とでもいうのか、上に尖った形をした耳だった。これって……
「私、エルフなんです」
エルフ。森に住むという見目麗しい種族。ファンタジーではド定番といっていい存在だ。
しかし……エルフ、ね。
『アンリミ』には、人間以外の人種族は存在しない。
それはプレイヤーがアバターとして選択出来ない、ということだけでなく、ゲーム中にも登場しないということだ。
これはエルフだけに限った話じゃない。ドワーフとか、ノームやホビットと呼ばれる小人、そういった一切合財が登場しないのだ。
『アンリミ』に登場するのは、人間のみなのである。
ただ、リザードマンやゴブリン、オーガとかハーピィーのようなものは、敵性存在として登場する。
くしくも、ソアラがエルフであるという事実が、ここが『アンリミ』とは隔絶された世界であるという証明の一つなったわけだ。
「スグミさんが言ったのはその通りで、私が攫われたのは私がエルフだからなんです。
人攫いの頻度ですが、多くはありませんが、少なくもない。といった感じでしょうか。年に数回、何処かの村で誰かが攫われた、そんな話を耳にします」
ソアラは俺に向き直ると、悲しそな表情でそう話した。
なるほど。ソアラが自身の正体について言い淀んだのは、自分がエルフだと知られたら俺が彼女を攫った奴らと同じように、自分に危害を加えるてくるかもしれない、と思ったからか。
下手をしたら、さっきの二の舞になるかもしれなかったというのに……しかし、ソアラは隠さずに正体を明かしてくれた。
打ち明けるには、相当な覚悟が必要だったに違いない。これは、彼女からある程度の信用は得ていると思っていいだろう。
その信用を裏切りたくはないものだ。
とはいえ、エルフを捕らえて奴隷にする、二次創作物では当たり前といえば当たり前過ぎる話しだな。
ここも、その例に漏れず、といったところか。
「もしかして、人間とエルフ……というか、人間と異種族って仲が悪かったりするのか?
こう、人間種至上主義っていかう、人間が一番偉くて異種族なら奴隷にしてもいい、みたいなさ」
「えっ、いえ! そんなことはないですよっ! 多くの方は種族に関係なく、互いに尊重し合って暮らしています。
私が住んでいる村には少ないですが、人間の方や獣人の方など、他種族の方も一緒に暮らしていますし、ハーフもいます」
へぇ、そうなのか。
よく目にするファンタジーものって、エルフが人間を嫌っていたり、人間が異種族を蔑んでいたりするってイメージが強いけど、ここではそうではないらしい。
だが……
「多くの方は……ね。つまり、例外はあるってことか……」
「はい……」
思っていたより殺伐とした関係でなくてほっとする反面、どこにでも一定数は邪な考えの者がいる、ということを再認識した。
「まぁ、エルフといえば美人で有名な種族だからな~。俺も男だから、綺麗な女の子を侍らせたいって気持ちは、分からんでもないけどね」
男なら、ハーレムは一度は夢見る桃源郷だ。否定する奴は、ただのムッツリだ。間違いない。
ふと、視線を感じたのでソアラの方へと顔を向けると、ソアラがもの凄くジトっとした目で俺のことを見ていた。
「エルフが美人かどうかは置いておいて、そういうこと、口に出していう人、私、初めて見ました……」
「ふん。言おうが言うまいが、男なんて腹の中で考えてることはみんな同じだよ」
それを実行するだけの甲斐性……主に財力的な面で……が、あるかないかの話しだ。
流石に、二人も三人も四人もと、そんな多くの女の子を養えんよ。
「ただ、そのために力尽くで性奴隷にするってのは頂けないけどな。それをやったら、ただのクズ野郎になっちまう」
「せっ……! あっ、あの……えっと……その……」
年頃の娘さんには少し刺激が強い言葉だったのか、ソアラは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「こほん。多分、スグミさんが思っているのとは……違う理由、です。というか、御存じないのですか?」
ソアラは自分を落ち着けるように咳払い一つすると、そう言葉を続けた。
顔は若干赤いままだったけどな。
しかし、エルフを性奴隷以外の目的で攫っているというのは気になった。
「違う理由? 美人エルフさんを、卑猥な目的以外で捕まえる理由が他にある、と?」
「……スグミさんは、かなり遠方から飛ばされて来たのですね」
「まぁ、ね……俺が住んでいた場所って、人間以外の種族がいなくてね。エルフとか異種族なんて、御伽噺に聞く程度だったんだよ」
それは、ゲームの中では定番の存在だが、現実には決して存在しない者達だ。
「だからこうして、エルフのソアラと出会えて、ちょっと感動してる」
「感動だなんて……この辺りなら、エルフは多く住んでいますから、私以外のエルフも沢山見られますよ。
ですが、人間しかいない場所、ですか……そういう所もあるんですね。それなら、知らないのも無理ないと思います。
この辺りでは、人間の間でエルフのしょ……おほん。乙女の生き胆は、万病を癒す薬や、不老長寿の薬になる、とそう言われているんですよ」
ん? 今、なんて言おうとした? とは突っ込むまい。
それよりも、だ。
「は? 薬……? 生き胆って、食べるの? エルフを!? マジかっ!!」
「はい。本当です。その所為で、今まで多くの娘達が犠牲になって来ました……」
「うへぇ、喩え薬の話しが本当だったとしても、人を食べるのは流石にな……」
どんな病気も治る、不老不死になれる、とはいえそのためだけに人を食うとか……考えただけで腹の下の方がゾワっとする話しだ。ちょっと精神上よろしくないよな。
まぁ、実際に不治の病で余命いくばくもない、なんて言われたらどう考えるかは分からんだ。
「そんなの迷信ですよ。信じている人なんて、殆どいません。
事実、過去に権力者がエルフの肝を食したという話しがありますが、現在まで生きている人は一人もいませんから」
ああ、あれだ。
年取って死期が迫ったバカな権力者が、権力にしがみついていたいがばかりに不死を求める……何処にでもある話だ。
喩えそれが、風邪をひいたらケツにネギを刺す、レベルの迷信だとしても縋らずにはいられなかったのだろう。
かの秦の始皇帝だって、永遠の命が欲しいがために、不老不死の霊薬だと信じて水銀飲んで死んだっていうからな。
現代でも、アフリカの方ではアルビノ種の体は富をもたらすとか、万病に効く薬になるとかで、虐殺されることがあるって聞くし……
いやはや、これも“人の業”ってやつなのかね。
「で、ソアラもそのお薬にするために攫われた、と?」
「はい……運ばれている途中、あいつらがそんなことを話しているを聞きました。
だから、スグミさんは本当に命の恩人なんです。
あの時、スグミさんと出会っていなければ、近いうちにあいつらに捕まっていたか、でなければあの怪我です。きっと、長くは持たなかったと思います……」
あの時のことを思い出したのか、ソアラは自分の両肩を抱える様に抱くと、ぶるりと身を震わせた。
つまり、あのままソアラを放置していれば、どこかのゲスい奴に、文字通り美味しく食べられてたか、野垂れ死んでいたの二択だった、ということか。
今考えれば、ゾっとする話しだな。




