五六話
まずは、何処から侵入するか、だな。
俺はまず、手ごろな木に百里百足を登らせ、建物の全体的な外観を観察していた。
百里百足のサイズでは、近づき過ぎると何処に何があるかまったく分からなくなってしまうからな。まずは下調べだ。
で、この詰所は二階建てになっていて、正面中央に大扉が一つ。そして、無数の窓が取り付けられている形をしていた。
大きさとしてはそこまで大きくはないが、他に見る民家よりは二回りほど大きいといった感じか。
好都合にも、外に出ている人影は少ない。これなら、窓の一つでも開いていれば、簡単に潜入出来そうだな。
生憎と、百里百足に自力で窓を開けるだけの力はないため、こればっかりは開いている場所を探すしかない。
というわけで、俺は潜入に手ごろな開いている窓はないかと探してみるが、なかなかいい感じの場所は見つからなかった。
案外、戸締りは確りしているようで、開けっ放しになっている窓があまり無かったのだ。
たまに空いている窓もあるにはあったが、そこは得てして人が多くいたので止めておく。いくら百里百足が虫型の小さな人形だとはいえ、虫にしてはそれなりのサイズがある。
人に見られて、まったく気付かれない、なんてことはまずないだろう。
もし、目ざとい奴にでも見つかれば、ヒョイと摘まれてポイっとされるのがオチだ。もしくは、大騒ぎになるかだな。まぁ、どちらにしても、俺の望むことではない。
仕方ないので別の場所を探す。安全第一だ。
そうして、適当にシャカシャカ シャカシャカと移動して、やって来たのは建物の裏側だ。
今度もまた同じように適当な木に登り、全体の外観の確認から始める。
まず目に付いたのが、勝手口と思しき扉が一つ。それと、正面と同じように無数の窓。ただ、窓の数自体は正面の半分もないといったところだろうか。
こっちも戸締りがちゃんとされているようで、開いている窓が一つもない。
しかし、だ。
この勝手口、望遠機能でズームして見ると、正面の扉よりずっと貧相な作りをしていた。小汚いうえに、随分とボロい。立派で綺麗な正面扉とは雲泥の差である。
エテナイトほど優秀な望遠機能ではないので、流石に細部までは分からなかったが、もしかしたら何かあるかもと思い、確認するために百里百足の移動を開始する。
で、実際に近づいて至近距離から観察してみると、見るからに建付けも悪く、隙間も多い。
思った通り扉の傷みが激しいな。
正面はかなり気合を入れて手入がれされているようだったが、裏はいい加減なものだ。
一通り確認すると、扉の下部に小さな隙間というか亀裂を発見した。
よし、ここから内部に侵入出来そうだな。
それは、人は当然として、ネズミなどの小動物でも通れないような僅かな亀裂だったが、ムカデ特有の薄い体を利用して、その亀裂にスルスルと体を滑り込ませて侵入成功。
扉を潜ると、そこは台所のようだった。今は昼前ということもあり、多くの女給さん達が忙しなく右往左往している。
なるほど。ここに詰めている騎士達に配給する食事は、ここで作っているようだな。
忙しい時間帯ということもあり、女給の皆さんは自分の仕事に一生懸命で、周囲を気に掛ける余裕がある者はいないみたいだった。
俺はそんな彼女達に気付かれる前に、百里百足を素早く天井へと移動させ、こっそりと台所を後にする。
正直、ここに用は無いからな。
にしても、建物の規模、それと働いている女給さんの人数を考えると、結構な大人数がこの詰め所にはいるようだな。
さて、ここからがセリカ探しの本番だ。取り敢えず、廊下に出てセリカの現在位置をざっくりと探る。
方法は簡単。マップを確認するだけだ。
マップには、パーティーメンバーの現在位置を表示する機能が付いているので、それを見れば誰が何処に居るか一目瞭然だった。
というわけでマップを表示すると、セリカの反応は建物一階の南側……丁度、百里百足の進行方向に居るとあった。
ただし、マップの座標表示で分かるのはここまでだ。
というのも、セリカの座標位置を示すマーカーが、マップに表示されている建物の三分の一を埋めてしまっているため、それ以上詳しい場所が分からなくなっていたのだ。
俺があの建物に一度でも入ったことがあれば、内部マップを表示して更に詳しい場所を調べることも出来たのだが、こればかりは仕方ない。
『アンリミ』のマップシステムでは、未踏エリアは表示されない仕様になっているからな。
ちなみに、この座標マーカーはマップ上でしか確認出来ないので、自分の視界内にマーカーが表示されることはない。
更に、パーティーメンバーだからと、頭の上に名前が見えたりもしない。これらは『アンリミ』でも変わらない仕様である。
ここからは、部屋を一つ一つ、虱潰しに探していくしかないだろう。
ということで、俺は百里百足を床に降ろすこともなく、そのまま天井を伝って移動を開始する。
少なくとも、この通路の何処かの部屋には居るようなので、片っ端から中を見ていけばそのうち当たりを引くだろう。
それにしてもこの建物。外側は隙間なく確り造られているようだが、内部の扉は結構ガバガバだな。
食堂から廊下に出る扉といい、他の扉といい、好都合にも扉の上部分と下部分に必ず少し隙間が開いていたのだ。
これなら中を覗くなど造作もないことだな。
座標マーカーの中心部に、セリカが居るのは間違いないので、手前のいくつかの扉はスルーで奥へ行く。
二、三の部屋をすっ飛ばし、進入一つ目。どうやらここは資材置き場のようだった。よく分からない用途不明なものが、いろいろと転がっている。ハズレだな。次っ!
二つ目は、会議室のようなところだった。大きな机が複数に、椅子が沢山。ここもハズレだ。次っ!
そんな感じで、三つ目、四つ目と部屋を覗いていく。しかし、どれもバスレが続く。
次……次……次……
「うぅ~、スグミさ~ん……視界がひっくり返ってて、気持ち悪いですよぉ~」
そんな中、ふいに隣でソアラがそんなことを言い出した。
なので、視界のメインを百里百足から自分自身へと移行し、ソアラの様子を見てみれば、確かに若干だが顔色も青くなっているようにも見える。
ああ、こりゃ酔ったな。
百里百足は天井に張り付いて走っていたため、視界は常に上下逆さまの状態になっていた。
そのため、ソアラは慣れない視界に酔ってしまったようだ。
今は慣れたものだが、俺も昔はそうだった覚えがある。
「ああ、すまんすまん。今、向きを変えるよ」
ということで、百里百足の頭部を180度回転し、視界を正常な向きへと変える。これで大丈夫だろう。
まぁ、目が天井側を向いてしまったがために、視界が大分狭くなってしまったが、致し方なし、だな。
「ありがとうございます」
ソアラが安堵のため息吐いて礼をいい、俺は探索を再開。
「それにしても、なんでわざわざ天井に張り付いてるんですか? 視界がひっくり返って、ちょっと見難いと思うんですけど?」
俺が天井ばかりを移動に使っていたのが不思議に思ったのか、ソアラがそんなことを聞いて来た。
「ん? あ~、そうだな……主な理由は二つだ。
一つは、発見される危険性を下げるため。
人の視界ってのはさ、視線より下には注意が行くが、上には行き難くなってるんだよ。足元にある物には気づきやすいが、視線よりも上にある物とか、上から落ちてくる物には対処が遅れるだろ?」
テーブルの下に物を落として拾う時、立ち上がる際にテーブルで頭をゴツン、なんてのはよくある話しだ。
「百里百足はただの虫よりは強いが、人間と比較すればなんてことはない。
もし見つかって、摘まんでポイってされたら終わりなんだよ」
「なるほど~。それで、二つ目は?」
「百里百足の特性の問題だ」
百里百足を使う際には、絶対に守らなければないならない点が一つだけ存在した。
それは、人通りの少ない所を移動する、というものだ。
百里百足はその特性上、移動した経路に必ず糸を残す。つまり、人通りが多い所を移動すると、人の足に糸が引っ掛かってしまう恐れがあるのだ。
別に、糸が切れる事を恐れているわけではない。
百里百足に使われている糸自体は、デススパイダーというモンスターが出す特殊な糸を撚り合わせて作ったものだ。
この糸は、目に見えない程細いにも関わらず、大の力自慢が引っ張っても容易に切れない程に丈夫だ。
しかし、丈夫であるが故に、もし人に引っ掛かったら本体ごと引きずられてしまうことになる。
一度引っ張られたら、百里百足に抗う術はない。
と、そんな感じのことをソアラに説明する。
一応、説明の前に補足事項として、俺の傀儡操作には制限距離があることも話しておいた。
これを話しておかないと、何故有線にしなくてはいけないのか理解出来ないだろうからな。
土人形創造ならこんな手間は必要ないんだが、こればっかりは傀儡操作の悲しいところだ。
そんな話をしながらも、次々と部屋を覗いていくと……
「きゃっ!」
ソアラが突然悲鳴を上げたのは、何個目かの部屋に潜入した時だった。
まぁ、この光景を見ればソアラでなくても、俺だって悲鳴を上げそうになる。ソアラとは別の意味でだがな。
俺が入ったのは、騎士達の更衣室だった。
しかも、たまたま交代時間だったのか、更衣室は筋肉ムキムキのゴリマッチョ達が、全員ほぼ全裸状態でごった返していた。
中には、極太なフランクフルトをブラブラさせている者もいる。
こんもん見たくなかったでゴザル……うっ、吐き気が……
イオスの方を見てみれば、彼もまた酷くげんなりした表情を浮かべていた。
これが女性の更衣室なら、ラッキースケベとかいって眼福チャンスだったのかもしれないが。筋肉ダルマではなぁ……
ってか、ソアラさんや。視界を共有しているんだから、いくら自分の眼をお手々で覆っても、それ意味ないだろ?
しかもよくよく見てみれば、指にばっちり隙間空いてるし……
意外とこの子はムッツリーニなのかもしれないな。
俺は長居は無用とばかりに、その場をそそくさと立ち去った。
「もぉっ! スグミさんっ! 嫁入り前の乙女になんてものを見せるんだすかっ!」
部屋を出ると、顔を真っ赤にしたソアラがギャーギャーと騒ぎ出した。
「あっ、今噛んだな?」
「五月蠅いですっ!」
「てか、今のは不可抗力で事故みたいなもんだろ? 俺の所為にされても困るんだが?
なら、共有解除するか? 見なくて済むぞ?」
「い、いえ、このままにしておいてください。
私が見えないのを良いことに、スグミさんがこの力で女性の更衣室を覗くかもしれませんからねっ!」
「…………しねぇよ、んなこと」
「何ですかっ! 今の一瞬の間はっ! 覗く満々だったんじゃないですかっ! この変態っ!」
「こらこら、まだしてもいないことで変態扱いすんな。
さっき、ここが女性更衣室だったらよかったのになぁ、てちょっと思っただけだ」
「似たようなものじゃないですかっ! 憲兵さ~ん! ここに覗き魔の変態がいますっ! 憲兵さ~……むぐぐぐっ」
「だから騒ぐなっての……それ以上騒いだら、マジで共有を解除するからな?」
突然立ち上がって大声を上げるソアラの口を手で塞ぎ、強制的に座らせる。
「うぐぐ……」
ってか、俺達が今何をしているのか、この子忘れてんじゃないだろうな?
「まぁ、いきなりゴリマッチョ共の集団全裸映像見せられて混乱したのは分からんでもないが、(ノーモザでフランクフルトも映ってたしな……)少しは落ち着け。
まったく、そんなんじゃ初体験の時に苦労するぞ?」
「ぷはっ! でっ、でっかいお世話ですっ!
はっ! ま、まさか……その力で私の部屋を覗いていたんじゃ……」
ソアラは自力で俺の拘束を振り解くと……まぁ、俺の腕力など所詮チワワ並みなので、簡単に振り解けるのだが……そそそそっと俺から身を離して、イオスを盾にするように背中側へと回り込む。
で、シャーシャーと俺を威嚇してくる。
お前は猫か……
てか、何気にこの子、人を盾にする癖ないか? 俺も前に盾にされた覚えがあるぞ。セリカのアジトに連れて行かれた時にな。
「するかそんなこと……」
大体、何故に危険を冒してまでわざわざ覗かにゃならんのか……見つかった時のリスクがデカ過ぎだろが。
女の子の裸がみたいなら、ネットにいくらでも転がってるし、この街でならエッチィサービスを提供してくれるお店に行くわって話しだ。
ブルックの話しだと、この街にはそれっぽいお店があるらしいしな。
それに……正直、ソアラの裸にそこまでの魅力を感じない。
だって……ねぇ? ほら、胸がぺったんぺったんだし……ねぇ?
女性の魅力が胸の大きさで決まるとは思わないが、見るだけならないよりあった方が見ている方は楽しいものだ。
流石にそれを言うと、傷ついてしまいそうなので言わないけどさ。
まぁ、その時傷つくのはソアラではなく俺なんだろうけどな。それも物理的に。
「本当ですか~?」
「本当だ。ほれ、遊んでないで、セリカの捜索を続けるぞ」
訝し気に俺をジトリと睨み続けるソアラを他所に、改めて俺はセリカ捜索の為に百里百足を走らせたのだった。




