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六二話


 程なくして、セリカが地下水路の牢獄へと戻って来た。


「あの娘はイオスとソアラが自由騎士組合(ギルド)へと連れて行くことになった。

 イオスは搬送次第戻って来るが、ソアラはそのまま彼女の付き添いとして残るそうだ」

「まぁ、妥当だな。

 あの子だって、目が覚めた時に同族(エルフ)が近くにいた方が安心出来るだろうしな」

「えっ!? エルフが同行しているのですか?」


 そんな俺達の会話を、何気なく聞いていたルゥが驚いたように声を上げた。


「ああ、今は男性と女性、それぞれ一名ずつが我々と行動を共にしている。二人ともオファリア出身のエルフだ」

「オファリアのっ!?」


 ソアラがルゥの出身であるトーン村のことをすぐ近くの村だと言っていたので、ルゥもまたオファリア村のことを知っていたのだろう。


「男の方はイオスと言ってな、エルフの中から有志で集められた、攫われたエルフの救済活動を行っている組織に属している。

 ルゥ、確か貴女の故郷のトーンからも何人か参加していたはずだ」

「本当ですかっ!」


 セリカの言葉に、自分が決して見捨てられていたわけではないと知り、ルゥの顔が明るく綻んだ。


「そして、女性の方はソアラと言う。貴女とそう歳の違わない少女だ」


 セリカにそう言われ、改めて近くでルゥを見てみると、確かにソアラと同じ年頃の少女であることに今更気づく。

 今は髪も乱れ、着ている服もボロボロ。顔も泥だらけに汚れているが、綺麗に身なりを整えれば、見違える程の美少女になるだろうことだけは理解した。

 百里百足を通してだと、暗くて全然分からなかったからな。

 てか、エルフってのはやっぱ美人ばっかりなのか? それとも美人を狙って攫っているのか?


「ソアラも貴女と同じように賊に捕らわれ、ここへと運ばれようとしていた時に、そこの男、スグミに助けられたようでな。

 それからまぁ、いろいろあり、こうして協力してエルフ誘拐犯を追っている、といわけだ」

「……私達以外にも、そういう子がいるんですね」

「だからこそ、これ以上被害者を出さないために、そして、攫われた者達を取り戻すために、我々がここにいるのだ」


 力強く、そして凛とした声でセリカはそう言うと、ひしっとルゥの手を取り握り絞めた。

 これがセリカが女性でなくイケメン騎士だったら、恋に落ちること間違いなしだろうよ。


「ああ、それとルゥ。貴女が望むのなら、スグミの様な身代わりを用意し、ここから出ることも可能だが、どうする?」


 そんなセリカの提案に、俺の脳裏にふとした疑問が過って行った。


「身代わりって……あの筋肉ダルマ達じゃ、身代わりなんて不可能だろ? いくらここが暗くても一瞬でバレるぞ?」

「そんなことくらい分かっている。だからイオスに頼むつもりだ」


 あっ、はい。そうでしょうね。てか、あいつらが筋肉ダルマなのは否定しないのか……


「えっと……申し出は大変有難いのですが、食事を運んでくる看守? と言えばいいのでしょうか?

 その人から食事を受け取っていたのは、今までずっと私だったので、急にセリカ……様に代わると怪しまれるかもしれません」

「そうなのか? ……なるほど。分かった。それでは申し訳ないが、今暫く我々と行動を共にしてもらえるだろうか?」

「はい。私なんかで力になれるなら」

「貴女の勇気と協力に感謝する。ルゥ、貴女の身は何があっても私が必ず守るとここに誓おう。それと、私に様付けは不要だ。セリカでいい」

「それでは、よろしくお願いします。えっと、セリカ……さん」


 いきなり呼び捨てには出来なかったのか、恥ずかしそうにルゥは最後にちょこんと小声で敬称を足していた。

 そんなルゥに、セリカが優しく微笑み返す。


「さてっ、まずは一段落といったところたが、まだまだやることは多い。

 立ちっぱなしってのもなんだから、散り合えず座ろうや」


 そう言って、俺はさっきまでもう一人の被害エルフ女性が蹲っていた場所まで移動すと、その場に腰を落とした。

 のだが……


「固ったぁ! てか、痛ってぇ! あんた達よくこんな所で座ってられたな……」


 そのあまりの座り心地の悪さに、俺は飛び上がった。

 この牢屋に足を踏み入れた段階で、靴越しに何となく分かっていたことではあったが、この牢獄の環境は非常に悪い。

 地下水路の壁を()()いただけなので、床が固いのは当然として、なにより綺麗に整地されているわけではないので、表面が非常にゴツゴツしているのが頂けない。

 その所為で、所々にある妙に尖った出っ張り部分がケツの骨に刺さってマジで痛い。


「座る場所を選べば、なんとか座れないこともないんですよ……」


 俺のボヤキに、ルゥが苦笑いを浮かべながらそう教えてくれた。

 どれくらいここに閉じ込められているのかは知らないが、ルゥなりの生活の知恵というやつだろう。

 にしても、だ。


「こんな所に長時間座っていたら、俺のデリケートでぷりちーなおケツが二つに割れちまうだろが。

 あっ、もう割れているっ! なんてこった!」

「人の尻は、生まれながらに二つに割れているものだ。……下らんことを言うな」


 場を和ませようと、軽い冗談のつもりだったのに、氷よりも冷たいセリカ様の視線が俺にぶっ刺さった。

 しかも、今の外見は普段のセリカのそれではなく、変身リングによって作られたクールビューティ系のお姉さま姿だ。

 だから、その汚物でも見る様な冷徹な視線が、余計に刺さること刺さること。

 おいっ、これで俺が変な性癖にでも目覚めたらどう責任とってくれるんだっ!

 

「ちょっと場を和ませようとしただけだろうが……そう睨むなよ」

「その気持ちは汲むが、場を弁えろと言っている。そもそも、内容も下らん。もう少しセンスのあることは言えんのか?」

「うっそぉ~んっ! センスあるだろ俺? てか、センスといったら俺、みたいなところあるだろ?」

「そう思っているのなら、それは幻想だ。

 今すぐ悔い改めるがよかろう。でなければ病の疑いがある。早々に高名な医師に診察してもらうのがよいだろう。何なら紹介してもいいぞ?」

「ひでぇ言われようだな、おい……」

「ふふっ……ふふふふふ……」

 

 そんな俺達の言葉の応酬の最中、ふと横から笑い声が聞こえて来た。

 声のした方へと振り向けば、案の定ルゥが口元を押さえて笑っていた。

 まぁ、一応目的は達成したってことでいいかな……


「あっ、その、ごんなさい……」

「いや、ルゥが気にすることはない。すべてこの男が下らないことを言ったのが原因なのだからな」


 そう言って、セリカの呆れた様な瞳が俺を一瞥した。


「お二人は大変仲がよろしいのですね」

「どうだろな……何せ、私とスグミが出会ってまだ三日と経っていないものだからな。

 仲が良いのかと聞かれても、正直返答に困る」


 確かにな。セリカと出会ったのは二日前のことだ。

 とはいえ、時間は短いがその分、密度の濃い時間を共にしていたとは思う。

 ナイフをどてっ腹に突きつけられたり、一戦交えたり、賊を一緒に運搬したりな。で、今はこうして一緒に仲良く牢獄に入っている、と。


 そんなセリカの言葉を聞いて「そうなんですかっ?」と、ルゥが驚きの声を上げていた。


「それに大体、牢などどこもこんなものだぞ? スグミ。快適に過ごせる牢など、聞いたこともない」


 まぁ、そりゃそうだわなぁ……しかし、だ。


「それでも、何時いかなる時でも快適空間を求めるのが、人の性ってもんだよ」

 

 俺はセリカに向かってニヤっと笑うと、目の前にドカンとチェストボックスを取り出した。

 牢の広さは、セリカ達の秘密アジトの会議室よりずっと狭かったが、何も置いていないが故に、このチェストボックスを出すには十分な空間が確保されていた。


「えっ!? 今、この箱を何処からっ!」

「スグミは魔空間術士でもあるからな。こういう芸当は普通にこなす。この男のすることに、いちいち驚いていては身が持たんぞ?」

「は、はぁ……そ、そうなんですか……」

「うむ」


 そんな二人の会話を横に聞き、俺はチェストボックスを漁り始めた。

 確か、この箱の中に放り込んだ様な気が……あったあった。


「ジャジャーン! スライムクッション!」

「すら……何だと?」

「言った通り、スライム素材で作ったクッションだ。衝撃吸収に優れた低反発素材が体に掛かる負担を……って言っても分からんだろうから、取り敢えず使ってみな。

 んじゃ、このピンクのやつはルゥちゃんに。はいどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「セリカにはこの黄色のやつをあげよう。はい」

「か、忝い……」

「俺はシックに黒だな」


 ちなみに、色は全五色で、あと白と水色がある。

 サイズとしては大体一般的な座布団ほどだが、若干高さがあるのでその分だけ少し大きい。

 肌ざわりとしてはポリエステル繊維の様な滑らかでさらさらとした感じで、感触としては低反発ウレタンとビーズクッションの中間の様なふにふに、もちもちとした感じがするクッションだ。

 その極めて高い柔軟性から、座った時の埋没感がクセになると『アンリミ』でもかなり人気の出たアイテムであり、通称、人をダメにするスライム、もしくは、スライム製ヨ〇ボー、などとも呼ばれている。


「なんがた、不思議な感触がするクッションですね……」


 ルゥがクッション……『アンリミ』では、このスライムクッションのことを、ムッションと略されていたが……をムニムニしながら感想を述べる。


「スライムクッション……これがスライムの素材から作られているというのか……」


 ルゥと同じように、ムッションをふにふにしたり、押し潰してみたり、引っ張ったりして遊びながら、セリカがそんなことを口にした。


 作った、とは言ったが、正確にはイベント交換アイテムなので自作は出来ない。

 イベント期間中にスライム系モンスターを倒した時に手に入る、ドロップアイテム“スライムの欠片”を一〇〇個集めると、ムッション一つと交換してもらえたのだ。

 余談だが、このスライムの欠片。ドロップ率があまりに激渋だったせいで、イベント開始時はオークションであり得ない程の高騰をしていた。

 これはカネになるっ! と、俺はカネの臭いを感じ、金策目的で狂った様に毎日スライムを乱獲しまくっていたのだが……

 イベント終盤で救済措置として、ドロップ率が驚愕の100%になり、価格は即時超暴落。あっという間も置かずに、スライムの欠片はただのゴミになってしまったとさ。ハハハハ……はぁ。

 しかも、自分より低価格で出品されていた商品は余さず回収し、転売までしていたものだから、在庫の量はそりゃもう相当なものになっていましたよ……

 

 悔しかったので、手持ちの素材は全部イベントアイテムに交換してやった。

 おかげさまで、チェストボックスの中はこの手のアイテムでぎっしりだよコンチクショー! 大赤字もいいころだ。クソ運営め……あの恨みは決して忘れん。

 これは、そんな先物取引に失敗し、山となった負の遺産達なのである。


 俺はそんな苦い思い出を胸に抱きつつ、このままでは邪魔なチェストボックスを回収。

 皆が休めるだけの空間を確保した上で、黒ムッションを地面に置いて、その上にドカリと尻を落とした。

 あ~、この尻が包み込まれる感じ……たまらん。


「はふぅ~」

「「…………」」


 そんな(くつろ)ぐ俺を見て、二人もいそいそと床にムッションを置いて、各々座り出す。


「うわっ! 何ですかこれっ! すっごくふわふわしますよっ! ほらっ!」

「腰全体を、何かに支えられているように安定するな。それでいて柔らかく、形を自由に変える。まるで、雲にでも座っているかのようだな……」

 

 二人とも、ムッションの座り心地がお気に召したようで、ルゥはムッションで上でぽんぽんと軽く跳ねだし、セリカは体の落ち着きの良い体制を求めて、体を左右にくねくねと揺らしていた。

 喜んでもらえたようで何よりだ。

 美少女のケツを乗せてもらえたのだから、長いことチェストボックスに封印されていたムッションもこれで報われただろう。

 てか、どんな形にせよ有効活用してやらねば、俺の方が報われんわ。

 何せこのムッション、チェストボックスの中に千個単位で保管されてんだからなっ!

 色々落ち着いたら、これで商売でも始めてやろうか……

 なんて、ムッションでまったりしながらそんなことを考える。

 さて、本格的に行動を起すのは夜なので、それまでは体は休めつつ、やることはやってしまおうか。


 

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