三二話
「提案? 聞かせてくれないか」
俺の発言に、そう答えたのはセリカではなくイオスだった。
「イオス!」
「今の俺たちは、完全な手詰まり状態だ。スグミ殿の案とやらが、そのまま解決策になるとは俺も思ってはいないが、何かのヒントになる可能性は十分にある。
聞いておいて損はないだろう。
それとも、セリカにこの状況を打破する画期的な策があるというのなら、是非とも聞かせてくれ」
「ぐっ……それは……」
二人のやり取りを何度か見ていて思ったのだが、セリカは極力部外者の力を借りたくないといった感じで、逆に、イオスはエルフ誘拐事件の解決のためなら手段を択ばないといった感じを受けた。
別にこれはどちらが正解で、どちらが間違っているということではなく、単に二人の立場の違いからの相違だろう。
セリカは騎士で、しかも身内にも秘密な特殊部隊の一員だ。
下手な情報漏洩は、部隊全体を、最悪国家全体を危険に晒すことにもなり兼ねない。慎重に慎重を重ねて、過ぎるということはない。
逆にイオスは、同胞を救うために藁にも縋るくらい必至なのだ。
「まぁ、大した話しじゃないんだが、要は相手が動かないならこちらから突いていやればいいんじゃないかと思ってな」
「突く? どいういう意味だ?」
俺の言葉に、眉間に皺を寄せてイオスが問う。
「つまりな……」
俺からの提案とはこうだ。
ソアラを攫ったエルフ誘拐犯と、この街には何か繋がりがあるのではないか? というのは、俺も最初から抱いていた疑念の一つだった。
その理由が、誘拐犯たちがこの街を目指して移動していたことにある。
実際に検問を通った感想としては、そこまで厳しいものではなかったが、かといって荷物にエルフの少女を一人忍び込ませて、バレずに通過できるほどザルでもないといった感じだった。
となれば、運を天に任せるような無謀なことはせず、確実に検問をパスする何かしらの手段が、賊にはあったというとだろう。
そこで、だ。
その検問に、当のエルフ誘拐犯を突きつけたら、さて、どうなるでしょう?
賊と繋がりのある連中が助けに来るか、もしくは口封じに殺しに来るか……
まぁ、どちらにしても、何かしらのアクションを期待出来るのではないだろうか? ということだ。
少なくとも、じっと状況が好転するのを待ち続けるよりは、多少マシな案ではなかろうか?
「ふむ、なるほど……捕らえた賊を尋問し関係者を吐かせたところで、相手に知らぬ存ぜぬと言われたらそれでお終いだからな。
多少迂遠ではあるが、うまくこちらの想定通りに事が進めば、確証に至る証拠を掴めるかもしれない……といわけか」
と、俺の提案を聞いたセリカが、ムムムっと眉間に皺を寄せて考え込む。
流石は本職といったところか。
何故に俺がこんな遠回りなことを提案したのか、すべてを話す前に大体理解してくれたようだ。
「俺は完全な部外者だからな。
たまたまとっ捕まえたとでも言えば、セリカたち特殊部隊のことを気取られる心配はないだろ?」
「あっ! それじゃ、私も一緒にいた方がいいんじゃないかな?
ほらっ! 捕まえたっていうエルフが一緒にいれば信憑性も増すし、結果はどうであれ、自分たちの懐に獲物がやってきたことに違いはないわけだから、もう一度捕まえようと何かしらの動きはあると思う、んだけど……」
と、ソアラが周りの顔を伺いながらそう付け加える。
「確かにな。ソアラの意見はその通りだな」
エルフ誘拐犯を捕まえたといって、肝心のエルフが居なければ誰も信用しないだろう。
俺がそう相槌を打つと、そうでしょ? といわんばかりにソアラがドヤる。
しかし、だ。その点については既に考えがあった。
「でも、まぁ、必要ないかな」
「えっ? どうしてですか!?」
これにはソアラも驚いたようで、抗議の声を上げる。が……
「俺としても賛成しかねるな。お前を危険な目に合わせるなど……
もし何かあったら、ご両親に何と言えばいい?」
「私も反対だ。保護の対象をみすみす危険に晒すなど、本末転倒もいいところではないか」
と、俺以外からも反対の嵐が次々と吹き荒れた。
「じゃ、どおするのさイオ兄ぃ? エルフもいないのにエルフの誘拐犯だって、そんなの誰も信じないよ?」
自分の意見にそれなりに自信でもあったのか、みんなに否定された所為で、ソアラがちょっとむくれっ面になる。
「それは……なんとかする」
ソアラの問いに、イオスが苦し紛れにそう答えたが、案がないのは表情からバレバレだった。
「なんとかって……どうするのさ?」
そこをソアラに追及され、イオスがちらりとセリカへと視線を向けるが、セリカはセリカでこちらに振るなと言わんばかりについと目を反らす。
で、イオスは次に俺へと視線を向けた。
「最初に不要と言ったのはスグミ殿だからな……何かしら案があるのではないか?」
丸投げかいっ! まぁ、確かに初めに不要だと言ったのは俺だし、案もあるからいいんだけどさ……
「ふっふっふっふっふぅ~。勿論、ある」
俺は三人の注目を受ける中、無意味な溜を作り、不敵な笑みを浮かべてそう答えた。
「なぁ? 人間の女性に変身するアイテムがあるなら、エルフの女性に変身するアイテムがあってもおかしくはないと、そうは思わないのか?」
「まさかっ!! そんなものがあるのかっ!?」
俺の言葉に、セリカが身を乗り出して食いついてきた。
「……あるよ」
そんなセリカに、俺は某ドラマに出て来るバーのマスター風にニヤリと笑いそう答えた。
「今、現物を見せるのは難しいが、そいつを使えばソアラ自身が囮になる必要は全然ないわけだ。
それこそ、俺だっていいしイオスだっていい」
「いや、やるならそこは私が引き受けるべきだろうな。女に化けるなら、元が女の私の方が自然体で居られる。
男が女に化ければ、どうしても些細な部分にアラが立つ。そうした違和感は不信感につながり、結果、計画の成功率を下げる要因になりかねない」
そう言って、セリカはまたしてもムムムッと真剣な表情を浮かべ、何事かを考え出していた。
「まぁ、とは言ったところで、結局のところ俺はよそ者だからな。横から嘴をちょちょいと挟んだだけだ。
実際にどうするかは、あんたたちで決めるといい」
「いや、スグミ殿の案は使える。使えるどころか、千載一遇の好機だろう。
この好機を逃す手はあるまい」
「まずは賊の回収からか……片道二日と見て、四日は猶予が必要か。搬送用の人員も確保しなくてはな……賊の人数も多いようだし、馬車も必要になるか……馬屋に借りるとしても、さて、資金をどう捻出するか……想定外の長期滞在で、既に活動資金が底を突きかけているというのに……」
「……なんなら、俺が回収してこようか?
俺なら今から出たとしても、日暮れ前かその辺りには帰ってこれると思うけど?」
何やら今後の計画や資金繰りについて、ウンウンと唸り出したセリカにそう提案する。
カネの問題ってのは、何処でも同じみたいだな……
どこもかしこも世知辛い世の中である。
まぁ、ここまで来たら乗り掛かった船だ。最後まで付き合うのも悪くはないだろ。
それに、戻る方法も分からない今、この世界で俺に行く当てもなし。
「それは……我々に取っては有難い申し出だが……いいのか?」
「ここまで来て、ソアラ渡して、はい、さよなら、ってのも後味悪過ぎだからなぁ……
まぁ、俺に出来ることなら手くらい貸すさ」
「先に断っておくが、実働部隊である我々には、大した権限は与えられていない。だから、協力しても報奨金を出してやれる保証はないぞ?」
「カネが欲しいなら、ソアラを賊に売り渡してるよ」
「……それもそうか。忝い。貴殿の申し出、有難く受けさせてもらう」
そう言うと、セリカは座った状態ではあったが、深々と頭を下げた。
「しかし、どうやって賊を連れて来るつもりだ? 賊は一匹や二匹ではないのだろ?」
「ソアラの話しじゃ、賊は隊商に偽装していたらしいからな。
俺が実際に見たわけじゃないんだが、おそらく近くにソアラを運んでいた賊たちの馬車があるはずだ。
それを見つけて中身を抜けば、十分運べると思う」
馬車の台数にもよるが、中身を亜空間倉庫なりチェストボックスなりにしまって空間を空けて、後はそこに賊を押し込めばなんとかなるだろう。
中はすし詰め状態になるだろうから、快適とは程遠い環境になることは間違いないが……まぁ、賊ごときにそこまで気を使ってやる必要もあるまいて。
「……なるほど。相分かった。
しかし、今すぐにというのは、こちらも色々と都合が悪い。我々にも準備が必要だからな。
手前勝手で申し訳ないが、一日……今日を含めて二日待ってはくれまいか? それまでに体制を整える。
出発は明後日の早朝。スグミの……いや、スグミ殿の話しなら、それで昼頃までには戻ってこられる計算になるが、如何か?」
「殿って、今更だな。スグミでいいよ。内容はそっちに任せる。どのみち暇を持て余してる身だ。俺のことは都合がいいように使ってくれ」
「心得た」
「でも、俺が言うのもなんだが、賊をまるまる二日も放置していいのか?」
「問題ない。元々あの街道は交通量自体少ないからな。そうそう人が通りかかることもないだろう。
それに、人間とは意外とタフでな。二日三日飲まず食わずでも、そう簡単に死にはしない。むしろ、弱っていてくれた方が、暴れられない分運ぶのが楽でいい」
まぁ、確かにその方が理にかなっているとえばそうなのだが、まっ、いっか。
「イオス、今から会議を行う。皆を集めてくれ」
「分かった」
セリカが口早に話し終えると、そうイオスに告げる。と、イオスは席を立ち部屋を出て行った。
「……時にスグミ、一つ尋ねたいことがあるのだが、正直に答えてくれ」
「ん? ああ、分かった。答えられることならいいんだが……で、なんだ?」
イオスが部屋を出たところで、セリカが真剣な表情でそう尋ねた来たので、こちらも居住まいを正して応える。
「なぜ、我々にそこまで協力する? 貴殿に取っては、縁も所縁もない土地でのことだろう。ましてや、カネにもなる話でもない。
むしろ、場合によっては奴らに目を付けられ、命の危険すらある。
なのに、無償で協力するなど……正直、私には理解出来ない。
差し支えなければ、その理由を話してもらえないだろうか?」
「ああ……そうだな……」
そう問われ、どう答えるか少し悩む。
「理由は二つ。
一つは、俺の国の諺に“義を見てせざるは勇無きなり”ってのがある」
「……すまん、意味がよく分からないのだが、どういう意味か教えてくれないだろうか?」
「簡単に言えば、“人が正しい行いをしようとしているのを見て、何もしないのはタマなしのフニャチン野郎だ”ってことだな」
俺がそう言うと、セリカがぷっと噴き出した。
「ならばもう一つは?」
「これはソアラにも行ったんだが、同じく“情けは人の為ならず”って言葉もあってね」
「意味を聞いても?」
「“困ってる奴に恩の一つでも売っておけば、巡り巡って自分にも良いことがあるかもよ”って意味だ」
ぶっ! と、またしてもセリカが盛大に吹き出した。
ちなみに、俺が言った理由はどちらもが間違いなく本心である。
セリカ達がしていることに協力してやりたいという思いもあるし、今の俺は右も左も分からないような迷子状況でもある。
正直、何か頼れる伝手の一つでも欲しいのが実情だ。
そういう意味では、国家権力であるセリカ達と仲良くするというのは、まさにお誂え向きといえた。
「ははははははっ!
言葉は下品極まりない上に、何とも利己的な理由だな。なるほど。よく分かった。
スグミ、貴殿の勇気に最大限の敬意と感謝を。
もし、王国から何も報酬が出なかった場合は、私の私費から幾らか出すことを約束しよう」
セリカは俺の言葉に笑いながら応えると、自分の右手を左胸に軽く打ち付けるような動作をしてみせた。
「おっ、そいつは嬉しいね。俄然、やる気が出て来たってもんだ」
後に知ったことだが、これはこの国の騎士の敬礼なのだそうだ。
ただ、本来は自分より階級が上の者にしかしないそうなのだが……この時の俺は、そんなこと知るはずもなく、なんか変わったことしてんなぁ、くらいにしか思っていなかった。




