六話
「おっ、これは……」
少女に食事を提供した後、特にすることもなかったのでチェストボックスの中身を適当に整理していたら、丁度いいものを見つけた。
「アップリアっがあったんだけど、デザートに食べるかい?」
「あっぷりあ……って、何ですか?」
振り返り少女にそう尋ねると、彼女は小首を傾げて聞き返して来た。
なるほど、知らないか。まぁ、ハンバーガーも知らないようだったから、当然といえば当然か。
「果物だよ。こういう感じの……」
論より証拠。というわけで、俺はチェストボックスから『アンリミ』産の果物であるアップリアを二つ取り出し、一つを少女へと渡した。
もう一つは、自分で食べる用だ。
「あ、ありがとうございます」
先ほどまでの遠慮は何処へやら、少女は俺からの申し出を素直に受け入れ、アップリアを受け取った。
これはあれだな、“恥を食らわば皿まで”というやつだろう。
“恥を食らわば皿まで”とは、もう既に十分恥をかいてしまっているのだから、出された皿まで食べても、これ以上かく恥はない、という意味の、俺が今考えた造語だ。
「見たことない果物ですね……見た目はリーンに似てますけど……クンクン、匂いはモルモルに似ているんですね。不思議です……」
俺はリーンもモルモルも知らないが、見た目はリンゴに似ていて、味はリンゴとモモを足して二で割った感じだ。
ほら? よくあるだろ? カップジュースでボタンを同時押しすると二つの味が混ざるってあれな。
あれで、リンゴジュースとモモジュースを混ぜ混ぜした味だ。
で、食感は加熱して柔らかくなったリンゴ……に近いかな? まぁ、そんな果物だ。
これが中々にいけるのである。
『アンリミ』では味覚再現機能が実装されているため、ゲーム内で食べた物の味をリアルに認識することが出来るようになっていた。
その再現度が余りに高いことから、VRゲーム内で好きな物を好きなだけ食べてリアルでは我慢する、というVRダイエットというのが一時期流行ったくらいだ。
効果のほどは……俺はダイエットなんてしたことがないからいまいち知らんけど。
「中に大きな種があるから、食べるときに注意しなよ。うっかり全力で噛むと歯が折れるくらい痛い……らしいから」
今の注意説明は、フレバーテキストからの引用である。
ダメージを受けてもHPが減るだけで、痛くも痒くもない『アンリミ』ではあまり意味の設定だったが、今はそうとい言い切れないところが怖い。
「そうなんですか……分かりました。それでは、頂きます」
そう一言注意を入れると、少女はかぷっとアップリアに齧りつくと、
「っ!? ん~~~~~っ! おいひぃてふ~!」
少女は頬を緩ませて破顔した。どうやら、満足のいく味であったようで何よりだ。
少女は大事そうにアップリアを両手で包み込むと、シャクシャクと食べ進める。
それを見て、俺も手にしたアップリアに齧りつく。
で、彼女はものの一分立たずに完食せしめたのだった。
「あの、危ないところを助けて頂いたのみならず、このように食料まで分けて頂き、なんとお礼をもう上げたらよいか……本当にありがとうございました」
少女はアップリアを食べ終わると、開口一番そう言ってお礼を述べた。それも、わざわざイスから降り、俺の前に跪いて……だ。
「まぁ、そういうのは気にしなくていいから、取り敢えずイスに座んなよ」
「あっ、はい……」
俺の勧めに従い、彼女はまたイスへと戻る。
「あっ、えっと、今更ですけど、私、ソアラと言います」
「ああ、えっと俺はアレ……すぐみだ。新潟 すぐみ。よろしく」
一瞬、ゲーム上で使っていた“アレクシオン・グランドル”を名乗り掛けて止めた。
この顔で、アレクシオンはいくら何でもなしだろう。だから、本名をなることにした。
ちなみにだが、『アンリミ』では【身体解析】などの解析系のスキルを使っても、分かるのはあくまで身体能力値や装備しているアイテムの性能だけで、名前などの個人情報は分からないようになっている。
なので、彼女の名前も名乗られて初めて分かったことだ。
「かっ、家名をお持ちということは、お、お貴族様なのですかっ!」
「いや、ただの平民だよ」
はい。小市民のサラリーマンです。
「えっ、でも。今、スグミ様と……」
「ああ、すぐみは名前ね。性が新潟。ということは、性と名が逆のタイプなのか。
こっち風に言うなら、スグミ・アラガタになるのかな?」
「これは失礼いたしましたアラガタ様」
「だから~、別に貴族じゃないんだから様なんて付けなくていいって。
俺の国じゃ、名字なんて誰でも持っているものだから、俺が特別なんてことはないんだよ。
だから、普通に話してくれ。でないと俺も話し難いしさ」
「は、はぁ、分かりましたアラガタさ……ん」
「すぐみでいいよ。その代わり、俺もソアラって呼び捨てにさせてもらうから」
「恩人に対して、流石にそれはちょっと……スグミさん、でいいでしょうか?」
「様付け以外なら、好きに呼んでくれればいいさ」
「では、そうします」
こうして、遅ればせながらの自己紹介が行われた。
で、だ。
「さてっ、と……んじゃ自己紹介も済んだところで……
コード・ログリピート・ナンバー001・スタート」
「こー……? ろ? えっと……それはどういう意味でしょうか?」
やっぱりコードは機能しない……か。
「……いや、ただのおまじないみたいなものだから、気にしないでくれ」
「は、はい……」
俺の言葉に、ただただ困惑するソアラだったが、そう言うとよく分からないままに納得はしてくれたようだ。
今のはログ、つまり、過去文章の再生コードだ。
通常なら、そのNPCと交わした会話の中から、指定ナンバーのセリフを再生させることが出来る。
今の場合、001、つまり一番初めに交わした会話が再生される、はずなのだが……結果はこの通りだ。
これは『アンリミ』だけでなく、多くのフルダイブ式VRゲームで採用されている方法だから、仮にここが『アンリミ』以外のVRゲームだったとしても、このコードは有効なはず……なのだが……
なのに、それがまったく機能していない。
まぁ、こうなるんじゃないかと、半ば予想はしていたけどな。
実は、俺はここがただのVRゲームの世界ではない、と少し前からそう結論付けていた。
本来感じることのない疲労や痛み、アバターではなく本来の自分の顔であること、傷に出血などなど……理由は多々ある。今しがたのログ再生の機能不全、とかもな。
だが、決定的にしたのはやはり会話だろう。
あの大男といい、ソアラといい、いくら高度AIといえどもこれだけ滑らかな会話が出来るなんて、どう考えても不自然だ。
ではVRゲームの中でないなら、ここが一体何処なのか……正直、分からない。俺が知りたいくらいだ。
一瞬、“異世界”なんて突拍子もない単語が頭を過るが、頭を振って追い出した。流石にそれは……なぁ?
いくら俺が元・重度な中二病罹患者だったとはいえ、もう随分と昔に完治している。
ただ、少なくとも、ここが俺の知っている『アンリミ』の中ではない、ということだけは間違いないだろう。
なら考えられ可能性としては、新規AIや、新システムの実験を行っている実験サーバー……なんてところが落とし所ではなかろうか。
だとするなら、何で俺がそんな所に迷い込んでいるのか? というのが疑問になるが、まぁ、なんにせよ、あまりに情報が少な過ぎて、今結論を出すにはまだ時期尚早だ。
希望的観測としては、実は夢オチでした……と、なってくれたらいい笑い話に出来るんだがな。
何がなんだかまったく訳が分からない状況ではあるが、とにかく不用意な行動だけは取らないようにしよう。特に、死亡だけは絶対に回避しなくてはいけない。
嘘か真か、VRゲームを愛好している者達の間では、都市伝説めいたとある噂が流れている。
ペイン・コード、という話だ。
それはまだ、VRゲーム時代黎明期の頃。
ゲーム内で“痛み”を再現したゲームがリリースされる予定があったらしい。しかし、このゲームはある日突然、理由も明らかにならないまま開発が中止されてしまった、というのだ。
何故、開発が中止になったのか?
噂によれば、テストプレーヤーがゲーム中に亡くなったのだそうだ。原因は、過度な痛みを感じたことによるショック死、だといわれている。
それ以降、VRゲーム業界では、傷みの再現は禁忌とされている。らしい。
現状、俺は今痛みを感じる環境下にある。
ここが何故、禁忌とされているペイン・コードを導入しているのかは知る由もないが、下手なことをして、この噂の真偽を自分の体を使って検証などしたくもない。
「あ、あの……? どうかされましたか?」
しばらく黙ったまま考え込んでいた俺の思考を、ソアラの声が呼び戻す。
「あ、ああ、悪い。ちょっと考え事をな。さて、んじゃさっきの約束を果たそうか」
「約束……ですか?」
本人も忘れているのか、頭の上に疑問符が浮かんでいるのが見える。
「さっき“あとで何でも答える”って言っただろ? あれだよ、あれ。取り敢えず、聞きたいことがあるなら聞いてくれ。答えられることなら答えるから」
俺はそう言って、目の前のティーカップに手を伸ばし中身のお茶を飲み干した。
これは先ほど、ソアラの食事中にチェストボックスから取り出した物だ。
「あっ、どうぞ……」
カップが空になったのを見て、ソアラが甲斐甲斐しくポットのお茶を注いでくれた。気の利くええ娘やのぉ~。
「あっ、どうも」
「いえ。そうですね……いざ聞くとなると、聞きたいことが多過ぎで何から聞けばよいのか……」
「いいよ~ゆっくり考えな」
どうせしばらくは、逃げたソアラを探すために外を人攫い共がうろうろしているだろうから、ここからは出られないしね。
ソアラをここに残して、俺があいつらを殲滅しに行ってもいいんだけど、それは今すぐでなくても構わないしな。
それに、何処にいるかも分からん奴らを探して、森の中をうろうろするのも正直、面倒くさい。
そんなことを考えながら、俺はソアラが入れてくれたお茶を一口啜った。
美少女が手ずから入れてくれた所為か、心なしかさっきよりもおいしく感じた。
その間、ソアラは考えをまとめるようにしばし黙考。
「……では、どうしてここまでして助けて下さったのですか? スグミさんには迷惑でしかないと思いますけど?」
「美少女が困ってたら助ける。これ、男の常識っ!」
そう即答して、ニカッと満点の営業スマイルを浮かべて見せる。まぁ、俺は設計職だったから営業なんてしたことないけどさ。
「…………えっ!?」
「…………」
あっ、ダメだ……これスベってるわぁ……
「ああ、今の冗談で笑うところ……なんだけど?」
「へっ!? あっ! じっ、冗談だったんですか……そうですか……
ごめんなさい。私、そういうのよく分からなくて……」
「ああ、謝らなくていいよ。分かり難い冗談言った俺も悪いし」
何故か、申し訳なさそうにシュンとするソアラに慌ててフォローを入れる。
ちょっと笑いでも取って、場を和ませようとしたら大惨事である。
「まぁ、正直な話をすると、あの人攫い共が誰かを追っていたのは最初から分かっていたんだ。
でも、面倒に巻き込まれるのが嫌で、最初は見捨てるつもりだったんだよ。ただ、偶然目の前にソアラが居てね……
ボロボロになって泣いてる君の姿を見て、それでも見捨てるって選択が出来なかっただけの話しだよ。
だから、助けたのは単なる偶然。そこまで感謝されると、逆に申し訳ないっていうか……ね」
と、洗いざらい正直に話した。ここで変に言い繕ってもしかたないしな。
「……それだけの理由……ですか?」
「それだけの理由だよ。
そうだな……それでソアラが納得できないなら、例えば君に美人のお姉さんがいて、「妹を助けてくれてありがとう。ステキな人っ!」みたいなラブロマンスを期待している、とでも思ってくれればいいよ」
「あの……私、妹はいるんですが、姉は……その、ごめんなさい……」
「いや、だから今のも冗談だからね? 真に受けられると逆に恥ずかしいからっ!」
「えっ1? 冗談だったんですかっ! ご、ごめんなさいっ! ホント、私そういうのよく分からなくて……」
そう言うと、ソアラは本日何度目かの“赤面俯き状態”へと突入してしまった。
うん、分かった。この娘、すんごく素直で真面目な娘なんだな。もう、変な冗談は言うのは止めよう。
あまりに素直過ぎて“飴ちゃんあげるから、おじちゃんに付いておいで”と言われたら、ホイホイ付いて行ってしまいそうな危うさすらある。
流石に、それはないだろうけどさ。
あれだな。現実じゃあ、こんな若い娘と話すなんて滅多にないことだから、ついついはしゃぎ過ぎていた俺が全部悪いのだ。自重しよう。
「あ~、まぁ、冗談話しはさておいて。
俺が助けたのは偶然なだけだし、それを恩着せがましく言うつもりもない。ソアラはソアラで、運が良かった、程度に思っていてくれた方が俺も楽だよ。
はいっ! これでこの話しはおしまいっ! 次っ!」
何だか居た堪れない空気が流れだしたので、会話を強制終了。話題を次の質問へと流したのだった。




