五〇話
「はい、到着っと……」
全速力で飛ばしたおかげか、以前より早く目的の場所に着くことが出来た。
前回は、ソアラが喚き散らして全力は出し切りなかったからな。
「本当に半刻程で着いたのか……大したものだ」
セリカがそう小さく呟くと、ドーカイテーオーを座らせる前に、単身ひょいと鞍から飛び降りてしまった。
なんと身軽なことで。
俺にはそんな芸当は出来ないので、しっかりと座らせてから安全に降りる。
さて、賊の様子はっと……
「これは、酷いな……」
先に、捕らえた賊を発見していたセリカの下まで行くと、彼女は眉間に深い皺を寄せてしかめっ面をしていた。
確かに……これは酷いな。
目の前に広がる光景を目にして、俺も同じことを思う。
人間が、身動きも取れない状態で丸二日放置されたらどうなるか?
その答えが、目の前の惨状だった。
セリカが言ったように、人間、二、三日程度飲まず食わずでも、すぐに死ぬようなことはない。
人間とは、意外としぶとい生き物なのだ。
だから、あの時生きていた者の中から、死人が出ている様子はなかった。
しかし、だ。
死んでいないが故に、生きていればどうしても起きる自然現象がある。
……そう、尿や便といった生理現象だ。
周囲に立ち込めるのは、鼻を突くアンモニア臭と汚物の臭い……
要はこいつら、大なり小なりを盛大に漏らしまくっていたのだ。
まぁ、まったく身動きが取れないのだから、こうなるのは自明の理ではあるのだが……
え? こいつら街まで持って帰るの? マジで? バッチぃなぁ……
まぁ、どいつもこいつもかなり衰弱しているおかげで、下手に抵抗されるようなことがないのは有難い。
なにせ、俺達が目の前にいるというのに、ほぼ無反応だからな。
一部まだ元気な奴が、水をくれだとか、食べ物をくれだとか、助けてくれと自分勝手なことを言っていたが、一先ず全部無視だ。
それにしても、黒騎士を通してとはいえ、こいつらに触ることに若干の……いや、かなりの抵抗があるな。
それに、俺の大事な黒騎士を、こんな奴らの汚物で汚したくはない。
さて、どうしたもんか……それは追々考えるとしよう。
と、その前に、だ。
「なぁ? まずはこいつらの馬車を探すことから始めないか?
正直、ここに長いすると鼻が曲がりそうだ」
「同感だな」
というわけで、セリカとも意見が合致したところで、俺達は手分けして賊が乗っていたと思われる馬車の捜索に入ったわけだが……これが思いの外すぐに見つかった。
近くに新しい轍の跡があったので、追ってみたら茂みの中で馬達が大人しく下草をモシャモシャしていたのだ。
おそらく、馬車に繋がれたままだった所為で、遠くまで行けなかったのだろう。
主人たちが悲惨な目に遭っているにも関わらず、自分達は悠々自適に食事中とは実にのんきなものだ。
まぁ、忠義心が強過ぎて、あいつらを助けようとされても困るんけどさ。
見つけた馬車は全部で二台、一台二頭引きなので馬は合計四頭いた。他にもないかと思い、しばらく周囲を散策してみたが、特に何も見つからなかったので、おそらくこれですべてだろう。
馬車は幌付きの立派な代物で、幌にはデカデカと何か幾何学的なマークが描かれていた。
今の状況に陥ってからというもの、見知らぬ文字でも読むことが出来る俺が読めないということは、文字ではなく何かの意匠なのだろう。意味は分からんがな。
荷台を調べると、中には食べ物や香辛料、雑貨などが所狭しと詰め込まれていた。
これだけを見たら、とても賊が使っていた馬車だとは思えんな。何処にでもありそうな隊商の馬車だ。
しかし、もう片方の馬車の荷台の奥隅に、鉄で出来たごつい檻という場違いも甚だしい物が、隠すようにひっそりと置かれていた。
きっと、この檻がソアラが捕らわれていたという檻なのだろう。
馬車のサイズは十分に大きく、これなら中身を抜けば一台で賊全員を詰め込めそうだ。
にしても、馬車は二台しかなく、しかも中身は荷物で満載なのに、賊の人数は軽く三〇人くらいはいた。
馬車に対して人が多すぎるような気もするが……まぁ、それを今考える必要はないな。
俺はふと湧いた疑問も頭の片隅へと押しやると、亜空間倉庫からチェストボックスを取り出し、檻が積まれていた方の馬車の荷物を片っ端からチェストボックスへと詰め込んだ。
で、片付いたところでチェストボックスを亜空間倉庫へ移動。
これで、さっきまでは物で溢れていた荷台が綺麗さっぱりだ。荷物が何一つなくなったことで、随分と広く見えるようになった。
俺が一通りの作業を終えて馬車の外へと出ると、何やらセリカが馬車の幌を険しい表情で見つめているのが目に付いた。
「ん? 幌なんて睨みつけて、どうかしたのか?」
そう声を掛けと、セリカはちらりと俺に視線を送り、また幌へと戻してしまった。
「うむ。……この会章が気になってな」
「会章?」
セリカの視線の先を追えば、そこにはあの意味不明なマークがあった。
会章とは、会社や組織を表すロゴマークのことをいう。つまり、この賊共は何かしらの組織に属している、ということか?
「スグミは知らないだろうが、この会章はハルメイア商会というノールデン王国でも一、二を争う大商会のものだ。
賊がこの会章を掲げていたということは……」
「おいおい……大店が人身売買に加担している、てか?」
「……その可能性が出て来た、ということだ。
この件をハルメイア商会に素直に聞いところで、バカ正直に答えるわけもないだうから、本当に賊と通じているのか、それとも賊がいいように利用しているだけなのかは、今はまだ判断がつかんがな。
ただ、改めて調査をする必要はあるようだ。ひょっとすると、私が思っている以上にこの事件、闇が深いのかもしれん……」
セリカはそう言うと、一際大きなため息を吐いてみせた。
俺にはそれがどれだけ大事なのかは察しもつかないが、セリカの反応を見る限りかなり深刻な問題のようだった。
「スグミ、すまないが念のために馬車から幌を取り外してもらえるか? 取り越し苦労ならそれでいい。しかし、もし通じているのだとすれば……」
「子飼いの賊が捕まったとあれば、そのハルメイア商会とやらが警戒して調べ難くなる、と……」
「まぁな。果たして、こんな子供騙しでどれだけ時間が稼げるか……期待出来たものではないが、やらないよりはマシだろう」
仮にそのハルメイア商会が黒だとすれば、相当なおバカでもない限り自分のところと繋がっている賊が国に捕まったと判明した時点で、繋がっていた証拠はすべて処分してしまうだろう。
俺ならそうする。
セリカの言ったように、やらないよりはマシ程度の工作でしかないが、打てる手はすべて打っておいて無駄になることもない。別に、何か損になるわけでもないしな。
「あいよ。幌を支柱ごと切り離す感じでいいか?」
「それで構わん」
ということで、俺はエテナイトを取り出し、腕部に取り付けられたカタール状の刃で、幌を支えている支柱ごとスパスパ斬って回った。
幌はセリカが後で検分のために欲しいとのことなので、一応、二台分を畳んでインベントリに収納しておく。
その間、セリカはもう一台の馬車に何か賊の身元や、ハルメイア商会との繋がりを示すようなものがないかを調べていたが、特に目ぼしい物は見つからなかったようだ。
出て来たものといえば、行商組合の組合証くらいなものか。
それでも何も出ないよりかはマシだと、セリカは言う。
一応、チェストボックスにしまった方も検分するかと尋ねたら、そっちは帰ってから仲間たちと一緒に調べるそうだ。
「それじゃあ、俺が賊を馬車に積み込むから、その間にセリカはこれに着替えてくれ」
そう言って、俺はボロボロにになった一着の服をセリカに差し出した。
「これは?」
「ソアラが俺と出会った時に着ていた服だ。
流石に、その格好じゃ見た目をいくらエルフに変えても、“捕らわれていたエルフ”感は微塵もないだろ?
ああ、断っておくが、この服を使うことは、ちゃんと本人からは了承を取ってるからな」
今のセリカの恰好はといえば、野暮ったい砂色のローブに身を包み、その下には厚手の布の服に革製のズボン、そして軽装な革鎧を身に纏っていた。
しかも、腰には細剣が二本も差さっている。
うん、何処からどう見ても冒険者……っと、ここじゃ自由騎士だったな……のそれだ。
余談だが、この服はソアラが着替えた時に預かったままになっていた物だ。
「確かに、スグミの言う通りだな」
俺に指摘され、セリカは今一度自分の姿を眺めて同意し、俺からソアラの服を受け取った。
「それにしても……」
で、セリカはソアラの服を広げて眉を顰める。
「これは酷い有様だな……こびりついている血の量といい、この裂け方……
おそらく、大振りな刃物で斬られた傷だろう。決して軽傷ではなかったろうに……」
「まぁ……な。俺が見つけた時は血まみれだったよ」
「そうか……ソアラは本当に運が良かったのだな」
「かもな」
何か思うところでもあるのか、セリカは暫し、じっと無言のままボロ雑巾の様なソアラの服を見つめていた。
「では、私は着替えて来るとしよう」
「さっき取り外した幌で、目隠し用のテントでも作ってやろうか? こんな森の中で、生着替えなんてしたかないだろ?」
と、親切心から提案したのだが、
「構わんよ。これでも、行軍演習などで野外で着替えることには慣れている」
あっさり断られてしまった。
「それに、こんな森の中では覗く人目もありはしないだろ?」
「いや? ここにあるだろ?
セリカは美人さんだからな。覗けると分かったら、俺が覗きに行くかもしれないぞ?」
「またそういうことを……」
俺の言葉にセリカが呆れたように溜息を吐くと、小さく頭を振って見せた。
「そういう言葉を多用すると、言葉の重みを失うと言っただろ?
それに、ソアラが嘆いていたぞ? スグミはすぐに人をからかって笑い者にする、と。聞いていた通りだな」
おや? 何時の間にそんな話しをしていたのだろうか?
割と二人の近くにはずっとたいつもりだが、全然気が付かなかった。
「人聞きが悪いな。反応を見て楽しんでるだけだろ?」
「同じことだバカ者。まぁ、覗きたいのなら止めはすまい。ただし……
五体満足で帰れるとは思わないことだ」
一瞬、なんと寛容なっ! と思ったが、すぐさま鋭い視線で釘を刺されてしまった。しかも、片手を剣の柄に沿えながら、だ。
「おぉ、怖っ! 大人しく自分の仕事してくるわ」
「うむ、それが良かろう」
そんな軽口を交わして、俺は草をムシャムシャしていた馬を引き連れて賊の回収に、セリカは着替えに茂みへと分け入って行った。
で……
「さて、どうしようかね……」
俺は縛られた賊の団体さんの前で腕を組む。
これからこの賊共を馬車に積まなくてはいけないのだが、はっきり言って、こんな汚物塗れの奴らなんて触りたくもない。
それは俺が直接は当然のこととして、黒騎士やエテナイトを使うなんてのも論外も論外だ。
正直、近づくことすら躊躇われるくらいだからな。となると、残る手は……
「あんまり使いたくはなかったんだが、背に腹は代えられないか……」
俺は誰にともなく独り言ちると、ため息一つ、一旦この場を立ち去った。
賊共を、まとめて縛り上げている場所から少し離れた場所。
そこには、元々賊だったものが無造作に転がされていた。
これらは、黒騎士との戦闘で不幸にもお亡くなりになった賊の成れの果てである。
まぁ、はっきり言えば、賊の死体だな。
「う゛っ……吐き気が……」
まだ二日しか経っていないのに、もう変な臭いが立ち込めていた。
最近のゾンビ映画とかは妙にリアルだし、ネットに溢れるグロ画像などもあり、この手のものには割と耐性があると思っていたのだが……
耐性があったのは絵ずらに対してだけだったようだ。
死体という物体よりも、そこから溢れる死臭に内蔵が掻きまわされるような錯覚を感じる。
しかし、ここはぐっと堪えて耐えるしかあるまい。
なにせ、俺が今からやろうとしているのは、この死体を使って賊共の運搬をしようというのだから。




