三九話
本来、黒騎士を使って戦う時、相手に合わせるようなことはしない。
その圧倒的な力で、抗うことすら許さずに相手を完膚なきまで叩きのめすのが俺の黒騎士だ。
正直、ラプラスの瞳など所詮はいくつかあるちょっとしたギミックの一つに過ぎない。
基本はあくまでモンスターやNPC相手に使う程度のもので、対人戦で使うにしても格下を相手にする時くらいものだった。
腕の立つ、所謂、上位プレイヤー相手にはまず使わない。というか、使えない、といった方が正確か。
多少先が見えたからといって、そうそう簡単にこちらの思惑通りに動いてくれる奴など上位陣には一人とていないのだから。
大体あいつらは自分のリズムというのを確立している。下手に相手のペースで戦えば十中八九負けるのこちらだ。
大事なのは如何にして相手のペースに乗らず、こちらのペースで戦うかだ。
それを、だ。
俺はセリカやブルック相手に使って戦っていた辺り、自分でもそれと気づかない内に彼らのことを甘く見ていたということだな。
セリカは……まぁ、いいとしても、ブルックを相手にするなら最初から全力で挑むべきだった。反省、反省。
「ブルックさん。あんたもまだ本気を出していないんだろ?
ここからは下手な手加減は難しい。残った手足を失いたくないなら、そっちも全力を出して耐えてくれよ」
ブルックもまた本気を出していなかったことは、途中から気づいていた。
なにせ、後半は完全に弄ばれていたからな。
ブルックがその気になっていたなら、たぶんあの時点で俺は負けていた。
まぁ、俺も全力を出していなかったので、お互い様といえばお互い様ではあるけど。
「ふふふふ……ふははははははっ!! 面白い! 実に面白いっ!
このオレを前にして、そこまでの啖呵を切った奴は久しぶりだっ!
ならば望み通り、全力で相手をしてやろうっ! 全力を出したこと、後悔だけはさせてくれるなよっ
戦衣っ! 鋼塞の騎装っ!」
ブルックがそう吠えると、ブルックの全身から鈍色をした、見るからに重たそうな色をしたオーラが吹き出した。
戦衣。
セリカも使っていたスキルだな。セリカの時は赤紫色だったが、ブルックは鈍色なのか。
スキルの内容は、おそらく自己強化バフを多重掛けする類のものだろうと予想している。
スキルの名前とオーラの色が違うのは気になるが、バフスキルということに違いはないだろう。
取り敢えず、確認も兼ねてブルックのステータスを再度チェックすると……
ぶふっ!! なんだ!? この出鱈目な数値は!
やはりというべきか、ステータスがとんでもなく上昇していた。
特に【頑丈さ】の上昇値だけはずば抜けており、現在の【頑丈さ】値はなんと4000を超えていた。
こんな数値、『アンリミ』でだってそうそうお目にかかれるモンじゃないぞ……
内訳は【タフネスボディLV10】で100%アップの2178。
で、【剛体】という、LV1につき【頑丈さ】値が固定値200で上昇するスキルのLVが10。これで更に2000追加の合計4178だ。
並みの攻撃力でこの防御力を突破するのは、もう不可能といっていい。
まぁ、上には上がいるが、『アンリミ』でもこれは五指に入るステータスの高さだ。
更に、【パワーアクセラレーターLV5】。これで【力】が50%アップで、ほぼ黒騎士と同じ1392となる。
更に更に、だ。【ディフェンスオーラLV10】。これはセリカも使っていたスキルだが、厄介さでいうならセリカの比ではない。
この【ディフェンスオーラ】の真に恐ろしいところは、攻撃判定後のダメージを軽減するのではなく、攻撃力そのものを減少させてしまうところにある。
例えば、攻撃力200が防御力100に対して攻撃をして、100のダメージが通ったとする。
ダメージカットの場合、90パーセントカットされても、まだ10のダメージを通すことが出来る。
しかし、攻撃力を90パーセントも減少されれば残った攻撃力はたったの20だ。
攻撃力20と防御力100。ダメージなど通るはずもない。
故に、アンリミでも有名な強力スキルの一つとされていた。
ぶっちゃけ、セリカがこのスキルを使ったとしても、まだ残った20%の攻撃力でセリカの防御を突破することが可能だが、ブルック相手には無理だ。
それこそ、ウレタンバットで戦車を叩くようなものだ。
いくら軽減出来るダメージ総量に達すれば消滅してしまうとはいえ、そもそもダメージが通らないのでは話にならい。
このスキル、取得条件が非常に厳しいから、『アンリミ』で使っている奴は非常に少なかったのだが、まさかこんなところで二人も見ることになるとは。
で、極めつけは、【ディヴァインアーマーLV10】のおまけ付きときた。
【ディヴァインアーマー】は、自分のHPの割合分の防御壁を作り出すスキルだ。
【ディフェンスオーラ】が相手の攻撃力を減少させるスキルなのに対して、【ディヴァインアーマー】は耐久値分までのダメージを完全にカットするスキルになる。
LV1で10パーセント、それがLV10なので、HP100パーセント分のダメージを肩代わりしてくれる鎧があることになる。
つまり、ブルックにまともなダメージを通すには、まずこの【ディヴァインアーマー】を破壊しなければ話にならない、ということだ。
勿論、【ディフェンスオーラ】の効果は【ディヴァインアーマー】にも適用されるので、こちらから攻撃力は十分の一にカットされてしまう。
ブルックのHPがどれくらいあるのかは知らんが、【生命力】1につきHPに100の補正が入るので、素の【生命力】の値が808のブルックなら、最低でも80800はあることになる。
他の補正値を含めて考えれば、10万以上あると思った方がいいだろう。
しかも、【ディヴァインアーマー】の防御力はスキル使用者に依存するため、耐久力10万以上で【頑丈さ】4000オーバーの鎧を着ているのと同じだ。
そこに攻撃力90パーセント減少って……なんだこのチートキャラは? セリカの時もチートだと思ったが、セリカ以上にチートじゃねぇか。
現状での黒騎士の【力】値は1300相当。
武器の攻撃力を加味しても、黒騎士の攻撃力は3000に達するかどうかってところだ。
ただでさえ【頑丈さ】4000越えに遠く及ばないというのに、ここから90パーセントも減少されては、まともなダメージなど望むべくもない。
ダメが入らないとなっては、今のままの黒騎士では如何ともしがたい。完全な積み状態だ。
……とはいえ、だ。
そもそも俺の勝利条件はブルックを倒すことではなく、ブルックが手にしている大剣の破壊である。
むしろ、ブルック自身がアホみたく頑丈になったことで、こちらとしては安心して全力を出すことが出来るというものだ。
多少コントロールをミスって直撃させたとしても、死なないと分かっていれば気兼ねする必要もないからなっ!
「んじゃ、準備も整ったようだから、今度はこちらから仕掛けさせてもらおうか」
「すまんな、待たせちまったようでよ。さぁ、どこからでも掛かって来な、坊主」
そう言って、ブルックは俺に向かって手をクイっクイっと癪って見せる。
もう、坊主って歳でもないんだが……まぁ、ブルックから見れば俺もまだまだガキに見えるってことかね。
「そうかい。それじゃ……殲滅型戦闘人形“黒騎士”、参るっ!!」
別に掛け声なんて必要なかったのだが、そこはブルックがそうしていたのを真似てみた。
俺の掛け声を合図に、黒騎士はブルックとの間にあった間合いを、瞬きほどの時間で詰めると、両手に持った大剣を最上段へと振り上げ全力で振り下ろす。
「っ!! その図体でよく動く……だが、甘いわっ!」
ブルックのステータス上、回避より防御を取ると思ったがまさにその通りで、ブルックは振り下ろされる二刀の大剣を、自分が手にしている大剣で打ち払う動きを見せた。
ブルックの得物はタダの鉄製、良くて鋼鉄製の剣だ。俺の、黒騎士の大剣は黒騎士同様アマリルコン合金の特別製。
圧倒的に強度が違う。開始早々で悪いが、このままぶった斬って終わりにさせてもらおう。
「ふんぬっ!!」
しかし、結果はそう甘いものではなかった。
ガインィィィィっ!! と、先ほどよりも大きく激しい激突音が、訓練場に長々とした余韻を残して木霊する。
そのあまりの衝撃に、ブルックの足が地面に数センチメートルほど埋没していたくらいだ。
それでも、大剣は折れることなくその場に存在していた。
は……? 今の一撃を耐えたのか? ただの剣で? マジかよ……
ブルックが持つ剣は、訓練場の壁に掛けられていた練習用の大剣だ。とてもアマリルコンに耐えられるような特別な代物とも思えない。
不思議に思い、よくよくブルックの剣を見てみれば、淡く青く光っているように見えた。
さっきまで、あんな光はなかったはずだ。となると、きっとブルックがなにかしたのだろう。
流石に何をしたのかまでは分からないが、アンリミにも一時的に武器や鎧の強度を上げるスキルがあった。
アンリミにはないスキルがあるのだ。似たようなことが出来るスキルがあっても不思議ではない。
正直な話、勝つだけなら簡単なことだった。
例えば、黒騎士の大剣には“絶壊”という、ありとあらわる防御効果を無視して、直接攻撃を叩き込むことができる特殊能力が備えられていた。
これを使えば、何かしらのスキルによって強化されたブルックの大剣でも、赤子の手を捻るが如く容易に破壊することが出来るだろう。
他にも、黒騎士本体胸部に内蔵された“虚無砲”。
短射程ではあるが、効果範囲内のすべてを消滅させる黒騎士の必殺技だ。
まぁ、絶壊にしろ虚無砲にしろ、使った場合は大剣共々漏れなくブルックも消滅することになってしまうから使わんがな。
それら以外にも他にも色々あるのだが、何にしろ、それらは非常に強力な攻撃手段である代わりに、決してお安くない希少な素材を結構な量消費しなければいけないので、ぶっちゃけ、何が何でも絶対に勝たねばならないような状況でもない限り使いたくない、というのが本心だ。
こんな遊び程度のことで使うには、あまりにも勿体な過ぎるからな。というわけで、今回は封印である。
ちなみに、超重量弾速射砲ライオットは、外した時が恐ろしいことになりそうだから同じく封印だ。まぁ、当たって兆弾してもヤバいしな。
それに、そこまでしなくとも、ブルックの義足を集中攻撃して、脚を破壊したところで大剣を奪って折る、なんて方法もある。
とまぁ、色々と御託を並べてみたが、結局言いたいのはそれで勝って何が面白いってんだって話だ。
これでも俺は、『アンリミ』ではそこそこ名の知れたプレーヤーの一人だ。
そんな俺が、この見知らぬ地で果たして何処まで戦えるのか……それも縛りプレイでだ。
それを、目の前の強者を相手に無性に試してみたくなった。そのことに、年甲斐もなく心が躍っていた。
「うらぁぁぁっ!」
ブルックが咆哮を上げると、黒騎士の大剣を力任せに押し返してきた。
油断していたわけではないが、ブルックのバカ力に黒騎士の腕が跳ね上げられる。
黒騎士の総重量はトンを超えているっていうのに……化け物めっ!
「はああぁぁぁぁっ!!」
黒騎士の腕が上がったことで、ガードの空いた胴体部分にブルックの横薙ぎの一閃が襲った。
俺はすぐさま後方へとステップすると、胴スレスレの場所を横薙ぎが通過して行く。
あっぶねぇ……
しかし、これはチャンスだ。
着地後、黒騎士の両足を大地へと踏ん張せ、上半身を左回りに高速回転させ、そのままの動きで一回転。人形だからこそ出来る、上半身回転斬りだ。
トップスピードに乗った、大剣二刀による右からの強烈な横薙ぎ。
ブルックは黒騎士の本体を狙わなくてはいけないが、こちらは大剣狙いでいい。
結果、こっちはブルックの反撃を受けにくい安全圏から余裕を持って攻撃することが出来る。
さて、この如何ともしがたい間合いの差を、ブルックはどう対処する?
しかもブルックは今、全力で大剣を振り抜いたことで、若干だが体勢が崩れている。大剣を引き戻すにも、すぐにとはいかないだろう。
「甘いと言っているっ!!」
てっきり、こちらと同じようにステップで後方に避けるか、振り抜い大剣で無理やり防ぐかのどちらかだと思ったのだが、ブルックは逆に体を一歩前に出し、その左腕一本で黒騎士の二刀の大剣を防いで見せた。
とても人間を斬ったとは思えない重い手応えが、黒騎士を通して俺へと伝わってくる。
例えるなら、それはサンドバッグを木刀で殴ったような感じだ。
まるで、刃が通るような気がしない。流石は攻撃力90パーセントカットと4000越えの 【頑丈さ】だ。
自身の防御スキルを傘に、無理やり間合いに踏み込んで来たか……大した思い切りの良さだよ。
ブルックでなければ、三等分にぶつ切りにされていたところだぞ。
っと、感心している場合でもないな。
間合いを詰めたブルックは、黒騎士の腕ごと二本の大剣を左手で抱え込み、封じに掛かる。
咄嗟に振り解こうとしたが、ステータスが拮抗していること、それとガッチリホールドされている所為でびくともしない。
「これでどうだぁっ!!」
ブルックは右腕一本で大剣を振り上げると、黒騎士の頭部へと向けて振り下ろす。
両手と武器を封じられてはいるが、黒騎士にはまだサブアームが残っている。
それはさっきブルックも見ているはずなのに、そんな単調な攻撃が通ると思っているのだろうか?
案の定。
展開した4本のサブアームが、がっちりとブルックの大剣を抑え込む。
二本ではなく、四本のサブアームすべてを使ったのは、そうでなければバフで強化されたブルックの攻撃を受け止められないと判断したからだ。
だが、その時だ。
「そう来ると思ったよっ! ぬおおおおおぉぉぉ!!」
ブルックが咆哮を上げ、掴まれた大剣に全体重を乗せて黒騎士を押しに掛かってきた。
と、ぐらりと黒騎士が大きく傾。
「っ!?!?」
黒騎士は重い。だから、重心付近をいくら押してもそうそう簡単に倒れるようなことはない。
しかし、重心より高い場所を押せば、重い物でも案外簡単に転倒させることが出来る。
それが、重心から離れていればいるほど、テコの原理が働きより小さい力で済む。
ブルックは大剣を掴んだサブアームを力点して、黒騎士を転倒させるつもりなのだ。
しまった! ブルックの狙いは初めから黒騎士を転倒させることだったのか!
ブルックの狙いに気付き、急ぎサブアームを解除するが、時既に遅し。
「逃がすかよっ! うらぁっ!」
バランスを崩し立て直そうとする黒騎士に、追い打ちとばかりに黒騎士の大剣を手放したブルックの体当たりが決まる。
黒騎士より軽いとはいえ、人間として考えれば超重量級のブルックの体当たりだ。
既に安定性を失っている黒騎士に、それに耐える術はなかった。
そして ドカン! ガシャン! と、派手な音を立て、黒騎士が大地に横たわった。
まさか黒騎士を転がしに来るとは思いもしなかった……
そういえば、中世の戦争では全身甲冑を着た相手は、転倒させるのが基本的な戦術だった、なんて何かで見た覚えがあるな、とふとそんなことを思い出す。
「これで終いだっ!」
勝ちを確信したように、ブルックは大剣を両手で確りと握り、天高く掲げる。
その刀身には、金色のオーラが纏わりついているのが見えた。
攻撃技。
どんな技を使って来るかは分からないが、どの道、今の状態では回避も防御も難しい。
さて、どうしたもんかな……
「存分に喰らえっ! 地裂刃っ!」
そうこう考えているうちに、ブルックのスキルが発動。
金色に輝く大剣が、黒騎士へと襲い掛かる。
サブアームで受け止め……るのは難しいだろうな。
それならと、苦し紛れに黒騎士の背部に設置されている特殊ギミックを緊急展開。
うまく行くかは分からない。しかし、何もしなければ負け確定だ。
黒騎士の背中には、“魔砲杖”という簡易的に魔術を発動することが出来る杖が複数本内蔵されている。
黒騎士のサブアームは本来、この魔砲杖を保持するためのものなのだ。
その中から二本。火炎弾を打ち出すタイプの杖を抜き出した。
一撃の威力を重視したヘヴィータイプと、一発の威力は低いが連射が効く速射重視のラピッドタイプの二種類があるのだが、ヘヴータイプの方はMPチャージに多少時間が掛かるため、今回はラピッドタイプを選択。
抜いた魔砲杖を、黒騎士の肩越しからブルックに向かって突き出し、発射。
ズドドドドドドドっ!!
と、眼前のブルックに対して、火弾が雨霰と降り注ぐ。
威力は低めとはいえ、並みのプレイヤーなら瞬間で蒸発する程度の威力はある。
これで怯んでくれれば、と思ったのだが……
「小賢しいっ!」
ブルックはそれを、小雨程度にすら意に介さずに手にした大剣を振り下ろした。
ダメか……止められそうもない。こうなれば、正直あまり使いたくはないが奥の手を使うかと、覚悟を決めた時……




