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六四話


「エサだ。受け取れ」

「ありがとう……ございます……」


 看守らしき男が、鉄格子の下の隙間から三つの椀を乗せたトレイが差し込み、それをルゥが受け取った。

 男は、もう仕事は済んだと、早々にこの場を去って行く。

 そして、足音が聞こえなくなるのを待ち、俺達は動き出した。


「見事に気づかれなかったな。碌に確認もしないなんて、この水路の牢に絶対の自信があるのか、それともただ怠慢なだけなのか……」


 俺は懐にしまっておいた輝晶石ランタンを取り出すと、灯りを(とも)して周囲を照らした。

 セリカの明かりの魔術でもいいのだが、一々魔術を使うよりこっちの方が楽だろうと、事前に用意しておいた物だ。

 セリカも使い勝手が良いと、絶賛してくれていたしな。


 それにしても……

 看守が運んで来た食事になんとなく目をやると、椀の中身はほぼ具のないスープのようなものだった。

 こんなもの、とても食事と呼べる代物ではない。これ一つを取っても、ルゥ達が如何に過酷な環境に置かれていたのかがよく分かる。

 こんな残飯とも思える、よく分からないものにわざわざ手を付ける必要もないので、こんなものは廃棄だ廃棄。ネズミのエサにでもしてしまえばいいだろう。


 実のところ、俺達三人は待機中に食事を済ませていた。

 今回の作戦は最初から長丁場になると思い、宿屋の女将さんに多めの弁当を作ってもらい、それをインベントリに収納しておいたのだ。

 それを、食事が運ばれてくる前に、三人で分けて食べていた、というわけだ。

 外の連中にも分けた方がいいかとセリカに聞いたら、それぞれ携行食を持参しているらしいので、問題ないとのことだった。

 

「両方だろうな。自信から来る怠慢、といったところか。

 今まで何も無かったが故に、まさか自分達が狩られる側に回っているとは露にも思っていないのだろうよ」

「こっちとしは好都合だから、そのまま油断していてくれって感じだけどな」

「違いない。さて、食事が運ばれて来たということは、これでここにこれ以上誰かが来るということはない。そう思っていいのだな?」

「はい。少なくとも、私がここに連れてこられてからは一度もありませんでした」

「分かった。ではスグミ、頼む」

「あいさー」


 というわけで、俺は外部に繋がる縦穴がある壁に、【形状変化(シャープ・チェンジ)】で穴を開けた。


「まずはルゥの脱出を」

「本当に助けて頂いてありがとうございました。このご恩は一生涯忘れません」


 そう言って、ルゥは深々と頭を下げた。

 流石に、いくら手足を掛ける場所があるとはいえ、垂直10メートルの壁をルゥに自力で登らせるわけにもいかなかったので、そこはもう一人の被害者の彼女同様、体にロープを縛り付けて上から引き上げる形になった。

 今後、ルゥはイオスに連れられて自由騎士組合(ギルド)に向かい、もう一人の被害者女性とそこで身を隠すことになる。

 身の回りの世話は、引き続きソアラが担当する手はずだ。

 すべてが片付いたら、イオスを通じて彼女達の村の関係者と連絡を取り、帰還する予定になっている。


 ルゥが無事に外へ出ると、今度は代わりに待機していた騎士達が地下水路へと降りて来た……のだが。


「いや、無理だろこれ……」


 筋肉ダルマが二匹地下牢に入った段階で、牢はもういっぱいいっぱいになってしまった。

 デカ過ぎるんだよお前ら……


「この鉄格子を外すから少し待ってくれ」


 と、仕方ないので場所を開けようと、取り敢えず鉄格子を【形状変化(シャープ・チェンジ)】で外そうとしたのだが……


「チっ、抗魔鉱か……俺の能力(スキル)が無効化される。こうなると、抗魔鉱ってのは思った以上に鬱陶しいもんなんだな」

 

 ご丁寧にも格子に抗魔鉱が使われている様で、スキルの効果が無効化されてしまっていた。


「この格子には抗魔鉱が使われているのか?」

「みたいだな。能力(スキル)を弾かれるような、妙な違和感がある。前に、ソアラの首枷を外そうとした時と同じ感じだ」

「分かった。ならばここは私に任せろ」


 セリカは俺を格子の前から退かすと、軽く右腕を振る。すると、その手には一振りの光り輝く光剣が握られていた。

 レイブレード。

 これは俺がセリカに渡しておいた、護身用の暗器型武器だ。

 ソアラに渡したエナジーボウと同様に、普段は腕輪型をしているが、魔力(MP)を流すと光で出来た非実態剣を作り出す。

 セリカは二刀流なので、これを左右の腕に一つずつ付けていた。


 当然、この光剣に実態はないので、物理的に何かを受け止める様なことは出来ないが、強度が一定値以下の物を問答無用で両断する【絶断】というアビリティが付与されている。

 質の低い盾や鎧などは、このレイブレードの前では紙と変わりないのである。


 まぁ、それでもゴミアイテムなんですけどね……


 レイブレードのレア等級は上から二番目の伝説級(レジェンダリー)なのがだ、肝心の【絶断】が機能するのがその下の秘宝級(アーティファクト)からなので、手に入れるのに苦労する割に同等級の装備には一切通用しないゴミ装備なのだ。

 当然、伝説級(レジェンダリー)アイテムを落とようなすボスに通用するはずもなく、付いた異名が“格下殺し(アンダーキラー)”。

 雑魚には滅法強いが、強者には歯が立たない。しかも、その雑魚狩りも他の伝説級(レジェンダリー)武器でも結局一撃なので、もうマジでいらない可哀そうな子なのである。

 名前はカッコイイのにね……

 

「ふっ!」


 セリカは格子の前で息を整えると、躊躇うことなく光剣を一息で真横に振った。

 光剣は何の抵抗も感じさせないまま、すっと格子をすり抜けて行き、返す刃でもう一太刀。

 見かけ上は何の変化も起きていないのだが、セリカが格子に近づきその中の一本を手にすると、根元から簡単にするりと外れてしまった。


「恐ろしい切れ味だな。まるでバターかチーズでも切っているような手応えだった。切断面などまるで鏡のようではないか……」


 自分でやった事が信じられないのか、セリカが格子を手にして感嘆の声を上げていた。

 そりゃ腐っても伝説級(レジェンダリー)ですから、それくらいは……ね?


 切り取った格子は、一応、音を立てないように慎重に外し、通路に寝かして置いて行く。

 立て掛けて置いて、倒れでもしたら大変なことになるからな。

 そんな地味な作業をちょちょいとこなし、ようやく突入部隊の面々がイオスを除いて地下牢へと降りて来た。

 もう、牢屋って雰囲気は微塵もないけどな。


「これが、今の所分かっている地下水路の地図だ」


 で、俺は降りて来た騎士達に書き写していた地図を手渡していく。


「ふむ。これほど緻密な地図をこんな短時間で作り出すとは、本当に貴殿は底の知れぬ男だな。

 味方であるから頼もしいが、敵であったら相手にしたくもない」


 俺から地図を受け取ったグリッドの第一声がそれだった。

 ちなみに、作った地図の枚数は一人一枚で、俺の分を除いた七枚だ。

 当然、この地図は手書きではなく、スキル【念写】によって描いた……というよりは、印刷した物だな。

 人形の図面を引く時や、ちょっとしたメモ何かを取る時に重宝するスキルである。

 何せ、紙さえあれば、ペンもインクもいならいのだから。


「似たようなことをイオスにも言われたよ。まぁ、誉め言葉だと思って受け取っておくわ」

「そうしてくれ、出来れば今後とも我々と敵対しなでくれると助かるがな。

 それで……侵入経路は五ヶ所か……」


 待機している間に、更に二つ階段を見つけていたので、現在分かってる侵入ヶ所は五か所になっていた。


「ただ、水路全体を調べられたわけじゃないからからな。この五ヶ所で全部とは思わないでくれよ」


 この地下水路、想像以上に広く、流石に隅々まで調べるには時間が足りなかった。

 調べていて分かったことといえば、この地下水路がおそらくアグリスタの街の下にくまなく張り巡らされているだろう、ということだ。


「承知している。

 それで、隊長が連れ込まれた部屋へと続いている階段はどれだ?」

「こいつだな」


 グリッドに問われ、俺は地図に記した階段の一つを指さした。


「よし。ならばこの階段に用はない。除外するこにして……」

「いや、それはダメだ」


 と、間髪入れずにセリカが口を挟む。


「あの階段には、まだ上へと続く階段が繋がってた。切り捨てるわけには行くまい」

「了解しました。では、この階段をゼロ号とし、残り四つを左から一号、二号、三号、四号階段と呼称。

 基本、一つの階段に付き二人での侵入するものとし、まず二号を、ケインとピットが担当」

「へいっ」

「応とも!」

「三号をコーナーとポール」

「任せときなっ!」

「腕が鳴るぜっ!」

「ゼロ号を俺が、今ここにはいないが一号をイオス殿で当たる。単独行動は不本意だが、仕方あるまい。

 とはいえ、ゼロ号と一号は近い場所にある。突入後は、出来るだけ早めの合流を心がければ問題あるまい。

 そして、四号を……」

「私とスグミだな」

「はい。お願いします」


 すげー……なんかあっという間にいろいろ決まって行ったな。

 まさに、デキる上司、みたいな感じだ。しかし……

 

「一つ聞きたい。この配置に何か意図はあるのか?」


 グリッドの決定に何か不満がある、という訳ではないが、何を決め手にそう判断したのかは気になったので聞いてみることにした。


「勿論だ。この地図と屋敷の位置関係を考えると、数字が大きくなるほど屋敷の中央に向かっている傾向にある。

 おそらく、スグミ殿と隊長達が突入する四号階段は、屋敷のほぼ中央に出るものと推察している。

 バハルとは臆病な男だ。奴が潜んでいるとするなら、安心出来る屋敷の中央以外にはないだろう。

 しかし、当然、奴の近くには実力者が多数護衛として配置されているに違いない。

 となれば、こちらも最大戦力で挑むのが得策と判断した」

「なるほどな。その最大戦力が俺とセリカってわけか。理解した。

 なら、ついでにもう一つ。

 中央にバハルって奴がいるのが分かっているなら、全員で一斉に四号から突入するってのはダメなのか?」

「一点集中は確かに効果的ではあるが、恥ずかしい話だが、俺の見立てとて絶対とは言い切れない。

 これはあくまで予測でしかないのだ。戦力を集中して逃げられたでは、笑い話にもならんからな。保険は用意しておくに越したことはないだろう」


 なんでも、バハルという男はかなり用心深い、というか小心者なようで、従来なら街の代官の護衛は王国騎士団が担当するのだが、信用できない、という理由から自分が雇った私兵だけを屋敷に留めているのだという。

 しかも、滅多に部外者を屋敷に入れないという徹底ぶりだ。

 その所為で、グリッド達も屋敷の間取りなどを調べられずにいたらしい。


 まぁ、裏を返せば、騎士団を屋敷に近づけたくない言い訳にも聞こえるが、これはバハルに限ったことではなく、貴族の多くが騎士団とは仲が悪く、独自の私兵を雇っているのだそうだ。

 何か理由があるのだろうが、今聞くことでもないと判断し、深くは聞かないことにした。


「そこで、俺が考えた作戦なんだが……」


 と、グリッドは自らが立案した突入計画を話し始めた。

 まず、二号班のケインとピット、三号班のコーナーとポールが先行突入をして屋敷の護衛を陽動、攪乱。

 護衛が彼らに引っ張られたところで、ゼロ号担当のグリッドと一号担当のイオス、そして四号班の俺とセリカが屋敷に突入し、バハルの確保に向かう、という筋書きだ。

 人数が少ないので、屋敷を囲んでいる部隊にも協力を頼んだ方が良いんじゃないかと提案したのだが、グリッドからは却下されてしまった。

 その理由が、屋敷外の部隊はバハルの逃亡を阻止するのが主な任務ではあるが、それとは別に、外部への救援要請や、増援をくい止めるという役割もあるからだという。


「こちらは数に限りがある。だからこそ、屋敷内の人数が少なくなる夜を待ったのだ。

 とはいえ、そう案ずるな。確かに数は少ないが、ここに居るのは一騎当千の騎士(もののふ)ばかりよ」


 まぁ、グリッドがそう言うのなら、大丈夫なんだと思う。短い付き合いだが、無駄に見栄や虚勢を張るような男ではないと、なんとなくだが分かったからな。

 と、話がまとまった頃、丁度イオスが姿を現した。

 こいつ、いっつもタイミングを計ったかのように現れるな……

 イオスには作戦の詳細について、後でグリッドが直接説明することになった。


「では明かりを灯す」


 グリッドがそう言うと、皆が一斉に懐から一本の蝋燭を取り出した。


「明かりなら、俺がランタンを貸すけど?」

「それは有難いが、そうではない。

 まぁ、明かりを確保するという意味もなくはないが、この蝋燭はどちちらかというと時間を知るために使うのが主なのだ」


 どいうことかと詳しく聞くと、無線や電話はおろか、時計すらないこの世界では、互いに離れた状態で任務に当たる時、意思の疎通はほぼ不可能になる。

 俺はオプション画面から時刻を確認することが出来るが、彼らにはそんなものはないからな。


 故に、離れた場所で同時に作戦を開始する、と言ってもそう簡単なことではないのだ。

 そう言う場合、多くは誰かが分かり易い合図を起こるのが基本なのだが、互いに離れすぎている場合、もしは合図を確認出来ない環境下にあるような場合はどうするのか?


 そこで重宝するのが、この蝋燭というわけだ。

 同じ大きさの蝋燭を同時に灯せば、ほぼ同じタイミングで燃え尽きる。

 勿論、秒単位での正確性は望むべくもないが、大まかに知ることが出来るだけでも勘に頼るよりかはずっと制度が高い連携を取ることが可能となる。

 グリッドからそんな話を聞いて、ふと、江戸時代では線香に火を灯して時間を計っていた、なんて話しを思い出した。

 世界が変わっても、人間、大体思いつくことは皆同じ、ということなのだうか。


 皆が取り出した蝋燭には目盛りの様な物が刻まれており、目盛り一つで約一刻(二時間)程度燃えるらしい。

 今が大体午後の七時。作戦開始が深夜ということで、六時間後の深夜一時に設定。

 目盛りが三つ目のところで、全員で揃えて蝋燭を切り落とす。

 これで準備完了らしい。

 そして、全員が蝋燭に火を着け終わると、火が消えないように各自が腰に下げていたランタンに蝋燭を収納し、自分たちの持ち場へと散って行った。


「では、私達も向かうとしようか」

「そうだな」


 そして、俺達もまた、待機場所へと向かって移動を開始した。


 

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