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六〇話


『名乗り遅れてすまない。私はノールデン王国騎士団に席を置く、セリカ・ウォーレンと言う。

 今はとある魔道具でエルフの姿をしているが、こう見えて私は歴とした人間だ』


 人気が完全に無くなったことを確認した上で、セリカは捕らわれていた女性にそう名乗ると、着けていた指輪を外して見せた。


『っ!?』


 彼女が自分の姿を認識したのを確認すると、セリカはまた指輪を元の位置に戻す。


『現在、我々はエルフ誘拐事件の捜査を行っている最中だ。勿論、貴女方の救出も我々の任務に含まれている。だから、もう安心してくれ』

『っ! 騎士様っ! 私達、助かるんですかっ! 本当にっ!』

『ああ。外では私の心強い仲間達が、貴女方の救出の手はずを整えてくれている。もう何も心配することはない』

『ああぁ……ありがとうございますっ! 本当に、ありが……ううっ』


 思わぬ言葉に、彼女は涙を流してセリカに縋りつくように抱き着くと、その場にずるずると泣きながら膝から崩れ落ちて行ってしまった。

 気丈に振舞ってはいたが、内心、相当切羽詰まっていたのだろうな。

 そんな彼女に、セリカは膝を地に突き視線を合わせると、彼女の涙をそっと拭い取って「大丈夫だ」と小声で囁きながら、彼女を優しく抱きしめた。

 なにこの子? カッコ良過ぎじゃありませんこと?

 これだけのことをしておいて、まったく嫌みに見えずむしろ様になっているところがまた憎たらしい。

 これはあれだろ? これでセリカが男だったら、キャーすてきーっ! 抱いてぇ! ってのが確定するやつだ。

 俺が代わりに捕らわれエルフ役やっときゃ良かったか? なんて(ひが)んでしまう。


「セリカの方が、スグミさんよりずっとカッコイイですよね」


 その様子を見て、ソアラが俺へジトっとした視線を向けながらそんなことを言う。


「スグミもそう思います」


 (しゃく)だけどな……


 で、どれ程そうしていただろうか。

 彼女が落ち着いた頃合いを見計らい、セリカはゆっくりと彼女から身を離した。


『ただ、一つ謝らせて欲しい。捜査の過程で、貴女達がここに捕らわれている可能性が十分にあると知りつつ、救出が遅れてしまったこと、平に申し訳なく思う』

『そんなっ! 騎士様が謝ることなんて一つもありませんっ! こうして助けに来て下さったではありませんかっ!』

『ははっ、そう言ってくれるのは嬉しいが、少し静かにな。人気がないとはいえ、注意するに越したことはない』

『は、はい……すみません。嬉しくて、つい……

 あっ、わ、私はルゥと言います。トーン村のルゥです』


「トーンと言ったらオファリアのすぐ近くの村ですよ。そんな所からも……」


 捕らわれていた女性の言葉に、ソアラがそう解説を入れてくれた。

 セリカも言っていたが、人間の街から近い場所でも誘拐が頻発しているというのは間違いないようだ。


『ただ、えっと、そっちの子は……』


 彼女は横たわるもう一人の女性に視線を送り、言い難そうに口を(つぐ)んでしまった。

 彼女の話しでは、出会った時には既にこうなってしまっていたとのことなので、名前や出身地など何も分からないとのことだった。


『大丈夫だ。問題ない。その子も助け出して、必ず故郷に帰すと約束しよう。

 さて……スグミ。近くにいるのだろう?』


 セリカに唐突に名前を呼ばれ、少し驚いた。


『予定では、この段階で私の傍にはお前の人形がいる手はずになっていたはずだが?』


 確かにその通りなので、俺は呼ばれるままに天井からスルスルと百里百足の姿をセリカの眼前へと晒す。


『やはりこいつがお前の人形だったか』


 あっ、やっぱり気づいていたようで……

 セリカは躊躇うことなく、百里百足を手の平で受け止めると、自身の顔へと近づけた。


『確か、こちらの様子と声は届いているんだったな?』


 コクコクと、俺は百里百足の体を大きく上下に振り肯定の意を示す。

 エテナイト同様、というか俺の人形達には発声器官を備えている機体がないので、こればっかりはジェスチャーでどうにかするしかないのだ。 


『分かった。ならば作戦は計画通りに進行するよう、皆にはそう伝えてくれ』

『あ、あの……ムガデに一体何を話して……』


 当たり前の様にムカデに話しかけるセリカの姿に、ルゥと名乗ったエルフ女性が怪訝な表情を浮かべていた。

 まぁ、事情を知らなければ、ムカデに話しかける頭のおかしいヤバい女に見えるだろうからな。


『ああ、こいつは、そのなんだ……使い魔のようなものでな。外にいる仲間と連絡を取っているんだ』

『そう、なんですか……』


 セリカがそう説明するのだが、中々に納得は出来ないのか、ルゥからは半信半疑といった感じの生返事が返って来ただけだった。


『ただな、スグミ。状況は分かっていると思うが、被害女性は二名。内一名は行動不能だ。

 隠し通路の開閉装置、地理の分からぬ地下水路、脱出時の不慮の戦闘などを考慮すると、私が動けぬ彼女を背負って二人を脱出するには、少々条件が厳しい。

 悪いが、私の方での救出は無理だと判断せざるを得ない。

 彼女たちの救出も、そちらに任せっきりにしても大丈夫だろうか?』


 当初の予定では、誘拐された被害者がいた場合、ハバル男爵捕縛と同時にセリカがこっそり脱出の手引きをすることになっていた。

 勿論、イオスやソアラが脱出のサポートに入ることにはなってはいたが、まさかここまで手が込んでいたとは想像もしていなかった。

 セリカの言うように、自力で行動出来ない者を背負って逃げるには条件が悪すぎる。

 こちらでなんとかするしかないだろうな。

 俺は、了承、の意を込めて、百里百足の体を上下に揺らした。


『忝い。恩に着る。代わりと言っては何だが、この場は何があっても私が死守すると約束しよう』


 俺は、んじゃ任せた、という気持ちを込めて百里百足の小さな手(脚か?)をセリカに向かって振ると、またスルスルと天井へと戻った。


「スグミ。首尾はどうなっている?」


 そんなセリカとちょっとした打ち合わせが終わった丁度そのタイミングで、イオスと数人の騎士達と合流し、俺は中の状況を出来るだけ詳しく彼らに伝えた。


「隠し通路に地下水路か……」

「バハルの野郎、地下水路の入り口を見つけていながら報告もせず隠匿し、剰え私利私欲の為に利用していたとは……これは言い逃れの出来ない反逆行為だぞっ!」

「しかも、それを密売に利用していたとなれば極刑は免れないだろうな……」

 

 騎士達の話しを詳しく聞くと、アグリスタの地下に先史文明時代の水路があることは、この街に住む者なら誰もが知る公然の事実なのだという。

 しかし、実際にその地下水路に入るための入り口は見つかっていなかったのだそうだ。

 街の各地に点在している井戸を調べたこともあるそうなのだが、人が通れる大きさではなく、かといって掘り返してもし崩落でもしたら、街の生活に支障がでるかも知れない。と、中々に調査の方は進んでいなかったようだ。

 そんなわけで、地下水路の入り口はアグリスタの不思議話の一つとして数えられているのだとか。

 勿論、現在でも調査は続いており、もし発見した場合は速やかに女王に報告する義務が課せられていた。

 ハバル男爵は、それをガチ無視したということだ。

 王命違反は即死罪。

 にも関わらず秘匿していたってことは、相当バレない自信があったんだろうな。

 まぁ、実際問題、セリカが変装して内部に潜入しなければ、見つけられなかったのは事実なんだが……


「しかし、どうやってお嬢達を救出するか、だな……」

「作戦通り二手に分かれるか? この“認識されなくなるローブ”もあることだし、気付かれずに屋敷に侵入することは難しくはないだろう」

「いや、それは止めた方がいいだろうな」


 騎士達が顔を突き合わせ、これからどう動くかを話し合う中、俺が水を差すように否定する。


「隠し通路の開閉装置は、起動するとそれなりの音が立つんだ。起動すれば即バレするぞ?」


 水路は外部に繋がっている様だから、外から侵入する、という手もなくはないのだろうが、生憎とその出入口を知らない上に内部構造も分からないのでは、実用的な方法とはいえない。


「で、異変に感づいてバハルって奴が逃げ出したらどうするつもりだ?」

「その為に屋敷を仲間で包囲しているのだろう? 早々簡単に逃げれるものではないと思うが?」


 俺の言葉に、一人の騎士が反論する。


「おいおい、もう忘れたのか? この屋敷の下には外部に繋がる地下水路があるだろうが?

 バハルは、少なくともこちらよりは地下水路について詳しいはずだ。そこに逃げ込まれでもしたら、もう後を追うなんて出来なくなるぞ?」


 それに、こちらは屋敷の構造をすべて把握したわけではないのだ。地下水路に通じる隠し通路が、あの部屋の一つだけとは限らない。

 というか、あの地下水路に向かう螺旋階段が上にも続いていたことを考えれば、最低でももう一つ出入口があるのは間違いないはずだ。

 と、俺の私見を述べる。


「それなら、先にバハルを捕らえ、のちに隊長と攫われたエルフを救出する、というのはどうか?」


 今度は別の騎士……確か、セリカがグリッドと呼んでいた男だ……が提案を出す。しかし、


「それも賛同しかねるな」


 と、俺は否定する。


「さっきも言ったが、俺達は屋敷の内部構造に詳しくない」


 屋敷の間取りについては、セリカ達も必死で調べたそうなのだが、思いの外ガードが固く、まったくといっていいほど情報が集まらなかったらしい。

 そもそも、バハル男爵という男は、この屋敷には自分に近しい者以外招き入れないほど用心深い性格の男なのだという。


「バハルが何処にいるか分からない以上、こちらは手当たり次第に探す他手段がないわけだ。

 いくらカメレオンクロークで気配は隠せても、閉じた扉をすり抜けられるわけでもなければ、姿が消えて見えなくなるわけでもない。正面からばったり出くわせば、普通にバレる。

 探してい間に異変に気付かれて、逃げられる公算は決して小さくはないと思う」


 それに、だ。


「あの地下に向かう階段なんだが、あれはバハルが造った物で間違いないだろう。

 地下の造りよりずっと新しかったからな。となれば、だ。

 あれだけの大規模工事をしているなら、証拠隠滅のために地下水路へと続く階段を崩落させるような仕掛けが施されていてもおかしくはない。

 運良くバハルを捕らえられたとして、自爆覚悟で階段なり地下水路を崩落されてセリカ達が生き埋めじゃシャレにならんだろ?」


 そういう装置が必ずある、とは流石にいえないが、自動開閉装置とかがあることを考えると、自壊装置みたいなのがあってもおかしくはないと思う。

 一つの可能性として考慮するには、間違っていないはずだ。

 それに、くっ、こうなればっ! からの自爆は悪の華だしな。


「証拠さえなければ、最悪言い逃れは出来る、か。うむ……一理はあるか……」


 俺の話しを聞いて、グリッドは一人ふむと唸った。


「貴様っ! 先ほどから聞いていれば反対反対とっ! しかも、あるかどうかも分からぬ物に怯えていては、何も出来ないではないかっ!」


 そんな中、一人の騎士が我慢の限界だとばかりに声を荒げて俺に抗議をしてきた。


「騒ぐな、コーナー。ここを何処だと思っている。敵地で騒ぐ愚行など三流以下の奴がすることだぞ」


 で、それを空かさず止めたのがグリッドだった。


「っ……けどよぉ、グリッド……」

「言い訳は聞かん。俺の指示に従えないなら、早々にここから立ち去れ。

 それに、スグミ殿の言に大きな間違いはない。不用意に突入し、死人が出てからでは遅いのだ。

 貴様も少しは慎重に行動することを覚えろ」

「チっ、分かったよ……」


 コーナーと呼ばれた男は、俺への剣幕は何処へやら、グリッドの一言で舌打ちしつつも引き下がって行った。

 多分、このグリッドがセリカが居ない時のまとめ役なのだろう。きっと、副隊長とかそんな感じなんだと思う。


「しかし、だ。

 そこまで反対するなら、スグミ殿にも案の一つくらいはあるものだと思いたいが? 如何だろうか?」


 コーナーを引かせつつも、値踏みするようなグリッドの視線が俺に刺さる。


「まぁ……な。ただ、まだ煮詰まってないからアラも多いぞ?」

「それでも構わぬ。聞かせてはくれまいか?」


 ということなので、俺の考えを話すことになった。のだが……


「話すのは構わないが、取り敢えず一度ここから離れないか?

 説明するにも時間が掛かるし、そもそも、もうここで出来ることは殆どないからな」


 という、俺の提案は案外簡単に聞き入れられ、俺達は一度この場を離脱することにした。



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