三五話
SIDE セリカ
無理、無駄、無謀……
女なのだから騎士になどなるな、女なのだから力など求めるな、女なのだから剣など振るな、女なのだから……女なのだから……
昔から、嫌というほど聞かされてきた言葉に、セリカの胸の内で何かに火が着いた。
彼女はそうした批判を、今までずっと、その不屈の精神と弛まぬ努力で周囲を黙らせて来たのだ。
(見縊っているようなら、思い知らせるまでのことっ!)
普段は慎重で沈着冷静な彼女だが、ことこの三句だけに関しては過剰ともいえる過激な反応をしてしまうのが、セリカの唯一の欠点だった。
簡単にいってしまえば、スグミに「無理」だと言われたことで今の彼女は周囲が見えないほど意固地になってしまっていたのだ。
もし仮に、この場に彼女をよく知る者が一人でも居れば、すぐにフォローして事なきを得たのだろうが、悲しいかな今この場にはセリカ、スグミ、ソアラの三人しか居なかった。
勿論、スグミはセリカを見縊っていたわけでも、下に見ていたわけでもなく、単純に事実を伝えただけのことなのだが、そんなことはセリカには関係なかった。
「すぅー……はぁ……すぅー……はぁ……」
セリカは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
頭に思い描くのは、体の中心にある小さな革袋に、体中の魔力を押し込めて行くようなイメージ……
そうして、セリカは己の中で魔力を練り上げ、高めていく。
袋が限界に達し、今にも弾けそうになるのをぐっと堪え、それでも更に魔力を詰め込む。
少しでも気を抜けば破裂してしまいそなう袋を、今度は慎重に薄く大きく伸ばしていく。
それは最早袋ではなく、魔力で編まれた布であった。
セリカは魔力で作った布を、体の内側から外側に向かう様に、大きく、大きく広げていく……
広げた布は何時しか体から溢れ出し、つま先から指先、頭の天辺まで余すことなく、セリカの体を魔力の布が包み込む。
少し扱いを間違えれば、すぐに破れて霧散してしまう。そんな繊細な布を、更に自分の体とピッタリ重なるように調整していく。
隙間が在ってはいけない、はみ出していてもいけない。体と魔力の布、その二つを寸分違わず一致させなければいけない。
そして、すべてが重なり合った時……
「戦衣っ! 戦乙女の騎装っ!」
戦衣。それは、魔力を練り上げ作る、己を高める見えざる鎧。
騎士の中でも、極一部の者しか使えない、所謂“奥義”と呼ばれる類のものだった。
事実、戦衣はセリカを含め、騎士の中でも使える者の数はかなり限られていた。
本来、セリカの様な年若い娘が使えるような技ではないのだ。
何十年と研鑽を積み、ようやく辿り着くことが出来る騎士の頂きにある技。それが戦衣だった。
しかし、生まれながらに膨大な魔力を持ち、剣才にも恵まれそれでいて努力を惜しまず鍛錬を続けたことにより、セリカはこの歳にしてその頂きへと至っていた。
若輩故の未熟さはあれど、間違いなくセリカはその道の天才だった。
更に、セリカが纏う戦衣“戦乙女の騎装”は、魔力消費が桁違いに激しい代わりに、爆発的に攻撃力を強化することに特化した戦衣であった。
その力は、他の戦衣使いの追随を許さぬほどに……だ。
惜しむらくは、技の発動までに時間が掛かり過ぎ、実践では殆ど役に立たない、ということか……
セリカは初手から全力の一手だった。しかし、彼女の全力はまだここでは終らない。
「燃え盛れっ! 獄炎っ! 吹き荒れろよっ! 烈風っ!」
右手に炎の魔術を、そして左手に風の魔術をそれぞれ別に発動させる。
魔術には属性ごとに相性があり、炎と風は相互扶助の関係にあった。
個別に一〇の力がある魔術を同時発動した場合、それが相互扶助の関係にある属性なら、単純に二〇にはならず、元の合計値を軽く凌駕する力を発揮させることが出来るのだ。
それこそ、術者次第で四〇や五〇にも成り得るのだ。
これは、異なる二つの属性魔術を同時展開する二重魔術と呼ばれる、魔術における超高等技能である。
ただし、本来は二人以上の術者が協力して行うものなのなのたが、セリカはこれを単身で使用するすることが出来た。
「隠れろソアラっ! なんか嫌な予感がするっ!」
「へっ? そ、そんな急に隠れろって言われても、ど、どこにですかっ!?」
周囲に満ちた不穏な空気を察して、スグミがソアラに避難を呼びかけるが、セリカはその様子にまったく気付いていなかった。
今の彼女の頭の中には、このデカい人形をぶっ壊す、そのことで一杯だったからだ。
何事にも一途になるというのは、彼女の長所でもあり、また短所でもあった。
セリカの全力はまだ続く。
今度は、剣技・衝爆刃の準備に入る。
衝爆刃は、魔力を圧縮し武器に纏わせ、攻撃の瞬間に圧縮していた魔力を開放することで小規模な爆発を起し、斬撃と衝撃波の二つで攻撃する技だ。
これに先の二重魔術で作り出した炎と風を、それぞれ右手の剣と左手の剣へと圧縮し押し固める。
出来る限り小さく、小さく……
小さくすればするほど、開放した時の爆発力が増すことを、彼女は本能的に理解していた。
そして、極限まで圧縮したところで、斬撃と共に炸裂させる。
それがセリカの奥義……
「森羅万象、灰燼と化せっ! 炎嵐衝爆刃っ!」
二つの剣を振り上げ、振り下ろす。インパクトの瞬間、今まで押さえつけていた力のすべて吐き出した。
刹那。あらゆるものを吹き飛ばすほどの爆風が、周囲を蹂躙した。その威力たるや、轟音の中にあって音が消えてなくなる程であった。
しかし……
黒き騎士人形に直撃した手応えは勿論あった。地面を抉る感触も伝わって来た。
なのに、打ち砕いたという感覚はまるでなかった。セリカの頬に、疲れとは別の嫌な汗が流れた。
(鋼竜の首さえ落す一撃だぞ? 並みの鎧なら、今ので跡形もなく消し飛んでいるのだがな……)
立ち上る土煙が次第に晴れ行く中、ただ少し汚れただけで平然と立つ黒騎士にセリカは戦慄を覚えた。
全力を打ち込んだ今だからこそ分かる。これは人の力でどうこう出来る代物ではない、と。
そして同時に、こんな物を従えるスグミという男に、得体の知れない恐怖を感じた。
(あの男、一体何者なのだ?)
セリカの視線は、知らぬ間に出来ていた土で出来ていると思しき防壁から、ちょこんと顔を覗かせていたスグミへと向けらけていた。




