五五話
今日はないと言ったな? あれはウソだっ!
※感覚共有に対する説明文が。まるっと抜けていたので修正しました。
「これって……ムカデのおもちゃ、ですか?」
それを見て、ソアラがムカデ人形を指先でツンツンと突く。
流石、森で暮らすエルフだけのことはある。この手の虫では動じないらしい。
昔、知り合いに見せた時は、大絶叫して逃げ回っていたがな……
「ああ。“百里百足”という俺の扱う人形の一つだ」
そう、これからこのムカデ型人形を、騎士隊の詰め所へと潜入させるのだ。で、感覚共有を使えば中の状況も丸わかり、という寸法である。
まぁ、本番前の練習にはちょうどいいだろう。
余談だか、感覚共有とは視覚や聴覚など、複数の感覚を同時に共有するときに使う言葉で、“感覚共有”というスキルがあるわけではない。
今回共有するのは、前回同様、視覚と聴覚だ。まぁ、大体この二つは同時に使うことが多いんだがな。
ちなみに、俺が使う傀儡操作は、実はカメレオンクロークの効果解除行動に抵触しなかったりする。
というのも、効果解除行動は自発的な行動に分類される行動が対象であり、傀儡操作はオン・オフ可能な常時発動型スキルであるためだ。
これはちょっとした裏ワザだったりする。
しかし、潜入させる、と簡単に言っても、ここから宿舎までは軽く見積もってもざっと30メートル以上は離れている。
傀儡操作の操作限界距離は直線距離で10メートル。
このままでは、到底、百里百足を詰め所の内部に潜入させることなど出来はしない。
少なくとも、詰め所の10メートル圏内まで、俺自身が近づく必要があった。
しかし、カメレオンクローク同様、何事にも裏ワザ・小ワザというものはあるもので、傀儡操作の、この10メートルという操作限界距離を無視する方法が一つだけ存在していた。
それが有線だ。
その人形が、連続した単一の個体である場合、操作限界距離は無効化される。
単純に言ってしまうと、物理的に繋がっている人形であるなら、操作限界距離の外にあっても操作が可能になる、ということだ。
例えば、全長30メートルの蛇型の人形があったとする。
その尻尾の先端が、操作限界の10メートル以内に入ってさえすれば、枠内からはみ出した頭部分も問題なく操作することが出来るのだ。
この百里百足は、その原理を応用して作った長距離操作型人形なのである。
仕組みは至って簡単。
ムカデの節一つ一つに、細く長い糸が仕込まれているだけだ。
使い方は、尻尾の一端を傀儡操作の操作圏内に固定し、そこから節に内蔵された糸を伸ばしていく。
で、糸が限界を迎えたら、節を固定し、次の節から糸を伸ばす。これの繰り返しだ。
巻き尺が、何十個も連続してくっ付いている様なものだな。メモリが振られた帯が糸で、収納している本隊がムカデの節に当たる。
ちなみに、名前に付いている“里”とは、昔の日本で使われていた距離の単位だ。
時代によって距離はまちまちなのだが、現在ではメートル法に換算して一里、約4キロメートルということになっている。
とはいえ、“百里百足”というからには、400キロメートルまで伸びるのかというとそうでもない。
節一つに収納されている糸の長さは大体50メートルくらいしかなく、それが二〇節あるので最大1キロメートル前後が、この百里百足の操作限界になる。
あくまで、“長く伸びるムカデ”という意味でそう名付けた。また、ムカデの漢字“百足”に掛けているというのもある。
八百万の神とか、テンガロンハットと同じだな。
いくらなんでも八〇〇万柱も神様はいないし、10ガロン(約38リットル)の水が入るくらい大きな帽子もありはしない。
まぁ、帽子の方は作ったらありそうだけど……
余談だが、この百里百足。俺が銘付けたにしては、結構いい感じの名前であると自負している。
他が他だからなぁ……
「それてにしても良く出来てますね、このおもちゃ」
いつの間にか、ソアラが俺から百里百足を奪ってクニクニと弄んでいた。
「これ、お母さんに向かって投げつけたら、泡吹いて倒れちゃうレベルですよ」
……エルフだから無条件に虫が大丈夫、ということではないようだ。
「止めてあげなさい。虫が苦手な人の中には、おもちゃでも見るのが嫌だって人もいるんだから……」
「そりゃ実際にはやりませんって……後が怖すぎますから……」
そう言うと、ソアラは何処か遠くを見つめて乾いた笑みを浮かべていた。
なるほど。何処の世も、一番怖いのはオカンらしい。
「さて、んじゃ一丁、中の様子でも見てみますかね」
俺はソアラの手から百里百足を取り上げると、傀儡操作を使い詰め所へと向かって走らせた。
百里百足は草むらへと入って行くと、すぐにその姿を確認出来なくなってしまった。
とはいえ、感覚共有は既に発動済みだ。
何処に行ったか分からなくなる、などという愚は犯さない。
ちなみに、感覚共有もオン・オフ可能な常時発動型スキルである。
「そうだった。二人もただ待ってるだけじゃ暇だろ?」
俺はそう言うと、二人にも感覚共有を使用した。
これで、俺を中継して二人の視界にも百里百足が見ている光景が写っているはずだ。
「えっ!? なっ、な、なんですかこれっ!?
急に、何か変なのが見えるようになったんですけどっ!?」
「これは……」
ソアラは、突然視界に移り込んだ光景に、面白いように驚きの声を上げた。対するイオスは随分と落ち着いたものだ。
「人形と感覚を共有することで、人形が見ているものを見ることが出来るようになる。俺の能力の一つだ。
今は俺が中継して、二人にも百里百足が見ている光景を見えるようにしているんだよ」
とはいっても、今は草を掻き分けて前進しているだけなので、何か面白いものが写っているわけでもないのだけど。
強いていうなら、普段見慣れている物が何でも巨大に見えるという、虫側の視点を楽しめるくらいか。
「ほへぇ~、スグミさんは相変わらず変なこといっぱい出来るんですね~」
「…………」
しかし、それでも珍しいことには違いがないようで、ソアラは実に楽しそうに二重写しになった自分の視界に瞳を輝かせていた。
途中、目を閉じればムカデ視点に集中することが出来ると気づいたのか、瞳を閉じて「おおっ!」とか「うおっ!」と声を上げては、手をバタバタと振って一人エキサイティングしていた。
対し、イオスは難しい顔をした挙句、眉間に深い皺まで寄せて押し黙っていた。
「? どうかしたのか、イオス?」
「いや……少し思うところがあってな……」
最初は慣れない二重写しになった視界に酔ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「思うところって?」
少しその言い方が気になったので聞き返してみると、またしてもイオスは難しそうな表情を浮かべてみせた。
どうやら、何か言い難いことの様だな。
それでも、何かを覚悟するようなため息を一つ吐くと、イオスはソアラの傍からそっと離れ、俺へと近づき小さな声で話し掛けて来た。
ふむ、ソアラには聞かれたくない話なのか?
「気を悪くしないで聞いて欲しいのだが……スグミ殿の力、考えようによっては、非常に恐ろしいものだと思ってな……」
「恐ろしい?」
その言葉に一応聞き返しはするが、内心、俺は大したものだと感心してしまった。
イオスの奴、この短時間で百里百足の正しい使い方を理解したようだ。
「仮に、だ。あのムカデの顎先に、毒を仕込こむことが出来るとすれば……
どんなに厳重に守られた場所でも、簡単に侵入して要人を暗殺することが可能になる。
どれほど警備を厳重にしようとも、ムカデ一匹侵入させないような防衛などほぼ不可能だからな。
しかも、術者は建物に近づくことすらなく、安全な距離から操ることが出来るときた。
小さく、音もなく、だが確実に死を運ぶ人形……おまけに、その術者は現場から遠く、かつ気配すらない。
防衛側から見れば、これほど恐ろしい奴もいない……そうだろ?
正直、俺なら相手にしたくもない。というか、捕らえられる気も、勝てる気もしない。
俺は今、心底貴方のことが恐ろしいと思ったよ、スグミ殿」
イオスが、今までにないくらい警戒した視線を俺へと送って来る。
正に、イオスが言ったことこそが百里百足の正しい使い方だ。
まぁ、俺の場合は、ダンジョンなどで先行偵察に使い、強そうなモンスターが居たら毒で状態異常を起こし、弱らせてから戦う、という感じで利用していたけどな。
俺ほどのプレイヤーともなれば、ダンジョン攻略などパーティーを組まずとも一人で十分踏破することが出来るのであるっ!
……まぁ、俗世間的には、それをぼっちプレイヤーともいうのだが。
「イオス、あんたなかなか良いセンスをしているよ。確かに、百里百足には微量だが猛毒が仕込まれている。一噛みすれば、並みの奴なら即死するようなヤバイやつがな。
勿論、暗殺に使ったこともある」
その一言に、イオスの眉間が一層歪む。
まぁ、暗殺とは言っても、勿論ゲーム内での話しですけどね。
「とはいえ、あんた達と敵対するつもりは毛頭ない。だからすべてを正直に話したんだ。そこは信じてくれ」
下手に隠し事をして怪しまれても面白くないからな。こういうことは包み隠さず真実を話す方が得策だ。
信頼して欲しいなら、まずは相手を信頼することだ。
「勿論、信用している。だが、一応このことはセリカには報告させてもらう」
「おう、好きにしてくれ」
そんな話をしているうちに、百里百足がようやく詰め所へと辿り着いた。
いくら俺が操る人形とはいえ、所詮は手の平サイズの虫型人形だ。
傀儡操作は、人形の大きさで補正値に限界があるため、ここまで小さいと大した補正は受けられない。
だから、30メートルという距離を移動するのに、多少時間が掛かってしまった。
さて、ここからが本番だ。鬼が出るか、蛇が出るか……
何事もなく穏便に終わるのがいいのだろうが……まぁ、それはないだうな。




