五二話
ドーカイテーオーを走らせること約三時間。俺たちは、遠目に街壁が見える位置まで辿りいていた。
ドーカイテーオーを全力で走らせたら、馬車がバラバラになりそうだったので、馬車の強度なども考慮して、向かった時の半分以下の速度で帰って来た所為で、倍以上の時間が掛かってしまった。
お陰で時刻はもうすぐ昼だ。予定では昼前に着く手はずになっていたのだが……
だが、それでも普通の馬に馬車を引かせるより格段に速いことに違いはない。
「さて、確かこの辺りのはずだが……」
俺は馬車をそこで一旦止めて、周囲を見渡す。と……
突然、茂みの中からローブを纏いフードを目深に被った一団が、ぞろぞろと街道脇から現れた。
おっ、待ち合わせ場所はここで間違いなかったようだな。
ここにいる見るからに怪しげな一団は、全員セリカの部下。つまり、王国騎士団の面々だ。
彼らにはここで捕縛した賊の中から数人を、アグリスタの騎士団より先んじて引き渡す段取りになっていた。
現在、アグリスタの騎士団が全面的に信用出来ない以上、自前で調査をするためにも賊を数人確保しておくことになったのだ。
全員引き渡して全員逃がされましたでは、洒落にならんからな。
で、そんな騎士団の中から一人、中央に立っていた男が一歩前に進み出て、フードを外す。
「予定より少し遅いようだが、首尾は?」
フードの下から現れたのは、見覚えのある彫りの深い顔をしたみるからに山賊然とした男だった。
確か、初めてセリカ達の隠れアジトに行った時に、扉の前に立っていた男だ。
にしても、悲しいかな。これでもこいつ、王国騎士団に所属する騎士なんだぜ? どっからどう見ても、盗賊団のお頭にし見えん。
騎士だと知らずに森なんかで出会おうものなら、森のクマさんよろしく逃げ出されても文句は言えない顔だ。
「悪いな。全力で走らせたら馬車が崩壊しそうだったもんだから、少し速度を落として来た。それ以外は予定通りだ。
捕らえた賊は後部の馬車に積まれてる。適当に見繕って連れて行ってくれ」
「分かった。では、始めるぞ」
盗賊顔騎士はそう言うと、残りの面々を連れて馬車の後方へと回って行った。
「それじゃ、セリカも手はず通り準備を頼む」
「言われずとも」
俺の隣で座っていたセリカが一つ頷き、懐にしまっていた変身リング(女性エルフ)を取り出し指へと嵌める。と、セリカの姿が一瞬で見目麗しいエルフへと変化した。
そして、羽織っていた砂色のローブのフードを目深に被る。
俺も俺で、まずはドーカイテーオーを亜空間倉庫にしまい、代わりにインベントリにしまっていたペットハウスを取り出し、四頭の馬を解放。轅に馬を繋ぎ直す。
これで四頭引きの馬車の完成だ。
俺も事前に用意していた変身リング(男性人間)を取り出すと、それを指に嵌める。
これで俺の外見は恰幅の良いい……デブとも言うが……髭面の親父になったはずだ。
これから悪党を相手にしようというのに、素顔を晒したまま相手にするのは少しばかり怖いので、俺も一応の変装しておくことにしたのだ。
しかし、こんな入手した瞬間に即破棄確定な超ハズレ変身リングが役に立つ日が来るとは……
持っててよかった不良在庫、ってな。
「どうかのぉ、セリカ嬢や。これで立派な商人に見えるかのぉ?」
「ぷぷっ、なんだそのしゃべり方は?」
「ほら? 見かけがこれなのに、話し方がこれじゃ様にならんだろ?
役割演出だよ、役割演出」
「なるほど。私は演劇については詳しくはないが、まぁ、良いのではないか?」
「そんな名役者みたいだなんて……照れるじゃないか」
「……そんなことは一言も言っていないだろ」
はぁ、とセリカは呆れたようなため息を吐くと、今まで座っていた俺の隣からノソノソと荷台の方へと移動して行った。
今まで賊に捕らわれていたエルフが、平然と御者の隣に座っているというのも違和感がハンパないので、怯えるエルフ感を出すために、街に近づいたら荷台の隅の方へと移ってもらう、とそういう手はずになっていた。
これで馬車の隅っこで、膝でも抱えて震えていれば、立派な(?)攫われエルフの出来上がりである。
で、今までセリカが座っていた所に、俺は亜空間倉庫から全身甲冑に身を包んだ鈍色の甲冑人形を取り出し、座らせる。
大きさは黒騎士と比べて一回りも二回りも小さい、普通の人間サイズの人形だ。
この甲冑人形は、俺が随分と昔、それこそまだ黒騎士を作り出す前に傀儡操作の練習に使っていた代物だ。
こいつを見ていると、ちょっと懐かしさが込み上げて来るな。
普段はまず使うことはないので、チェストボックスにしまっているのだが、今回は小道具として事前に亜空間倉庫に移しておいたのだ。
俺達は、今から賊を連れて街門の検問を受けることになる。
そこでただ単に、賊を捕まえました、エルフの少女を保護しました、では、あまりに胡散臭すぎる。
当然、そんな簡単な説明で、門番の兵士が納得してくれるとはとても思えないので、俺は細かい状況を追及された時に対応出来るよう、ちょっとした設定を考えていた。
その俺が立てた設定というのが、こうだ。
まず、俺はしがない行商人である。で、この甲冑人形は、商人が雇った護衛の傭兵だ。
それも、自由騎士組合の護衛依頼で雇った自由騎士ではなく、商人(俺)が個人で雇っている傭兵。要は私兵ってやつだな。
こう言っておけば、仮に「組合証を見せろ」と言われても誤魔化しが利く。
で、行商の途中、街道で突然ボロボロになった少女が森から飛び出して来て助けを求めて来た。そして、少女を追いかける賊たちと遭遇。
商人(俺)が護衛(甲冑人形)に賊の討伐を頼み、これを見事撃退。
少女を保護すると、彼女はなんとエルフで、自分の手には余ると騎士団に保護を要請することにした。
また、賊も放置することは出来ないので、たまたま空だった二台目の馬車に賊を詰め込んで連れて来た。
と、こんな感じだ。
賊への正式な尋問が始まれば、俺の言うことがすべて嘘だとバレてしまうだろうが、気にすることはない。
こちらの目的は賊の黒幕を燻り出すことにある。
騎士団に突き出して、向こうさんが何か行動を起こしさえすれば、こちらとしてはそれで十分なのだ。
一応、一昨日の段階で話のすり合わせは終わっているのだが、念のため最後にもう一度だけセリカと打ち合わせをしておいた。
そうこうしているうちに、どの賊を連れ帰るか決まったらしく、騎士達は数名の賊を引きずってまた森の中へと消えて行った。
セリカ曰く、これから楽しい楽しい尋問タイムが始まるらしい。
尋問、なんて言ってはいるが絶対拷問だよなぁ……おお、怖っ。
そして、俺達はあらためて街へと向かうこしにした。
アンリミで得た【御者】スキルがあるとはいえ、現実では馬車なんて扱ったことがなかったので少し不安だったが、思った以上に馬達が思い通りに動いてくれたのは助かった。
想定外といえば、ペットハウスで馬達をテイムしたことで、俺の所有ペットになったことが大きいのだろう。
アンリミでは、ペットはただの愛玩動物という側面だけではなく、主人と共にモンスターと戦ってくれる心強い仲間でもあった。
しかし、所詮は簡単なAI制御であるため、予め定められた命令を確率で行動するだけの単純なものでしかなかった。
それがどういうわけか、この馬達は俺が、ああして欲しい、こうして欲しい、と思うだけで望む行動をしてくれたのだ。
こうなると、喩え御者スキルが無かったとしても、簡単に馬車を操ることが出来たに違いない。
これもスキルやアイテムの効果変容の影響なのかね……分からんけど。
そんなこんなで、軽快に馬車を走らせ、俺達は街門へと向かう。
んで、数十分。
「ほぉ、そんなことが……それは難儀であったな」
「へい。ワシも長年この仕事をしとりますが、こんなことは初めてですわ」
街門に辿り着いた俺たちは、今、門番からの検問を受けつつ、ありもしない架空の賊退治話を門番に話していた。
対応してくれた門番は四〇過ぎといった感じの男で、昨日俺が検問を受けた門番の男とは別人だった。
「分かった。では、賊とエルフはこちらで預かろう。大儀であった。
賊には懸賞金が掛かっている場合もある。賞金が欲しいなら、後日改めて騎士駐屯所まで来るように。
エルフ保護に関しては確約出来ないが、もしかしたら金一封が出るかもしれん。期待せずに待っていることだ。
おっと、身分証を返すのを忘れていたな」
そう言って門番から差し出された身分証を受け取り、懐にしまう。
この身分証だが、実は行商組合の偽造証だ。
今回の作戦の為に、セリカを通してブルックに用意してもらった品である。
だから、たとえ賊の黒幕がこの組合証を元に俺の身元を調べようとしても、絶対に俺には辿り着けないようになっていた。
頼んでおいて言うのもなんだが、この偽造証、ブルックはどうやって手に入れたのだろうか?
「では、賊を馬車から降ろす。しばらくそこで待っているように。
さて、まずは人手を集めんとな……」
「そのことですが、よろしければ馬車ごと引き取って頂けないでしょうか?」
「よいのか? 我々としては大変助かるが、決して安い物ではないだろう?」
「そうですが……馬車もこの通り随分と汚れてしまいもうした。これでは洗っても臭いが残り、使い物にはなりませぬ。
それに、衛士の方々にはいつも街を守って頂ておりますからのぉ。ワシら商人が安全に商売が出来るのも、衛士の方々が居られればこそ。
この程度でご協力出来るのなら、安いもんですわい。ほっほっほっ」
「ぐっ……我々は巷では高圧的だ、偉そうだと煙たがれることが多いというのに、斯様な心遣いに感謝する」
俺がそうお世辞を言うと、何か思うところでもあったのか、強く目頭を押さえる門番。
賊から奪った馬車を差し出して感謝されるとか、チョロいもんだ。
「それもまた、街を悪しき者共から守るためには必要なことなのでございましょう」
「ぐぐっ……我らの務めに対して、そこまで深いご理解が在られるとは……このリカルドっ! 感涙に堪えませぬっ!」
そういと、さっきまでは命令口調だったのに、何時の間にやら敬語になっていたリカルドと名乗った門番は、滂沱の如く涙を流していた。
きっと、仕事で色々溜まってるんだろうね……ご苦労さん。
多分……だが、このリカルドという人物は、きっと真面目な人間なのだろうなぁ、とふと思った。
こういう人が賊と通じているとは思いたくない。願わくば、今回の一件とは無関係であって欲しいと願うばかりだ。
ちなみに、俺が門番を必要以上にヨイショしているのには、勿論意味があってのことである。それは、ここで注目を集めるためだ。
この街門には、まず間違いなく賊に通じている人間がいるはずだ。これに関してはセリカとも意見が一致している。
ならばそいつに、俺という存在を確り覚えてもらう必要があった。
これはあくまで予想でしかないのだが、賊の一味が仲間を捕らえた俺をむざむざ放置するとは考え得難い。
何せ、少なからず賊のことを知ってしまっているわけだからな。
奴らが知られたくない余計な情報を知られてしまっているかもしれない以上、奴らが次に取ると考えられる行動は俺の抹消だ。
死人に口なし、ってな。
そこで、だ。
この変身リングを、騎士団に渡したらどうなるだろうか?
騎士が変身リングで商人に扮しているとも知らない賊に、敢えて襲わせ、そこを捕らえる。
要は、囮捜査の小道具として使うのだ。巧くすれば、賊に内通している者共を一網打尽にすることも不可能ではないだろう。
と、会議の場でこの作戦を提案した時、セリカが凄い引きつった笑みを浮かべていたことを思い出した。
曰く、「もしお前が犯罪者側の人間だったら、捕らえられる気がしない」だそうだ。
まぁ、確かに俺のスキルやアイテムを総動員すれば、街の一つや二つを滅ぼしても尚、逃げきる自信はある。てか、国を相手に戦争することも可能っちゃ可能だが……
そんなことをしても、なんの意味もないのでやらんけどな。
と、いうことを話したら、更にドン引きされた。
「では、我々は馬車の切り離しを致す故、暫しお待ちを」
暫し男泣きをしていたリカルドは、唐突に我に返ると近くにいた仲間を連れて馬車の後方へと回り、後部馬車の取り外しに掛かった。
取り外しは数分と掛からず終わり、賊を乗せた馬車は門番達に牽かれて何処かへとドナドナされて行った。
セリカから聞いた話しでは、あの賊共はこのあと審判院という刑を確定する役所に回され、その後、犯罪奴隷として鉱山や河川工事といった命に関わる危険な仕事をやらされることにならしい。
ちなみに、裁判のような有罪無罪を確定するような司法制度はないのかと尋ねたら、なんだそれ? みたいな反応が帰って来た。
どうやら、この国には裁判は無いらしい。
では、どうやって有罪無罪を決めているのかと聞いたら、精神干渉魔術というもので精神を支配し、本人に自白させるのだという。
事件と無関係なら、何も答えられないし、関与していれば洗い浚い全部話してしまうそうだ。
そういったことを行っているのが、先ほど出て来た審判院という場所なのだとか。
日本じゃ無罪だ有罪だと、延々一つの事件に対して裁判を行っていたりするが、ここではそうした問題とは無縁らしい。
それに、この精神干渉魔術のおかげで冤罪もないという。
で、期間は犯した罪によって決まるらしいのだが、エルフ誘拐に限らず人身売買は終身刑。つまり、死ぬまで危険な重労働を強いられることになるそうだ。
こうなると死刑でサクっと楽に死ねる方がいいのか、生かされてはいるものの、死ぬまで終わることのない生き地獄を味わうのと、どっちがいいのか分からなくなってくるな……
まぁ、身から出た錆だ。自業自得と諦めるがよろしい。
で、エルフに扮したセリカは、女性衛士に肩を抱かれ詰め所のような所へと連れて行かれた。
よし。これで俺の仕事の一つは終わったな。
そして、俺は無事検問をパスし、リカルドに見送られながら街門を後にした。
さて、次の仕事に取り掛からねばっ!




