三三話
「黒騎士たちを見たい?」
街中に散っている仲間を全員呼び集めるには、多少時間が掛かるということで、それまでの間に俺の人形を見てみたい、とセリカにそう言われた。
「ああ。スグミやソアラの話を信じていないわけではないのだが、やはり一度は自分の目で見ておいてみたくてな。
それに、短時間で長距離を移動する方法というのも気になる。
これから共闘するなら、互いの実力は把握しておいた方がいいだろ?」
言っていることは最もだと思うのだが……
「こっちも、見せてやりたいのはやまやまなんだが、あいつらを出すにはそれなりに広い空間が必要でな。
ここじゃ狭くて無理なんだ。すまんな」
厳密には、一ヶ所だけエテナイトくらいなら取り出せるスペースがあるにはある。
しかし、そこはボロいテーブルの上なので、出した瞬間エテナイトの重さに耐えかねて倒壊する未来しか見えない。
最悪、テーブルを突き破った加速度で、床までぶち抜く恐れすらある。
いくらボロい建物や備品とはいえ、それらをぶっ壊してまで出す必要があるとは思えんよな……
「なるほどな。広い空間か……それなら、手ごろな場所に心当たりがある。
少し移動するが、構わないだろうか?」
そう問うセリカに頷いて、俺とソアラはセリカに着いてボロ小屋を後にした。
ソアラは別に着いて来る必要はなかったのだが、あそこで一人取り残されても居心地が悪いと、俺達と一緒に来ることにしたそうだ。
ちなみに、ソアラは変身リングによって、既に人間の姿に変身済みである。
で、道すがら何処に向かうのかと尋ねたら……
「自由騎士組合だ」
と、セリカが答えてくれた。
自由騎士組合。
門番の男からも名前だけは聞いていた場所なので、午前中の散策の時に一応は探していたのだが、終ぞ見つけられなかった場所でもある。
大まかな場所を尋ねたら、それもそのはず。俺たちが散策した場所と真逆の位置にあったのだから、見つけられるはずもない。
ついでに、疑問に思っていた自由騎士につていくつか尋ねることにした。
「スグミの国には、自由騎士はいないのか?」
と、多少驚かれたが、セリカは懇切丁寧に自由騎士について説明してくれた。
セリカの解説によれば、そもそも、自由騎士とは騎士と名乗ってはいるが本来の国に仕えている騎士とはまったく関係なく、その活動内容は日雇い労働者に近い……というか、そのものを指す言葉なのだという。
誰かがやって欲しいことを依頼として出し、それを引き受け、成功したら報酬を貰う。
依頼の内容は多岐に渡り、害虫駆除から迷子になったペットの捜索、畑の草むしりに魔獣の討伐、隊商の護衛に欲しい素材の採取などなど……
ゲームや小説でいうところの、冒険者そのままだった。
というか、俺としてはハローワークという言葉の方がしっくり来るな。ファンタジー版のハローワークだ。
日雇い労働のどこに騎士成分が含まれているのかは、まったくの謎だが、まぁ、冒険者も冒険者で、どこにも冒険していないのに、どこが冒険者なのかという疑問は感じなくはなかったりする。
余談だが、何故、自由騎士と呼ばれているのかについては、昔、主を失った、もしくは主から罷免させられた騎士が、自らを主を持たぬ自由な騎士だと名乗り、誰からの依頼でも受けるようになったのがその始まりなのだと、セリカが教えてくれた。
以降、日雇い労働者たちが箔付けのために、自らを自由騎士だと自称しているのだという。
フリーのカメラマンやジャーナリストのことを、フリーランスというのに似ているな、と思った。
このフリーランスの語源も、まぁ大体似たようなものだ。
ちなみに、本職が国の騎士団に所属しているセリカたちだが、世を忍ぶ仮の姿として世間的には自由騎士として通しているらしい。
何故、本職の騎士がこんな隠れるような、こそこそとしたようなマネをしているのかといと、賊に通じている内通者云々の前に、いろいろと煩わしいルールがあるようだ。
例えば、騎士は担当の管轄区以外での活動が原則御法度、というのもその一つなのだという。
「我々は、他の騎士とは少しばかり毛色が違ってな……
基本、国中が捜査対象なため特定の管轄というのは存在しないんだ。一応、国内すべてが管轄、と言えなくもないのだが……
まぁ、そんな我々が突然現れて、捜査に協力しろと現場を仕切られても、現地の騎士たちにしてみれば面白い話しではないだろ?
それは分かっているつもりだ。
だからこそ、こうして自由騎士として我々は我々だけで捜査をしている、というわけさ」
なるへそ。
刑事モノのテレビドラマなんかで、上から来て場を仕切り出す刑事に対して、所轄の刑事が縄張り争いでバチバチやってるアレに近いものかと、勝手に納得した。
「でも、なんでまた自由騎士組合へ?」
「ギルドには、鍛錬を目的とした訓練場が併設されていてな。そこがそこそこに広く、スグミの要望にも応えられると思ったのだ。
それに訓練用の武器や防具も充実しているからな。我々も運動不足の解消も兼ねて、時折借りている場所だ。
ただ、まぁ、それだけの設備があっても、この街の自由騎士達はあまり……というか殆ど使っていないようだがな。実に、勿体無い限りさ」
なんでも、この街、アグリスタの自由騎士組合の長とセリカとは、既知の間柄であるらしく、セリカたちの活動に対しても情報収集や、他の街で潜伏調査に当たっている仲間との連絡、資金提供など、いろいろと便宜を図ってくれているとのことだった。
この街での活動拠点である、あのボロ小屋を用意してくれたのも、その組合長なのだそうだ。
知人ならもっと良い場所を用意してやれよ、と思いそのことをセリカに言うと、
「基本、万年金欠である自由騎士が良い家に住んでいる方が怪しまれるというものさ。人の目を忍ぶなら、アレくらいの方が丁度いい」
そんな答えが返って来た。言われて、まぁ、確かにな、と思う。
なんて、他愛のない世間話をしていると、
「っと、着いたな。ここが、自由騎士組合だ」
そう言って、セリカが足を止めたのは、デカい看板にそのまま“自由騎士組合”と書かれた大きな建物の前だった。
「さぁ、行くぞ」
なんの躊躇いもなく、建物の中ににスタスタと入っていくセリカの後ろに、俺とソアラが続く。
自由騎士組合の中に入ると、そこにはガラの悪そうな多くの男共でごった返していた。まぁ、中には少数だが女性も居るには居るが、九分九厘男だな。
テーブルを囲み、昼下がりから酒盛りをしている者。
何やら険悪な雰囲気で睨み合う者。
壁に貼られた紙を、真剣な目で凝視している者。
様々だ。
入って正面に、笑顔を浮かべた数人の女性が並ぶカウンターがあり、そこからかなり離れた奥に酒瓶を並べたカウンターが見えた。こっちは、ハゲ上がったスキンヘッドのおっさんが、厳つい顔でグラスを磨いている。
多分、壁に貼られた紙が依頼書で、それを女性のいるカウンターに持って行くと受注出来るシステムなんだろうな。
で、酒場が併設されている、と。
まさに、絵に描いたような冒険者ギルドだな。うん。
「どうしたスグミ?」
見慣れないよく知る光景に、ある種の感動を感じてついつい足を止め見入ってしまっていた俺を、少し先を歩ていたセリカが振り返りそう尋ねた。
「悪い、珍しいからついな……」
「ふむ。この程度の場所なら、どこにでもあるだろ?」
まぁ、ゲームやマンガ・小説の中ならな……と、心の中でそっとツッコむ。
「結構物騒な依頼もあるって聞いていた割には、剣やら鎧やらで武装している人は全然見当たらないんだな……」
冒険者ギルドと聞くと、こう、ガチガチのフル装備をした奴らが集まっているというイメージがあったんだが、そんなことはまったく無く、全員結構ラフな格好をしている者が多かった。
「当たり前だろ? ここは仕事を請ける場であって、争う場所ではないからな。意味も無く武装し、他者を威圧すれば要らぬ諍いの種になる。
幾ら無法者と呼ばれがちな自由騎士とて、その程度は弁えているさ。それに、必要もなく重たい装備を身に着けたいという奴も、そうはいまい?」
そりゃそうだな……と、言われて納得。
全身金属鎧なんて、総重量何十キログラムにもなるってのに、普段着感覚で着ていられるわけないわな。あんなの普段から着ていたら、肩が凝るとかの騒ぎではないだろう。
ついでに、なんで酒場が併設されているのかを聞いたら、自由騎士たちへの仕事の斡旋手数料だけでは組員を雇う人件費や諸々の諸経費との採算が合わないために、飲食業や素材の買取事業などにも手を出しているそうだ。
いってしまえば、自由騎士組合は民間企業みたいなものであるらしい。
一応、国からの補助金が僅かばかり出るようではあるが、それはスズメの涙、ネコの額レベルであり、当てには出来ない。
しかも、組合とはいっても各街での独立採算方式であるため、たとえ経営難になったとしても他の街の自由騎士組合から援助があるわけではない。
そのため自由騎士組合は、様々なサービスを顧客に提供することで、その存在を維持しているという。
ファンタジーなのに、世知辛い話しである。
あっ、素材の買取といえば、洞窟で捕まえたあのトカゲも買い取ってくれるのだろうか? あとでちょっと聞いてみよう。
「練技場を借りたいのだが、手続きを頼む」
俺との世間話を終ると、セリカは手早く訓練場……どうやら、練技場という名前らしい……の利用手続きをするために、受付嬢たちに話しかけた。
「はい。では、組合証の提示をお願いします」
受付嬢にそう言われ、セリカが懐から銀色をした金属製らしき板を取り出し、それを受付嬢に渡した。
「セリカ・ウォーレン様ですね。練技場の利用を許可します」
「貸切にしたのだが、今は可能か?」
「現在、練技場を利用している者は居りませんが、貸切には組合長の許可が必要になります。確認のため、少々お時間を頂く事になりますが、よろしかったですか?」
「構わん。それでよろしく頼む」
「はい。畏まりました。それではしばしお待ち下さい」
そう言って、受付嬢は席を立って姿を消した。
「へぇ~、貸切とかも出来るんだな。でもなんでまた貸切なんかに?」
たまたま使っている者が居なかったからすんなり許可も出たようだが、誰かが使っていらどうするつもりだったのだろうか?
あっ、いや、そういえばセリカがこの訓練場は全然使われていないと、言っていたな。
もしかししたら、そんな心配をする必要がないくらい、使われていない、ということだったのかも知れない。
まぁ、それはいいとして、先ほどのセリカと受付嬢とのやり取りを聞いて、少し疑問に思ったことを聞いてみる。と、セリカが苦笑いというのか、なんとも微妙な表情を浮かべた。
「スグミは知らなくて当然だと思うが、この国では貴殿の力は非常に稀有な能力でな。
正直、それ一つで宮廷魔術師に抜擢される程のものだ」
敢えて明言を避けたのは、それだけインベントリや亜空間倉庫がこの国、というか世界では特別視されている、ということなのだろう。
「それに加えて、人形を操る術など、私は聞いたことがない。
そんな力が衆目に晒されれば、否が応でも耳目を集めるは必至。
我々の活動の性質上、それは我々にとっても好ましくないということだ」
つまり、俺が変に注目されるようなスキルを使えば、結果、一緒に行動している隠密行動中のセリカたちへの注目度も上がってしまう、と。
それが、セリカたちに取っては都合が悪いということだな。理解した。
まぁ、門を通る際に、大道芸と称してかなりの人数の人前で【傀儡操作】を披露してしまっていたが……
それは、言わない方がいいだろうな。なんか、呆れられそうな気がするし……
「えっ、でも、門を通る時にスグ……ふがふがふが……」
で、またぞろおしゃべりなソアラが余計なことを口走りそうになっていたので、咄嗟に塞ぐ。
まったく、この娘は空気を読まないんだから……
「どうかしたのか?」
「いや、気にしないでくれ」
「ふがふがっ!」
何やらソアラが抗議の声を上げるが、門前での事を話したら、ご両親に今までの世話賃を二倍にして請求するぞと、提案したら即大人しくなった。
うむ。素直ないい子だ。
「お待たせしました。組合長からの許可が下りましたので、これより一刻をセリカ様の貸切となります。
退場時には、最低限の整頓を心掛けるよう、よろしくお願いします」
なんてことをしていたら、受付嬢が戻って来た。
「では、行こうか」
そう言って、スタスタと受付の奥へと進むセリカ。
俺とソアラは、一応、二人揃って受付嬢たちに軽く会釈をした上で、その後を足早に追いかけたのだった。




